偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

矢野徹『カムイの剣』感想

トクマの特選より、初読で不勉強ながら名前すら知らなかった著者の作品でしたが、めちゃくちゃ面白かったです。



和人とアイヌの間に生まれた次郎は、育ての母と姉を殺され、その濡れ衣を着せられる。
次郎は、父が遺したという"カムイの剣"を手に忍者修行を積み、仇である怪僧・天海への復讐を誓うが......。


山田風太郎忍法帖を思わせる忍術バトル的な側面もありつつ、そこから大海賊キャプテン・キッドの財宝や、日本と世界の未来までが絡んでくる壮大な歴史冒険アクションになってて1冊の本でこれだけ内容が詰まってるのかとびっくりしました。

まずは序盤の次郎の受難が本当にエグい受難受難受難でもう読んでてつらさと敵への憤りでしんどくなってきます。80ページまでくらいで既に人生を何回繰り返してもここまで苦しめないだろうくらい辛い目に遭うし、なんなら私だったら50ページくらいで自殺してるだろうと思うので次郎は強くて凄いなぁと思いました(小並感)。

そして数々の受難を経て次郎くんめちゃくちゃ強くなるんだけど、敵もまた強大なので常に苦戦を強いられている感じでハラハラドキドキが止まりません。
まぁ話の都合上、敵が次郎を生かしておかなきゃいけなかったり思わぬ助けが入って助かったりみたいなちょっと都合のいい展開も多いのですが、それを踏まえてもただただ面白くて中盤は一気読みしてしまいます。
日本にとどまらず世界へと飛び出していく壮大なスケール感、登場人物も色んな人種・国籍に渡り、内外の実在の歴史上の人物も登場したりと豪華絢爛盛りだくさん。
そこに次郎とヒロインのお雪との敵同士の切すぎる恋模様まで描かれたらもう堪らんでしょ。その他の流浪の旅の先々で出会う人々もいちいち印象的で、推しキャラが多すぎて困ります。
1人で旅を始めた次郎の人柄に惹かれた仲間たちがRPGのパーティみたいに集まっていくのもアツいっすよね。

そしてエンタメとしてだけでも超絶面白くてエモい上に、現代にも通じる......というか、令和4年7月現在に向けて放たれたような社会的メッセージも鮮烈です。
日本におけるアイヌや、アメリカにおける黒人や日本人などの有色人種、貧しい村人や正直者、そうした弱者を踏み躙り強者のためにある政治......。
アイヌと和人のルーツを持つからこそどちらからも虐げられる次郎が、それゆえに差別や横暴を憎んで強大な敵に立ち向かう姿はカッコ良すぎるんですよね。
しかし、40年前にこれが描かれていながら、令和の今現在もマイノリティの権利を認めない馬鹿な政党とか女性の身体を私物化しようとする馬鹿な州とかがあるわけなので絶望的な気分ではありますね。
個人的には、「復讐は何も産まない」みたいな都合の良い綺麗事は嫌いなので「復讐ないところに正義なし!」とか言ってガンガン悪い奴を殺してくのは爽快でしたね。

最後に一つだけ難点というか、微妙だったのが、終盤で急に歴史の授業みたいになってくるところ。
それまで次郎個人とその周囲の人々のドラマだったのが、彼らも時代の大きな波に飲み込まれていってしまうようなところがちょっと寂しかったです。


とはいえほぼほぼ100点満点のめちゃくちゃ面白いエンタメ小説だったので、自分では絶対読まなかった本作と出会わせてくれたトクマの特選さんに多大なる感謝を!(いつものやつ)(徳間からお金もらってないですよ)
矢野徹さんの他の作品もシリーズで刊行されそうなので楽しみです。