偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

成功したオタク(2021)


中学生の頃から7年間に亘ってとある男性アイドルを推してきて、推し本人にも認知されテレビ番組での共演も果たした"成功したオタク"だったオ・セヨン監督。しかし、ある日推しが性加害で逮捕された。怒り、失望、悲しみ、様々な感情を抱え込んだ彼女は、同じ経験をしたファンたちの話を聞きにいく......。


私も個人的に2年前に大好きだったミュージシャンの言動が嫌になってファンを辞めたことがあり、それは事件でもなければスキャンダルにすらならないただMCとかTwitterでの発言が差別的だというだけの話なんですが(むしろその6年前くらいに有名女性タレントと不倫してた時には擁護してたのに......)、未だにその経験を引きずり続けているので、同じような(そしてより酷い)経験をした監督によるドキュメンタリーということで上映前から気になってて、センチュリーシネマに観に行きました。


本作は主に監督のモノローグと、監督と同じアイドル、あるいは別の性犯罪などで逮捕された男性アイドルを推していた人たちへのインタビューから構成されています。
動きも少なく話だけなので正直眠くなるかなと思ってましたが、監督を筆頭に登場するオタクの人たちの言語化能力が高すぎて話を聞いてるだけでもめちゃくちゃ面白く、飽きることなく最後まで観られました。
辛い内容ではあるんだけどところどころにちょっと笑えるようなところもあって適度に力を抜いて観れるのも大きかったな。冒頭から、タイトルの「ソンドク」(成タク=成功したオタク)に引っ掛けて「ソンドク寺」という名前のお寺にお参りに行くところから始まる遊び心があり、映画を観ていくうちにそういうセヨン監督のそういう遊び心やユーモアと、自分の体験やインタビュー相手への真摯さが両方伝わってきて、いつの間にか彼女の人柄に惹かれていってしまうのも観やすかった大きな要因かと思います。
また、そういうユーモアがところどころにある一方で、元推しの裁判に行く場面とか、獄中の朴槿恵元大統領を応援する会に参加してみる場面など緊張感のあるシーンも要所要所に挟まれたりする構成が上手くて、めっちゃ引き込まれてしまいました。

「虹だと思っていたものは蜃気楼だった」

推し活をする人というのはまぁ多かれ少なかれ推しに救われていたり癒されていたり生きていく力をもらったりしてたわけで、そこで裏切られた時の絶望というのは、自分のアイデンティティ自体がガラガラと崩れていくようなものだったはずです。

「ファンである以前に、1人の女性として考えてほしい」

それでも、社会的に悪いことをした推しを擁護することなく、自分は裏切られた被害者なのか、推しに力を与えた加害者なのか......と自問し苦悩しながらもキッパリとファンをやめる姿勢は偉いし大人だなと思う(日本でも最近の某問題とかでクソ感情論で擁護してる阿保が多いので見習ってほしい)。

「初めて好きになった人、初めて買ったアルバム、色んな初めてに彼がいた」

とはいえ、彼を推していた時間は特別な思い出だし自分を変えてくれた大切な経験でもある。そのことまで簡単には否定できないしグッズを捨てるのにもかなりの決意が要る......。
友達とグッズのお葬式をする場面で、大量のグッズの一つ一つに思い出があってついつい楽しかった頃を懐かしく思い出してしまうようなところに割り切れない心のリアリティがあって泣きそうになってしまった。そりゃ、そうですよ......。

本作にはいろんな元ファンの女性たちが出てくるんですが、それぞれ同じようにファンをやめたという経緯はあれど語ることはもちろん人によって様々で、ファンダムという塊の中でもそれぞれに思いがあるという、当たり前のことですがそれを丁寧に掬い上げて見せてくれるのがよくって、全員にちょっとずつわかるわかると頷きながら観てました。
あと、監督の母親の語りがめちゃ良かった......。
本作の中では明確な答えとかは出ないものの、最後に行き着く境地には素直に凄いと思った。私は前述の好きだったミュージシャンのことを死んで欲しいとTwitterに書いて誹謗中傷でアカウント凍結されたので......。

少し残念だったというか、さらに踏み込んで欲しかったと思うのは、今でもまだ彼を応援し続けてる人たちの話も聞きたかったな、、、ということ。また、良いイメージを押し付けていわば勝手に偶像化して推すファンというものの暴力性についても描かれていると良かったと思います。
とはいえ、自分の苦しみを1万倍にしたような経験した人の話を聞くと勇気づけられるし、自分も今なんか迷走してるけど頑張ろうと思いました......。