偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ミツバチのささやき(1973)


1940年、スペインの小さな村に『フランケンシュタイン』の上映がやってくる。映画を観に行った少女アナは、姉のイザベルから「怪物はこの村の外れに隠れている」と教えられるが......。



スペインの独裁政権下において、暗喩による政権批判を交えて撮られた作品だそうですが、そうした政治的歴史的背景を知らずとも少女の目から観た世界を映していく美しい映像だけで十分楽しめました。

本作の主人公はアナ・トレント演じるアナという5歳くらいの少女。そして、彼女の姉のイザベル・テリェリア演じるイザベル。
2人とその両親の役名が役者の実名をそのまま使っているのは幼いアナが混乱しないためだそう。
この2人の少女があり得ないくらい美しくて、その現実離れした美しさが作品の雰囲気を作っているとすら言えそう。
アナはその大きな瞳で色々なものを見つめます。作中に重要なモチーフとして登場する映画『フランケンシュタイン』の怪物のように、死の概念や善悪、現実と虚構の境目などが曖昧な彼女の視点で観る世界が描かれていきます。それは大人のバイアスのかかった物の見方から脱却してアナの無垢な瞳から見える景色を観客にも見せてくれて、普通なら何の変哲もない光景さえ絵本の中みたいに特別なものとして見えてきます。
そして、本作は2人の少女が死や性と接近する様を描いたある種の成長譚みたいな感じでもあり、特にアナは死、イザベルは性を象徴していて、対になって描かれています。
アナは食べれば必ず死ぬという毒きのこや汽車が目前に迫っている線路や底の見えない井戸に惹かれています。一方のイザベルは自分の血で唇に紅を引いたり、火を飛び越えたりといった遊びをしています。そういうシーンが、死や性を思わせて、なんてことない場面なのにどこか緊張感があって惹きつけられちゃうんですよね。

特に終盤の展開は、非常に抽象的ながらも2人が実は死んでいるんじゃないかとも思えるような描き方がされていて、生の世界と死の世界との間をふわっと行き来できてしまう子供ならではの不思議な映像になってて印象的でした。

重層的かつ抽象的な映画なので私には上手く解釈できなかったんだけど、そんでも強烈に心に残る名作でした。