偽物の映画館

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西澤保彦『笑う怪獣』読書感想文

またしても西澤保彦


笑う怪獣 (実業之日本社文庫)

笑う怪獣 (実業之日本社文庫)


今作は、主人公のアタル、京介、正太郎という独身トリオがナンパをしに行くたびに怪獣やら宇宙人やらといった人外のものに出くわすというユーモアSF(つーか特撮?)ミステリ短編集。さらっと1日で読めちゃって、しかし珍妙な異色作。なかなか面白かったです。

設定自体悪ふざけみたいな感じですが、内容もまぁふざけてる。しかし、解説で指摘されているように、最も奔放な悪ふざけ的真相の第1話からだんだんとミステリ度を上げていく構成のため、収録作はバラエティ豊かで、読み終えてみると意外にも「いいミステリ短編集を読んだぞい」という満足感もあったり。

裏表紙の紹介文には「爆笑必至」とか書いてありますが、むしろ脱力しながらふへへなんじゃそらと苦笑するような、でもそのことがひどく心地よく感じる、そんなタイプの一冊でした。
軽めだけど西澤らしい毒も暖かみもあって面白かったですね。

では以下各話ちょっとずつ。





「怪獣は孤島に笑う」

3人組がナンパした女性たちを孤島に連れて行ってエッチ三昧を楽しもうとした矢先、島に巨大怪獣が現れ......!

という、本書のやり口を端的に説明するような第1話。
怪獣のディテールの描写に思わず苦笑が漏れます。
しかし、本当の苦笑はあの真相でさぁね。
ミステリファンが大好きなアレ系を、批判しようにも出来ないくらいしっかりと伏線を張った上であそこまで下らないやり方でやってのけちゃうっていう......もう爆苦笑ですよ。
こんなに下らないアレを読んだことないけど、アレってだけで嫌いになれないのがまた、ミステリファンの業 -karma-なのかもしれませぬ。





「怪獣は高原を転ぶ」

3人組は京介の別荘の近くに別荘を持つ元女優を引っ掛けるために高原へと向かうがそこにまたも怪獣が登場し......。


第1話のあまりのハチャメチャさに比してこちらはだいぶまっとうなミステリらしくなってます。
最後まで読んでみると話の筋自体はめちゃくちゃシンプルだと分かるのですが、それを怪獣が掻き乱すことで無駄に謎が生まれてしまっている状況が面白かったです。





「聖夜の宇宙人」

イブの夜にひとりの美少女をナンパすることに成功した3人だが、彼女は実は......。


著者の某作を読んでいると、「これがあれに繋がるのか!」と笑ってしまう、オマケ的な掌編。そのリンクこそがメインのネタみたいなところがあるので、知らずに読むとなんて意味不明な話だろうと思っちゃいそうですが、それはそれで面白いかも......。
しかし、よく食べる女の子って素敵ですよね。私も読んでてついつい彼女の虜になっちゃいそうでした。





「通りすがりの改造人間」

正太郎に彼女ができた!?悔しがる京介とアタルだったが、次第に正太郎が不自然にやつれていくのに気づき......。


エログロ怪奇小説の雰囲気がムンムンと漂う、本書でも1番アダルティな作品です。
SF.....てか特撮の部分はめちゃくちゃ面白くて、クライマックスは脱力コメディなのにホラーっていう不思議な読み心地が楽しかったです。
ただ、あまりにもミステリ部分がどうでもいいのが......。





「怪獣は密室に踊る」

京介が結婚した!?悔しがるアタルと正太郎だったが、ある日2人の元に京介から「監禁されている」と電話がかかり......。


監禁された京介の視点を追って話が進むためサスペンスとしてのドキドキハラハラがありつつ、しかし微妙に脱力系な犯人たちとのやりとりなどのギャップが笑えます。ピザのくだりとかしょーもなくて好き。
また、ミステリとしては本書中で最もオーソドックスに面白かったですね。なんせこれ怪獣がいないくてもミステリ短編として十分成り立ちますから。しかし、そこに怪獣がちゃぶ台返しを加えることでなかなか皮肉なオチになっちゃうのも面白いところ。





「書店、ときどき怪人」

書店員のプロンド美女に一目惚れしたアタルは、慣れない読書に勤しみ彼女にプロポーズをするところまで漕ぎ着けるが、折しも近所では凄惨な首切り事件が連発していて......。


宮部みゆきだの小野不由美だのという名前が出てくるだけでも楽しい、本屋さんにまつわるお話。
アタルくんの恋愛を描いた物語は思いがけず真剣なラブストーリーになっていきます。そして2人の恋の結末は、本書らしいバカバカしさと切ない悲恋とを融合させた、ちょっと泣きながら「とほほ......(笑)」と言いたくなる感じの見事なオチでした。某有名古典文学を彷彿とさせますしね。

また、ミステリとしてのネタはミッシングリンクについてで、なんとなく読めてしまうものの「共感できる狂気」の描き方がこれまた見事で、犯人の姿がいろんな意味で印象に残りました。個人的には本書で最も偏愛する作品です。まぁなんせ恋愛ものだからね。





「女子高生幽霊綺譚」

アタルの部屋でぐだる3人の前に女子高生の幽霊が現れる。彼女は自らが殺された時の状況や、犯人の奇妙な言葉について語り......。


幽霊が語るスリーピングマーダー。
そもそも"幽霊"ってのが元は人間なわけだし人間の心を持ったままの存在なので、今までの人外どもに比べたら全然普通で幽霊が出るくらい日常の範囲内くらいに思えてしまいます。
そのため、最終話にして最もオーソドックスなミステリに仕上がった作品となっています。
分かりやすい論理展開、推理合戦のような様相、イヤな味の真相などなど、普段の西澤保彦らしさが前面に押し出されつつ、本書ならではのノリの軽さで読後感はむしろ爽快になってるのが素敵ですね。