偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

伊坂幸太郎『AX』読書感想文

グラスホッパー』『マリアビートル』に続く殺し屋シリーズ第3弾にして初の連作短編。

シリーズとは言っても一作ずつ独立した物語ではあり、毎回ジャンルさえ違ってたりするわけですが、今回はなんと殺し屋×家族小説。
主人公の"兜"は凄腕の殺し屋だけど、家では恐妻家で息子を愛する良いパパ。家族のために殺し屋稼業から足を洗おうとするけど仲介屋の"医師"はなかなかやめさせてくれない......というあらすじ。

AX アックス (角川文庫)

AX アックス (角川文庫)



冒頭の2編、「AX」「BEE」は、「殺し屋」と「恐妻家」のギャップをユーモラスに描いた日常編という感じで、面白くはあるけどそこまで印象にも残らないかなぁ......などと思っていましたが、3話目から一気にエンジンかかって俄然面白くなります。

「Crayon」では殺し屋に限らず、毎日働いて仕事上の付き合いは増えるけど気付けば友達と呼べる存在がいない......なんていうサラリーマンの哀愁をユーモラスながらも切なく切り取り、兜に初めて出来た友達との交流を読んでいるとどんどん彼に愛着が湧いてきます。

続く「EXIT」でも似たテーマが反復されつつ、こちらは夜のショッピングモールでの死闘という、ロメロの『ゾンビ』みたいなアクション活劇もあって一番"殺し屋シリーズ"らしい仕上がり。

そして、最後の「FINE」はいつものごとく連作としての本書1冊を締める役割を果たします。
ただ、今回はいつもの伏線回収はそんなにめちゃくちゃ凄いわけでもなく、その代わり物語としての感動と余韻は伊坂作品の中でも相当なものだと思います。
というか、昔ならここまで露骨に泣ける結末にしなかったんじゃないかな、とも思ったり。それでも、自身も父親である今の伊坂幸太郎が描くこの結末は、私自身子供はいないけど初期作を読んだ頃よりは大人になったのでめちゃくちゃ染みました。
昔の私だったら「これはロックじゃねえだろ」とか言いそうだけど、今はこれがロックだと分かります。

てな感じで、久々に伊坂幸太郎やっぱ好きだわと再認識させてもらった名作でした。