偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』


敬愛するリーガルリリーたかはしほのか先生が勧めていらっしゃったので読んでみました!


フリーの校正者として働く34歳の入江冬子。他人と関わるのが苦手な彼女は、自宅で日々黙々と仕事をし、友人と呼べるのは正反対の性格を持つ出版社員の聖だけ。そんな生活を送る彼女だったが、ある日カルチャーセンターで三束さんという初老の男性に出会う。彼と毎週喫茶店で短い時間会って話すようになった冬子は、次第に自分が三束さんに惹かれていることに気付くが......。


めちゃくちゃ良かったわ......。

「光」をモチーフに、そこに記憶や感情というものを仮託して、消えてしまってもどこかを漂い続けているひかりのような思い出や気持ちというものがあるからこそ悲しい時もあっても人生は美しい......と思わせてくれる、苦しくも優しい物語でした。

主人公の冬子は消極的で自分の意思というものが薄く、ともすれば周囲からぼんやり生きてると軽んじられ苛つかれることもある女性。
献血を頼まれたら断れない、ティッシュやビラ配りを避けられない、きっとセールスの電話が来たらうまく断れずに長々と話を聞き続けるんだろうな、みたいな彼女に共感と心配と苛立ちを少しずつ抱きながら引き込まれて読みました。

主張の弱い冬子の代わりに(?)、唯一の友人と呼べそうな存在である聖をはじめ、元先輩の恭子さんや高校時代の同級生の典子といった女性たちがまぁ語る語る。冬子を言葉のサンドバッグにするように喋りまくる彼女らは我が強くてオシャレで仕事ができたり、結婚して子供がいたりと、それぞれ冬子にはないものを持っています。彼女らが、まぁみんな冬子を下に置いて安心できる存在みたいに思ってるのが嫌な感じなんだけど、彼女らの語りにもそれぞれ頷いてしまうところもあって面白かった。
特に、聖の語る仕事と信頼の話や、自分の感情が引用のように感じる話は印象的。

そんなのっていつか仕事で読んだり触れたりした文章の引用じゃないのかって思えるの。何かにたいして感情が動いたような気がしても、それってほんとうに自分が思っていることなのかどうかが、自分でもよくわからないのよ

自分の人生において仕事というものをどんなふうにとらえていて、それにたいしてどれだけ敬意を払って、そして努力しているか。あるいは、したか。わたしが信頼するのはそんなふうに自分の仕事とむきあっている人なのよ

また、典子が別れ際に言う、

それは、入江くんがもうわたしの人生の登場人物じゃないからなんだよ

というセリフも強烈。誰の人生の登場人物にもなれないような冬子の孤独がくっきりと浮かび上がってきます。

そんな彼女が恋するのが、だいぶ歳上で高校教師をしているという三束さん。
彼もまた不器用で平凡な人なので、2人の逢瀬は思わず盛り上げ役として乱入したくなるくらい気まずいものなのですが、それをお互い不快に思ってない感じが愛おしい......。
自意識が高すぎるのと自己肯定感が低すぎるののせいで冬子が三束さんに対してどんどん頭おかしい態度になっていってしまうのは分かりみが強すぎて読んでてつらかったです。
そんな2人がどんな結末を迎えるのか......はネタバレになっちゃうので後ほどネタバレ感想に書きますが、そんな2人のクライマックスの後にグサグサ刺さる展開が待っていたりもして最後まで感情を振り回されっぱなしでした。

以下一応ネタバレ。









































































































どう考えてもお互い気があるのに冬子が勝手に病んでいくあたりは「なんでそうなっちゃうの!」とヤキモキしたけど、だからこそ誕生日ディナーの場面の煌めきが凄かった。てか土のスープってなんだ???と思って検索したら東京に土料理専門店があるらしく、そこがモデルみたい。本作では土のスープだけだったけど実在のお店では土料理ばっか出るらしくて正直気になるけど着て行く服がない......。ということで、冬子が聖にもらった服を着て聖に教えてもらった店に行くという背伸びの仕方が自分を見ているようでつらくもいじらしく、良い店に慣れてなさすぎて変なこと言っちゃうのとかも分かりみがありすぎて叫び出したくなった。
そんでもそのシーンはめちゃくちゃ煌めいているんですが、その後に聖をマネして背伸びしてたのを当の本人に知られる気まずさがエグくて死にそうになったし、三束さんの秘密が明らかになってお金のない彼が高級店でのディナーをきっかけに冬子から離れる決心をしたんだろうなというのもゴリゴリに伝わってきてつらすぎる......。思えば作中では何を考えているのかよく分からなかった三束さんですが、本当は無職だったという事実だけで一気に彼の内面が想像させられてしまうのが凄かった......。冬子との関係を断絶するつらさと、負い目からの解放と、去ることのナルシシズムみたいなものが混じり合った感情を(勝手にですけど)追体験してめちゃくちゃしんどかった。冬子は徐々に忘れて行くけど、これはむしろ三束さんの方がどこかで引きずり続けていそうでつらすぎる......。好きならお金なんて......なんて言えない大人の恋の切なさよ。

という感じで、終盤まで冬子に共感しつつも最後に一気に三束さんが私に憑依してきてしんどくも心にグサグサ刺さる傑作でした。余韻でしばらくしんどい。
しかし川上未映子先生はなんであんなに綺麗なのにダサい人間の解像度がこんな高いんだ??