偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

青山景『ストロボライト』感想

大学の時くらいに読んだ気がするけど、まぁそん時は童貞でしたしこういう恋愛モノはよく分からなかったので、単巻漫画にハマったこの機会に再読しました。


夜行列車で過去を小説に書く作家の浜崎正。
......大学時代に出会った町田ミカは、正がバイブルとしている映画『Q9』のヒロインを演じた女優の桐島すみれにそっくりだった。やがてミカと付き合うようになる正だったが......。


小説を書いている現在、小説として書かれていく過去、作中作の映画『Q9』という3つの層を行き来するちょっと複雑な構成ながら読んでて混乱することもなく一冊で綺麗にまとまってるのがまず凄いっす。

本書の中で多くの分量を占めるのは大学時代の主人公・正とヒロイン・ミカの不器用な恋模様。
ここだけでももう元童貞である私にはかなりグサグサと刺さったし、これ23歳の時に読んでたら死んでたかも知れない、、、。彼女いたこともない正がミカといい感じになって浮かれてる様子がもう他人事とは思えず「頼むからやめてくれ!」と懇願したくなったし、経験の差に卑屈になったり相手のことをちゃんと見ようとせずに自分のことだけ見てもらおうとする身勝手さと、そのことを自覚していない様とかもすげえあの頃の自分と重なってだんだんこれが正の物語なのか私の物語なのか分からなくなるような幻惑感に囚われてしまいました。
それは、この過去のパートと作中映画『Q9』との境目が曖昧になるような演出だったり、そもそも現在のパートすら窓の外も見えず他の乗客もいない観念的な世界のように見える夜行列車の中での出来事だったりすることから生じる幻惑感によるものも大きいと思う。
ただ、そうした時空が曖昧に乱反射する感覚も最終的には「小説を書く意味」という分かりやすいテーマに収束するのがエモい。読んでいる私自身、今思えば自分にも相手にも背を向けるような過去の下手くそな失恋が何だったのかが見えてきたような気がします。奇しくも作中で描かれる7年という時間が私にとってもあの頃から今までに経過した時間と同じであり、そう考えれば23歳のあの頃じゃなく29歳の今読んだのがちょうどよかったのかもしれないっすね。
そんな本作の著者は32歳で亡くなっているらしい。残念ですが、本作めちゃ良かったので残された他の作品も読んでみたい。