偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

三津田信三『忌物堂鬼譚』感想

三津田信三の新シリーズ。
「砂歩き」という怪異に憑かれた主人公の由羽希が、故郷にある遺仏寺の怪しいイケメン坊主・天空に助けを求めるが、天空は様子見と称して寺にある忌物(特級呪物的なやつ)にまつわる怪異譚を聞かせる......という構成の連作短編ホラーです。

由羽希と天空の掛け合いが、刀城言耶と祖父江偲さんとか死相学探偵と曲矢刑事とかを彷彿とさせる三津田さんらしいキャラものなんだけど、各話の内容自体は天空が語る話という体で普通に独立短編集に入ってそうなものであり、正直キャラ要素は薄いです。
ただ、枠物語であることで「忌物当て」というミステリ的な趣向が入ってきたりもするので、かといって三津田信三本人が出てくると主人公が憑かれてる設定は使いづらいので、キャラものにした必然性は感じます。とはいえやはり他シリーズの主人公たちほどの愛着は持てなかったので、次作以降でその辺が深まるのに期待。
各話の内容自体はいつもの三津田クオリティでもあり、「霊吸い」のような珍しいタイプの異色作もありと、三津田ファンとしては全力で楽しめるものばかりで文句なしに良かったです。
以下各話感想。



「砂歩き」
主人公の由羽希が寺に来るまでに遭った怪異を描くイントロダクション的な一編。長い道のりを何かの存在を感じながら走り続けなければならない怖さというのはさすがですが、状況設定の紹介みたいな話なので印象は薄め。



「後ろ立ち」
大学生になって一人暮らしをするにあたり金銭的な事情からボロアパートに入居した女の子が、隣の部屋からの奇妙な音や、日ごとに近づいてくる何かに悩まされるお話。

私は一人暮らしをしたことがないので、大学生の女の子の視点から描かれる一人暮らしならではの気楽さや心細さがなんか青春の新生活って感じでちょっと羨ましかったです。同じアパートに住むちょっと年上の女性との交流も素敵。
とはいえ起こる怪異は恐ろしく、最初はジャブみたいな感じにちょっとした物音とかで主人公もあんま気にしていないところからの「スリッパ」が出てくるところで一気に恐ろしくなる緩急がエグい。ノックの音とかのディテールも不気味です。結局何だったのかよく分からないのも気持ち悪くていいですね。



「一口告げ」
会社で面倒な後輩の教育係になってしまった主人公は、やがて後輩からの嫌がらせを告発するような電話を受けるようになり......。

職場の嫌な後輩という現実感と、この話を天空という浮世離れしたイケメン坊主が語っていることのギャップには笑いそうになりますが、人間の厭さが徐々に怪異の不気味さに変わっていくところや、そもそも怪異なのかストレスによる幻聴なのかも曖昧なところが怖い。
そしてこの話から忌物当ての趣向が取られていて、細かな伏線の張り方には著者のミステリ長編を彷彿とさせるところもあり面白かったです。



「霊吸い」
例年の旅行を諦めた代わりに近所の夏祭りへと出かけた両親と幼い少年の幸せな家族。しかし、翌朝彼らは......。

こちらは最初っから天空によって「忌物当て」として出題されるクイズっぽさの強いお話。
そのせいか、内容もこれまでと打って変わって現実離れしていて、なおかつ怪談ではなくスプラッタでブラックコメディ的な異色作。
そのため汚い描写も多く、いつも上品な三津田さんがこんなんも書くのか〜という驚きがファンとしては楽しかったです。
ただ、忌物当ての答えに関しては、作中で語られる怪異の論理にいまいち頭が追いつかなかったです。また、「これしかないでしょ!」と思ってた、どう考えてもめちゃくちゃ怪しいモノが忌物じゃなかったばかりか特に何の言及もされていないからミスリードだったのか何なのかもよく分からず、「アレは何だったんだ......?」と釈然としない気持ちになってしまいました......。



「にてひなるもの」
ついに自身に憑いた怪異を祓ってもらうことになった由羽希だが、天空が祈祷を行う間に本堂で待っていると、母に似て非なるものが訪れ......。

最終話で由羽希自身が怪異に襲われる話。やはり又聞きより臨場感があって外から入って来ようとするのを必死に止めるとこのスピード感とかさすが。
変化球っぽい話もあった本書で最後にこれだけベタで王道の怪談をやってくれるのが嬉しいですね。
ただ、こんだけ酷い目に遭ったわりに最後由羽希があっけらかんとしてて続編が仄めかされたりするのノリ軽すぎんか、と突っ込んでしまいました(まぁ死相学探偵とかもそんな感じよね)。
とはいえ続編もありそうなので楽しみだし、キャラ紹介も終わったから次は忌物当てのミステリ要素濃いめだと嬉しいな。