偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

倉野憲比古『弔い月の下にて』感想

『スノウブラインド』『墓地裏の家』で一世を風靡し、その後10年間の沈黙を守ってきた著者の、待望の長編第3作!




かつて隠れ切支丹の島民が切支丹狩りに遭って大量死した曰く付きの島「弔月島」を訪れた夷戸・根津・美菜の3人。
しかし、島に上陸した彼らは、使用人を名乗る兄弟に船を沈められ、「バベル館」に軟禁されることに。館には、彼らと同じく軟禁されたゴシップ雑誌の記者とカメラマン、有名劇団のメンバーらがいた。姿を見せない館の主人は、十年前に失踪した伝説の俳優だと言う。
やがて、館で奇妙な事件が起こり......。

前の2作品に続き心理探偵・夷戸シリーズ(というシリーズ名らしい)。
シリーズと言っても、キャラクターが共通するだけで前作のネタバレや知らないと分からない設定とかもなく、本作からでも安心してお読みいただけます。

このシリーズの持ち味は、怪奇な事件と心理学を駆使した推理。いわゆる「変格探偵小説」を現代に蘇らせようという気概に満ちたシリーズです。
前作まではその嗜好がガチガチに濃厚にぶち込まれていて、やや詰め込みすぎな感もありました(私はそこが好きですが)。
一方、本作は10年の修行時代を経てかなりスッキリと一つの物語として纏まった印象です。
また、童貞の夷戸くんの美菜さんへの恋心と茶々を入れる根津さんなど、キャラ同士の掛け合いも軽妙になってます。
そのためこれまでの作品より断然読みやすく、倉野作品を初めて読む方にも薦めやすい、再デビュー作に相応しい作品になってます。
それでいて、もちろん著者に期待するおどろおどろしくも知的なアトモスフィアはしっかりあります。
童貞経験のある身としてはつらい掛け合いギャグから、弔月島縁起で一気に怪奇幻想の世界へ誘う緩急の付け方など、読みやすくも軽々しすぎないのが素敵💕
ただ、後半へ話が進んでいくにつれて美菜さんとの甘酸っぱが空気になっていくのはちょっと個人的には残念なところで、この2人がどうなるのか、次作に期待です。というかもう好きだって分かってんだから付き合うかフルかしてくださいよ!なんなの!むかつく!

はい、そんなわけですが、ミステリとしては倉野先生には珍しくオーソドックスな館ものの構成となっております。
外界と隔絶された孤島の館、顔のない屍体に足跡の密室、ワケあり気な登場人物たちと館の過去......。
ベタながらも本格ミステリファンならワクワクせずにはいられない謎また謎の展開です。
そして、本作ではわりと序盤からダミーの推理が連発されたり、登場人物の意外な秘密が明かされたりと、常に何かしらの謎解きが繰り広げられていて楽しいです。
また著者お得意の心理学的トリックも今回はストレートに使われていて面白かったです。と同時に、そのトリックが物語性ともかっちりと結びついていて、心のピタゴラスイッチみたいになってるのも上手い!

そして、殺人事件の謎は本格ミステリとして論理的に説明されるのですが、それでも理に落ちない幻想風景が立ち現れるのが「らしさ」ですよね(あの結末はインパクトつよい)。
作中で一度も「解決」という言葉が使われず、全て「解釈」となっているのも、真実を追い求める本格ミステリでありつつ、"真実はいつも一つ"であることを否定する幻想小説でもある二面性の分裂から辛うじて生まれた表現だったのかな、と思います。

......といった感じで、ファンの期待に応えつつ、新規層向けのとっつきやすさもある力作でした。
この感想絶対作者本人に読まれるから嫌なんですよね〜。倉野さんブロックしたろか。