偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

哀れなるものたち(2023)


マッドサイエンティストの"ゴッド"の手により、自殺した妊婦の体に胎児の脳を移植して造られたベラ。見た目は大人、頭脳は幼児の彼女だったが、旅に出て世界や他者を知ることで成長していき......。


2作ほど観たことあるけどあんまピンと来てなかったヨルゴス・ランティモス監督の最新作ですが、予告の時点で「なにこれめちゃおもろそうやん」と思い観に行ってきました。おもしろかったです。たぶんロブスターと鹿殺しにハマらなかったのも私が未熟だったせいなのでそのうち見返したいと思います。

さて、本作ですが、アホな私には正直テーマだのメッセージだのは難しくてよく分かんなかったんですが、とにかくケレン味に溢れる映像や音、そして物語に牽引されて、けっこう長い映画なのに引き摺り込まれるように観入ってしまいました。

序盤はモノクロで進んでくんだけど、マッドサイエンティスト邸の素晴らしい内装やそこらへんをうろちょろしてるキメラたち、ウィレム・デフォー演じるマッドサイエンティストの顔のツギハギ(フランケンシュタインの怪物のような)など序盤から奇妙で奇怪な映像がしっかり楽しめます。
主人公ベラを演じるエマ・ストーンの怪演も楽しい!

そして、モノクロからカラーになるシーンがアレってとこに笑った。
色が付くのは退屈なお屋敷での生活を抜け出してマーク・ラファロ演じるちょいワルオヤジのダンカンと共に大冒険に出るワクワク感でもありながら、快/不快だけのシンプルな世界観との訣別のようでもあります。臆病な私はこんな恐ろしい世界に出るよりもずっとお城で暮らしてる方がいいよ......と思っちゃいますが、無知で無垢で好奇心の塊の彼女が常識も社会通念もすっ飛ばしてずんずん進んでいって清濁すべて吸収していく様は痛快!ちょいワルのダンカンが彼女の奇行を前にしてどんどん普通の人になって狂っていく様が哀しくもめちゃくちゃ面白くて旅の前半は結構笑ってばかりいましたね。特にダンスのシーンの一連のくだりのドタバタ感が最高だった。
実在する都市を極度にデフォルメしたような不思議空間なセットと、それに説得力を与える不思議音楽も最高でした。リスボンってこんなんじゃねえだろ!行ったことねえけど!と突っ込んだけど後で調べたら案外あんな感じではあった。

そして旅を続けるうちにベラは悲しみや世界の醜さをも知ることになります。それにつれて、最初は生理的欲求の充足だけを無邪気に考えていたのが、世界を良くしたりなりたい自分になろうとしたりしていくようになっていきます。
たぶんベラとして生まれ変わる前の人生を彼女が手放したのもそういう向上心みたいなものゆえのことだと思うんですが、2度目の生ではそれを良い方向に持っていく生き直しの物語としてもアツいっすよね。
......だから、終盤で過去と向き合うシークエンスも必要なものだったと思うのですが、ただ正直私はあそこでちょっとダレちゃったようにも思います。
というのも、それまでは悪い人間の出てこない話だったのが、最後にいきなり絵に描いたような悪役が登場してなんだか急に陳腐になってしまった感じがしたんですよね。それまでは面白すぎて体感時間30分くらいだったのが、この辺で一気に実際の2時間に追いついちゃった感覚といいますか。
ラストも、「こうなったらヤダなぁ(笑)」って思った通りになって、痛快ではありつつそれまでの重厚感をちょっと台なしにする安易さにも感じてしまいました。

とはいえ2時間半近くにわたって映画館の大スクリーンで奇怪にして美麗な映像と、音だけで不安になって逃げ出したくなるような悪夢的音響をめいっぱい浴びられたのでそんだけで最高の映画体験でした!

以下ちょっとだけネタバレ。













































































ベラが屋敷に帰ってきて婚約者とお散歩するシーンで終わりでも良かった気がしちゃうんだけど、その後結婚式に「ちょっと待ったー!」って元夫が来るあたりから、元夫がクソ野郎すぎて普通に嫌な気持ちになってしまいました。
ラストシーンも、クソ野郎をぶちのめして痛快!という分かりやすい勧善懲悪の流れ自体が俗っぽい感じでちょい醒め(それも狙いか?難しい......)
とはいえ、「哀れなるものたち」の見本市みたいな平和な箱庭の光景が希望のようでもあり皮肉のようでもあり、スカッと部分のわかりやすさとは別に何て思えばいいのか戸惑ってしまうような微妙な後味は良かった。
ラストのベラのあの残虐さは、化け物から人間になってしまった故なのかな......?みたいなのも皮肉で良い。人間の残虐な部分や冷酷な部分を突きつけながら、それでも世界を良くしたいと思うことも肯定してくれるような、複雑な後味......。上手く言えないけどそんな感じ。