偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

中町信『追憶(recollection) 田沢湖からの手紙』感想

例によってトクマの特選。
『死の湖畔3部作』として刊行されるらしい作品群の一作目です。


脳外科の権威・堂上富士夫は、妻の美穂が田沢湖畔で溺死したという報せを受ける。
妻は中学時代に起きた「15年前の事件」の真相を探るために同窓会に出席していたのだ。しかし、クラスの関係者に話を聞いても「過去の事件」について誰もが口を閉ざしてしまう。
やがて、関係者たちが次々に殺されてゆき......。


原題は『田沢湖殺人事件』。
トラベルミステリ流行りの潮流に乗っかった原題を現代風に一新するという意図は素晴らしいと思いますが、『タイトル(英題)ーサブタイトル(+3部作のシリーズ名)』という名前の渋滞になってしまっているのは分かりづらく、普通に『田沢湖からの手紙』だけでよかった気もします。
※この辺は編集さんがTwitterで改題の意図を語っていていくらか納得も出来ました。


それはさておき、内容はなかなか面白かったです。
同窓会に行った妻が死んだ......という、なんかそれだけで懐かしくなる発端はもちろんですが、妻が調べようとしていた「15年前の事件」が何なのか自体がなかなか明かされないのがニクいところ。
過去の事件はホワットダニットのスリーピングマーダーみたいな様相を見せつつ、現在は現在で関係者が次々死んでいくという盛り込み具合が凄い!
とにかくスピード感のある展開で、まぁどんどん人が死んでいくんですわ。しかし人物描写もきっちりしてるから、エンタメとしては人が次々死んでいくのに楽しさを感じつつも、彼らの死に哀しみも覚えてしまうのが素敵なところ。
少しずつじわじわと明かされていく過去と、息つく間もない現在のギャップが良いですね。

過去の事件に関しては、あまりにシンプルながら映像的に鮮やかなトリックが光り、現在の事件はこの時代ならではのトリックにレトロな趣を感じてしまいます。
言われてみればしっかり張られている伏線も上手い。
そして、真犯人の正体からホワイダニットに至るまで、ミステリとしての仕掛けがこれでもかとぶち込まれていて満腹感がすごい。
解説で指摘されているご都合主義的な死も、サスペンスの演出の一環として許せます。
登場人物が多すぎて一人一人が深く描き切られないきらいもありますが、群像劇だと思えば余白が残るくらいがちょうどいいとも思います。

そんな感じで、地味だしツッコミどころがないわけじゃないですが、めちゃくちゃ密度が濃くてとにかく読んでいて面白い良作でした。
3部作、残りの2冊にも期待。