偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

三田誠広『いちご同盟』感想

去年の今頃も「夏だから」と思って『永遠の放課後』を読んでましたが、今年も夏だから三田誠広を。


ピアノが好きだけど、プロになれるほどの腕じゃないことは自分でわかってる。かといって成績もまぁまぁで、進路をどうするかーーいや、自分はどうやって生きていけばいいのかーーに悩む中学3年の北沢良一。
そんな時、野球部のエースの羽根木徹也と、その友人で重病で入院する少女上原直美に出会い、良一は徐々に人生への見方を変えられていき......。


悩める少年の恋と友情とそれ以外を描き切った青春小説。

短いページ数でさらさらっと読めるんだけど、読後に残る余韻はなかなか忘れ難い、まさに夏のような小説でした。

冒頭、主人公が自殺者への関心を持って小学生の飛び降り現場を見に行ったり自殺した芸術家の手記を読んだりするあたりからしてもう身に覚えがありすぎて恥ずかしくなってしまいますが、それが満たされすぎて満たされないという感覚に基づくものだと分かっていよいよ自分を見ているようないたたまれなさとエモさを感じてしまいました。
とはいえ彼にはピアノという打ち込めるものがある......あるだけに大変でもあるんだけど、そこだけが何もない私との違いであり、彼を眩しく思いました。

そんな彼が出会う徹也と直美の人物造形もとても良かったっす。
徹也の、若いなぁと思わされつつも中学生としては圧倒的に大人びていてクラスにいたら羨望と嫉妬の眼差しで見てしまいそうな感じ、めちゃくちゃいそうですよね。てか、いましたよこんな子、クラスに。
直美ちゃんの強がってたりある程度は達観または諦観してるようなところもありつつ、難病もののラノベとかにありがちな聖人めいた萌えキャラじゃない人間臭さもあるあたりも好きです。

そんな彼らに出会うことで、主人公は良い影響も受けるとともに、彼らと自分を比べて落ち込んだりもするという両面からの変化もまたわかりみが強いところで。
そこに家庭での話も絡んできて、さらには学校の先生やクラスの番長やいじめられて不登校になった同級生といった脇役たちもそれぞれに人生というものを抱えているんだと思わされるような印象を残します。
また、私は野球は全然分からんし音楽にも疎いのですが、それでも主人公たちが打ち込むピアノや野球の細かな描写からは、打ち込んでいる情熱はしっかりと伝わってきて、それらがみんな合わさって中学時代の全てが描かれていると言っても過言ではない濃密さになってます。

個人的に好きなのは(ネタバレ→)終盤で、これまで退屈だと思っていた曲の良さが突然分かるようになるところ。
大人のことを軽蔑していただけだった彼が、自分も一つ大人になって、大人は大人で悪くないと知るような、生活を捉えるような、特別な瞬間が美しい。
それまで、自意識の大きさから理想と現実とのギャップに悩んで中途半端に死に憧れていた良一が、本物の死に直面して現実の側に降り立った

ようなところが今の自分に重なるところもあって好きです。とはいっても私はまだ直面したことはないのですが......。この歳になっても、だからいつまでも大人になれないんですかね。

この歳になって読むと、15歳の時のことなんてすぐに忘れてしまうよ、とも思ってしまうんだけど、だからこそ忘れないために結んだ『いちご同盟』というタイトルが読後胸に突き刺さるんですよね。

めちゃくちゃどうでもいいので最後に余談として書くけど、直美のとある印象的なセリフにめちゃくちゃドキドキしつつも、若干「リンリンリリン リンリンリリンリン♪」ってなっちゃいました。

それではまた来年の今頃に、別の三田誠広作品を読むことでしょう。さようなら。