偽物の映画館

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浦賀和宏『究極の純愛小説を、君に』読書感想文

なんと、驚くべきことに今年に入ってから浦賀和宏の本しか読んでないです。
こんなんじゃどんどん根暗になっていくのでそろそろ他の人の本を読みたい!


究極の純愛小説を、君に (徳間文庫)

究極の純愛小説を、君に (徳間文庫)



樹海へと合宿に来た高校の文芸部の一同。しかし、謎の殺人鬼により部のメンバーはひとりひとり殺戮されていく。
八木剛は、密かに想いを寄せる草野美優を守ることができるのか......!?



面白かったです。

主人公の名前から分かる通り、こないだうち私も読んでいた「八木剛士シリーズ」とも深い関係のある作品。
もちろん、本作単体でも楽しめますが、自作をメッタメタにディスる自虐ネタが最高に笑えるのと、八木シリーズの結末の一部がネタバレされています。
また、八木剛士シリーズで重要なとあるファクターが本作の仕掛けの一つにもなっています。あるいは、本作は八木剛士シリーズへの著者自身による批評なのかもしれません......。
という感じで、読んでおけばまた違った感慨もあるので、読む予定がある方は先に八木剛士シリーズを読むといいかもしれません。



さて、本作について。

目次を見るからにもう一筋縄ではいかない構成だと分かりますが、その通り話がどこへ向かっていくのかわけわからんジェットコースターのような小説です。

まずは八木剛という意味深な名前の高校生が部活の同級生のGirlへの淡い想いと旅行カバンを背負って合宿へ向かいますが、そこに現れる殺人鬼!
恋もスラッシャーもドキドキするのはおんなじ!なので、初っ端からドキドキ2倍速でイッキに読み進められました。しかし、イッキに読めすぎて、途中で「あれ、まだこんだけしか読んでないのに展開早すぎない......?」とか思ったところから、グイッとツイスト、ツイスト、またツイスト。
本の長さとしては600ページ近くとかなり長めではありますが、そもそもの浦賀さんの文章のヒーダビリティの高さ+予測不能な展開のおかげであっという間でした。

後半の展開も、SFとミステリを組み合わせつつ、実在のホラー映画や有名アニメなんかをがっつり引き合いに出しつつメタな自作イジリをしつつっていうなかなかてんこ盛りな内容。
しかし、安藤や八木のシリーズのような鬱屈した内面語りやインモラルなアレコレは出てこないので、かなりさっぱりとしてて読みやすい。
代わりに、最後まで読んでみるとミステリとしてかなり凝ったことをしていることがわかり、最近よくある「あなたは必ず二回読む!」みたいな惹句を付けたくなるような作品でした。
なので、いわゆる初めての読者からファンまで幅広く楽しめるであろう力作だと思います。


以下少しだけネタバレ。
















ミステリとしての仕掛けは、本書全体が実はウラガシステム・マーク2によって記述されていました!というもの。
準備稿では作中作である文芸部のお話と同じように主人公の琴美が謎の殺人鬼に殺されてしまっていた。
それを改訂して琴美を救うが、作中作である文芸部の物語はまだハッピーエンドにならず......。
そして、決定稿ではようやく......という、まぁ、なかなかややこしいお話なんすね。
この辺の詳しい解説をする気力はないのでこの辺にしときますが、とにかくシリーズではあんなん(いい意味)なのに、シリーズ外の作品ではこういう捻りまくったミステリを平然とやっちゃえるのが凄え。


そして、八木シリーズを読んだ身としては、「八木剛と、彼が想いを寄せるヒロインを救う」という琴美たちに課されたミッション自体が、八木シリーズのあんまりにも救われない結末に対する著者の贖罪のようにさえ感じられて、思わず「ごめんよ、純菜......」と呟いてしまいました。
八木シリーズのネタバレにもなるので伏せますが、(ネタバレ→)童貞/処女であるかどうかで世界が変わるというファクターも八木シリーズをまんまなぞっています。
いわば本書は、救われなかったあのシリーズのキャラクターたちへの鎮魂歌であり、まさに八木剛士の墓であり、タイトルの「君に」は純菜のことなのかな......という感慨がありましたね。

ああ、純菜............。君を救いたかった......こんな汚れた世界から......。