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多島斗志之『神話獣』感想

神話獣

神話獣


第二次大戦中のドイツ。
ナチス親衛隊将校のシュミットは、ヒトラー総統に極秘の指令を受ける。
それは、総統が夢で幻視した「赤い顔の東洋人」を殺せというものだった。
一方、ベルリンに暮らす少年・小林昇は、父親が殺されるという予感を得る。
2人がパリで反独運動をしていたと噂される女性・三原千比呂と出会う時、悪夢が始まるーーー。


といった感じで、幻視や予知といったオカルティズムを崩壊寸前のナチスドイツと絡めたサスペンス長編です。


シュミットと昇という2人の主人公の視点が交互に描かれていき、ヒロインの千比呂を介して交わっていく構成の物語で、メインキャラはこの3人のみ。
この各々のパートがどちらもめちゃくちゃ面白いというか、良さがあるんですよ。

まず日本人少年の昇のパートですが、こちらは非常事態下においても年頃の少年のことで淡い恋心を描いた青春小説としても読めるものになっています。
個人的に映画の「愛を読むひと」みたいな少年がえっちなお姉さんに出会う話は大好きなのですが(おっさんがえっちな美少女に出会う話も好きです)、本作はまさにそれのめちゃ良いやつ!
千比呂という女性が、誇張したようなイイオンナではなくって、あくまでも普通にいそうなんだけどどこか惹かれてしまう女性として描かれているのが素晴らしいっすね。
彼女が特に誘惑的なことをするわけでもないんだけど、なぜかぐいぐい惹きつけられてしまう感じ。取り立ててめちゃくちゃえっちな場面があるわけでもないんだけど、時々のちょっとした触れ合いとかでもうキュンキュンとムラムラが止まらないっ!
そして、噛ませ犬役の、昇と同年代の少女も、ほぼモブとして描かれていながら忘れ難い印象を残します。私なんかは読後に「あの子にしときゃよかったわ......」と自分のことみたいにちょっと後悔しちゃうくらい可愛いです。はぁ。
もちろんそんな恋模様とともに戦時下の様子もしっかり描かれているあたりはさすが多島斗志之。他の作品にも見られるノンフィクションのようなリアルさが楽しめます。



一方、シュミットのパートはナチス親衛隊ということでよりシリアス。
まずは「夢で見た赤い顔の敵を殺して来い」なんていう電波ジジイ・ヒトラーからの曖昧すぎる命令にぶっちゃけ笑っちゃうんですけど、シュミット氏がなまじ生真面目なだけに指令を遂行しようとしてどんどん狂っていってしまうのが、フィクションによる戦争のリアルという感じで恐ろしかったです。
一方で彼が出会う他のSS将校たちはもうナチスドイツへの忠誠など上辺だけでしか保っていないような感じだったりして、その辺の温度差もなかなか怖かったです。
さらに、本作では脇役に徹しているヒトラー総統ですが、その存在感はやはり圧倒的で、言っちゃ悪いけど瘋癲老人と成り果てた状態での出演にも関わらず異様な存在感を放ち、もはや完全に退場してからもなお物語全体に響く重層低音のように存在感があり続けるあたりはさすが。
ナチスに対して肯定的なわけではないのですが、安易に悪役として描かず彼らの人間ドラマも描き切った著者の物語への誠実さがやっぱり好きです。



......といった具合で、中盤までは片や少年の淡い恋心、片や無理難題を押し付けられた男の悲劇として読めるのですが、2つの視点がだんだんと接近して交わっていく終盤において、地味ながらも冒険小説やアクション映画のような展開になるのも熱く、かと思えば最後の最後には全ての伏線が回収はされないままに繋がってタイトルの意味が印象深く浮かび上がってくるのも見事と言う他ありません。

魅力的な設定を通して、戦闘シーンなどはほとんどないままに戦争の恐ろしさを描きつつ、青春あり冒険ありミステリ風味もちょっとありな盛りだくさんの作品で、何がどう面白いかを一言では言えない面白さがある傑作でした。