偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

カツセマサヒコ『夜行秘密』感想

私の大好きなでお馴染みのindigo la Endの6枚目のアルバム『夜行秘密』を元に、『明け方の若者たち』のカツセマサヒコが書き下ろした恋と秘密と後悔の物語ーーー


というわけで、刊行が発表された時から楽しみにしてた本作ですが、実際読んでみた感想として、凄く良かったです!
凄く良かったけど、曲の内容と小説の内容が違うところがーー著者の狙いだと分かってるしそこが凄いとも思うけどーーindigoファンとしては少し拍子抜けしてしまうってのもありました......。

とはいえ、まずはindigo la Endの作品が小説化されただけで満足だし、そんな企画が通るくらい売れてるんだってのも嬉しいし、著者のカツセマサヒコ氏もリスペクトを持って描いてくれているのが伝わってきて胸熱でした。

全体の構成も、序盤は一曲ずつの歌詞の内容と重なるところのある群像劇......そこから、終盤ではだんだんと曲の内容から離れて別物の長編小説になっていくという凝ったものになっていて、特に読みはじめた頃には予想だにしなかった終盤の展開は凄かったです。

内容にも、終盤はアルバムの『夜行秘密』からは離れていくんだけど、それでも全体に通底するテーマーー恋の秘密と後悔、そして大きな社会と小さな個人の相対ーーは、indigo la Endのみならず、ゲスの極み乙女。なども含めた川谷絵音作品、さらに言えば川谷絵音の人生そのものと深く結びついていて、曲の内容をただなぞるのではなくこういうやり方も面白いなと思わされます。
というか、むしろ本作の終盤のBGMは『達磨林檎』な気さえしてしまいます......。

キャラクターもそれぞれ魅力的で、全員が聖人君子ではなく、純粋な悪人でもなく、それぞれに信念や大切なものを持ちながらも、それぞれに欠点や見えていないものもあって、それでお互いに傷つけあってしまう......というのが切なくてやるせなくて人間って感じでした。
だから特に好きなキャラとかはいないくて、全員が平等に印象に残るし、全員の中に少しずつ自分と重なるところ、共感できるところがあって、逆に言えば全員に100%の共感はできない。
そういうところがきっと著者の描きたかったところなんだろうなと思います。

各編の中に、どんなに内容が曲から離れていっても必ず歌詞のワードが入ってきて、さらにはアルバム『夜行秘密』に留まらず過去作の歌詞なんかも引用されるあたりが、嬉しくもオタク同士の気恥ずかしさもあってフフってなっちゃいました。でもナツヨはともかく、『濡れゆく私小説』から"あの曲"を引っ張ってくるあたり趣味が合いそうです。私もあの曲大好きなんすよね!

そして、ラスト、ほんとに最後の一行で、あの言葉がああいう意味合いで言われるのにぞわっとしました。
喪失、というindigo la Endの曲のテーマとしても最も比重の重いものを最後にこの言葉から感じさせられて、切なくなる前に瞳を閉じてしまうよ。

......で、ひとつだけちょっと物足りなかったのが、文体が映像的すぎるところ、ですかね。
もうちょっと小説ならではの具象的ではない表現が欲しかったかなぁ、と。
まぁ、狙う層が普通の小説とは違ってくるから、これで合ってるんだとも思いますが、ちょっと読みやすすぎてもうちょい読み応えがあっても良かったなと。
あ、あと、アルバムで特に好きな「夜行」「さざなみ様」「不思議なまんま」があの扱いっていう......笑

とはいえ、indigo la Endトリビュート作品としても、ひとつの物語としても大満足な作品に仕上がってて、何様って感じだけどちょっとホッとしました。カツセマサヒコ先生ありがとうございます。