偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

今月のふぇいばりっと映画〜2021/12

今月の作品はこちら。
・幸福(しあわせ)(1964)
・生きる(1952)




幸福(しあわせ)(1964)


ヌーヴェルバーグの人で女性監督の先駆的な存在でもあるらしいアニエス・ヴァルダ監督、初めて見ました。

ゴダールさんとかいくつか見て、映像カッコいいけどやっぱ眠くなっちゃうな〜とか思ってるシロートなので、これも面白いんだろうかと不安だったけど面白かったです、めちゃくちゃ。


主人公の男には妻と2人の子供がいて、冒頭で幸せそうな一家のピクニックの様子が映されますが、そこに咲く向日葵の首はがくりと落ちて今にも枯れそう。
分かりやすいくらい、妻との幸せな暮らしを夏に仮託して、そこに新しい季節(不倫相手)が現れて......といった具合に語られる不倫を描いたストーリー。
なんだけど、不倫を描いているわけじゃなくて、恋愛相手の代替可能性みたいなものとか。あるいは、恋愛とセックスと結婚を解体するような内容で、今見てもなお価値観を揺さぶられる物語です。
私の大好きで大嫌いな「(500)日のサマー」にも絶対影響を与えてますよね。知らないけど、絶対そう。

また、それより何より映像がすげえ好き。
監督のドヤ顔が思い浮かぶくらいバキバキにシャレオツ。赤い映画はよく見ますけど青い映画はあんま見たことないので新鮮でした。青を基調に、街並みからファッションから画面に映る全て計算され尽くしてるような色彩の美しさ。オープニングのサブリミナルや、セックスのシーンなどのアイデア映像も面白いです。

そんな感じで、観てる間は映像の美しさがとにかく楽しく、しかし後味は最悪というか、他人事とは思えない怖さがあって、忘れられないくらい強烈に印象に残ってしまう名作でした。


生きる(1952)


黒澤明の作品の中でも特に代表作と呼べそうな作品ですね。黒澤明自体あんま観てなかったので今更観ましたがめちゃくちゃ良かったです。

役所の市民課長として可もなく不可もなく長年勤めてきた渡辺だったが、ある日末期癌を宣告され、残された命で何かを残したいと願うようになる......。


主人公の渡辺課長を演じる志村喬の演技がこの作品の魅力のほとんど全てと言ってもいいのではないでしょうか。
あまりに不器用で、見ていてこっちがつらくなるような、あのたどたどしい話し方。絶望や恐怖が張り付いた表情。
彼が奮起する筋立ての話ではありつつ、その部分は実はあまり語られず、そこに至るまでの怯え悲しみ自棄になって目的もなくフラフラと彷徨う姿の方がよっぽど長く描かれて、その姿に、夜の海に落ちるような気持ちになります。
だからこそ、意外な構成で繰り広げられる後半での、憑かれたように公園作りに奔走する渡辺課長の姿に鬼気迫る美しさを感じます。

死を宣告されるまでの生きていながら生きていない渡辺課長に今の自分を重ねつつ、私だったらあと3ヶ月で死ぬと言われてもここまで執念を持って人生完全燃焼しようとも思えずに無為に終わりを待ちそうな気がして、こんな良い映画を見て感動はしてもそれを活かせない自分の怠惰に絶望的な気持ちになりますけどね。

まぁ絶望的な面についてばかり書きましたが、反面どことなくユーモラスな描写、特に渡辺課長が可愛くて微笑ましい瞬間なんかも結構あって、泣き笑いに感情を振り回されます。
また、システムというものへの批判と、それに対しての人間性の奪還のようなテーマもあり、日々上からの理不尽な指示に従う社会の歯車としては非常に共感できる部分もありました。

小さな個人の生き様と、大きな世の中への批判のどちらもに心動かされる傑作でした。

あ、あとは、途中に出てくるぬぼーっとした小説家のキャラがめちゃくちゃ良かったです。彼が主役の話も見てみたいくらいに。