偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

打海文三『ロビンソンの家』感想

気になっていつつ読んでなかった作家の作品を読むきっかけになる、というのも復刊のいい所の一つだと思います。
打海文三伊坂幸太郎が影響を公言していたことから高校生の頃にはもう気になる作家ではあったんだけど、あんまり見かける機会もないまま今まで忘れていました。
高校生が主人公のお話ではありますが、彼がかなり早熟なので私が高校生の時に読んでたら全然話についていけてなかった気もするし、童貞じゃなくなってから読んだのが正解だった気がします。
ありがとう、トクマの特選(結局いつものこれ)。




高校を休学した17歳の夏。リョウは、4歳の頃に失踪した母・順子さんがその直前に建てた「Rの家」で暮らすことになる。そこにいたのは、酒浸りのやさぐれた叔父と、知的でニーチェを愛読する風俗嬢の従姉妹だった。
3人は順子さんのことやセックスのことなどを語り合いながら日々を過ごすが......。


めちゃくちゃ面白かったです。
というか、めちゃくちゃ伊坂幸太郎への影響を感じました。感じつつ、伊坂作品はそれを中高生向けにマイルドにしてるようなところもある気がしますが、本作はもうちょい辛口。うん、辛口な伊坂幸太郎みたいな......。

話の筋とかはあるにはあるけどさして目新しくもないというか、まぁどうでもいいんですよね。
本筋がどうこうというより、その中で語られる登場人物たちの哲学や世界観といった脇道こそが本筋になっているような。だから一応「母親の失踪の真相は?」とか「主人公リョウの童貞の行く末は?」みたいなヒキはありつつ、それとは関係なく面白い。

冒頭の、幼い頃の母親の記憶をデイドリームにしてすごい射精をしてるみたいなのをことさら協調せずさらっと流して語るあたりのスカした感じにもう「好きかも」ってなりましたね。
それを皮切りに、とにかく語られるセックスについて。童貞の主人公、経験豊かな大人の叔父さん、風俗で働く従姉妹、それぞれのセックス観それ自体が読んでてとにかく面白い。居酒屋で友達と猥談するみたいな楽しさがあります。
しかし、それがただ下品な猥談ではなく、(宮内悠介による解説にもある通り)そこからフェミニズムや、もっと言えば男性学まで射程に入れているあたりは20年前の作品とは思えない今日性をたしかに感じてしまいます。
本作には、男から見た魅力的な女性......いや、男から見たエロい女、がたくさん出てきます。そんな中で「女は商品」「売春やAVは必要だけど妻や娘には絶対やらせない」みたいな男性中心社会の核心を突くような言葉が語られていくことで逆説的にそれを批判しています。
そういうことを言うのは主人公の父親であって、父親のそういうところに対してはちょっと嫌悪感のようなものが感じられる書き方になってるあたり、家父長制を継承しない、ということもテーマの一つなのかと思います。というか、そこが1番刺さった。

また、「世界は解読されている」という言葉が引かれつつ、作中作や作中映画脚本(口頭で)などが作中現実を「解釈」を通して再描写していく辺りに、真新しい創作物などもうないけどそれでも物語を紡ぐ理由みたいなものも感じられて、創作論みたいな側面もあるのかなと思いました。

そんな感じで、身も蓋もない尖り方をしていつつもどこかセンチメントな感じもあってとても引き込まれてしまう傑作でした。