偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

中西鼎『東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う』読書感想文

本屋さんにさぁ、このタイトルでこの表紙でこのあらすじの本が置いてあったら、私なら買うでしょ!
という謎の使命感のようなものに駆られて買ってみた、いかにもエモそうな小説です。

東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う (新潮文庫nex)

東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う (新潮文庫nex)



文化祭の最中に軽音部の部室で殺された少女・ミズ。
5年後、事件を引きずりながら社会人になって虚な日々を送る井波の前に、彼女は幽霊となって現れて......。




もうね、エモ散らかってましたね。

高校生、軽音部、文化祭、幽霊になった女の子、終われない青春......はぁ。

たぶん、私がこういうお話が好きなのは半分は自分に重ねての共感で、半分は自分が経験しなかったエモい青春への憧れからなんですけど、本書はどっちも良い塩梅で満たしてくれましたね。
ほんとに、自分が書いたんじゃないかと思うくらいに、刺さりました。

喪失のつらさや死への憧憬といった「わかる〜!」なところと、バンドとかニコイチみたいな女の子の存在への「いいなぁ〜!」とでね、う〜〜ん、エモエモ〜〜!



さて、本書はバンド名とかの固有名詞がバリバリ出てくる共感系(喪われた)青春小説であり、幽霊の女の子への恋心的なものを描いたゴーストラブストーリーでもあり、中盤までは幽霊のミズの死の真相を探るミステリーでもあるというなかなかてんこ盛りな、でもライトで読みやすい作品です。


まず、幽霊の設定が面白いというか、律儀ですね。
幽霊が出てくるお話だとどうしても幽霊が何に触れて誰に見えてみたいなところの整合性が気になってしまうのですが、本書は都合は良いながらも一応そのへんが最初にある程度説明されているので、いらん疑問を持たずに読めて良かったと思います。

そして、そんな幽霊Girlとの同棲生活がまた素敵。
なんせ同棲してるのに全然まったくえっちな方向にいかないところがかえって2人の愛を感じてにやにやしちゃいます。
死んだ時のままで出てくるミズと彼女が死んだ時から時間が止まったかのような井波が再開することで、2人の時間が再び進み始める......もちろんめちゃくちゃ振り返りながら、ですが......というのがまたエモい。さっきからエモいしか言ってないけどこれ読んだら誰でもそうなります。
でも切なくも会話などはラノベレーベルからデビューしてる作家さんだけに軽妙でちょっと笑えちゃうので重くはなりすぎず、そこもまた絶妙です。こういう、内輪のノリの会話を読者にも楽しませながら読ませられるの凄いですよね。

実際のところ、出てくるバンド名は意外と知らないのも多かったり、知っててもちゃんと聞いてなかったりしたですが......。
そんな中で、唯一歌詞まで載せられて序盤ですがいい場面で使われている、キリンジの「エイリアンズ」という曲は偶然私も最近ハマってた曲だったのでめちゃ泣きました。もうね、あの曲をただ聴くだけでも鳥肌立って泣きそうになるのに、あんないい感じに使われたら泣くしかねえよ......。

あと、チャリンコもエモだよね。
私も完璧に失恋した時にチャリンコで銀杏BOYZ聴きながら有松から東海市経由で刈谷行って観覧車に1人で乗るというキチガイじみた旅をしたことがあるので懐かしくヒリリと痛く読みました......。



というようにエモ小ネタが豊富にありつつ、ストーリーの展開としては、中盤までは青春ミステリっぽい文脈で話が進んでいくのが面白いところ。
5年前のミズが殺された密室殺人の謎に挑むわけですね。
この事件の解決自体も既視感はあるもののなかなか面白いですね。どっちかというとホワイダニット的な意味で面白かったです。

で、そんな案外ちゃんとミステリな解決編がありつつ、死の真相が分かったからって、失った青春は"解決"しないってのがエモいっすね。
そう、いわば青春の解決編と言うべき物語後半の展開こそ本番でありクライマックスなんですよ。


............なんで、そっから先の感想はネタバレコーナーに移行させていただきますね。
まぁ、一言だけ言っとくなら、死や喪失を真摯に見つめた結末で、エモさ最強、涙が滂沱にちょちょぎれです!!!






















まず、ミステリ部分について。
密室が内側から開ければ密室じゃないっていうところで、ミズが密室については共犯だろうというのは分かりやすいので、自殺幇助かなと思ってましたが......まさか、希死念慮を取り除くための治療だとまでは想像できず唖然としました。
とともに、毎日飽きもせずTwitterで死にたい死にたい言ってる私からしたら非常に自然な動機であり、言われてみればめちゃくちゃ納得できちゃうから上手いですよね......。



で、関係者5人をずらりと集めての解決編までがいわば第一部のような位置付けで、そこからみんなの心残りである文化祭3日目をやり直せ大作戦になっていくのがエモすぎ!
さらに井波とミズの淡い恋模様まで描かれるとあっては......。

やっぱり恋も青春も「時間」、なんですよね。
もう戻れない時間を悔やんだり、共に過ごした時間を愛したり、流れるはずだった時間が途切れたことを悲しんだり......。
時間というのはどうしたって人間が操作することの出来ない絶対的なものでありますので、だからこそ囚われたり抱え込んでしまったりする......そんな気持ちが、「エモ」なんですよね。
あの頃に戻れたらとか、彼女が生きていたら、なんてことに囚われて時間を止めてしまった井波くんら軽音部の面々。彼らが、失った青春の時を取り戻しまではしないものの、擬似的にあの頃に戻って現在と折り合いをつける......という、切なくも爽やかな読後感がヤバヤバのヤバでした。

また、「死」というものの描き方も素敵で......。
死後の世界は無いようだというリアルで悲しい設定ではありながら、ミズが死の瞬間に見たものの描写など、死ぬことへの優しい眼差しもまた感じられたり。

そして、ライブの場面でのミズの幽霊がいるとは思わずにみんなで彼女を話題にして盛り上がるところとか、めちゃくちゃ良かったです。
自分が死んだらみんななんて言うかなって気になるんですよね。私の場合まずそれが気になるから自殺できないみたいなところもあるので、それを実際に描いちゃってて面白かったです。でもそれでみんながこうやって悼んでくれたらそれはそれで死んだことを後悔しそうではありますね......。


あ、あと、Qちゃんの話もすごく沁みましたね。その話を読んだことはないんですが、絶妙にエモい喩えですよね。
あと他にも幽霊が出てくる物語の例としてシックスセンスヒカルの碁ニューヨークの幻あたりが挙げられていてめっちゃ趣味合うやん!と思いました。これそのまま好きな幽霊ものベスト3でいいくらいですもん!


ってな感じで、箇条書き的になりましたが、要は私を狙って書いたのかと思うくらいドンピシャに好きでしたね。
気になって作者を調べたらエロそうなラノベを書いてたのでそれは別にいいかなと思いつつも今後の動向は要チェックですね。