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スピッツ『インディゴ地平線』感想

1997年リリース、前作で爆売れしたスピッツによる今でも最大の代表曲であろう「チェリー」も収録された7枚目のフルアルバム。

インディゴ地平線

インディゴ地平線

  • アーティスト:スピッツ
  • ユニバーサル ミュージック
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このアルバムを初めて聴いたのはたぶん中学生の頃だと思うんだけど、その時には地味な印象で正直あんま聴いてなくて、たぶん『ハヤブサ』とか『ハチミツ』をめっちゃ聴いてました。
ちゃんと聴くようになったのは高校1年生の時で、登下校の時とか友達の家で徹夜で麻雀やった朝とかに聴いてた光景を今でも覚えています。

前作のカラフルでポップで原色っぽい感じと比べるとサウンドもちょっともったりしてるし曲も煌びやかな派手さはなく、それが地味な印象になってたと思うんですが、改めて聴くと昨今流行りのローファイっぽさもあって、むしろ今聴いた方が新しく聴ける気さえします。
歌詞の内容的にも5枚目で飛んで、6枚目で宇宙の風に乗って浮かんでたところから、急にふわっと地面に降り立って地平線まで歩いていくような堅実さも出てきて、初期から現在のスピッツへ繋がるグラデーションの過渡期のようにも感じます。
ともあれ、このアルバム全曲感想シリーズを書く中でも特に改めて聴いて改めて良さが沁みてきたスルメアルバムでございます。

(なんかインディゴ地平線が名前の由来になったバンドがいたような気がしたが、気のせいかもしれない)




1.花泥棒

クリスピー、空の飛び方、ハチミツといった直近アルバムでは1曲目から表題曲やキャッチーな曲ががっつり入ってましたが、本作でははそれらとは趣向を変えて短いこの曲が1曲目。1曲目が短い流れはこの後のフェイクファー、ハヤブサへと続いていきます。
ちなみにこの曲はテツヤ作曲。なのでついついテツヤボーカルverを想像してニヤニヤしてしまいます。テツヤの声がすげえ似合いそう。

曲調はパンクっぽい感じで、草野先生のちょっと投げやりな感じの歌い方も含めてインディーズ時代を思わせるところもある曲っすね。「アナキスト」とかなんかこんな雰囲気じゃないっすか?「花泥棒〜」っていうコーラスっていうか合唱も。
とはいえインディーズ時代のパンクナンバーよりいい意味での情けなさっつーかトホホ感みたいなのが歌詞にあって、そのおかげでパンクなのに可愛くてのどかな感じもある不思議な魅力を持った曲ですよね。
あと改めて聴くとベースがめっちゃカッコいいな。特に間奏のところとかかっけえ。
あと、「あぁ〜夢で〜会う時は」のとこの歌い方、エロいな。

どうせ一度なら 心が向かうまま 花泥棒
あの娘に似合いそうな花を見つけたぞ 花泥棒
この花を渡せたら それが人生だ!

花盗んでるくせに「それが人生だ!」とか大それたことを言ってしまう極度の独りよがり感が痛々しくて恥ずかしくて最高である。

逆に奪われて すべて奪われて 花泥棒

すべて奪われてってのは、「あの娘」に奪われてるんですよね。えっちだ......。しかし、

ああ 夢で会う時は すごくいいのにさ!

というこのトホホ感ですよ。「すごくいい」っていう、突然の語彙力の喪失が良い。そして歌詞のトホホ感に合わせて演奏も一旦は不完全燃焼みたいな感じで終わるのも良いっすよね。
からの、ドラムのワンツースリーフォー!で戻って来るんだけどここのベースが超かっけえよね。なんか草野が「デカンタ〜」みたいなことを叫んでるんだけどなんで言ってんのか分からないので分かる方いたら教えてください。


2.初恋クレイジー

「大好物」に似た感じのピアノイントロのドPOPな曲ですが、前の曲で脱力してる分すんなりと入って来るのでいい曲順。
ヴァースの部分では浮かれつつもちょっと我慢して抑えめなメロディなのがサビでは坂を登っていくように上がってくメロディが初恋の抑えきれない高揚感を表していてめっちゃ良いし間奏でもハーモニカなんか吹いちゃってひゅーひゅー!みたいな感じでありつつ、一方でCメロでは急に切ないメロディになって初恋の痛みをも描いているのが初恋を冠した曲として完璧であるように感じますが、いかがでしょうか?

見慣れたはずの街並も ド派手に映す愚か者
君のせいで大きくなった未来

実は歌詞の中には「恋」ってワードは出てこないんだけど、歌い出しのこの2行だけでめっちゃ初恋クレイジーなのがすごい。大きくなってんのはおめえの「気」だよ!と思ってるとすぐに

夢の世界とうらはらの 苦し紛れ独り言も
忘れられたアイスのように溶けた

というままならなさも見せてくるからずるい。
たぶんこのアルバムを聴いたのは高校1年くらいの頃で、その時まだ中学の時に好きだった初恋の相手の佐藤さん(仮名)のことを引きずっていたので、「フッ......初恋クレイジーって、俺のことかもな......」などと思いながら窓の外を眺めたりしてました。痛い......。

言葉にできない気持ち ひたすら伝える力
表の意味を超えてやる それだけで

分かるような分からんようなですけど、表の意味を超えるっていう捻くれというか、大袈裟に言えば世界への不信感みたいなものがさらっと出てくるのがスピッツっぽくてとても良い。

全体には初恋のトキメキやキラメキを感じさせる歌詞でありつつ、Cメロで

例えば僕が 戻れないほどに壊れていても

という(自覚あったんかい!と突っ込みたくはなるけど)恋というものの恐ろしい側面をも抉り出すようなフレーズもあることで一気に深みが増すのも上手いよね。
そんで、戻れないほどに壊れたのが「Holiday」、みたいな気もする。もう少しまともだったのに......。


3.インディゴ地平線

アルバム表題作ですがミドルテンポでゆっくり歩いていくようなわりと地味な曲。なんだけどめっちゃ好きです。
ギター、ベース、ドラムの音が同時に鳴ってはじまるイントロからして気だるげというか眠たげで、でもちょっと神秘的な感もあるのがまさにインディゴブルーの夜明け時という感じで美しい。この曲を聴くと、幼い頃に早朝に出発して車で長野に旅行に行った時の窓外の風景を思い出します(愛知県民なので長野には毎年のようにスキーに行っていた)。
草野先生の歌もかなり低めの声でカッコいいですよね。そんでもサビはインディゴの夜が明けて日が登ってきたかのような伸びやかなハイトーンボイスで、歌えそうと思ってカラオケで入れるとサビで死ぬやつです。
あとこの曲はアウトロがとにかく綺麗。Uh〜というコーラスとギターのアルペジオスピッツらしさ全開で、イントロ同様、草野のコーラスも含めて全部のパートが同時にジャーンって終わるところも4人で歩いてきて地平線に辿り着いたかのような余韻があって素敵。

辿り着いたかのような、と言いましたが、辿り着けないのが地平線であって、歌詞ではそんな辿り着けない場所を目指して歩き続けていく覚悟のようなものが感じられて、このアルバム全体にも流れる「地に足の着いた」感覚を象徴するまさに表題曲だと思います。
その一方で、極端に言えば死ににいく歌のようにも読める二面性というか、1曲の中でネガとポジが共存していて受け取り方次第でどっちにも聴こえる懐の広さも持ち合わせた曲ですね。

君と地平線まで 遠い記憶の場所へ
溜め息の後の インディゴ・ブルーの果て

インディゴブルーのイメージのせいか、音の印象か、先述の長野旅行のせいなのか分かりませんが、歌い出しからなんとなく冬の早朝を連想しています。

逆風に向かい 手を広げて
壊れてみよう 僕達は 希望のクズだから

「逆風に向かい手を広げて」だけだったらミスチルの「終わりなき旅」とかに出てきそうな歌詞ですが、そっから壊れるとかクズとかいうネガティブワードに持ってくのがスピッツ流。しかし壊れてたりクズだったりするのを自覚して肯定しながら進んでいく感じが良い。



4.渚

イントロからずっと流れてるピロピロいう音はシンセかなんかっぽいんだけど、じっくり聴くまでどこまでベースでどこまでシンセ(?)なのかよく分からんかった。
ベースはイントロでは鳴ってるけど1番のABではなくて、ドラムも1番は単調なキックばっかり。このある種無機質なサウンドが、夏特有の浮遊感とか不穏さを孕んだ眩しさを完璧に表現してて、たぶん歌詞がなくても夏の曲だって一発で分かると思うな。
一方で、サビから2番にかけては演奏が激しくなっていってバンドらしさも出てきてじわじわとテンション上がります。
てかサビの「波の音に染まる」のとこでボーカルとユニゾンするようなベースが気持ち良すぎますよね。
1番では夏の初めの静かな浮遊感、2番でだんだんと高まっていって間奏で無常"感"のある儚げなギターのメロディを経て夏の終わりへと向かっていくようなラスサビへ......1曲の中で起承転結するように夏の全てを真空パックしたようなサマーアンセムNo.1 Yeah!です。
しかしあまりにもさらっと爽やかに歌うから気付きづらいけど、「醒めないで〜」のところ高すぎてオク下でもきついわ。

歌詞は渚という陸と海の狭間の曖昧な場所をモチーフにして曖昧な関係の幻のような恋を描いたもの。
「ささやく冗談」「ぼやけた六等星」「思い込みの恋」「プライドの柵」「野生の残り火」といった1番のヴァースに出てくる主人公の不器用さや自信のなさや「君」への恋心を表現するフレーズの全てが共感できるのに自分では全く思いつかないような、でも凝りすぎてなくてさらっとしたもので、作詞の天才さがサビに至る前で既に全開になってて若干引くくらい素晴らしいです(もちろん、この後2番まで含めて、歌詞の全てのフレーズがキラーフレーズになってます)。

そして、そんだけ言葉を尽くした後で1サビは

柔らかい日々が波の音に染まる
幻よ醒めないで

という短いフレーズだけなのも凄い。
ここまでで細かい描写を積み重ねてきたからこそこんだけ短いサビでも強烈な儚さを感じさせます。砂漠とか星とか裸足とかいうワードも海や砂浜を連想させて、歌詞全体を通して「渚」というイメージが構築されていくのも凄え。

ねじ曲げた思い出も 捨てられず生きてきた
ギリギリ妄想だけで 君と
水になって ずっと流れるよ
行きついたその場所が 最期だとしても

甘酸っぱい初恋みたいな光景を歌っておきながら「妄想」や「最期だとしても」だけで不穏さや死のイメージも醸し出される。裸足で渚を走り回るような生(性)のイメージと死のイメージのオーバーラップ......というのは初期草野のお家芸ではありつつ、それがこれだけ爽やかで儚くて透明感のある風景として描かれた曲はこれが初めてな気さえします。初期の曲はもっとシュールでもっと生々しかった気がするので。

渚は二人の夢を混ぜ合わせる
揺れながら輝いて

海と陸、生と死、君と僕の夢が渚というあわいの場所で混ぜ合わされてキラキラと輝く光景は映像的でありながら映像では表せない詩というものの特権のような美しさがあり、マジでこの曲の歌詞って草野マサムネという天才の仕事の中でも最高峰なのでは......という思いが改めて聞き返したり読み返したりしたことでどんどん強くなってきてます......。



5.ハヤテ

渚というシングル曲がアルバム序盤のクライマックスで、こっから中盤というイメージ。
高校生の時には地味な曲という印象であんま聴いてなかったけど大人になってからじわじわと良さが分かってきて、特に『優しいスピッツ』で演奏されたのを観てますます好きになってきました。

イントロから全編にわたってスライドギターが奏でられる可愛らしく牧歌的なノスタルジーのある曲。曲全体はのどかな感じだけど、イントロの最初がドラムのフィルではじまって一瞬緊張感があるのが好き。間奏の後のUh〜♪っていうパートで若干の切なさや不穏さがあるのも良い。
あと、終わり方が良いっすよね。「ハヤテ〜」っていう曲名を歌いながらスライドギターがそれにシンクロして終わるのなんかエモいっす。

音の可愛さと懐かしさは、一言目の

気まぐれ君はキュートなハヤテ
倒れそうな身体を駆け抜けた

という歌詞の、特に「キュート」という言葉に凝縮されています。このキュートが「可愛い」とかだとダメで、「キュート」こそこの曲のサウンドに似つかわしい気がします。

言葉はやがて恋の邪魔をして
それぞれカギを100個もつけた

ハヤテのように駆け抜けた恋の瞬間のトキメキを最初の2行でぶち上げておきつつ、すぐ後には言葉を交換することで恋が行き詰まってお互いに心を閉ざしていくような切ないすれ違いが描かれていて胸が苦しくなります。

でも会いたい気持ちだけが膨らんで割れそうさ
間違ってもいいよ

でも、間違ってもいいから会いたい、と、このシンプルで力強く現実的な手触りのある恋の歌が、「渚」という幻想的な美しさのある曲の後だとコントラストでより映える。

なんとなく君の声が聞こえて
はりきってハートを全部並べて
かっこよく鳴りひびいた口笛
振り向くところで目が覚めた

ハートとか口笛とかいうワードもこの曲の懐かしい可愛さに全部ぴったり合っていて、この曲トータルでの世界観の作り方がほんっと上手いよね、と「渚」に続いてここでも思わされる。
初期の全部が夢みたいな歌詞とは一線を画すAメロだけで夢オチする展開。夢ではありつつ、こういう夢を見ること自体がとても現実的な感じがします。
なかなか多難な恋な気がしますが、最後にダメ押しのようにもう一度

気まぐれ君はキュートなハヤテ

と歌われ、難しい恋でも君の魅力に抗えないところが示される、切なくも応援したくなっちゃうような淡い恋の歌です。




6.ナナへの気持ち

「僕の天使マリ」と並ぶ2大女性名ソング(?)。
「ナサケモノ」でも2文字って言ってたし、2文字の名前の女の子が好きなんですね草野先生は。私も好きです。
冒頭の「笑いすぎ?ふふふっ」でもう高校生の頃の童貞俺は撃沈したし、この声が田村の奥さんだと知ってしばらくは嫉妬から田村にヘイトを向けていました。

曲調はなんつーか、呑気と言ってもいいようなぽわーんとした感じと、キラキラ輝くトキメキと、どうしようもない切なさが同時にある、なんとも不思議で情けない感じの曲。
ヴァースの抑揚のないメロディと、サビの「ナナぁ〜〜」と叫ぶ切実さとの対比になんだか胸を締め付けられるし、その後またヴァースに戻ると脱力してしまう。元々は「チカ」という名前だったらしいですが、「ナナぁ〜〜」のが断然気持ちいいし、7枚目のアルバムってのにもかかっててナイスチョイス👍
間奏なんか、ピッチ高い早回しの女性の声とか能天気なエレピ?オルガン?の音が入っててチープさすら感じる、非常にヘンテコな曲。

歌詞も草野先生曰く「コギャル讃歌」らしいけどスピッツらしからぬ感じがして不思議。
そもそもスピッツの曲に出てくる「君」ってのはもっとこう、黒髪ボブで色白みたいなイメージだったので、

ガラス玉のピアス キラキラ光らせて
お茶濁す言葉で 周りを困らせて
日にやけた強い腕 根元だけ黒い髪
幸せの形を変えた


というキャラ造形が珍しすぎる。というか、

誰からも好かれて片方じゃ避けられて
前触れなく叫んで ヘンなとこでもらい泣き
たまに少しクールで 元気ないときゃ眠いだけ

もだけど、ヒロインの性格や容姿をここまでガッツリ描写すること自体がとても珍しくて、草野先生、コギャルと何かあったんかと思ってしまう。

街道沿いのロイホで 夜明けまで話し込み
何も出来ずホームで 見送られる時の
憎たらしい笑顔 よくわからぬ手ぶり
君と生きて行くことを決めた

主人公の年齢は分からんけど草野先生と同じ20代後半くらいと思えば援交の歌かなと思っちゃうけど、「何も出来ず」ってとこで、何もしてないことと何かしたかったことが同時に分かるのが良い......。ミスチルの曲によくある何故かやっちゃった夜よりもこういう何も出来なかった夜の方が断然思い出としての強度が強いんですよ。いや、何故かやっちゃったことないから知らんけど。
えっちな気配だけがあって実際にはえっちじゃないいわば幻のえっちが激エモい(何の話をしてるんだろう......)。




7.虹を越えて

「ナナ」に続いて、7枚目のアルバムの7曲目に「虹」をもってくるというさらなる言葉遊び。こういう遊びはスピッツにはあんまないので特異に感じます。

Cメロの歌メロをなぞるイントロのギターのフレーズからしてなんか良い。
この曲はめっちゃ好きなんだけど、激しくもゆったりでもなく、弛緩した感じだけどシリアスさもあって、不思議な曲なんですよね。
すごいざっくりだけど、仕事が半日で終わって帰ってきたけど今から何も出来んしなぁみたいな午後の気怠さ......的なイメージ。
ただとりあえずノリはいいけどポップすぎないから聴き飽きず、高校時代から今に至るまでずっと「隠れ好きな曲」みたいな立ち位置の曲っす。
ベースが気持ちよくて、特にサビから一気に動き回る感じや、「く〜〜虹を〜」のとこからのリズム隊の地味な盛り上がり方が好き。間奏の歌えるギターソロも最高。

しかし「虹を越えて」というミスチルとかゆずにでもありそうな曲名ながら全然明るくも前向きにも感じないのがさすがのスピッツクオリティ。
なんせ、歌い出しから七色の虹と対比するように

モノクロすすけた工場で
こっそり強く抱き合って

とモノクロになっちゃってますから天邪鬼ですよね。

最後の雨がやむ頃に 本気で君を連れ出した
虹の向こうへ 風に砕けて 色になっていく 虹を越えて

モノクロの世界から君を連れ出して逃避行......みたいな感じ。ただ、この「虹を越えて〜♪」の部分もサビにしては淡々としてて希望を感じないのが怖いっすよね。

漫画のあいつと遊ぶ日も
蚕の繭で寝る夜も

2Aでもやはり漫画や蚕の繭といったモノクロのモチーフが使われていて、工場、漫画、蚕という、関連性はないけどなんとなく閉じた印象が共通するワードチョイスが凄い。

すぐ届きそうな熱よりも
わずかな自由で飛ぶよ 虹を越えて

間奏前のこの短いフレーズが音的にもめちゃくちゃ好きなんですけど、ここの歌詞もなんか分かるような分からないような感じが好き。すぐ届くよりも制限があった方が良い、みたいな......?でもその感覚ってすごくスピッツ的な感じがしますね。




8.バニーガール

落ち着いた(のどかな?)曲の多いこのアルバムの中で最も激しいアップテンポなロックナンバー。
エイトビートのシンプルなギターロックって感じで唐突に始まるイントロからして最高。イントロ、ギターもベースも同じですもんね。
このアルバムを初めて聴いた時やっぱ(タイトルのえっちさも込みでだけど)1番最初にハマった曲で、今も大好きです。

サビ前の部分が、1番ではベース、2番ではドラム、そして3番ではブレイクするっていう、毎回違う遊び心が好き。
「恋は〜恋はなぜかわがままに」のとこやサビでの草野セルフコーラスも好き。つーかまぁ信者なので草野マサムネの声が二重で聴こえるだけでポイント2倍デーみたいなお得感があって良いよね。

草野先生は「バニーガールは裸よりえっちである」みたいな名言を残しておられて、個人的にはコスプレっぽいのがあんま好きじゃないので完全には頷けないけど裸よりもちょっと着てる方がえっちなのはマジで共感しかない。

寒そうなバニーガール 風が吹いた
意地悪されて 震えていた

俺もまたここで続けられそうさ そんな気がした曇りの日

風にさらされて寒そうなバニーガールはきっと世の中の片隅で爪弾きにされている女の子で、そんな境遇でも健気に生きる彼女を見て同じように片隅に捨てられて呼吸をやめない猫のような「俺」も生きていける気がしたよ、みたいな感じですかね。
この一方的に同情して共感して好きになっちゃう感じの危うさ怖さがとても良い。

Only youの合図で 回り始める
君と落ちてく ゴミ袋で受け止めて

Only youなんていう似つかわしくないことをしかも英語表記で言っちゃうところに「いやいや草野先生、アンタは氷室京介とちゃうんやぞ」と失礼なことを思うも、その続きが「落ちて」いってしかも「ゴミ袋で受け止めて」というやるせなさに安心します。結局オナニーってことでしょうか?
カッコつけた「Only you」と安っぽい現実の「ゴミ袋」で韻を踏んでるところも皮肉めいていて好き。
そして、君のことを妄想してる時はOnly youとかカッコつけたこと言っておきながら、

いいなぁ いいなぁ と人をうらやんで
青いカプセルを 噛み砕いた

と我に返ればこんな感じなのがつらい。
バニーガールの衣装の黒に、曇りの日や砂嵐などこの曲もモノトーンな色合いが強調されている中での「青いカプセル」が意味深なワンポイントになってて良いっすね。妄想どころか死後の世界みたいな不穏さも出てくるし......。

しかし、2サビの「君に消される」がよく分からない......いやまぁ全部よく分かんないんだけど、消されるって何よやっぱ死ぬんか???しかしこのよく分からなさこそ思春期という感じもして、青いカプセルというのも案外そういう青さのことなのかも???



9.ほうき星

激しめの「バニーガール」がアルバム中盤のクライマックスで、こっからの2曲はガラッと雰囲気が変わってちょっと実験的な曲。若い頃はこれと次の「マフラーマン」は結構飛ばしてたんですが、大人になってある程度いろんな音楽を聴いた上で聴くとめちゃくちゃかっけえなと気付く。
この曲はサイケでドリーミーな感じ。なんかちょっと「宇宙虫」っぽいけど宇宙とか星ってこういうイメージなんだね。
ちなみにスピッツでも珍しい田村作曲の曲らしいです。(これと俺の赤い星くらいか?)

ぽわ〜んとしたギターのアルペジオとびよ〜んとしたベースラインとノリづらいリズムのドラムによってまさに宇宙を漂うようなぼんやりとした気持ちよさに誘われて聴いてると寝ちゃいそうになります。

歌詞に関してもこの曲は特によく分からなくて、音のスペーシーな感じに合わせて宇宙空間を漂うような雰囲気はありますね。
曲中に二人称が出てこなくて、唯一の一人称が「僕らはほうき星」と複数形になっていることから、どこかスピッツというバンド自身の歌のようにも感じてしまいます。

今 彗星 はかない闇の心に そっと火をつける
弾丸 桃缶 みんな抱えて 宙を駆け下りる

この時期爆売れしてたスピッツのことを、光り輝いているけれどすぐ消える彗星に喩えて(だとすればこの後30年くらい人気が続いてるので悲観的過ぎますけど)、それでも闇を抱えたファンにそっと火をつけるような存在であろうとする所信表明のようにも感じます。
弾丸桃缶みんな抱えてというのも、弾丸と桃缶のギャップがいわゆる「とげまる」的な対比になっていて、とげもまるもどちらも抱えていこうというスピッツの在り方を象徴する曲......のようにも思えます。
また、インタビューを読むと弾丸桃缶というゆるい韻の踏み方は「北京ベルリンみたいな」ということだそうで、スピッツほどじゃないけど大好きな井上陽水氏の影響らしいと知って嬉しくなりました。



10.マフラーマン

冒頭から工場を思わせる不穏な鉄っぽい音から入り、ゴリゴリしたハードロック調のイントロだけどその後ろでまた不穏な雰囲気のフルートが鳴っている感じが、『惑星のかけら』アルバムの「惑星のかけら」や「シュラフ」などを思い起こさせます。しかし、そこに仮面ライダー風のヒーロー(?)マフラーマンが主役の歌詞が乗ることで一気にこのアルバムらしい遊び心も感じられる怪作に仕上がってます。
しかしハードな感じのヴァースに比べてサビはハイトーンな歌にさらなるハイトーンな草野セルフコーラスが入ってたり、演奏もアルペジオになったりして甘辛ミックスみたいになってるのが好き。一方で「吹き飛ばしてく〜」の「ばし」あたりは珍しく声に力を込めていたりと1曲の中でもいろんな表情の歌が聴けて楽しいです。

赤いマフラーが 風を受けて
燃えるほどに スピード上げてく

歌い出しがマジで仮面ライダーの主題歌(昭和の)みたいで笑う。
スピード、ハイパー、ブラスター、エスパー、スポンサー、グルーヴィー......と歌詞の中では常にカッコよさげなカタカナ言葉が使われていてヒーローものっぽさ全開なんですが、実態は

軽い判断で 放つブラスターが
健全な悪を 吹き飛ばしてく
マフラーマン エスパーが君を襲う
スポンサーの後悔を超えて

となんだか暴走してて迷惑なヤツみたいな感じなのが笑えますね。こういうよく分からんユーモアも草野先生の歌詞の魅力の一つなのかもしれません。




11.夕陽が笑う、君も笑う

異色な曲が2つ続いた後で、アルバムのクライマックスに当たるこの曲では仕切り直すようにイントロからして柔らかくて懐かしくて、でも穏やかなだけじゃなくワクワクも感じる最強ポップチューン。特に理由はないけどスピッツの曲の中でも特別に好きな曲だったりします。
ほぼ全編シンプルなエイトビートの曲で、「夕陽が笑う」というタイトルの通り夕陽の切なさと多幸感が音からも滲み出ていて最高なんです。
「明日を見る〜」のとこだけちょっとリズムが変わったりしつつ、最後の一回だけはそこもそのまま突っ切るところとかもめちゃ好きです。
Aメロでは「ここにいるー抱き合いたいここにいるー」など反復するフレーズをやや抑揚の弱いメロディで歌ってて、だからこそサビの美メロの突き抜けるような印象がより強まっててエモい。

歌詞は、まずサビを見ると

夕陽が笑う 君も笑うから 明日を見る
甘いしずく 舌で受け止めてつないでいこう

と、めちゃくちゃポジティブでハッピーな感じ!(しかしなんかえっちっぽいところもあるのが良い......)
ではありつつ、その他のところでは

求める 胸が痛い 求める
君はいつも疲れて不機嫌なのに

怖がる 愛されたい 怖がる
ヘアピンカーブじゃ いつも傷ついてばかり

と、弱気で不安なところも見せてくれるからこそ、それもひっくるめたサビのポジティブさがより痛快になるわけですね。

勝手に決めた リズムに合わせて歩いていこう

弱気も幸せも全部人に合わせたり強制されたりせずに自分たちだけのリズムで生きていこうという、アルバム全体の地に足の付いたイメージをもう1回しっかり感じさせてくれる優しく強い曲です。




12.チェリー

そして、最後がスピッツの中でも最も「代表曲」と言うべきこの曲。
アルバムの中ではボーナストラックみたいに言われることもありますが、むしろエンドロールみたいな、前曲までの余韻を保ったまま柔らかくこのアルバムの世界から現実へと帰してくれるような立ち位置の曲順だと思います。

なんかもうこの曲に関しては今さら何か言うのもおこがましい感じもしちゃいますが......。

ドラムのフィルからはじまってミドルテンポだけどノリが良くて暖かみのあるイントロが始まる......のがめっちゃ今さら気付いたけど「美しい鰭」に似てて(逆ですが)、歌詞の「冷たい水」というワードも共通していることから恐らく故意犯らしく、コナンというスピッツにしては超特大のタイアップ曲にひっそり代表曲へのセルフオマージュを潜ませつつそれを塗り替えるような素晴らしい曲を提出してくるあたり只者ではないですな。
という、『ひみつスタジオ』の感想に書け!みたいなことから始めてしまいましたが、小学生の頃に母親が買ってきたサイクルヒットに入ってた曲の中で、サイクルヒットを聴く前から知ってた数少ない有名曲だったのでめちゃ聴いてて、あまりに聴きすぎて(街中でもよく流れてるし.......)大学生以降くらい全然聴きてなかったですけど改めて聴いたら普通にいい曲だわ(そりゃそうだ)。

ストリングスとかが結構ガッツリ入ってたりコーラスワークが印象的だったりとJ POP感強めで、バンドサウンド主体でいい意味でのチープさやローファイ感が強かった本作の中では異色なんですが、そんでも改めて聴くとバンドの音がカッコいい!
後ろの方でさり気なく鳴りつつカッティングとアルペジオを使い分けるギターに、ちょっと踊りながらも着実に歩いていくようなリズム隊の心地良さ......。
Cメロの後ろで鳴ってる切り裂くようなギター......からの間奏の後からオーケストラがさらに存在感を増してスピッツらしからぬ壮大さでラスサビをやってからの、しかしアウトロはなく「君とめぐり会いたい〜」でジャーンと終わるその潔さが良い。なんか、豚骨ラーメンなのにクドくない!みたいな......。

歌詞についてはそれこそ今さら何を言えば......という感じですが、

ズルしても真面目にも生きてゆける気がしたよ

というフレーズの優しさがスピッツだな、と。