偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

笹沢左保『アリバイの唄』感想

笹沢左保100連発記念すべき第10弾にして、タクシードライバー夜明日出夫シリーズの1作目。



元刑事のタクシー運転手・夜明日出夫はある夜男女の客を乗せるが、料亭の女将である女の方の客が後日蒲郡の店で殺害される事件が起きる。容疑者として夜明の幼馴染で初恋の相手の令嬢・千紗が浮かび上がるが、彼女には逗子の邸宅に友達を招いていたアリバイがあり......。


タイトルだけで犯人が分かってしまうのでほぼ倒叙みたいなつもりで読みましたが、なかなか面白かったです。

まず元刑事のタクシードライバーという主人公のキャラ造形が魅力的。
これまで復刊されてきた作品の主人公たちに比べると少しだけ三枚目っぽくて、のど飴が好きで頑張って冗談を言ったりするところが可愛いです。
タクシーの乗客として事件関係者と関わりを持つという導入も良いし、アリバイトリックを検証するためにタクシーを使ったりもしています。刑事とか記者に比べて物珍しいけどタクシー運転手もミステリの主人公に意外と合うんだというのが面白かった。
あと、逗子や蒲郡といったロケ地も良くて、特に蒲郡は私も愛知県民で何度か行ったことがあるので雰囲気も想像しやすく旅情に浸れました。

ミステリとしては、アリバイトリック1本で勝負していて、正直なんとなくそんなことだろうなというのは分かってしまいましたが、そんでもいい意味で「そこまでするか」と思わされるトリックで好きですね。また、(ネタバレ→)トンコツ・ラーメンや甘酒とかの独創的な伏線の張り方が面白かったです。
ただ、動機がいつもに比べてあんまり説得力がないし特に意外性もなかったのが笹沢作品としてはかなり物足りないというか......。けっこう動機にまつわる重い人間ドラマを期待して呼んでいるところはあるので......。
あと、タイトルのアリバイの唄に関しては結構脱力系だし、ダイイングメッセージも微妙だったので、十分面白いけど他の傑作群と並べると少し落ちるかな、、、という感じでした。