偽物の映画館

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スピッツ『ハヤブサ』今更感想

はい、それでは今回はこのアルバムについてです。
2000年リリース、9枚目のアルバム、『ハヤブサ』。

ハヤブサ

ハヤブサ

  • アーティスト:スピッツ
  • ユニバーサル ミュージック
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本作はスピッツのアルバムの中でも個人的に最も思い入れのある作品です。
理由はシンプルで、はじめて自分のお小遣いで買ったCDがこれだからです。たしか中二くらいの一番多感な時期で、まだスピッツに対してパブリックイメージくらいのことしか印象がなかった私にとってはかなりの衝撃。
スピッツってこんなカッケェのか!と。
CDが擦り切れるくらい聴きました。比喩だけど。
夏休みに、クーラーの効いた自室で夏の匂いのするこのアルバムを聴きながら絵を描いたことを今でも覚えています。あの絵、なんか異文化なんたらに入選してインドネシアに送られてしまったんですよね。嬉しくもあり悲しくもある。

......なんて、どうしても思い入れが強いだけに余計な思い出話になってしまいますが、今回改めて聴いてもやっぱりカッコいい。

スピッツディスコグラフィーにおいて本作は大きなターニングポイントになっていると思います。
詳細は省きますが、本作リリース前の時期にスピッツサウンド面での悩みや望まぬベスト盤のリリース(所謂マイアミショック!)に直面していました。
そんなショックを突き破るため、海外でのミックスを行うなどの取り組みの結果生まれた本作は、『フェイクファー』までのセンチメンタルでメランコリックなスピッツから、少し前向きで力強く、よりポップでロックな今のスピッツへの変貌を感じさせる金字塔的作品になっています。
とはいえ、ロック感強い曲ばかりではなく、曲調的にもアレンジ的にも色んな味が楽しめるバラエティ豊かなアルバムでもあります。

要は、最高っすわ。



では、以下で各曲の感想を。




1.今

「花泥棒」「エトランゼ」に続いて短い1曲目シリーズ。
爽やかなギターの音からすぐに弾けるようなバンドサウンドへ。爽やかな歌声に少し低いところから聴こえるコーラスが心地よく、「こんな音出してたっけ?」と思うほどキマってる間奏のギター、そして「いつかは〜〜」のところの突き抜けるようなハイトーンボイスで完全に海へ連れて行かれます。
"ウミガメの頃"を歌っていた「エトランゼ」から一転して、海から上がってきて今、浅瀬にいる。
「海」というモチーフには死の匂いが付き纏いますが、海から浅瀬へ上がってきたと考えると、まさに「死と再生」という、『醒めない』に至るまで描かれるテーマが現れてきます。
さらには、「放浪カモメ」や「ハヤブサ」になって空へ......と、様々な悩みから吹っ切れたような痛快さのある曲ですね。

歌詞は、シンプルな恋の歌のようでもあり、同時にバンドとして吹っ切れたスピッツ自身の今を歌っているようでもあり。
どっちにしろ、いつかは終わってしまうという儚さも湛えながらも、だからこその「今」を切り取ったエモすぎる歌ですね。
スピッツの好きな曲は?」と訊かれて真っ先には挙げないけど、実は大好きな曲です。




2.放浪カモメはどこまでも

アウトロのない「今」の終わりから畳み掛けるように煽るようなアガるイントロ!

短いAメロからすぐにサビが来てテンアゲ!と見せかけて、さらなる第二のサビがやってくる......という。
ここまで盛り上がる曲、これまでなかったよね?ってくらい、突き抜けたような、あるいは吹っ切れたようなテンションで突き進みます。

曲の構成も、サビが2段階あってA→サビ→A→サビ→大サビ→間奏→サビ→大サビ→大サビという、後半に行くにつれて怒涛の盛り上がりを見せるかたちになってます。間奏のキラキラしたサウンドでどんどんテンション上がってきて、それ以降はもう飛び跳ねながら、電車内とかでさえちょっと縦ノリしながら聴いちゃう、そんな曲です。

あと、改めて聴くとベースの動きっぷりが凄くて、ライブで暴れ回る田村くんを連想しちゃいます。

歌詞は復縁?ソング(そして、この時期のスピッツのベストアルバム騒動からの復活ソング)として読めそうです。
そして歌詞もまたテンション高めというか、今までのスピッツにはないようなざっくばらんな口調になってます。「見つかんね〜」とか、「ムチャ」とか。
これまでのスピッツだったらフラれたのに付き纏ってるストーカーみたいなニュアンスで聴いちゃいそうですが、本作においては普通に前向きな歌に聴こえてしまうから困りますね。
終盤の自分で歌いながらどんどん気がデカくなっていくような歌詞のテンションの上がり方も面白くて、「ムチャ」も良いけどその直前の「差し上げたい」って変な丁寧語がどんなテンションやねんって思いました。




3.いろは

続いて今度はテンション高いというよりは、チャラい、みたいな曲ですw
イントロからして打ち込みとハードロックな生演奏とのコラボがカッコよく、Aメロはラップではないんだけどちょっとラップっぽいようなチャラい(?)歌い方で初めて聴いた時はびっくりしました。似合わねーけどそこが良い。

あと、この曲の間奏のギターソロがめちゃくちゃかっこいいんすよね。

波打ち際に 書いた言葉は
永遠に輝く まがい物

というところは、「フェイクファー」を彷彿とさせつつも、より肯定的に聴こえます。

俺の秘密を知ったからには
ただじゃ済まさぬ メロメロに

は何回聴いても笑います(おい)。

そして、サビの

まだ 愛はありそうか?
今日が最初のいろは

というところは、やはりスピッツの再出発を思わせます。

歌詞の全貌はいつもどおりよく分かんねえけど、逆境からまた始めるための歌、という感じでアガりますね。




4.さらばユニヴァース

ここまでのハイテンションな流れを一旦落ち着けるようなしっとりした曲。
とはいえ、イントロのエレキギターの音はなかなかハード。
メロの部分はアコースティックな感じが強いながらもサビや間奏でこのハードなギターサウンドが印象的。
特に間奏はそのまま歌えそうなメロディアスなギターが気持ち良すぎます。

A→A→サビ→間奏→サビ→長めのアウトロ
という構成もオシャレ。なんせ全体の4分の1はアウトロですからね。
で、このアウトロのだんだんカオスな感じになってくのがなんとなくビートルズっぽい気がします。はっきり似てるとは言えないものの、ストロベリフィールズとか、アイアムウォルラスとかみたいな。

歌詞はまだよく分からないんですが、「指輪」というワードから安直にプロポーズを連想してしまいます。

会えそうで会えなくて 泣いたりした後で
声が届いちゃったりして
引き合ってる 絶対そう 君はどう思ってる?

という可愛くも卑近な恋愛模様から

それは謎の指輪
さらばシャレたユニヴァース
君が望むような デコボコの宇宙へつなぐ

と一気に宇宙にまで発想を飛ばしてしまうのが草野流。
仮にプロポーズの歌とすると、1人の状態を「シャレたユニヴァース」とした上で、君と2人で生きていくことを「デコボコの宇宙」と呼ぶところがらしさですね。


......ただ、別の読み方をすると、「"謎の"指輪」というところから既に結婚している君に懸想している、という解釈もできるように思います。
その場合、「君はどう思ってる?」は限りなくキモくなっちゃいますけど......。


ともあれ、聴き方次第で不穏にも暖かくも聴こえる絶妙のサウンドがまた解釈を迷わせる、つかみどころのない名曲ですね。




5.甘い手

静かなギターのリフから始まるこの曲は、幻想的で、浮遊感があって、切実で、どこか不穏でもあり、スピッツの全楽曲の中でも異彩を放っています。
歌詞の中に直接そういう描写はないものの、サウンド的には「宇宙」という本アルバムに通底するモチーフを最も強く連想させる曲でもあると思います。

ハイトーンで囁くような歌い方は、歌というよりはひとつの楽器のようで、歌モノでありながらなんとなしにインストっぽい聴き心地もあります。
特にサビの高音は凄い。美しいというよりは、怖いですね。説明が難しいけど、歌のメロディ自体が何か禁忌を犯しているかのような不気味さを感じます。

間奏ではソ連の映画の音声が引用されています。「昔あった国の映画」とはこのことでしょう。

歌詞はかなりワケ分かんないですが、

遠くから君を見ていた
いつもより明るい夜だった

という冒頭から、私は死別の歌なのかな、と思っています。いつもより明るいのは、君が夜空に輝いているからなのかな、と。
全体に抽象的で具体的な描写は皆無なだけに、内省的な切なさや物悲しさ、そしてちょっと狂っているような怖さが感じられます。
そしてタイトルの「甘い手」という言葉はエロいけど切実で。

スピッツお得意の「死とセックス」を感じさせつつ、かつてない異様な雰囲気を獲得した名曲です。




6.Holiday

スピッツの曲でベスト10を選ばないと殺す」と言われたらうんうん唸りながらも入れるであろう、それくらい好きな曲です。

軽快なギターが心地よくも儚い夏の夕のようなイントロからして、楽しくも苦しい初恋を思い出します。ドラムのタタンッってとこも、ベースラインの切なさも好き。

んで、何が良いって歌詞が良いよ。
「ストーカーソング」というニックネームがついてるくらいストレートにストーカーの歌なんですけど、初期の曲のようなキモい感じのストーカーではなくて中学生の純情な片想いみたいな、ある種健全なストーカーの歌なんですよね。

もしも君に会わなければ もう少しまともだったのに
もしも好きにならなければ 幸せに過ごせたのに

わかるそれな、としか言いようがない。

朝焼けの風に吹かれて あてもないのに
君を探そう このまま夕暮れまで
Holiday

休みの日の朝から夕まで......ほどではなくても、「あてもなく君を探す」ということをしたことがある人間ならば共感せずにはいられません。
私も中学の頃はそんな感じでしたよ。
わざわざ少しでも好きな子がいそうな場所に行くんですね。彼女がよく行くって言ってた本屋とか、彼女の住んでるマンションの近くのファミリーマートとか。「スーパーカップの抹茶味がここにしかないからさぁ」なんて、もし彼女に会えてしまった時のための言い訳まで用意して。でも実際に会えてしまったらきっと何も話せなくて気まずいから、永遠に見つけられずに探し続けるだけでいたい、という気持ちもあって、それはこの恋自体に関しても言えることで、片思いのままでいることがつらいけどどこか甘美な気もして......。

......みたいな、そういう初恋の痛みを思い出させる曲ですよね!

2番サビの「あみだを辿るように」という比喩の絶妙さに自分の無意識を見透かされたようで怖くなります。

いつか こんな気持ち悪い人 やめようと思う僕でも
なぜか険しくなるほどに すごく元気になるのです

わかるそれな。




7.8823

スピッツファンのキャッシュカードを拾った人はラッキーです。なぜなら、スピッツファンは全員暗証番号が「8823」だからね!

......というのは誇張にしても、私自身TwitterのIDは8823だし、車のナンバーとか、あらゆる数字を決めるときに8823を使いたがる傾向がスピッツファンにはあります。

私の知る限りライブで演奏されなかったことがない定番曲を超えてセトリの初期設定みたいな曲でもあり、なによりはじめてお小遣いでこのCDを買った私にとっての最初ガーンとなったあのメモリーこそこの曲です。

テンション上がりすぎて思わずつんのめりそうになるイントロから、しかし抑えたAメロが始まる焦らしプレイ。
焦らされて一瞬溜まったフラストレーションを一気にカタルシスへと変えてしまうギター炸裂なサビは、ライブなら飛び跳ねるし、家で聴いてても若干は飛ぶ。
テンションが上がりすぎて未だにサビを聞くたびに頭が真っ白になります。

歌詞はこれまでにも書いてきたようなバンドの再出発を思わせるものでもありますが、普通に読めば逃避行を思わせるロマンチックなラブソングでもあります。

さよならできるか 隣り近所の心
思い出ひとかけ 内ポケットに入れて

という出だしからして、未知の世界への助走としての不安とワクワクとが詰まっています(そしてこの後の短いギターソロがまたカッコいい)。

全体にかなり強烈な言葉で書かれている歌詞ですが、一方でやや客観的な描写を取り出してみると、「愚かなことだって風が言う」「クズと呼ばれても」というように、主人公が世間的には良しとされていない破滅への道を駆け抜けようとしているようにしか見えません。
「LOVEと絶望の果てに」というスピッツ史上でも極めて珍しい英語表記からもそうしたやぶれかぶれ感が伝わってくるようでもあります。
しかし、そこに初期の曲のような憂いや儚さ、諦念などはなく、ある種の真摯さやひたむきさを感じさせるところが良いっすね。
あと、最後の「君と......」という余韻も絶妙。

なんというか、私なんてしょせん世の中の下のほうにいる人間でしかないので、「夢を諦めないで希望の虹を渡ろう!」みたいな歌よりも「クズと呼ばれても笑う」くらいの方が刺さるんですよね。
クズはクズなりに頑張ろうと思える名曲ですね。

ちなみに初めてスピッツのライブに行った時緊張のあまり体調悪くなって途中退出したんだけど、この曲が始まった時だけ吐きそうになりながら会場に戻って聴いた思い出があります。




8.宇宙虫

あまりにもテンアゲな表題曲がアルバム前半のクライマックスとなり、一旦幕間のインスト曲。
幕間とは言っても、普通にめちゃくちゃ良い曲なんで飛ばしたりせずに毎回ちゃんと聴き入ってしまいます。

インスト曲の感想ってのも難しいですが、イージーリスニング的な癒し系っぽさもありつつ、タイトル通り宇宙空間を漂うような壮大さにハッとさせられたりもしつつ、しかし同時にどこか内省的な気分にもなるような不思議な曲ですね。
なんつーか、8%くらいの不穏さを隠し持った穏やかさみたいな。
あと、ところどころに入ってるシュ〜〜って音でなんとなく科学館とか水族館を思い出します。私だけの感覚かもしれませんが。

スピッツにはインスト曲が今んとこ3つあってどれも良いんですが、中でも個人的にはこの曲がお気に入りですね......と、他の2曲にも言ってそうですが......。




9.ハートが帰らない

前の曲のアウトロからアハ体験のようにすぅ〜っと繋がって入るイントロが素敵。

タイトルといいメロディといいコーラスといい歌詞といい、めちゃくちゃ謡曲テイストで、8823で一旦盛り上がった後だけにすっと沁みます。とにかくシンプルに泣けますよね。こないだも仕事中に頭の中でこれ歌ってたらそんだけで泣きそうになりましたもん。聴かなくても脳内再生だけでですよ?

Aメロは穏やかに始まって「もう何もい〜〜」「筋書き浮かべ〜〜」くらいでぐっと感極まってまたスンと抑制されるメロディラインがエモいですやん。
サビは「あれから〜〜〜ハートが〜〜〜」の「〜〜〜」の部分で珍しく歌上手いなぁって思う。いや、ディスってるわけじゃなく、普段は「上手く見せない上手さ」のある人だと思ってるので。
あと、コーラスがまた美しい。「ウサギのバイク」や「ヘチマの花」でも思ったけど、スピッツの曲に女性ボーカルのコーラスがつくとまた絶妙な倦怠感とか場末感のような味が出てめちゃくちゃ良いですよね。


歌詞と構成も良いっすね。
スピッツにしてはかなり普通の失恋ソングだとは思うんですが、

君の微笑み 取り戻せたらもう何もいらないと
都合良すぎる 筋書き浮かべながら また眠るよ

というストレートな歌詞でも、一番最初に君の微笑みという映像のインパクトを持ってきて切なくさせるあたりとか上手いですよね。
「チクチク」なんていう"らしさ"溢れる言い回しも、普遍性の強い歌詞の中にひとつ大きな個性となって印象的です。
サビは

あれから ハートが帰らない
飛び出た ハートが帰らない

というシンプルなものですが、A→サビ→間奏→サビ→Aというシンメトリックな流れで君との思い出に浸るような間奏を挟んで二度歌われることで悲しみと虚しさの間の感情が伝わってきます。

そして、

優しい人よ 霧が晴れたら二人でジュースでも
都合良すぎる 筋書き浮かべながら また眠るよ
また眠るよ ああ もう少しだけ

という結び。
「ジュースでも」というセレブ(?)で平和なイメージがより切なさを際立たせます。

1番では君との日々を「そんな春だった」と歌っていたのに対して、冬眠を思わせる「また眠るよ」というフレーズが、ただ春を待つ気怠さと甘い切なさとを思わせてまた泣けますよね。アウトロとも呼べないくらいの短いちゃらららららん〜っていう締めが歌の余韻を残します。

実はこないだまで別にそこまで好きでもない地味な曲だと思っていましたが、今回改めて聴いてその良さを再発見しました。
誰も読まないような下手糞な文章でわざわざアルバム感想書いてることの特権ですね。




10.ホタル

切なさを纏ったアルペジオのイントロがとても印象的で、その音だけが鳴っている中で歌い出す、それこそ悲しいほど澄んだ歌声が染みます。
......からの、「悲しいほどささ〜」のところでベース、ドラムが入ってくるもまたカッコいい。良いところで出てくるやん田村〜〜ってなります(何目線)。

んで今回改めて聴くとこの曲のベースめっちゃ好きなんですよね。意外と動きが激しくて。
音楽的知識がないので説明が難しいけど、ちょっと高めの音のベースが好きで、この曲ではそれが絶妙に盛り上がるタイミングで入ってくるからエモいんですよね。エモベース。
間奏の終わりのとことか。

そして間奏終わりはまた静かな中で歌い出し、「汚してほしい」のところからまた最後の光を放つように激しくなり、アウトロは短めで潔くパッと散っていくのも美しい。


歌詞は、思い出の話なのかな、と思います。

時を止めて 君の笑顔が
胸の砂地に 浸み込んでいくよ
闇の途中で やっと気づいた
すぐに消えそうで 悲しいほどささやかな光

冒頭と間奏明け、バックの演奏が静かで歌が最も際立つ2箇所でこの「時を止めて」というフレーズが歌われます。

「変わり続ける街の中で」や「生まれて死ぬまでのノルマから」というあたりも合わせると、毎日毎日代わり映えのない労働の日々その中でもう既に微かなものになってしまった君との思い出を、それでも大切に抱えてそれだけを頼りになんとか生きている自分、というイメージですね。
私自身はそんな経験はないにもかかわらず、しかし生まれて死ぬまでのノルマの中で生きていることは同じなので今改めて聴くと非常にわかりみが強く、紙のような翼のあまりの頼りなさに足が竦みます。

最後の「それは幻」の、諦念とも希望ともつかぬ余韻が切ないです......。




11.メモリーズ・カスタム

からの、いきなりノイズのような音から始まる、「いろは」に続くチャラい枠のこの曲。

元は「メモリーズ」としてシングルになってたのが、アルバムにそぐわないということで大幅に加筆修正して「カスタム」として生まれ変わったものです。

無印メモリーズに関してはいずれ『色色衣』感想で書くとして、こっちのカスタムの方ですが、めちゃくちゃかっけえっすね。
無印の方はイントロのギターもチャラいからチャラい印象ばかりが目立ちますが(初めて聴いたの小学生の頃だったから、私の中では当時流行ってたオレンジレンジとかと同じ枠に入ってる)、カスタムはゴリゴリのロックという感じ。


歌詞はかなり遊んでるというか、感覚的に面白い言葉が並んでるんですが、内容としては「ホタル」に続いて「思い出」についてのお話ですね。

ホタルでは辛い現実と美しい恋の思い出をセンチメンタルに対比していましたが、こっちは同じような題材ながらより投げやりな感じで、そこにリアリティがあります。

「飛んでゆけたなら...」の「...」の飛べなさそうな感じがつらい。

そして、シングル版からカスタムになって丸ごと追加されたのが、

嵐が過ぎて 知ってしまった 追いかけた物の正体
もう一度 忘れてしまおう ちょっと無理しても
明日を描いて 幾つも描いて

というところ。
このアルバム感想の最初の方から書いてますが、これもやはりマイアミショックへの言及でしょう。
ロビンソンあたりからの大ブームという嵐の中を通って、エンタメビジネスの正体を知ってしまって、それでもちょっと無理してもスピッツを続けるという、これまた「ロック宣言」なんですね。
この10数年後に「醒めない」とか言い出すのもまたエモし。




12.俺の赤い星

イントロなしにいきなりの歌い出しで一瞬驚きます。
そんな冒頭からシリアスな雰囲気が通底していて、バンドサウンドが入ってくると気怠さや諦念のようなものも滲み出てきます。
不安定なようで力強くもあるメロディ、2つのメロだけを並べた奇妙な展開にも、何とも言えぬ不穏さが漂います。

タイトルの「赤い星」について、私はてっきり死のメタファーだと思ってたんですが、他にも「望みが叶うこと」とか「セックスのメタファー」とか色々な説があってなるほどな〜と思いました。

でも個人的にはやはりを連想してしまいます。
やっぱなんとなく赤い星って凶兆っぽいし、「一度だけ現れる誰にでも時が来れば」というのも「誰にでも」とまで言い切れるのは「死」だけなんじゃないかと思います。
まぁ、何より自分が今死にたいからそう聞こえるんでしょうけど。

全力の笑みもやがて ざわめきに消されていく
他人のジャマにならぬように生きてきた

目もくれず迷う夜の果て ただループして明日になっても

というあたりが好きですね。
「ホタル」「メモリーズ・カスタム」から続く現実社会を思わせる描写......。大人になって聴くと沁みますわ。




13.ジュテーム?

草野マサムネ and 二胡のシンプルな歌。
間奏までは完全に草野の弾き語りで、間奏からラストにかけては二胡の独特な音色が静かにエモさを盛り上げてくれます。
アルバムのラス前でしっとりした曲を持ってくるというありがちな演出ですが、ここまでハードな曲が続いたせいか、ここでホッと一息って感じでかなり癒されます。

タイトルの「ジュテーム」とは愛してるという意味のフランス語。
「ジュテーム?」→「ジュテーム...」→「ジュテーム!」と曲が進むにつれて確信を得ていくように表記が変わっていきます。
こういう歌詞カードを見ないと分からない仕掛けってのもスピッツには珍しい気がしますけどね。可愛いですね。

「カレーの匂いに誘われるように」というとこは、比喩表現ではあるものの、子供の頃の遊びに行った後の帰り道を思い出してノスタルジックな気持ちになります。

シンプルなラブソングに見えつつも、ところどころにネガティブワードが入ってきたりもするんですが、それも含めて恋の醍醐味だと思わせてくれる余韻はやっぱり優しいですね。

2回あるサビはそれぞれ

君がいるのは ステキなことだ
優しくなる何もかも

君がいるのはイケナいことだ
悩み疲れた今日もまた

と対極なことを言ってるんだけど、どちらも恋の真正面。
恋は悩んでもいいんだ、と思える素晴らしい歌詞です。




14.アカネ

静かな曲の後はもちろんアップテンポな曲。
しかし、最後にふさわしい物寂しさもあって、でも切ないのに前向きな、地味にかなり好きな曲です。

サウンド的には、凝った曲が多いこのアルバムの中ではかなりシンプルに聴こえます。
具体的な技巧性については分からないけど、聞き心地としてはインディーズ感すらあるくらいシンプルで、最後にこの曲があることで気持ちが整えられる感じがします。

歌詞もシンプルに失恋ソングとして聴けばいいとは思うんですが、そんなシンプルな内容でもやっぱり普通じゃない(のに共感できる)表現を入れてくるのが天才草野マサムネの所業。

ゴミに見えても 捨てられずに
あふれる涙を ふきながら

好きだった気持ちをゴミと言っちゃうとこも、それでも捨てられないとこも、めちゃくちゃ分かりすぎて自分かと思った。

身体のどこかで 彼女を想う
また会おうと言った 道の上

普通なら、頭とか心のどこかでありそうなところを、「身体のどこかで」というのがリアル。そして、スピッツの曲で「彼女」という呼称は非常に珍しく(ほかにナデナデボーイくらいしかぱっと思いつかない)、「君」ではないところに2人の距離が見えてつらいですね。

それでも、最後の1行でなんのわだかまりもなく前向きな気分になれるのが、このアルバム以後のスピッツのあり方を示しているようです。

実際自作以降もアルバムの最後の曲って前向きなのがほとんどですもんね。
本作こそスピッツのロック宣言にして人間開花
第3期の始まりを告げる名盤です。