偽物の映画館

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浦賀和宏『HELL 女王暗殺』読書感想文

前作『HEAVEN 萩原重化学工業連続殺人事件』の姉妹編というか前日譚というか、な続編です。

HELL 女王暗殺 (幻冬舎文庫)

HELL 女王暗殺 (幻冬舎文庫)


色んな話が交差してややこしかった前作に比べ、今回は2人の主人公の視点を行き来するだけなのでとても分かりやすかったです。



主人公の1人は、母親を殺され、顔も知らない大物の父親からの仕送りで仕事もせずに暮らす青年・武田くん。
もう1人は、武田の友人で、作家になったものの何も分かっていない親類どもに笑われ、編集者には見切りをつけられと、世の中へのフラストレーションを溜め込む青年・久能くん。
武田くんは訳あって訪れたホテルで誰かから逃げている記憶喪失の女の子・理穂(仮名)に出会い、久能くんはファンだと名乗る女の子・カンナに出会う。

そう、本作は2人の鬱屈した主人公青年に訪れる突然の青春を描いた二重ボーイ・ミーツ・ガール小説なのです!
やっぱり私にとって浦賀作品の醍醐味とはこういう熱い鬱屈の描写に他なりませんので、この作品はとても心がやられました。ええ。



武田くんのこと

まず武田くんパートについてですが、これは率直に申し上げて理想の生活ですね。
働かなくても私の月給のウン倍という金額が毎月振り込まれてきて、男なら誰もが振り返るような美女と同棲して常に全裸で昼も夜もなくヤリまくる生活ですからね。これ羨ましくない人はいないでしょ?いたらギゼンシャ星人ですよ。
しかし、彼には普通の両親というものがありません。父親は愛人の母親に自分を産ませ、義務のように金だけを送ってくるだけの存在。そして、母親は死に際に、自分は彼の本当の母親ではないという驚きの事実と「1101」という謎の数字を言い残します......。さらに彼は幼い頃に病気で心臓に人工弁を入れています。
この「両親を知らない」「心臓が機械で出来ている」ということが彼のアイデンティティの根拠を脆弱にし、理穂(仮名)との生活こそがアイデンティティだと自らに言い聞かせながらも世界との断絶に不安を抱く......。一見めちゃくちゃ幸せな生活だけど、そこには常に終わりの予感が、いや、最初から間違っているのではないかという不安すら漂う、この感じが堪りません。
また、「理穂(仮名)の記憶が戻れば彼女は自分の前から消えてしまうかもしれない」、という不安は、「本書はミステリなんだから以上彼女の記憶もラストで謎解きされるであろう」と知っている読者に対してメタ的にダメージを与えてきます。
私自身、自分の存在の軸がまるっきり定まっていないブレブレ人間なので、恋愛においては常に終わりの予感を見てしまいます。だから武田くんと理穂(仮名)ちゃんの関係の危うさには「あんっ///そこはダメっ///」みたいな感じでビンカンに反応してしまいました。
まぁ、とゎいえ、いちゃつく2人はめっちゃバカップルなんですけどね。童貞がちょっと女作るとこれだから......という微笑ましさ半分ウザさ半分の性的な日々......。
あ、忘れてたけど彼の周りで起きる心臓を持ち去る連続殺人も面白いです。......いや、ミステリである以上に青春小説だからミステリとしての事件のことを忘れる体たらく。それくらい鬱屈した心理描写が見事です。




久能くんのこと

一方の久能くんですが、鬱屈度としてはこちらもヤバいですね。
作家になったものの周りに振り回されて才能を潰してしまったこと、そして自分を虐げてきた馬鹿な世間の奴らへの恨みつらみが、それはそれはもう彼のパートが始まる最初のページからノンストップで繰り広げられるのです。
面白いのが、浦賀作品でよくみられる作家の愚痴の部分。

>>現代のアニメや漫画やライトノベルに触れる若者は、作品の物語や世界観を楽しむのではない。メイド服や猫耳のような刺激に反応して楽しむのだそうだ<<

これなんか、こんなこと言ったら怒られそうですけどクソわかりますね。私としてはキャラ萌えとかクソ喰らえと思ってるので、そういうのが持て囃されていることへの驚きというのもむべなるかなという気持ちですね。

それはまぁどうでもいいとして......。
編集者や母親など特定の人物への怒りと、世間というものへの怒りとが綯交ぜになり、とにかく俺は怒ってる!というモノローグは一瞬で破壊衝動炸裂のクライマックスを迎えるわけです。
たぶん、怒りというのは人間の感情でもかなり強い部類のものなんでしょうね。だからそれに乗せて書かれた文章はとんでもないスピード感を持つ。よくニュースで「ついカッとなって殺した」というのを見ますが、それもあながち分からなくはないですよね。私だって夜中に爆音で走る改造バイクに起こされたりしたらぶち殺したくなって部屋の中暴れまわりますもん。てかあいつらマジ殺していいよな殺そうぜ。

話が逸れましたが、そんな怒れる彼が自分の小説のファンだという少女と関わるようになって物語は動き出すわけです。

こうした久能くんの怒りと殺人衝動は、内に向いていた武田くんの鬱屈と対照的になっているので、一見両者ともに若者の憂鬱を描いているようでも違った読み味になっているあたりも上手いですね。
とまれ、我々のような陰キャラはたいてい内向き外向きの2つの鬱屈を抱えているわけですから、本書はさぞ刺さることでしょう。全ての陰キャラにこの本を捧げたいですよ私は。




ミステリーとして、シリーズとして

さて、登場人物への言及が長くなりましたのでミステリー、シリーズとしての部分にはあっさりと。

筋がシンプルなだけにミステリ的なトリックの部分も非常にシンプルにはなっているのですが、ミステリを読むの自体久しぶりだったこともあってか案外すんなり驚かされてしまいました。
さらにその後のもう1つの意外な真相については、著者が好きであろう作品と同じネタがダイレクトに使われています。ファンは「あ、あれじゃん」とにやにやしながらも本作の幕引きに相応しい重苦しくも鮮やかな結末に涙すること請け合い。著者の作品では例えば『ファントムの夜明け』とかもモロにアレじゃんというネタを使いながら自分の作品として確立させている、こうしたオマージュのセンスも浦賀作品の魅力ですよね。

シリーズ的には、前作で謎のままだった点への種明かしになっている構成が『記憶の果て』『時の鳥籠』と重なり、"安藤直樹セカンド・シーズン"としては非常にエモいです。
さらに、直接的にファーストシーズンとの関連も見せ、いよいよ壮大な一連のサーガの終結となるであろう次作への期待をいやがうえにも煽ります。煽ってきやがる!煽るだけ煽って出さないなんてことはないですよね......。せっかく文庫化したんだから、どうかシリーズの幕引きを見せてください浦賀先生。