偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

十市社『滑らかな虹』感想

『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』が今年ベスト級によかったので間髪入れずに著者の第二作である本作を読んだのですが、今年ベストがまた更新されてしまった......。


前年に起きたいじめの首謀者の児童が振り分けられた5年3組。
担任の柿崎は、児童の自主性を養うため、クラスで1年間〈ニンテイ〉と名付けたゲームを行うことを告げる。
一人一人が「能力」を持つことができるというゲームは、子供たちの人間関係に緊張感を齎し......。


前作は創元推理文庫からの刊行でしたが、本作は新レーベルの創元文芸文庫から。
レーベルをわざわざ分けているようにミステリ要素はぱっと見は薄めで、しかし物語としてエンタメ小説として圧倒的な面白さが詰まった力作に仕上がっています。

もう、とりあえず一言で言えば「いいから全員読め‼️」なんだけど、まぁそんだけじゃアレなのでつらつら書きます。


まず設定が凄いよね。
あらすじにゲームとか書いてあるから、てっきり北野武が現れて「みなさんには殺し合いをしてもらいます」とか言い出すのかと思ったけど、実際には一人一人が「特殊能力」を持つ、という、ガチで小学5年生らしいもの。
実際私も小5の時にはクラスの男友達の間で特殊能力アリの鬼ごっことかポコペンとかしてたもんなぁ、、、と懐かしく思い出しました。
個々の能力についても、(あんま書くとネタバレになるけど)指鉄砲で撃たれた相手を10秒間殺せる「指リボルバー」......など、かなりリアルに子供の頃考えてたような能力で面白いんですよね。
私って子供の頃どんな能力持ってたっけ......なんか天邪鬼だったから捻りすぎてて使いづらいやつだった気がしてきた......というか、声のデカい友達が強い能力を主張したり私みたいな陰キャは強いの考えると「ずるいからなし」とか言われて結構ダルかったな......とかどーでもいいことを思い出したり。
しかし、本作のゲームは担任の先生発信なので、そういうあからさまな不平等とかはないんですよね。そして先生に見られているから、ルール上のインチキは出来ない。
しかし、それでも気に入らない相手にみんなで攻撃を仕掛けたりとイジメの道具にも使われてしまう辺りはやっぱりそうなりますよね〜という感じで、実体験があるだけにリアルにヒリヒリしましたね。「削り」という概念が、まさに悪意ある小5が考えそうでゾッとしました。
んで、ミステリ要素は薄いと言いましたが、この能力周りの部分で、能力の開示のタイミングだったり能力の組み合わせ方だったり、「エンド」というルールにまつわる強烈な謎だったりがミステリ要素として機能していて、その辺の引きでぐいぐい引っ張られるように一気に読み進めてしまいました。

とはいえ、いわゆるデスゲームものみたいに能力の使い方とかをめちゃくちゃ捻って意外性を出したりとかよりも、ゲームから生まれる物語を丁寧に掬い取っていく作風であり、例えるなら『カイジ』より『イカゲーム』みたいな印象っすね。

本作には語り手が2人いて、1人は5年3組の生徒で当事者としてゲームに参加し、実は担任の柿崎のことが好きな少女・百音。
もう1人が、1年生のクラス担任で、百音の委員会の先生であり、こちらも柿崎に思いを寄せる若手教師のあやめ。
ゲームの内と外、また子供と大人という対照的な2人の語りが、絶妙なところで切り替わっていき、両者の視差によって謎が生まれたり次の展開への引きを作ったりするあたりめちゃくちゃ上手いですね。
そして展開の緩急の付け方も上手い。
じわじわと不穏さや引っ掛かりをばら撒いていくようなパートと、ゲームが一気に動き出すテンションMAXなクライマックスとの落差。
特に、じわじわパートで丁寧に描かれていく小学生ならでは、あるいは若い教師ならではの感情の機微が非常にリアルです。クラス内の力関係やクラスメイトのちょっとした言動に対する解像度が高いんですよね。でも確かに子供の頃って、大人になってからは忘れちゃってるけど意外に敏感だったりしますからね。
あと、あやめ先生視点の方も、彼女はちょうど今の私と同い年なのでシンパシーを感じたし、不器用で捻くれた恋愛描写も刺さります。

本書は上下巻になってるんですけど、読む前はこのくらいの長さなら上下に分けなくても良いのでは?とも思いましたが、上巻の終わり方がThe上巻の終わりという感じでめちゃキマってたので恐れ入りました。一旦本を置いて、上巻の痺れる余韻を味わい、下巻に向けて残された奇妙な謎に思いを馳せてから下巻を手に取る、、、という読書体験自体が楽しい、良い分冊だと思います。

下巻からは、特に最終盤ではかなり深刻な話になっていき、しかしクライマックスのスピード感は物凄くてヒリヒリするシリアスさと脳汁が迸る興奮とが同時に味わえてちょっとした運動をしたくらいの疲れを感じました。
そして、最後この結末なのも前作『ゴースト≠ノイズ』から地続きというか、前作で避けたものに真正面から向き合って描き切った感じがして、著者の物語への誠実さを感じます。


という感じで、学校という特異な場所での人間関係や感情の動きを丁寧に描き、ミステリ要素が物語のおもしろいと深みに寄与しているあたりも前作から引き継ぎつつ、より進化している大傑作。全員読んでくださいマジで。


以下少しだけネタバレで。



















































いじめの話かと思ったらそれは上巻で憑き物が落ちるようにあっさりと解決し(その憑き物の落ち具合が「上巻 完!」という感じで最高)、そこから派閥闘争になるかと思いきや家の中での犯罪行為へとどんどん予想外の方へ、そして深刻な方へと潜っていく展開が素晴らしい。
スカッとする上巻ラストの時に裏面では悍ましく悲痛な出来事が進行していたという形で、上巻のクライマックスと下巻のクライマックスが重ね合わされるのも凄い。
「エンド」の発動タイミングも鳥肌もの。

子供たちにとってこの出来事は重く残るだろうけど、殺さなかったんだからこれな、誠実に生きるための糧になることでしょう。なってほしい。まぁ本音を言えばあいつ殺されてほしかったけど。初期の伊坂幸太郎なら殺してたよね。

一方、カッキーの顛末は残酷ですけど、絵空事みたいなハッピーエンドにはせず、介護のつらさも仄めかしつつも、ギリギリ希望も感じられなくはない匙加減、いいっすね。

そんで、前作のネタバレにもなっちゃうので伏せますが、(ネタバレ→)前作では高町の性的虐待疑惑はレッドヘリングに過ぎず、架も昏睡状態ではなかったですが、本作ではその2つのテーマが真正面から描かれているので、著者の進化を感じて胸熱です。