偽物の映画館

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山田正紀『囮捜査官 北見志穂1 山手連続通り魔』感想

初出は1996年、2ヶ月置きで1年間に5冊というハイペースで刊行されたシリーズ。
それから、1998年に幻冬舎文庫、2009年には朝日文庫でそれぞれ改題文庫化され、今回また改題され、恐らくは決定版として〈トクマの特選〉から刊行されます。

決定版、というのも、今回は元の4巻までを復刊した後、5巻を廃番にして代わりに2ndシーズンをリブートする、という企画らしいのです。
面白そうな昭和の作品を令和に蘇らせるだけでなく、シリーズの四半世紀ぶりの続編まで出しちゃうこのレーベルはマジでヤバい。編集さんの愛を感じる本気のレーベル〈トクマの特選〉を今後ともよろしくお願いします(回し者)(売れたらもっと色々出ると思うし)。


というわけで、本作が囮捜査官シリーズの第1作。
警視庁特別被害者部という架空の部署に属する囮捜査官の北見志穂と、護衛役を勤める初老の刑事・袴田が、山手線で女性ばかりを狙って起こる連続通り魔殺人に挑む、というお話。

20世紀の作品ですが、痴漢を理不尽で憎むべき犯罪としてきちんと描いている今日的な人権意識にほっとします。一方で警察組織もまた男社会で、その中で主人公の志穂が遭遇する理不尽な出来事も描かれます。
こうした今読んでもかなりまともなジェンダー観で描かれた作品ですが、98年の幻冬舎文庫版では「女囮捜査官 〇姦」という官能小説みたいな誤解を招くタイトルで出されていたりもするので(やはり幻冬舎はクソ)、今回こういう形で令和の世に蘇ってくれて良かったと思います。

もちろんミステリとしても面白い。
山手線の満員電車の中での犯罪なので、容疑者の範囲があまりにも広く、どうしても絞り込みに多少ご都合主義的な面はなくもないです。しかし、それでも怪しげな人物が出てきては犯人じゃなかったという流れを繰り返していく中で最後に明かされる犯人像は意外なもの。
進行形の事件の捜査ってのもあってジェットコースターのような展開が魅力のお話ですが、だからこそ後出しにならないように伏線が張られていたりもして、ライトでスピーディーながらも技巧に唸らされます。
また、ラストで語られる犯人の動機もかなり印象的ですよね。男のための社会、と言うテーマにも絡んできて、後味悪いですが驚かされました。
このへん、現代だったらこういう描き方はされない気もしますが、そこは流石に仕方のないところ。だからこそ、令和にアプデされているであろうリブートのセカンドシーズンがとても楽しみです。