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スピッツ『惑星のかけら』今更感想

しゃおら!スピッツ3作目のアルバムだぜおら!

惑星のかけら

惑星のかけら

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1作目『スピッツ』は「死」、2作目『名前をつけてやる』は「性」がテーマの姉妹作のようになっていましたが、それらと併せて初期三部作と呼ばれることもある本作を一言で表すならば、「現実」とでも言えばいいでしょうか。
これまでの作品にあった妄想の世界をある種先鋭化もさせつつ、同時にそんな妄想に耽っている自分を現実の立ち位置から俯瞰して見ているような印象を与える部分も多々あります。
また、「アパート」のようなこれまでになく生々しくリアルな失恋ソングなんかもあって、そんなところからも妄想に引きこもっていたい気持ちと現実を見なきゃいけない(バンドとして売れることへのプレッシャーとかも)という気持ちの葛藤がこのアルバムのような気が、今回改めて聴き直してみてしたんですよね。
そんな感じで以下で各曲について〜。




1.惑星のかけら

スピッツ史上屈指のギャップ萌え曲ではないでしょうか。
バリバリにハードでヘビーなイントロからの、スピッツにしてもやる気なさげな歌い出しとの落差にふにゃっとなってしまいます。
演奏と歌のギャップがありすぎてなんか歌が遠くから聴こえてくるような感じさえします。痛快と言っても良いくらいのサウンドなのに不穏さや閉塞感しか感じさせないのが凄いよね。同時期のニルヴァーナとかの影響も感じますね。
ただニルヴァーナほど攻撃的な感じでもなく包み込むような優しさもあるので子供の頃はこれ聴くとけっこう寝ちゃってました。
サビの「かーけーらー」の後のところのギターのリズムが好きです。
間奏が長めで、間奏の中でもだんだん盛り上がって展開してくとこが好き。
あと、アウトロがノイズの音なんだけど、なんか煮え切らない感じにしゅ〜っと消えてくとことかも好きです。


歌詞はシュールで妄想的なエロですね。「夢を覗く」「ワープ」「惑星」などのワードからはSFっぽさも連想されて、より非現実的な妖しさを醸し出している気がします。

二つめの枕でクジラの背中にワープだ!

クジラの背中ってのはアレのメタファーだろうし、二つめの枕ってのは君と僕が別々のところにいる(=妄想である)ってことなのかな、と。

ベチャベチャのケーキの海で 平和な午後の悪ふざけ

この辺も、なんていうか、ド直球の仄めかしとでも言いましょうか。直接的じゃないけどエロいことだけは分かる!みたいな。

君から盗んだスカート 鏡の前で苦笑い
オーロラのダンスで素敵に寒いひとときを

2番に入るとこの辺はもうちょいストレートにストーカーですよね。
鏡の前でってとこで「君になりたい」という歪んだ愛情がチラッと見えたり。でもそういう倒錯的な行為を自分で「寒い」って言うくらいの冷静さも怖い。

骨の髄まで愛してよ 惑星のかけら
骨の髄まで愛してよ 僕に傷ついてよ

惑星という壮大なものの、小さなかけらという両面的なものに君を喩えているのがロマンチックでありつつ、僕に傷ついてよがキモすぎる。

誰かがベルを鳴らす
そうだよ 解かるだろ?

わかるだろ?と言われても分かんねえけど。
内に引きこもった僕に誰かが呼びかけてる、みたいなことかな、と。
解るだろ?解るけど?みたいな、内と外の葛藤みたいな感じなのかな、と。
全体に妄想・エロ・SFっぽい感じだけどどこか過去のアルバムの曲よりも現実を感じさせるところもある本アルバムの表題作にふさわしい曲だと思います。




2.ハニーハニー

軽快。イントロの屈んでから飛び跳ねるみたいなリズム、その後のザクザクとスキップするみたいなリズムに体がついつい動いちゃう曲です。
最近のライブ音源で聴くと本当にただ楽しく痛快なんだけど、このアルバムで聴くと、それでもどこか陰気な感じがあるのが流石です。
あと、なぁんか野暮ったいところがあるのもさすが。「いえーいえー」や「おおーおおー」の言い方とか、心地よいダサさがありますよね。ダサいと言えば(失礼)、この曲はスピッツでは珍しい英語詞を取り入れた曲なんですが、その部分の「It's so brilliant!」も日本人の青年がカラオケで頑張って洋楽歌ってるみたいな、下手じゃないけど上手くもないところが可愛くて好き。
あと、間奏のギターソロが歌える感じで結構長いのがテンション上がるし、その後のCメロで一旦ちょっと幻想的な雰囲気になってからのAメロに戻るところの戻り方がめっちゃ好きなんですよね。「おお、戻ってきた」って感じが。

歌詞も英語詞がダサいとか言っちゃったけどそこも含めてすごく良いんですよね。

ハニーハニー 抜けがらの街で会おうよ
もうこれで無敵だ 最後の恋
ハニーハニー 月灯かり浴びて踊ろうよ
罪の花をばらまきながら

「抜けがらの街」「無敵」「最後の恋」からギンギンに伝わってくる2人だけの国みたいな恋の煌めきと全能感。
それでいて、その恋は「罪の花」でもあるという退廃感。

ハニーハニー It's so brilliant!!

と慣れない英語を使ってしまうような浮かれっぷりでありながら、しかしそれは「神の気まぐれ箱庭の中」の出来事であり、「僕らに天国が落ちてくる日まで」のことであるという滅びの宿命もまた見据えている感じ。
このギャップを引き立てるのに英語詞が一役買ってるので全然アリだと思います。




3.僕の天使マリ

ハニーハニーから更に軽快に。
ラジオをチューニングして一瞬サビが流れてからのジャンッジャンッジャンッジャンッ......タカタカタカタカっていうイントロにもううおおおおぉぉぉぉぉ!!!ってなるよね!!ぶち上げ!!
そっからの展開も、Aメロとかサビとか言ってる暇もないようなスピード感ある展開でなんか気持ち良くなってる間に終わっちゃいます。
最後のAメロ?(今だって君のことだけしか〜のとこ)でバンジョー🪕の音が入ってきたりと、ハードロック調な曲が多いアルバムの中では軽めなサウンドがいいアクセントになってます。タッタカしたドラムとブイブイしたベースのリズムがとにかく楽しくて、私情を抜きにすればめちゃくちゃノレる曲っすね。

曲の終わりの部分の、最後の一節だけちょっと盛り上げといてからの「Yeah!Yeah!Yeah!Yeah!」はおもくそ「She Loves You」で笑います。ラジオでマサムネが「スピッツビートルズの孫弟子」みたいなことを言ってましたが、やっぱオマージュはやるのね。

告白しておくと昔好きだった人の名前がマリだったので少し前までは聴くと罪悪感に囚われてましたが今は既婚者なのでへっちゃらです、結婚最高!
しかし当時としてもあまりにそのまんま過ぎて別にこの曲聴いて泣いたりとかはしてなかったですけど......。
てわけで歌詞についてですが、これはまた一段と情けないっすね......。

歌い出しから

今だって君のことだけしか映らないんだマリ

ときて、サビでは「マリ〜マリ〜マリ〜僕のマリ〜」ですからね。草野パワーによってなんとか聴けるけど他の人が歌ってたらかなり恥ずかしいですよね。でも恋なんていわば恥ですから。この共感性羞恥がエモみなんだよ!
にしても、

僕の心のブドウ酒を 毒になる前に吸い出しておくれよ

のピュアなようにも淫靡なようにも聴こえるバランスとかはさすがだなぁと思います。

朝の人混みの中で泣きながらキスしたマリ
夜には背中に生えた羽を見せてくれたマリ

「天使マリ」なんていうファンタジックなネーミングと、この安っぽいとすら言えそうな生々しさとのギャップ。歌詞の中で具体的な情景描写のようなものはここだけなんだけど、この部分の安っぽさと、心理描写の部分の思い詰めたような感すらある重たさのギャップがとっても切なくてしんどい。





4.オーバードライブ

重ためのギターリフが印象的なハードロックナンバー。
このアルバムらしいと言えば1番らしい曲な気もしますが、それだけに印象が薄くなってしまっている感もあります。
でも改めて聴いてみるとやっぱかっけえっすけどね。
歌い方が「惑星のかけら」ともまたちょっと違うやる気のなさというか、軽い投げやりさがあってやはり音とのギャップ萌え。
間奏が二段構えになってて最初はハードロックなギターソロなんだけどその後なんかサンバみたいになるところとか不思議ワールドで好きです。

歌詞はなんというか、頑張ってチャラくなろうとしてるけど根がオタクなのがどうしても出ちゃってる感じが面白いです。

こっちへおいでよ かかっておいでよ
美人じゃないけど 君に決めたのさ

美人じゃないってスピッツの歌詞にちょいちょい出てくる言い回しだけど、男としては正直分かっちゃうよね。わざわざ言わなくてもいいのに。美人すぎると圧が強く感じちゃったり、美人じゃない君を見出した俺、みたいな感じとか。ほんと失礼しちゃうよねって感じでごめんなさいけど。
そんななんかナンパでもしてそうなチャラい感じなのに「闇のルールで消される前に」の厨二っぽさでダサさ全開になっちゃうところがご愛嬌。
そして刹那の快楽に溺れるような退廃的な歌でもあります。

いつまでたっても 終わりはしないのか?

というのは恐らく人生のことでしょう。まぁ終わった時には終わったことすら認識できないわけだから、意識があるうちは永遠に続くのが人生。それにもはや飽きてダレてきてるような感じっすかね。「闇のルールで消される」と「終わりはしない」の矛盾というか、終わりの存在を感じつつ終わらない感覚もあるのが分かりみがある。

だいだい色の太陽 答は全部その中に
今ゆっくりとろけそうな熱でもって僕に微笑んで

そしてこのだいだい色の太陽が意味深。
斜陽の退廃感をイメージさせつつ、性的な比喩としても読めるダブルミーニング。「その中に」「とろけそうな熱」なんて、そういうことですよね!?
行きずりの関係を連想させるエロくも気持ち悪い一曲です。
あと全然どうでもいいけど「君に決めたのさ」ってとこでポケモンを連想してしまう......。




5.アパート

スピッツで1番好きな曲を聴かれたら困るけど、まぁそんでもどうしても1番を答えなきゃいけないならこの曲はその最有力候補ですね。そのくらい好き。

激しい「オーバードライブ」のアウトロからこの曲の美しいイントロに入る繋ぎがまずすごく好きです。
シャラシャラと輪郭のぼやけたイントロのアルペジオが歌詞に描かれる喪失感を倍増させます。そしてベースラインもこのアルバムには珍しくメロディアスでエモい。
歌もここまでの曲にあったキモさが鳴りを潜めて、淡々とした歌い方が諦念になりきれない哀しみを感じさせます。
そして間奏にハーモニカが入ってるんですよね。ここをいつも口笛で一緒に吹いちゃう。「ホタル」も好きだし、間奏にハーモニカが入ってるスピッツの曲好き。

そしてスピッツの曲の好き度を決定づけるのはやっぱり歌詞になっちゃうんだけど、スピッツでも最も好きな部類のこの曲はやっぱ歌詞も最高なんすよね。
なんというか、私の身の丈に合った失恋ソングで。初期のスピッツには珍しくガッツリとストーリー仕立てで歌謡曲っぽさもありますね。スピッツって死別の歌とか多いけどそんな経験したことないのでこのくらいの等身大のが染みるんだよね。

君のアパートは今はもうない
だけど僕は夢から覚めちゃいない

この歌い出しからして最高です。
現実の世界で無情に無常に流れゆく時と、自分の内側では止まってしまった時とを端的に対比する残酷な美しさ。さらに「apart」には「離れる」という意味もありダブルミーニングにもなっている。上手いですよねぇ。

誰の目にも似合いの二人 そして違う未来を見てた二人

というのも外から見た2人と、2人の間の実情との対比になっていて、「誰の目にも」と明確に僕と君以外の他者の存在に言及されるところも特に初期のスピッツには珍しいですね。
また2人が別れた原因に関してもかなり詳細に描かれていて、なおかつ凄く現実的。「違う未来を見てた二人」「小さな箱に君を閉じ込めていた」「恋をしてたのは僕の方だよ」「いつもわがまま 無い物ねだり」といったところから、君に理想を押し付けていた僕、そして君に恋されていると自惚れていた傲慢な僕の姿が浮かび上がり、失ってから始めて君の大切さに気付く......という、スピッツとは思えぬベタなセツ泣き失恋ソングになってるわけっすよね。
スピッツにしては生々しく現実的な失恋ソングながら、「壊れた季節の中で」としっかり内にこもっている終わり方も好きです。




6.シュラフ

タイトルの通り、眠りに誘われそうなゆったりして幻想的なナンバー。
ギターの音は左の方で微かに鳴っている程度に抑えられ、代わりにフルートとピアノが入ってます。ピアノの演奏とアレンジ(スピッツと共同)は『オーロラになれなかった人のために』の長谷川智樹先生。志磨遼平ファンの私としてはドレスコーズの『1』の人という印象ですが。
穏やかながらそこそこ動きはあるベースと、響く感じのシンバルの音が心地いいんですよね。囁くようなハスキーさの強調された歌声も良い。眠たくなっちゃうほんと。
しかし、長めの間奏ではフルートがややカオスな動きをして不穏さを煽っているのも良いっすね。

歌詞も抽象的ながら眠たさと不穏さを両方掻き立てるもの。

疲れ果てた 何もかも滅びて
ダークブルーの世界からこぼれた
不思議のシュラフで運ばれて

ダークブルーの世界とは夜と朝の間のような時間でしょうか。なんかそのくらいの時間に微睡む感じの世界観ですよね。

みんな嘘さ 奴らには見えない
たったひとつの思い出を抱きしめて
不思議のシュラフで運ばれて

世界への恨みとたったひとつしか思い出のないような鬱屈した人生を感じさせるつらいフレーズ。
歌詞自体が上記の三行詩×2つ分しかないので、意味を考えるより倦怠感を感じながら聴くのがベターな気もしますね。
無粋を承知で書くなら、「スピッツの歌詞のテーマ」と草野が豪語した「死とセックス」を同時に思わせるような歌詞だとは思います。
「世界からこぼれた」というのは死の暗喩のようにも感じますし、「たったひとつの思い出を抱きしめて」というのは好きな子との短い触れ合いの思い出をおかずにオナニーしてるようにも思えます。
なんにしろ、生と死のあわいを漂うような不思議な気分で聴ける曲であり歌詞であると思います。




7.白い炎

儚いアパート、幻想的で静かなシュラフから一転、また激しいロックナンバー。
イントロが「Layla」のオマージュっぽいけど、Mステのオープニングほどカッコよくなってないのがスピッツらしくて良いと思います。
激しいんだけど、しかしなんかちょっとしまらない感じもあって、昔はそんなに好きじゃなくて聴いてなかったんだけど、改めて聴くとこのくらいのタラッとしたテンションが心地よく感じます。
Cメロのシンセや、イントロや間奏の手拍子で緩さが出てるのも徹底して格好よくキメすぎないんだなぁ、と。

歌詞はモロにエロですよね。

悲しみあふれても 怒りがはじけても
この日を待つことに心傾けてた

たしかに身も蓋もない言い方ですがセックス出来る予定があれば頑張れますもんね‼️

燃えろ!燃えろ!白い炎よ
まわせ!まわせ!地軸をもっと
言葉をGASにして

燃えろとかまわせとかストレートにエロい意味だと思います。
言葉をGASにしてってのが、動物的な欲求に言葉を付けることで快楽にする人間の業のようなものが感じられて鋭いと思います。セックスには何かしら言葉とか物語が必要ですものね。愛とか恋とかそんな感じの。

ひからびかけたメビウスの惑星で
行き場のないエナジー

メビウスの輪ってのは無限ループとか堂々巡りとかを思わせますし、それが干からびかけてるとなるともう単刀直入に言えば欲求不満ってことですね。行き場のないエナジーって言ってるし。
Cメロの起承転結で転に当たる部分でこういう歌詞が出てくるってことは、これまで見せられてたセックスは全部妄想だったの〜!?みたいな感じもあって面白いですね。
そうなると実はオナニーでしたって感じで、まぁ白い炎はアレのことだろうし、一人で言葉をGASにしてるのはキモいけどとても分かりみがあってつらい......。




8.波のり

雑音から始まりスティックのカウントから入るライブ感のあるノリノリなサーフナンバー。
イントロのシンプルにアガるギターのフレーズとか、Aメロのノリノリなギターとベースとか、間奏に入る時のスクラッチとか、間奏の歪んだギターとかもめっちゃカッコよく明るく楽しい感じ。
なんだけどヴォーカルのせいでどうしても根暗な感じがしちゃうのよね......。

歌詞はどうしても歌い出しの「ペニスケース」のインパクトに驚いてしまいますが(初めて聴いた時は「あれ、今ペニスって聴こえたけど本当はなんて言ってるんだろ?」と思ったけど本当にペニスでした)、全体を見てもやっぱり明るい妄想エロソングって感じで、「海とピンク」に近いものを感じます。

僕のペニスケースは人のとはちょっと違うけど そんなことはもういいのさ

なんというか、自己肯定感と言えば聞こえはいいですけどスピッツに限っては「開き直り」と言った方が似合うと思います。「ええんかい!」とツッコミたくなるような。

くたびれたロバにまたがった ビキニの少女がその娘さ
僕の顔 覚えてるかな

それまで「君」とか言っておきながら一旦冷静に「その娘」とか言っちゃってるのが怖い。覚えてるかなって、覚えてねえよ!とまたツッコミたくなるようなストーカーじみた感がここで一気に表面化してきます。
くたびれたロバにまたがったってのは、「スパイダー」の「ちょっと老いぼれてるピアノ」みたいに金持ちのおじさんってことなのかな、とか。

迎えに行くから どうか待ってて僕のこと仔犬みたいに

ってとこも、いつものスピッツの作風からするとお前が犬になるんじゃないんかい!と言いたくなりますね。猫みたいな女の子に翻弄されて犬にされたいタイプだと思ってたのに......。

晴れた日の波のりは愉快だな

なんでやねん!




9.日なたの窓に憧れて

ジャーンっていうエレキギターの音が鳴りつつ、それよりもシンセに耳が奪われてしまう、後にシングルカットもされた一曲。
アルバムの中ではメロディアスだしキャッチーだしダントツでシングル向けな感じですね。ラスサビで転調までするし。
でも結構長いし歪んだバンドサウンドとシンセの組み合わせとかもちょっと実験的でもあるし、聴けば聴くほど味わい深くもありますよね。
シンセがループするアウトロも印象的。

君が世界だと気づいた日から 胸の大地は回り始めた

そもそも最高なスピッツの歌詞の中でもこれはパンチラインですよね。
アルバムの中でも終盤に来て、この曲はこれまでの曲のような変な気持ち悪さのないストレートで真摯な恋愛ソングに感じます。

僕のほしいのは優しい嘘じゃなくて

君に触れたい 君に触れたい 日なたの窓で

優しい嘘じゃなくて身体が欲しい!というあけすけな物言いにも聴こえますが、「君に触れたい」というシンプルな望みがピュアな感じがしてあんまりイヤらしさを感じさせないのが上手いというかズルイというか。

それだけでいい 何もいらない 瞳の奥へ僕を沈めてくれ

瞳の奥に沈めるって表現もロマンチックで良いですよね。
日なたの窓に憧れて」というタイトルのフレーズはそのままの形では曲の中に出てこないんですが、このフレーズがなんというか自分達の好きなことだけやってて全然売れてないけどいいのか......?というスピッツのバンドとしての活動から来る「売れることへの憧れ」というものも想起させて、そういう意味でもエモさを感じますね。もちろん、そういう背景は抜きにただのラブソングとして聴いても激エモなんすけどね。

ちなみにメリーゴーランドは回ることから輪廻転生、また「窓」というのも「ロビンソン」の「いつもの交差点で見上げた丸い窓」に通じるところから丸のイメージがあり、「かげろうみたいな二人の姿」というフレーズもあるのでやはり強烈な死の匂いも感じさせる歌でもあるんですが。

あとこれはただの惚気なので読み飛ばして欲しいんですが、彼女と結婚することになった時の私がちょうど「君が世界だと気付いた日から〜」という気持ちでした。




10.ローランダー、空へ

前曲のシンセがループするアウトロの余韻を切り裂くようにデーンと始まりつつ、アルバム一曲目と同じく歌い出しはタラっとした感じ。ただこの曲の方がさらにサウンドや歌い方に重たさというか、ある種の真摯さのようなものがあり、アルバムのクライマックス(次の曲はインストだし)に相応しい風格があります。
全体にダウナーなトーンの中でサビの後半でギターがギャーンと来たりする細かな盛り上がりは見せつつ、間奏に至って空へと広がっていくような壮大なサウンドを聴かせてくれます。
正直子供の頃は地味な曲という印象しかなかったですが、今アルバム通して聴くとしみじみと浸れますね。
ノイズの音が長めに引っ張られて終わるアウトロも余韻があって良いっすね。

歌詞ですが、ローランダーとは低地の人。
現実の地理的なアレじゃなくて、地底人みたいなSFっぽさと、非リアみたいな比喩表現とを重ね合わせたイメージで聴いてます。
ここまでの曲は概ね「君と僕」の(妄想を含めた)恋の歌でしたが、この曲では「僕」という一人称は存在せず、曲の主人公である「ローランダー」のことを「君」と呼んでいます。

果てしなく どこまでも続く くねくねと続く細い道の
途中で立ち止まり君は 幾度もうなづき 空を見た

ビートルズロングアンドワインディングロード、いやそれよりも、「チェリー」の「曲がりくねった道を行く」なんかを彷彿とさせるフレーズ。
「日なたの窓」=売れることへの憧れを前の曲で歌っていたとするなら、この「ローランダー」もまた君とは言ってるけど自分たちスピッツのことであって、好きな音楽だけやってるモラトリアムみたいな時期からの脱却をしなきゃいけないなぁ〜という気持ちの表れのように感じてしまいます。

今更なんだけど、棕櫚ってなんだろうって思って調べたら、あのハワイとかに生えてそうな樹のことだったんですね。
そうなると「白いパナマ帽」とかもそのイメージだし、ちょっと現実的すぎるけどそういう自分達には似合わなそうな陽の当たる国への憧れみたいなのがやっぱあるのかな、と。
そうなると「波のり」とかもそのイメージに通じるし、「オーバードライブ」とか「白い炎」の熱を感じさせるところなんかも繋がってくる気がして、アルバムの締めくくりに相応しい歌だなぁと思います。
そして、少なくとも実際に飛んでみようとしたのが、ポップ宣言たる次作「Crispy」なんですよね。




11.リコシェ

アルバムのエンディング、あるいはカーテンコールとかリプライズに近いような印象のインスト曲。
ローランダーの重たい余韻を吹き飛ばすような疾走感があって、なおかつローランダーを受けて宇宙船で「空へ」と駆け抜けていくような感じもあります。SFっぽいピロピロした音。
リコシェってのはスピッツのバンド名候補になってた単語でもあるらしく、それはデヴィッド・ボウイのレッツダンスっていうポップなアルバムに収録された曲から取られていたらしいです。

このアルバム全体で、妄想と現実の葛藤とか、自分の内側に籠ろうとする重力とそれを振り切って外へと飛び出そうとする力の相剋のようなものが感じられましたが、その後ブレイクするスピッツを知っている今思えば、この曲はその飛翔への予兆のように聴こえます。
ボウイの売れ線狙いアルバムの曲からタイトルをとっていることも、スピッツの次作『Crispy』の一曲目のポップさからもこの受け取り方は間違っていない気がするんですが、どうだろう。
ともあれ、ヘビーなアルバムをさっぱりと終わらせてくれる〆のそうめんみたいな曲っすね。