偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

笹沢左保『突然の明日』感想

特選の笹沢左保100連発第3弾。


銀行勤めの父、主婦の母と、大学生から社会人までの男2人女2人兄弟からなる、平凡ながら幸せな小山田家。
ある晩の食卓で、長男の晴光が白昼の交差点で一瞬にして消失した女の話をする。
翌日、晴光自殺の報が小山田家に届く。しかも、同じ頃に同じ場所で起きた殺人事件の容疑者と目されて。
兄が人を殺せるはずがないと信じる次女の涼子は、父や晴光の友人と協力して事件の真相を探るが......。



当時の絵に描いたような平凡な家庭の姿から始まる本作。
今となってはこの家庭は上流階級にしか見えないのがつらいところではありますね。

白昼の人間消失は不思議ではあるものの目撃者が1人だけでしかも故人なのでいかようにも解釈できて謎としてはやや弱いです。
また、一家の長男が殺人の容疑をかけられたまま死ぬというのも地味っちゃ地味。
ただ、そんな謎の地味さを補って余りあるのが調査パートの魅力。
片や、生真面目な父親が壊れゆく家庭を取り戻して息子の無実を証明するために......片や、負けん気の強い次女が"突然の明日"に抗うために、協力して事件の解決に乗り出すというのがエモい。
特に次女涼子のパートでは兄の友達への恋心とか恋のライバル登場⁉️とかの昭和なラブロマンスも展開されて懐かしくてふふふってなっちゃいます。今とは貞操観念とかが違ってて面白い。

また、九州宮崎と東京を行き来して物語が展開するので、旅情ものみたいな面白さもあります。といっても観光しに行くわけじゃないのでホテルや旅館が主なんですが、コロナ禍の今となってはホテルというもの自体が懐かしく感じてしまいます。

ミステリとしては、真相の意外性はそこまでだし、トリックも今回はそんなに切れ味鋭くない気はしましたが、伏線の張り方とタイトルの回収はさすがとしか言いようがないです。
特に(ネタバレ→)ケロイドのある女性が伏線だったのが印象的。(ネタバレ→) 火事に関しては伏線感が見え見えすぎて絶対何かあるとは思っちゃいましたが。
特選からのこれまでの2作「招かれざる客」「空白の起点」はどちらも過去を指すタイトルだったのに対し、今回は未来を指しています。とはいえ、運命に翻弄される人間の悲哀をタイトルの一言に凝縮している点では共通していて、笹沢左保のこの辺の作品のタイトルセンスはすげえ好きです。

そんな感じで、前の2作品が良すぎて、相対的にミステリとしても人間ドラマとしても若干の物足りなさを感じてしまったのは否めませんが、それでもやっぱり面白かったっす。笹沢左保好きやわ。