偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

異形コレクションLI『秘密』感想

老舗ホラーアンソロジーシリーズの復活後第三弾。累計では51冊目です。

実はこのシリーズ、これまで通しで読んだことなかったんですけど、今回大好きな飛鳥部勝則先生の10年ぶりの新しい作品が読めるということで、これはもう買うしかねえ!と。
こうして新作短編も出たことだし、この勢いで短編集とか、新作長編なんかも出ねえかな飛鳥部先生......。

などと妄想してもしまいますが、そんな飛鳥部作品はもちろん、他の収録作もどれも面白く、1冊通して異形の世界にどっぷり浸って楽しめました。

以下各話の感想。





織守きょうや「壁の中」

作中でも言及される通りポオの「黒猫」を彷彿とさせる超古典的なネタを現代風に翻案した作品。
発端がちょっと変わってるものの、そこからの展開もオチも非常にオーソドックスですが、このアンソロジーの1編目という立ち位置も踏まえれば良い意味でのベタさになってると思います。
そんな中で、書けない作家の苦悩の描写に関してはめちゃくちゃリアルっぽくて、ある種の業界内幕モノのような楽しみ方も出来てしまうのが良いっすね。
過去の罪が壁の中の死体という物理的な"秘密"となって常に精神を脅かしてくる疚しい怖さが素晴らしかったです。



坂入慎一「私の座敷童子

ブラック企業やDV彼氏というイマドキワードから、田舎の実家の地下牢という怪奇風味への飛距離が素敵です。
座敷童子という怪異の扱い方も捻りがあって、出てきた時には「座敷童子......?」ってなるのが最後にはちゃんと座敷童子のお話として納得させられてしまうのも凄い。
DV彼氏のクソさがやや絵に描いたような感じはしちゃうものの、カタルシスと後悔が同時に訪れるようなクライマックスから徐々に閉塞感へと囚われていくようなラストが堪らんです。



黒澤いづみ「インシデント」

これは怖え......。
文庫派だからリアタイの新作をあんま読まないってのもあって、コロナ禍を真っ向から描いた小説を読むの自体これが初めてでしたが、その扱い方の上手さに痺れつつ震えました。
私自身はバリバリ生身で出勤してるしリモートワークとかしたことないんだけど、今まさに各地で行われているリモートあれこれをただリアルに描くだけでディストピアSFのような雰囲気が出ることがまず恐ろしいっす。
画面越しでしか"会う"ことが出来ないからこその不安......通信が繋がらないけど大丈夫なのか......?あるいは......、といったところもめちゃくちゃ怖かったです。
それだけに、クライマックスがちょっとやりすぎな感じがしちゃって、そこで若干リアリティよりフィクションっぽさに傾いてしまったのだけは残念。
しかし、ある種ベタな手法をこの設定でやることでリアルな怖さになる最後の一文なんかは新鮮味があるし、総じてめちゃくちゃ良かったです。



斜線堂有紀「死して屍知る者無し」

人間は死した後に動物に生まれ変わってコミューンの中で役割を果たし続ける......という"転化"の設定がまずは面白いです。
冒頭で設定を知った時点でオチは分かるのですが、分かりきったオチをこういう描き方で恐怖に変えてしまうというアイデアと筆力は凄えと思います。
戦争を知らないような現代の若者の姿を寓話に仮託して描いたようなガチガチのイマドキ青春小説でありながら、ちゃんと怖いですからね。読者にだけ「秘密」を察しさせることで怖くするってのもテーマの扱い方として上手いと思います。
個人的に設定凝り凝りなファンタジー系のお話は苦手なのを差し引いてもとても面白かったです。



最東対地「胃袋のなか」

本書の後半に寄稿してる澤村さんの『ぼぎわんが来る』を読んだ時の感想にも近いですが、イマドキのSNSや通信技術と古来からの妖怪の類との融合が斬新でもあり、しかし斬新すぎてなんかこうホラーというよりバトルアクションみたいな雰囲気になっちゃってるところもあって、面白いけどそんなに好きにはなれない......という複雑な感想を抱いてしまいました。
とはいえ、全編を留守録だけで構成するという着想にまずワクワクするし、その設定によって読者の視野が極端に狭められている怖さから、だんだんと狭い視野の中に「恐ろしいもの」の正体が見え隠れしてくる物理的な怖さに徐々にシフトしていく流れも見事。
最後はマジで打ち切りバトル漫画みたいになっちゃうのでアレですけど、面白かったです。



飛鳥部勝則「乳房と墓 -綺説《顔のない死体》」

さて、今回の一番お目当てが、敬愛する飛鳥部勝則先生の新作たる本作だったのですが、ファンサービスのように飛鳥部勝則らしさ満載の贅沢すぎる一編でした。
冒頭の一文からして、「首なし死体を少女は棄てた」というキャッチーにして飛鳥部勝則としか思えない光景でもう、「きたああぁぁぁ!!」と叫んでしまいました。
そして読み進めるにつれて、怪奇幻想の匂いをぷんぷんと漂わせながらも、所々に挟まれるとぼけたユーモアが逆に異様さを増幅しつつもどこか上品さも与える......そんな、久しぶりの飛鳥部勝則の文章に対する「そうそうこれこれ」という感慨にまた浸ってしまいます。
で、本作なんですけど、タイトルと冒頭の一文の通りの首なし死体モノで、主人公が途中で首斬り講義のようなことをしたりもするんですが、しかし一筋縄ではいきません。
主人公だけが少女が死体を捨てる場面を目撃しているだけで、科学捜査などという無粋なことも当然行われず、少女との間でだけ共有される事件はいかようにも解釈可能なもので......。
とはいえ、これはさすがに......と思ってしまうようなバカすぎるトリックには爆笑を禁じ得ません。でも飛鳥部勝則の作風を知っているからさらっと受け入れちゃうんですけど......。
そして、散々バカと変態の饗宴を開催しておきながらも何故かラストで切ない余韻が残るのも飛鳥部印。
あまりに久しぶりすぎて上がりまくる期待を裏切らない傑作でした。



中井紀夫「明日への血脈」

どうしても毎回中井英夫と見間違えてしまう中井紀夫、実は初読です。
このアンソロジーの中では異色の、目立ったホラー要素のないSF。
冒頭のバーの場面が今読むとなんか懐かしい感じがして良いですね。男と女のやり取りが。
当然のようにそういうことになるわけですが、この辺はもうちょい濃密にエロエロしててくれても良かったかなぁとは思ってしまいます。エロいの読みたいさ。
でもメインはセックスじゃなくてセックス観。
バーで知り合った男女の個人的な駆け引きから、小さなコミュニティを経て太古の昔から遥かな未来までを見渡すようなイメージの飛躍はワンダフルで、でもそこからまた小さな日常に戻ってくるところもハートウォーミングで素敵です。
このアンソロジーでこの後味を味わえるとは思ってなかったのでびっくりしつつも面白かったです。



井上雅彦「夏の吹雪」

短編怪奇小説の実作者でもある編者自らが描き出す秘密の物語。
雪女というベタな怪談に、著者らしい完全にこの世界とは異なるどこかの世界観とSF的な想像力をぶち込むことで不思議なイメージが幻視される一編。
ストーリーの筋は分かるような分からないような感じだけど、どこか夢のようにぼんやりした物語の中からホラー的な切なさがしっかりと立ち昇ってくるのはさすが。
かなり現実に即していたり、アニメやゲーム的な世界観の作品が続いた中で、この"いかにも"な怪奇幻想の薫りが懐かしかったです。



櫛木理宇蜜のあわれ

室生犀星の同名作は実は読んだことがないんですが、そこからタイトルを借りた本作は、バリバリの近未来SFにしてミステリ、そしてグルメ小説でありました。
まずは、環境破壊によって地球が居住に適さなくなった世界で、それでも地球に残っているシェフと、新天地から地球旅行に来た男......というベタな設定から「地球でしか採れない食物を使ったフルコースを味わう」という独創的な状況を作ってるのが面白いです。
そして料理の描写がいちいちやたらと細かくて、めちゃくちゃ美味しそうなのがつらい。
かと思えば、後半は急に特殊設定ミステリのようになったかと思いきや複雑な人間心理を描いたヒューマンドラマでもありと、作品自体も複雑な味わいのフルコースみたいになってんのが楽しかったです。



嶺里俊介「霧の橋」

霧の中で異界に迷い込む......というベタな状況をアレ系と組み合わせることで、どちらもベタだけど新鮮になってるのが面白いです。
さらに、そこからリアルな家族の恐怖、さらには"秘密"を抱えることの恐怖といった人の心の怖さに焦点が当てられていくのも好みでした。
自業自得とも言えるけど、気持ちは分かってしまうだけにヒリヒリしました。
トリッキーな構成、細かなツイスト、インパクトのあるシーン、余韻のあるオチ......と、エンタメ作品としても卒なく作られた良作です。



澤村伊智「貍 または怪談という名の作り話」

唯一既読の『ぼぎわん』には怪談的なものとホラーとミステリーが見事に融合した作品という印象があり、本作もまたそうした特徴を兼ね備えつつ、例えるなら綾辻行人の『どんどん橋、落ちた✨』のような楽しい悪ふざけも入った、よりヘンテコなお話でした。
幼少期の、良くないけどどこの学校にもあった出来事の描写にまずは引き込まれてしまいます。
しかしそうして読み進めていくと、とあるワードひとつでメインタイトルとサブタイトルの意味が同時に明かされ、見えていた光景が一変する......んだけど、その突拍子のなさに思わず笑ってもしまう、この意外性の飛距離が凄えっす。
そこはまぁ遊びみたいなものではあるんですが、「怪談を語ること」でメタに遊びまくってることと、内容自体の陰鬱さとのギャップにもまた『どんどん橋』を感じてしまうのですが、どうでしょう......。



山田正紀「嘘はひとりに三つまで。」

地の文が主人公のセリフになっている、実質会話文のみで構成された実験的な一編。
探偵ならぬ調査員の主人公がとある事件の謎を追っていく様には確かにハードボイルド風味もありますが、ハードすぎない惚けたユーモアも全編に散りばめられていて面白かったです。
タイトルから想像してた話とは違ったのと、あまりにも馬鹿馬鹿しいオチには私の中で賛否両論ありますが、まぁそこも惚けた味わいということで。



雀野日名子「生簀の女王」

たしか昔に『トンコ』だけ読んだ覚えのある著者ですが、その後この名義での活動を休止していたと知って驚きました。
そんな著者の単発の復帰作ということですが、『トンコ』を読んだときにも感じた、ファンタジーとリアリティが両立された独特の世界観が面白かったです。
なんというか、話の骨格はめちゃくちゃ生々しくて陰惨なんだけど、それを部分的にファンタジックな設定に包んでユーモラスに描いている、そこんとこのギャップが、変な言い方ですがとても「物語を読んでいる」という感じがします。
説明が少なくて序盤では不親切に感じるくらいなんだけど、それでも徐々に世界観の端っこくらいは掴めるように説明的ではない説明がちゃんとされるのも上手いと思います。
生きるということに対してある種身も蓋もないような見方をしつつ、そこに優しさも滲み出ているのも心地よいです。綺麗事が一切ないのが綺麗、とでもいいますか。
あとはまぁ、中条さんの命名には笑ってしまいました。



皆川博子「風よ 吹くなら」

たった5ページの短さの中で、断片的ないくつかのイメージが切り取られ、その連なりからなんとなく命というものを教えられるような、まさに幻想としか言いようのない作品。
しかしその幻想は現実の悲劇に立脚しているため、怖さよりも悲しみや苦しみや怨嗟や諦念といった声が行間から漏れ聞こえてくるようで、しかし結末には優しい視線も感じられて、読後思わずため息を吐いてしまいます。
私たちは戦争を知らない子供たちだからこそ、こういう文学作品を読むべきなのだろうと思います。



小中千昭「モントークの追憶」

様々な都市伝説や陰謀論を織り交ぜて、コロナ禍とそれによって顕になった世界の歪みをリアルにそのまま描き出した作品。
異形コレクションという枠に求めるものとはちょっと違う感もあったり、知識がないので書かれてることがほとんど分からなかったりしたものの、主人公が気付いてしまう世界と人類の"秘密"には小説への感想としてではなく実際に私が絶望しました。
それでもとある選択をするラストに関しては、現実世界でなら眉を顰めてしまいますが、小説の終わり方としては爽快で良かったと思います。



平山夢明「世界はおまえのもの」

トリを飾るのは異形コレクション常連のこの人。
デスノート(違う)を手に入れた主人公がノートに翻弄され破滅していく様を描いたホラーなんだけど、その破滅の仕方が容赦なく残酷で素晴らしい!
あまりの不条理さは一周回ってこの世を正しく描いているようなリアリティを感じますし、冗談みたいなというか、冗談で書いてるんだろうなぁというノリで一番最悪なことが起こるのも怖いですね。
理不尽さと狂ったユーモアに一気に読まされ、地獄を経て虚無の境地に達するような結末まで常に圧巻。
著者の作品は『独白するユニバーサル横メルカトル』くらいしか読んでないんだけど、他のも読んでみたいと思わされました。