偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

三津田信三『忌名の如き贄るもの』感想


刀城言耶シリーズ第8長編。


人生で降りかかる災厄を「忌名」に託すために行われる『忌名の儀礼』。
先輩の婚約者がこの儀礼の伝わる虫頸村の出身者である縁から、2人の仲人のような立場で村への挨拶に付き添うことになった刀城言耶。
しかし村ではまさに忌名の儀礼の最中に青年が殺害される事件が起きていて......。


短編集の前作から2年、長編としても3年ぶりと、幽女→碆霊の6年間の不在を思えばコンスタントに出た最新作。
しかしその分、どうしてもシリーズの初期作より色んな意味で軽くなっている印象は否めません。

例えば序盤のもうお馴染みとなった祖父江偲さんやクロさんとのやり取りは完全にラノベだし(祖父江偲さんは好きだから良いけど......)、事件の内容にしても今回は1人が目を刺されて死ぬだけという、ちょっとしょぼいもの(不謹慎ですかね)。
事件の謎も、細かいものは色々あるものの、要するに「動機+アリバイ=犯人は誰?」というのを延々と調べ続けていてかなり地味。
ついでに言うと、村の地図とかも付いてないからアリバイ云々の話を把握するのもなかなか骨が折れます......。
怪異に関しても、忌名という発想はもちろん面白いし、冒頭のエドガーアランポーオマージュのいつもの怪異体験記もやっぱり怖面白いんですけど、言ってしまえば肝試しの道中で細々とした怪異が襲ってくるみたいなものでいつもに比べるとインパクトは薄め。
そしてクライマックスの多重解決にしても、いつもの二転三転から四転五転を経て七転八倒するというほどではなく、それぞれ意外なもののあっさり終わる感は否めません。

やはり初期作のような濃密さを毎度望むのは酷というものか......と思いつつ、期待していただけに肩透かしを食らったような気分............に、なりかけたわけですが............。


最後に明かされるとある真相に至って、ミステリとしての意外性とゾワゾワと鳥肌の立つような怖さが共にガツンと強烈に襲ってきてちょっと手が震えるくらいでした。
読み終えてみればこれをやるために全ての設定を作ったとしか思えないのですが、そうした設定に色んな意味合いを持たせてあることで不自然さやご都合主義っぽさを感じさせないのはさすがとしか言いようがなく、某『予言の島』の作者にも見習って欲しいところですね。

そんな感じで、正直期待外れという印象で読み進めていると最後で「やっぱりこのシリーズは凄え」と思い知らされる傑作でした。


以下ネタバレで少し

































































































































はい、ネタバレ感想です。


刀城言耶が警部に見守られながら解決編をやっていくのに萌えつつも、村内の人物から村外の意外だけど面白くはない人物を経て、村内で生死不明になっている人物という1番ベタなところに着地します。
それでも、八年間備蓄食だけで生き延びていたという壮絶な仮説には驚かされるし、その動機もまた凄みがあります。

......と、普通のミステリならここまででも十分満足のいくくらいの驚きは味わえたのですが、刀城言耶シリーズがそれで終わるはずもなく......。

まず明かされる「尼耳家が村八分に遭っていた」という村の秘密でもうびっくりして3mmくらい浮きました。
シンプルにして今まで見えていたもの全てをひっくり返すような真相。それが、村の側からは件淙の狂気と、周りの人々の彼への気遣いから隠され、多方刀城言耶や我々読者には先輩と李千子の結婚が上手くいって欲しいと願うばかりに盲点に入ってしまいます。
そして、そこから芋づる式に明かされる真犯人の正体とその動機には、驚きと切なさと信じたくない気持ちと悍ましさとが綯い交ぜになった複雑で巨大な感情に襲われます。
好きな人に会うために火事を起こすーー所謂「八百屋お七」式の動機を主眼にしたミステリは私が思いつく限りでも3作くらいありますが、本作はその捻り方がめちゃくちゃ巧妙です。
村八分の件自体が意外な上で、実家が村八分になっていることがバレたら結婚できない→葬式があれば村八分を隠せる......という捻り方がされてるので、このネタだとは流石に想像もつかず、初めてこのパターンを読んだ時みたいな衝撃を喰らってしまいました。

そこから、李千子への恐れとそのあまりに狂った動機の切実さへの哀しみとを感じつつ、最後の最後でそれが「畏れ」に変わる......という「謎が解けて最後に残る怪異」のインパクトも素晴らしい。

ちなみに、八百屋お七ネタと、犯人が使った物理的なトリックはそれぞれ私の好きな某作家と某作家の有名作でも使われていて、その2人の作家はよく並べて語られることもあるのでそこから取ったのかなぁ......とも想像してしまいます。

まぁそんな感じで、使い古されたネタを使いながらも舞台設定と物語の構築と少しの捻りによって全く新しい驚きを味わわせてくれる傑作でした。