偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

マーガレット・ミラー『まるで天使のような』読書感想文

マーガレット・ミラー。数年前に復刊された時に印象的なタイトルから気にはなっていたものの結局読んでなかった作品です。


カジノで有り金を全てスって友人に山中に置き去りにされた主人公のクインは、そこで"塔"と呼ばれる新興宗教の施設に駆け込んだ。
外部との接続を絶ったその施設で、クインは1人のシスターからオゴーマンという男を探して欲しいと頼まれる。
"塔"を出た彼はオゴーマンを探すためチコーテという街を訪れるが、そこで彼が5年前に謎の死を遂げていたことを知り......。



いやはや、面白かったです。

宗教施設と田舎町を主人公が行き来するお話なんですが、この二つの舞台のギャップが面白いですよね。
片や、秘密めいてミステリアスな世俗から離れた空間。片や、生活臭のあるどこにでもありそうな田舎町、ですからね。
この雰囲気のギャップがいい違和感で引き込まれました。



また、登場人物たちが魅力的。

まずは主人公のクインという青年。
彼は口がよく動く皮肉屋でとにかくふざけたことばっか言ってるのが楽しいんですが、それは純粋さの裏返しでもあるようで......。彼が事件に介入していく動機に、意地や好奇心の他に青臭い正義感も垣間見られるために、非常に感情移入しやすい主人公像を体現しているのが良いっすね。
そして、彼が出会う女性たちがみんな魅力的。
ヒロイン役の女性とクインのほのかな、かと思いきや終盤でいきなりグイッとくる恋愛模様の行く末にドキドキしつつ、クセが強すぎる子離れできないババアから〈塔〉の外の世界を知らない少女まで、幅広い年齢層のレディース&ガールズが登場。
みんなそれぞれ個性的で、クインの冒険に華を、あるいはドライフラワーを添えてくれています。



そして、その構成と結末もミステリとしてめちゃ巧いっす。

前半は大きな事件は起こらないながらも、町での男の失踪事件と、同じ時期に近所で起きた横領事件。そして、大きく距離を隔てた〈塔〉の存在自体の謎。
そうした謎たちが繋がりそうでなかなか繋がらず、また失踪人の安否も宙ぶらりんなままに本書の全体像すらよく分からないまま読者はもやもやした気持ちで読み進めることになります。
終盤で大きな出来事が起こったりして、最後の数ページには張り詰めた緊迫感が漂い、それでもなお掴みきれない物語。
それが最後の最後でストンと、というよりはズドンと思いっきりオチるのですが、一瞬呆然。そして、本書の隠された物語を、読後の余韻の中で読み返すことになるという......。
はい、意外な結末でもありながら、どんでん返しのためだけの小説にはならず、結末から今まで見えていなかった物語が浮かび上がってくるという、好きなタイプのミステリでしたよ。
まぁはっきり言ってなかなか唐突な終わりではあるので、物語としては腹八分目でやや物足りず、後日談が読みたくなりますがそれは野暮というもの。しかし、後日談が読みたい、彼らのその後を知りたい、と思わされること自体、本作が魅力的な物語であることを表しています。



てわけで、腹八分目の小説ですが、あとの二割は読者の中で補完する。そんな幕の引き方もオシャレな傑作ミステリでした。こりゃ、幻の名作として復刊されるのも納得。他の作品も読んでみたくなりました。