偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

打海文三『ロビンソンの家』感想

気になっていつつ読んでなかった作家の作品を読むきっかけになる、というのも復刊のいい所の一つだと思います。
打海文三伊坂幸太郎が影響を公言していたことから高校生の頃にはもう気になる作家ではあったんだけど、あんまり見かける機会もないまま今まで忘れていました。
高校生が主人公のお話ではありますが、彼がかなり早熟なので私が高校生の時に読んでたら全然話についていけてなかった気もするし、童貞じゃなくなってから読んだのが正解だった気がします。
ありがとう、トクマの特選(結局いつものこれ)。




高校を休学した17歳の夏。リョウは、4歳の頃に失踪した母・順子さんがその直前に建てた「Rの家」で暮らすことになる。そこにいたのは、酒浸りのやさぐれた叔父と、知的でニーチェを愛読する風俗嬢の従姉妹だった。
3人は順子さんのことやセックスのことなどを語り合いながら日々を過ごすが......。


めちゃくちゃ面白かったです。
というか、めちゃくちゃ伊坂幸太郎への影響を感じました。感じつつ、伊坂作品はそれを中高生向けにマイルドにしてるようなところもある気がしますが、本作はもうちょい辛口。うん、辛口な伊坂幸太郎みたいな......。

話の筋とかはあるにはあるけどさして目新しくもないというか、まぁどうでもいいんですよね。
本筋がどうこうというより、その中で語られる登場人物たちの哲学や世界観といった脇道こそが本筋になっているような。だから一応「母親の失踪の真相は?」とか「主人公リョウの童貞の行く末は?」みたいなヒキはありつつ、それとは関係なく面白い。

冒頭の、幼い頃の母親の記憶をデイドリームにしてすごい射精をしてるみたいなのをことさら協調せずさらっと流して語るあたりのスカした感じにもう「好きかも」ってなりましたね。
それを皮切りに、とにかく語られるセックスについて。童貞の主人公、経験豊かな大人の叔父さん、風俗で働く従姉妹、それぞれのセックス観それ自体が読んでてとにかく面白い。居酒屋で友達と猥談するみたいな楽しさがあります。
しかし、それがただ下品な猥談ではなく、(宮内悠介による解説にもある通り)そこからフェミニズムや、もっと言えば男性学まで射程に入れているあたりは20年前の作品とは思えない今日性をたしかに感じてしまいます。
本作には、男から見た魅力的な女性......いや、男から見たエロい女、がたくさん出てきます。そんな中で「女は商品」「売春やAVは必要だけど妻や娘には絶対やらせない」みたいな男性中心社会の核心を突くような言葉が語られていくことで逆説的にそれを批判しています。
そういうことを言うのは主人公の父親であって、父親のそういうところに対してはちょっと嫌悪感のようなものが感じられる書き方になってるあたり、家父長制を継承しない、ということもテーマの一つなのかと思います。というか、そこが1番刺さった。

また、「世界は解読されている」という言葉が引かれつつ、作中作や作中映画脚本(口頭で)などが作中現実を「解釈」を通して再描写していく辺りに、真新しい創作物などもうないけどそれでも物語を紡ぐ理由みたいなものも感じられて、創作論みたいな側面もあるのかなと思いました。

そんな感じで、身も蓋もない尖り方をしていつつもどこかセンチメントな感じもあってとても引き込まれてしまう傑作でした。

LEGO®︎ムービー

すべては最高〜♪


......というわけで、数年ぶり2回目に観ましたがやっぱりめちゃくちゃ面白かったです。



平凡なLEGO®︎ブロックの作業員エメットはひょんなことから賢者の予言にある「伝説のパーツ」を手にし、悪の帝王"おしごと社長"の魔の手から世界を守ることに!

......って感じのお話でした。


本作の大きな魅力は2つ。



一つは圧倒的なサービス精神!

導入からもの凄いテンポでセリフとギャグと歌が詰め込まれていて、そのハイテンションのまま最後まで突っ走ります。吹き替えで見たので山寺のせいもあるかもしれないけどまさにノンストップ。ギャグの質もなんか身も蓋もないというか、ユーモアとかじゃなくてバカなギャグなんすよね。そうとても馬鹿馬鹿しい。それがなんか分かりづらい冗談でしか笑えなくなってしまった捻くれた心に染みるのです。

そしてLEGOの映画って「バットマン」とか「ハリーポッター」とか「スターウォーズ」みたいに決まった世界観がないのに何をやるんだろう?って思ってたら、バットマンハリーポッタースターウォーズも出てきました。他にもいろんな有名キャラや何故か有名映画監督も出てくるあまりにもごった煮闇鍋な多重世界観がとにかく楽しいです。
故人的にはやっぱバットマンのキャラが好きですが、師匠も可愛いしメンヘラユニコーンも異彩を放ってて好きでした。あと二段ソファ、俺は良いと思うぜ。

また、アクションもキレッキレ。LEGOブロックでアクションやったってチャチいっしょ......とか見くびってたけど、ブロックだからこそ実写では出来ない変形もめちゃくちゃな動きもありえないスピード感も搭載された超絶アクションの楽しさよ!動いてるものを観てるのが楽しいという、ある種シンプルで原始的な映像体験をさせてもらえました。



と、娯楽映画としての突き抜けたサービス精神で一瞬たりとも飽きさせない(まぁ詰め込まれすぎておじさんには疲れるところもあるけど......)ところが本作の魅力の一つです。
しかし、それでいて物語のテーマとしては重層的で、LEGOブロックのように緻密に組み上げられたドラマとしても観られる、というのがもう一つの大きな魅力。

なんせ、主人公のエメットが毎日労働してみんなが好きな音楽、テレビ、食べ物を好きだと言う個性を持たない男でして。

私自身はみんなが知らない音楽を聴いて映画を観てテレビは見ない個性的な人間であるつもりでしたが、そうやって外側にマニアックなものを纏おうとしても結局そういうこと思ってること自体普通オブ・ザ普通でしかなく、しかも働き出してからはそういう趣味への関心も少しずつ擦り減らされてきてたりもして。
だから彼が「誰それ?」とか「自分の意見がない奴だよ」とか言われるシーンはマジでグサグサ刺さりましたわよね。そんな何かしら中身が欲しいと思ってる中身のない人間が私です。
そんなアイデンティティとは?という哲学的なテーマ、また資本主義における労働者のモノ化みたいなものも込められているように思えます。

ボスキャラである"おしごと社長"によって気付かぬうちに統制された世界はディストピアSFそのもので、現代社会そものもでもあります。

また、そうした社会風刺的な面とはまた別に、「自由な発想」を賛美しつつも、そのためにはマニュアルも重要、というメッセージも新鮮です。小学生の頃、書き方も教えられずにただ読書感想文を書けとか言われてどうしていいのか全く分からなかった身としては、ただただ「自由にやれ!」とだけ言われるよりどれほど救われることでしょう。

また、これはネタバレになってしまうのでここには書けませんが、終盤のとある展開によって、これまで観ていた物語が全く別の顔を見せて、ようやくファミリー映画らしい真っ直ぐなメッセージが現れるあたり、ミステリ映画としても完璧なんですよね。思い返してみればあからさまな伏線が大量に張られているのも気持ち良すぎる。
そして、絶望的な(?)結末からの、すべては最高〜♪が最高。このテーマ曲めっちゃ中毒性あってしばらくは毎日歌ってしまいまそうです。


そんな感じで、ファミリー向けの娯楽映画としての過剰なまでの観客を楽しませようという意識と、大人が見ると色んなテーマを発見できる懐の深さを両立した軽くて重く、浅くて深い大傑作です。
まじで初めて観た時はこんなに面白いと予想できるはずもなく、面白すぎてびっくりしちゃいましたからね。

以下ネタバレ。

































































序盤の個性を失った労働者みたいなエゲツない描写からして大人向けであることには気付くべきでしたが、それにしてもあのメタなどんでん返しには驚かされました。
現実パートの役者さんたちがテレビの再現VTRとかに出てきそうな「いかにも」さがあるのも好き。

んで、そこまではそれこそ労働とか人生の意味とかアイデンティティとかいう大人の悩みが寓話的に描かれた映画だったのが、ここに来て同時にそんな大人になりきれない親に対する子供からの対話の呼びかけのようになっていくことでより立体的な物語になるあたりがめちゃくちゃ上手いと思います。
まぁ考えてみれば冒頭のフラッシュバックやら、上にいるお方やら、絆創膏やら、お仕事社長というネーミングにしたって全てが伏線なわけだけど、ナメてたせいで気づかなかったよこれ......。

最終的にはかなりベタで泣けるメッセージが込められていつつ、過程の部分が尖っているのと最後の最後のちゃぶ台返しみたいな(しかし必然性のある)オチのおかげで説教臭く感じさせないところも上手いっす。
きっと私みたいに純粋だからこそ捻くれたフリをしなきゃ生きていけない人が作ったんだろうな、と真偽は定かじゃないけど思ってしまって愛おしい傑作です。

笹沢左保『真夜中の詩人』感想

トクマの特選笹沢左保100連発、第4弾。



江戸幸デパートを経営する三津田家と、平凡なサラリーマン家庭浜尾家。富豪と庶民の両家から連続して生後間もない一人息子が誘拐される。犯人は身代金の要求をせず。
失意の母親浜尾真紀は単身、犯人一味と思われる「百合の香水の女」の行方を追うが......。


二重誘拐というトリッキーな発端から始まりますが、刑事が出てきて犯人と駆け引きしたりはせず。良くも悪くもいつも通り一般人が事件に巻き込まれて探偵役を務めざるを得なくなるっていうお話です。
なんせ犯人からの要求も特にないので、誘拐ものらしいサスペンスは望むべくもありませんが、その分主人公の真紀の視点によるドラマが楽しめます。
息子を奪われた母親で妻、妹を心配する姉、母親の秘密に迫っていく娘と、周りの人々との関係の中で色々な顔を見せながら、孤立しながらも奮闘する彼女そのものが読み進める推進力になっている気がします。

今読むと男と女観がやっぱりかなり古臭さの連打を繰り出してくるのでしんどいところはありますが、むしろそういう時代の空気に抵抗しようと足掻く普通の女性である真紀の姿が印象的。解決編の犯人と対峙する場面は、犯人を通して理不尽な社会を描いているようでもあり、そこに小さな反撃をするところには胸がすく思いがしました。

ミステリとしては、民間人が足で捜査して少しずつ犯人に近づいたり、かと思えば道が途絶えたり......という過程が面白いです。
登場人物それぞれに何かしら秘密があったりなかったりして、それが小出しにされる細かい意外性の連打、ですね。
一方で、誘拐犯の目的とかは今読むとそんなに新鮮味がないかも。この設定ならそんなことだろうとはなんとなく分かってしまいますからね。ただ、前述の通りそれをドラマに組み込むことでインパクトを強めているのはさすがです。

あと、毎度魅力的なタイトルの回収も今回はちょっと微妙。私の読みが浅いせいかもしれませんが、本筋のお話と詩の繋がりが弱い気がして......。これまで特選で出た3作品はどれも読後感とタイトルが=で結ばれてる感じだったのが、今回はそれはなかったかな、と。

そんな感じで、ミステリ面ではこれまでの作品群に比べてやや見劣りはするものの、しかしやはり読んでいて普通に没入してしまう良作でした。

アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』

ミステリランキングや賞で累計七冠を達成した超話題作。
著者のアンソニーホロヴィッツは推理ドラマなどの脚本やYAもの、ホームズや007のパスティーシュなども手掛けるベテラン作家だそうです。
ただ日本の読者にはやはり本作から始まる創元推理文庫からのオリジナルの長編ミステリの作品群で一気に認知されたんじゃないかと思います。
とにかく前評判も良く七冠も取ってるので人生ベスト級くらいの期待をして読んでしまい、それに対してはやや肩透かしなところや好きになれないところもあったのですが、しかしやはりとっても面白かったことは確かです。




これまで数々の難事件を解決してきた名探偵アディカス・ピュントだが、主治医に不治の病を宣告される。
そんな中、彼の事務所を一人の女性が訪れ、彼女の住む小さな村でお屋敷の掃除部が不審死を遂げた事件を調べて欲しいという。
残り少ない余命を思い一度は断るピュンとだったが、同じ村で屋敷の主人が惨殺される事件が立て続けに起きたことで、捜査に乗り出す決意をする


世界的に大ヒットしている「アティカス・ピュント」シリーズを担当する編集者の「私」。
上司から渡されたピュントシリーズ最終作の原稿を週末の楽しみに読む「私」だったが、そこから思いも寄らぬ事態に巻き込まれることに......。


という感じで、本書はフードニット長編ミステリの中に作中作としてフーダニット長編ミステリが丸ごと埋め込まれているという大胆な構成を取っています。
単純に一つの作品で2つのそれぞれ満足感のある犯人当てが読めるのでお得感があります。

まず作中作では、1950年代の田舎の閉鎖的な村で起きる事件が描かれています。
登場人物=容疑者たち全員が何かしら秘密や過去を抱えているのが俯瞰の視点から描かれることで、突き放すような不穏さがあるのが探偵小説としては良い雰囲気。
被害者がほとんどの登場人物に「死んでくれて良かった」と言われるタイプの人間なので、興味本位に野次馬気分で読めてしまうところなんかも、自分の心の冷えた部分を突きつけられるような感じがあります。

一方の現実パートは現代が舞台。iPhoneも出てくるし、仕事と恋の間で揺れる女性が主人公というアメリカのロマコメ映画みたいなノリが作中作とのギャップがあって面白いです。
そして、作中作と作中現実が絡み合っていく様......事件の手がかりが類似しているようなことから、作中作の作者の思惑とかまで......も面白く、1+1がちゃんと3くらいにまでなっています。
また、作中作の作者であるアランの心情が明かされることで、名探偵アティカス・ピュントの存在が忘れ難く胸に刻み込まれてしまうのも上手いと思います。

謎解きに関しては伏線回収がメインって感じで、意外性はそこそこあります。
伏線を元にした推論って感じで、思ってたよりロジカルではなかったのがちょっと物足りなく感じてしまいました。
また、終わり方もこれはこれとして楽しむものなんだろうけど、やっぱちょっと嫌な感じがしちゃうよな〜ってのがなくもないっす。

以下一言だけその辺についてネタバレで。

















































はい、ネタバレ。


死にゆく名探偵の最期の事件と、同じく死病に冒された作者というリンクがありつつ、作者は自作の名探偵を憎んでいたというのがなんとも後味の悪い真相ですね。

個人的には終盤の主人公スーザンの言動がなんか色々モヤモヤしてしまいました。ミステリとしての面白さは損なわれないものの、そのせいで本作を好きになりきれなかった気はします。
アランの真意を知ってみれば哀しいお話ではあるので、それをバッサリ切って捨ててしまえる冷たさと、そのわりに上司のことはちゃんと破滅させる変な正論の振り翳し方がとても嫌いです。
こいつが主人公だと思うと次作もちょっと嫌な気持ちで読まなきゃいけなそう(でもミステリとしてはとても面白かったので読みますが)。

深緑野分『ベルリンは晴れているか』感想

私は『オーブランの少女』しか読んでませんが、話題になった『戦場のコックたち』など、上質な作品をコンスタントに発表している印象の著者による第二次大戦前後のドイツを舞台にした長編です。 




舞台は1945年、ナチスドイツが戦争に敗れてアメリカ・ソ連・イギリス・フランス4国の統治下におかれたベルリンの街。
アメリカ領の食堂で働くドイツ人の少女アウグステは、恩人が歯磨き粉に仕込まれた毒で殺されたことを知らされる。
ひょんなことから知り合った泥棒の男と共に、彼の甥に訃報を報せるために旅立つアウグステだったが......。


先日、『戦争は女の顔をしていない』を読みましたが、本作も1人の少女の視点から戦争というものを描き出している点で共通します。
聞き書きという形のため読みづらいところはあった『女の顔』を、テーマは引き継ぎながらもエンタメ小説に落とし込んで、より広く伝えようという意志が伝わってくる力作にして傑作でした。


本作を読み始めてまず思ったのが、読みやすくて凄え!ってこと。
登場人物一覧を見た段階で、英語圏の人名はまだしも、ロシア語圏の名前の見慣れなさと人数の多さに怯んでしまい、正直読むのやめとこうかと思いました。しかし、読んでみると人物も戦後のドイツの空気感もしっかり描かれているので外国の話だということも忘れて自然にすっと物語の中に入っていけました。
主人公のアウグステがドイツ人であること、女であることから受ける差別や暴力。一方でユダヤ人や障碍者、同性愛者への子供のイジメのようなくだらない排斥は、しかし簡単に命を奪える大きな力として蔓延っている。
戦争という異常な状況下における人間の残虐性などヘビーな部分が胸糞悪くなるくらいガッツリ描かれています。
しかし、それと同時に会話や語りの中にあるユーモアや食べ物の凝った描写など、緊張だけでなく緩和もあるところも素敵です。
『女の顔』でも悲惨な話の中にも生を肯定するような強い希望の気持ちが垣間見られました。

「ミステリは物語を進めるための起爆剤」みたいなことを著者が言っていたと思うのですが、本作はまさにそんな感じっすね。
真相そのものにめちゃくちゃインパクトがあったりするわけではないけど、メインの謎に加えてそれぞれのキャラクターの過去やら思惑やらが小出し小出しに謎として提示されたり明かされたりするので、ぐいぐいと引っ張られて行きます。
また、物語が丁寧に描かれているから、真相もインパクトを増すと言うか。何が起きたかをあらすじとして書けばそんなに印象的ではないけど、その出来事が主人公アウグステを通して読むことで重く響いてくるのがとても良かったです。

アウグステが持つ『エーミールと探偵たち』というドイツの絵本の英訳版が重要な小道具になっていたのも印象的。
悲惨な出来事を描くときに、物語だからこそ人の心に響くんだという深緑野分の作家としての矜持を表しているようでもあり。また、英訳版ということで、言語の違う相手を理解しようとする姿勢の象徴のようでもあり。もちろん、この本の作者のケストナーさんが反ナチだったこともあるし、色々と本作の内容が象徴されている気がして小道具のチョイスもさすがだなと思いました。

色んな国の人が出てきて、それぞれの立場がある、また同じドイツ人でも政治思想によって断絶があり、戦前と戦後ではナチ党員の扱いも180度ひっくり返ったり、マジョリティとマイノリティの生きづらさの違いもあり......。
あまりにも複雑なこの世界を、複雑なままに、しかしエンタメとしてはシンプルな面白さで描き切った傑作で力作です。

シャカミス競作感想

シャカミス競作感想



自分では作品書けなかったので感想だけは頑張って書かせてもらいます......。
各作品ネタバレあるため、私のこの拙い感想文は各作者様による本編を読了後にお読みいただければ幸いです。
あと、作者当ての推理過程も細かく書いてあるのでみなさんパクらないでくださいね!








































1.『限りなくゼロに近い神様』占無回

あらすじ欄で「新人」と「先陣」で韻を踏んでたり、英題に細かい遊びが仕込まれていたりと読む前からちょっとしたジャブを仕掛けてくる感じ好きです。
ガッと引き込む感じではないけど、文章が丁寧で映像的なのですぅ〜っと世界観に入り込んでいけるので文章上手いなぁと思います。
幻想小説のような幕開けから、解決編に至って原発という社会問題がテーマとしてドシっと据えられる飛距離がそのまま意外性。
放射能の廃棄物は10万年後まで安全なレベルにはならないと言います。
今の世界で原子力による電力を享受している我々が、10万年後までの人類に対して責任を取れるのか?それまでに文字という文化がなくなって放射能の危険性が伝わらなかったら?という問題を、10万年後の未来に暮らす1人の少年の姿を通して分かりやすく伝えている。
このどんでん返しと深淵なテーマ性をこの短さまで切り詰めて伝えられる才能には嫉妬しか覚えません。むかつく!
意識はしてないだろうけど、シチュエーション自体がどんでん返しになってる辺りに私の大好きな園田修一郎先生を少しだけ感じました。

文章の丁寧さと理系っぽさと処女作らしいことから、作者予想はともりさん。
森博嗣感があるのとペンネームの響きから四季さん説もかなり濃くて、めちゃくちゃ悩むんですけどね......。

追記
後から考えたんだけど、サラさん説が1番濃厚な気がしてきた。




2.『探偵儀式』リリック

らきさんによるテーマ部分に続ける形で書かれた異色作。
そのアイデアだけでなく、話の内容もめちゃくちゃ異色作で笑いました。
テーマ部分は元からあるからここの感想を書くべきなのかどうかも分かんないけどとりあえずハルヒトはムカつくので灰燼に帰してくれてスカッとしました!
そして解決編は私のオツムでは何が起きてるのか一つも理解できなかったけどなんか死体がリ・ストラクチャーされるシーンは楽しくてよかったです(粉蜜柑)。
あとセカオワと米津玄師のファンとしてはこういう使い方されるとムカつきますね。みんな米津玄師の新曲「POP SONG」はちゃんと聴いてますか?めちゃくちゃいいので聴いてよマジで。

なんだかんだシャカミスへの愛が溢れてるあたり、シャカミスのわりと中心的なメンバーの誰かが書いたとしか思えないっすね。
らきさんの自作自演説も一度は疑いましたが、それだと「テーマ部分をそのまま使う」という着想の奇抜さが半減してしまうので、らきさん以外の方が面白いなぁ。
などと思うので、丘守さんと予想!こういうふざけかたしそうなんだよなあの人。




3.『盲信とは正しさの不在なり』重圭貴

「記念碑的作品」と後書きにあるように作者の幅広い趣味嗜好を選り好みせず全てぶち込んだコラージュ......いや曼荼羅のような怪怪怪怪作。
描きたいものだけ描いてキャラ名なんかABCDとかで小説の体も成していない......書けば書ける作者だからわざと成さずに書いた......ようなハチャメチャなノリに当てられてしまいます。
しかし起こる事件はガシャポン人形の首切りというユニークな日常の謎
推理のための設定資料+ただ趣味で書いてるようなオタク衒学の数々に笑っていると最後の超展開なんなんアレ。
あまりにもハチャメチャすぎて見落としがちだけど、あの動機やトリックだけ見ればオーソドックスな短編ミステリらしいんですよね。それをこう料理しちゃうぶっ飛び具合と、ぶっ飛んでるのにちゃんと宗教というテーマを真っ正面から扱っているソツのなさがすげえ。はちみつレモンおいしかた。

作者予想は推理するまでもなくZEROさんにならざるを得ないっすね。記名性が強すぎて真似しようにも他の人にこれは書けないはず。




4.『トロイの地獄』木馬燐

あらすじからの連想ですが夢野久作とかの戦前の変格、怪奇探偵小説の雰囲気が濃厚で、この雰囲気大好きっすね。
デスマス調で童話のような優しげな語り口でおどろおどろしい物語が語られるのはあるいは谷山浩子みたいな雰囲気もある気がしなくもない。
しかしそんな雰囲気でありつつ、ブラック企業パワハラといった現代的なテーマも含んでいて、宗教にハマった妹を力づくで奪還することが本当に彼女のためだったのか......?という虚しい余韻も残る前半部。
から、一転して後半部ではリベンジもの映画のように、あるいは異能バトル漫画のようにポンポンと復讐を遂げてく展開も良いっすね。
レトロ感と現代社会を混ぜ合わせる感覚がなんか今時って感じで良いなぁと思います。

童話の読み聞かせみたいな語り口は創作慣れしているようにも、初めて書くから書きやすい文体を選んだようにも取れて判断が難しいですね。
しかしミステリに限らない教養と品格を感じさせるあたり、ともりさんっぽい気がします。
「トロイ・木馬・燐」の頭文字を拾うとともり、ですからね。




5.『カンナ』浅野ナナ

とにかく文章と話の流れがうますぎます。
「大変恥ずかしながら、私は美しく生まれてしまった」という、太宰治を思わせる1行目の引きの強さからしてもう面白いと確信させられました。
一人称でありながら、世界一のアイドルが生まれるまでのドキュメンタリーのような淡々とした語りから、カンナ本人でさえも、『世界一のアイドル・星崎カンナ』という運命に操られているに過ぎないような不穏さが終始漂っていて最高です。
そこからとんとん拍子に成り上がっていく様はシンデレラストーリーのように読むにはあまりにも予定調和のようで。この天災のような天才の描き方には野崎まどとか、伊坂幸太郎の『あるキング』あたりを連想しました。
そんなどこか現実離れした天才の物語でありつつ、随所で現代のアイドルグループへの痛烈な皮肉が込められている性格の悪さもとても好きです。私も今のアイドルはアイドルじゃないと思ってるので......。
『宗教』というテーマから本来偶像という意味を持つ「アイドル」へと発想を飛ばしつつ、第7章の事件の真相に至ってもう一度『宗教』が現れるというテーマの扱い方もプロクオリティですね。
......からのメタ展開に痺れる。
一旦スマホゲームとかが出てきて現実の側に一気に堕ちてきて、実在のソシャゲの存在しないキャラクターみたいな現代の怪談っぽい感じ出しといてからの、さらにもう一転して最終的には作者の「浅野喃々」の存在すらも作中に取り込むような、そしてトゥービーコンチヌーでどこまでも拡散させるような結末まで圧巻の嵐。
ミステリ、ホラー、SFを縦横無尽に駆け回る傑作でした。
......そして、読後にカンナの花言葉を調べてもう一つゾクっとさせてくれるのも上手過ぎます。

相当書き慣れているであろう文章の上手さと、そのわりに誤字の多いおっちょこちょいさ、そしてメタ構造や「ファムファタール」って単語好きそうなことから作者予想はらきむぼんさん。
ただし野崎まど感から加賀谷さん説もあります。




6.『裏世界ファシティアン』フィリップ

「宗教」「ミステリ」というお題にはギリギリ引っかかってるくらいな感じはしちゃうけどそれはそれとして面白かったです。
私もやっぱり世代だから2ちゃんまとめサイトとかでこの辺の八尺様とかきさらぎ駅とかカンカンダラとか読んでました。懐かしい。
オタク系サークルでモテなそうな男たちがダラダラと方言してるゆる〜い雰囲気も殺伐とした作品が多いこの競作の中でほっと一息つけるし、私も巨乳のお姉さんに取り憑かれたいと思わされました。
茶番みたいなメインのパートが終わった後の解決編というかバトルパートというかみたいな裏のパートがまたいかにもって感じで好き。
ダークサイドに足を踏み入れつつも、結局わりとほのぼのとした終わり方なのも優しくて好きです。

作者予想。『裏世界ピクニック』読んでそうなフォロワーってことでかめむしさんと鹿太郎さんが浮かびましたが、「獅子頭大学」が「鹿頭」に通じるところから体は人間、頭は鹿の鹿太郎さんと推理します。




7.『湿原の犯罪』シャカミス次郎

競作で犯人当てやろうとするのがまず偉いっすよね。
内容も短さに見合ったシンプルかつしっかりと説得力のあるもので、靴のロジックの生真面目さとバラバラのトリックのバカミスっぽさのギャップに萌えました。
容疑者それぞれの特徴が靴の大きさくらいしか書かれていないので絶対これが関係ある!まで推理できたのに犯人外したので記憶を消してもう一回挑みたいです。悔しい。
湿原という舞台設定が異世界感というか、浮世離れした犯人当てミステリのための空間、みたいな雰囲気を出してるのも好きなところ。

ふざけたペンネーム、ふざけたトリックと、ロジックや犯人当てへのピュアな愛が感じられるところから、作者予想は丘守さんで。




8.『月の裏側』平野鵺

さすがに作者がまひろさんだけあって熟練の筆捌きですね。
プロローグとして挿入されるとある夏の風景がエモみを保証。そこから軽妙で良い意味でダラダラした高校生たちの会話およびケーキは、毎日家と仕事の往復しかしていない今の私にはもう眩し過ぎてぶん殴りたくなります。
世間を知らない少年少女が祖父にまつわる事件を探っていくことでほろ苦い結末にたどり着いたり着かなかったりするという構成は米澤穂信氷菓』を彷彿とさせます。「ボトルネック」という単語が作中に出てくるのもオマージュ元を明示する意図でしょう。
ミステリとしては旋状痕が付いたタイミングと今回の射殺事件との時系列のズレを重ねることで幽霊を幻出させるアイデアが見事です。野暮なことを言えば科学捜査で分かりそうではありますが、作中でしっかり旋情痕について解説があるので、特殊設定ミステリのように「旋状痕」という設定を使ったトリックと捉えれば瑕疵にはなりません。
瑕疵といえばむしろ、主役の小松田さんの下の名前の表記がブレブレなのが大きすぎるので修正しといてくださいまひろさん。奈々なのか奈緒なのか最後まで分からなくて双子トリックかと思った。
そして物理トリックの他におまけで叙述トリック混んである辺りも(あからさまなので分かったけど)遊び心満載で楽しいっすね。
また、「名探偵」の存在について、重くなり過ぎずに描いているのも好みでした。小松田なんとかちゃんの更なる活躍に期待したいですね。

てわけでもう書いちゃってるけど、キャラ造形、青春、女の子、会話の中でのツッコミの入り方、ケーキ、ペンネームやタイトルや章題、どれを取っても作者はまひろさんでしかあり得ない。もし他の人だったらまひろさん模写が上手すぎる。共作の可能性はあるが。




9.『Xの悲劇、或いはXmasの悲劇』韮ちゃん

なんかもう上手すぎて逆に感想書くのが難しいわ。
陽と影で対になる主人公2人のキャラ描写からしてもう上手いし、文章にもおよそツッコミどころや読みづらいところがありません。
話の展開にしても会話にしても情景描写にしてもいちいち上手い。
ロジカルミステリとしても、描かれていることの全てがちゃんと伏線になっていて、伏線の量の多さからある程度複雑になりつつ、しかし目の付け所は一点だけなのでシンプルに納得できる分かりやすさもあります。
私はもちろん犯人を当てることは出来ませんでしたが。悔しい!
そしてキャラクターたちへの愛着がまた増してしまうラストの一言も完璧。
上手すぎて、上手いとしか言えないんだけど、めちゃくちゃ面白かったです。

作者予想はふっふーさん。女性視点が自然で、男が狙って書くのはなかなか難しい気がします。明らかに書き慣れているだろう小説の巧さも。また冒頭のある描写とキャラの書き方もふっふーさんっぽいと思います。
......と思ったけど、みんなふっふーさんは書いてないってゆうから、次点でアキラさんかな。このロジカル犯人当てはアキラさんのイメージではあるかも。




10.『三十一文字』広間

穂村弘などの短歌を作中にたくさん織り込みながら一つの青春小説に仕上げた労作。
宗教って感じはもう全然しないけど、それはそれで。
読者への挑戦でお話が終わっていて読者が答えを探さなければならない構成が新鮮ですね。
そして、作中の短歌に隠された暗号には「未来よりあなたに」とあります。
つまりあすぎあは未来の人?これを未来の主人公ととるか、未来の三郷華ととるかで迷いました。
しかし、アイリスの花言葉は「恋のメッセージ」だそうです。恋のメッセージというからには、過去の自分へではなく過去の好きな人へ、なのではないか......ということで「あすぎあ」の正体は未来の三郷華だと推理します。
いやぁ、合ってるかどうかは分からんけど、とにかく凄かったです。暗号が成立するように短歌を並べつつ、並んだ短歌の内容からコラージュするように物語を組み上げていく。エモーショナルな青春小説でありつつ、計算して構築されてもいる二面性に惚れちゃいます。

作者予想ですが、『ショートソング』みたいに枡野浩一穂村弘らの短歌を引用して一本の青春小説を書こうとするような奴はさすがにまひろさんくらいしかいないのでは......と思うけど、安直すぎる気もするんだよなぁ。
というわけで、裏をかいて千早とわさんと推理します!!




11.『世界の終わり』スクラビングバブル

読者への挑戦こそないもののこれもお手本みたいに上手な犯人当ての短編ですね。
ただ、論理から緻密に犯人を絞り込んでいくというよりは、トリックや動機がまずあってそこから話を作ってそうな感じ?
私はロジックよりトリック派なので、こういうオールドスクールな物理トリックが複数仕込まれている短編ってのはそれだけでもう贅沢で好きになっちゃいます。
そしてお話も乾いた感じで良かったですね。
このキャラ設定だとちょっと色気出してラブコメっぽくしたくなりそうなところ、らきさんと真理ちゃん2人の関係性も話の展開も結末もドライな感じがなんか法月綸太郎とかの影響を感じさせます。
宗教がテーマで動機が「嫉妬」なのは、宗教ミステリの国内における金字塔である某作の感じも。

作者予想ですが、作中に堂々とらきさんが出てくるから逆にらきさんじゃない?
となると、これだけ書けるのはアキラさんかハルヒトあたり?
ただアキラさんにしてはロジックよりトリックに寄ってる気はするし、宗教への皮肉な視点とかのりりん感もハルヒトなんじゃねえかな、と思う。
哲学っぽさや視線の冷たさやあのトリックを使ってるところがワンチャンともりさんもあるけど、なんかディスってるみたいなので次会う時殺されるかもしれない......。




12.『I saw a nightmare』可愛い電子レンジ

知識が変な方向にぶっ飛んでる作風がZEROさんっぽい気がするんだよなぁ。武器の描写の細かさのオタク感とかも。
感想は......あまり政治的な話はしたくないのでノーコメントで......。




13.『拝火』ぴしある検査

うらさびれた冬の村に現れた異邦人。思春期で反抗期真っ只中の主人公たちと周りの大人たちとの関係の緊張感。現状と将来への不安。押し付けられる性的な視線。
そう、一言で言えば閉塞感。青春というものの暗い捉え方から来る全体に漂う不穏さがとても私好みです。
かまくらや拝火というモチーフはエモみがありそうながら、その真相はあまりに即物的で俗っぽく、その身も蓋もない虚しい余韻がまた好み。
ミステリとしてのトリック自体はあまりにも手垢のついたものではありますが、それを物語の中にこうやって織り込むことで意外性と物語性を両方最大限に出してるのも上手いと思います。

作者予想ですが、この雰囲気を出せるのはたぶんバブルさんじゃないかなと思う。はっきりした根拠はないけど友達の勘です。外れてたらバブルさんは友達じゃなかったということで。



14.『Logical Power』中山翔二

めちゃくちゃ笑った。
なんかあらすじ欄にごちゃごちゃと御託が並べられてるけど読んでみればアンチミステリ......というよりはおバカなミステリという意味でのバカミス⁉️
そうだよ、僕らはあの頃みんなミステリが大好きだったはずじゃないか。それなのに社会に出て毎日3時間残業しても残業代も半分くらいしか出なくてってやってるうちに摩耗してもうミステリのことなんて忘れかけてた......それでもあの頃に戻れると思って合宿に参加したのに......。
主人公の気持ちが痛いほど分かって泣けてきます。しかしそれ以上に笑いが止まらずめちゃくちゃニヤニヤしながら読んでしまって悔しい。作者がわかってるから余計に悔しい。

そう、作者とはシャカミスの中でも1番古くから交流があるのですぐに分かってしまい、もはやカンニングしたみたいな気持ちです。
会話の感じといいマッチョというテーマといい強すぎるBL感といいアンチというよりはギャグなミステリの壊し方といい「社会に出て5年」といい、加賀谷さんでしかあり得ませんよね。



15.『致死性の謎』間間闇

本競作のトリに相応しい......というより、トリになるようにわざと最後に投稿されたであろう力作。
雰囲気といい異様な結末といい、完成度が高すぎる。
キリコの絵と麻耶雄嵩の作品をどちらもモチーフに使いつつもシンプルな三角関係の青春ミステリとしてすっきりまとまってます。
先に一つだけ文句を言っておくと、「名前のない絵本」の部分が期待した割にちょっと駆け足すぎて物足りないところはありました。まぁここをガチでやったら余裕で2万文字超えると思うので、競作企画が終わった後でここ足して長編版にしてほしいところです!
キリコの絵を調べて見てみるとこの作品の内容そのままで、冒頭に図版こそ載っていないものの絵画を小説にするところは飛鳥部勝則でしかない。
サイコ操りみたいな後味悪すぎる結末もヤバいです。この雰囲気好きすぎる。

作者予想は麻耶みと飛鳥部みから順当にらきむぼん。
ただしこの競作のトリを恐らくは狙って飾っている本作ならもしかして何人かで共作ということもあるかもしれません。アラン・スミシーの名前が出てくるところからも、作者が1人ではない可能性が示唆されている気がします。『夏と冬の奏鳴曲』も共作を示している気が。
その場合、キャラ名というサインのあるハルヒトとアキラさんがらきむぼんの共犯者(共作者)であると推理します。
そして、あの人に捧ぐ献辞。ここもらきさんだけだと創設メンバーじゃないからそぐわない感じがするのでアキラさんあたり関わってそうな感じはするんですよね。ただ、あの嫌な結末はアキラさんらしくないけど。

ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』感想

観たことある映画の『回転』『ザ・ターニング』の原作ということで気になっていた作品です。
あと、大学の頃に後輩に勧められてたんだけど、卒業して疎遠になってきてもう2度と会うこともないのかなと思うくらい時間が経ってようやく読みました。彼は元気やろか。


光文社古典新訳文庫土屋政雄氏訳の版で読みました。
新潮文庫版もぱらぱらっと見たんだけど、こっちのが読みやすそうだったので......。でもマジで読みやすくて翻訳モノ慣れてない身としては嬉しかったです。



両親がおらず、兄妹と使用人だけが暮らす田舎のお屋敷。兄妹の伯父に家庭教師として雇われた若い女性の「わたし」は、屋敷にいるはずのない男の姿を見る。その日から、「わたし」の周りに恐ろしいことが起こり始め......。


はい、というわけで、文学史上における価値とか社会への目線とか、そういう難しいことは分かんないっすけど普通に読んでて面白かったです。

いわゆる「信頼できない語り手」の先駆的な作品らしいです。
そもそもプロローグ部分でこの物語が二重の枠の中にあることが明かされていて、このお話自体が全て虚構、または伝聞の過程で変形したものである可能性が示唆されます。
それはそれとして、本編の語り手である家庭教師の「わたし」が非常に胡乱な存在であり......。
彼女、めっちゃ良い人なので、最初のうちは感情移入して読んじゃうんですが、ところどころで「ん?」ってなるんですね。その微妙〜〜な不信感が、だんだん「んんん???」「えっ???」と膨らんでいく薄気味の悪さ。
起こる出来事自体は幽霊らしい男や女が出たり子供たちの様子が変だったりするくらいなんだけど、語り口の巧妙さで読まされてしまうあたり心理小説の先駆みたいに言われてるのも納得です。

そうは言っても前半はやはりあんま何も起きないのでやや退屈ではあるんですが、後半から一気にギアが上がって一気読みしてしまいました。
印象的なラストシーンも素晴らしい。あそこで終わるのがかっこいいですね。


全体に仄めかしだけで成り立っているような話なのでいかようにも解釈できそうですが、隠されていることでより強く感じるセックスの匂いを踏まえてみると、概ね固まってくる感じはします。
ちゃんと考察したいけど気力がないので、とりあえず感想だけで終わっておきます。3年前ならもうちょいがっつり書けたんだけど......。歳だわ。