偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

米津玄師『STRAY SHEEP』全曲感想


Twitter(現X)の友達のサラかえでさんにこのアルバムを聴かせて語り合う会をすることになったので、サラさんへのご紹介のつもりで感想を書き始めたら例によって中身ないのにやたら長くなってしまいごめんなさい。流し読みでいいから読んでくれたら嬉しいな〜。


というわけで、米津玄師の代表曲......というよりはもう2010年代の代表曲とでも言うべき超名曲「Lemon」をはじめ、タイアップ付きシングルも多数収録した全15曲のフルボリュームアルバム。
そんな感じなのでシングルを寄せ集めたベスト盤みたいになりそうなところですが、それでもアルバム全体の流れもしっかり作り込まれているのがさすがです。

アルバムタイトルは『STRAY SHEEP』。
2020年8月にリリースの本作は、コロナ禍以前にリリースのシングル曲も多いですが、1曲目や表題曲、最後の曲などコロナ禍以降の雰囲気が感じられる曲が軸となっていて、「迷える羊」となった我々に寄り添ってくれるような作品になってます。もちろん、そんな時代性だけでなくリリースから3年経った今聴いても突き刺さってくる普遍性もあって凄いっす。

また、とにかく曲のバリエーションが豊かでアレンジもアイデアてんこ盛りでとにかく単純に聴いていて楽しいアルバムでもあり、いろんな意味で米津玄師の一つの到達点みたいな金字塔みたいなアルバムになってます。

以下全曲感想。




1.カムパネルラ


アルバム1曲目のこの曲は、明るくも暗くもなく、早くも遅くもなく、激しくも静かでもなく、目を惹くような派手なアレンジとかもない、フラットな感じの曲。
こういう曲ですう〜っとアルバムが始まるところがなんか良い。
コロナ禍の初期にリリースされたこともあり、大上段に構えて始まられると空虚な感じがしただろうし、かといって始まり方が暗くてもどんよりするから、当時の空気感になんか丁度良かった気がします。

アルバムの流れで言うと、この曲は独立した前書きみたいな印象があります。
歌詞に関しては、そもそも米津の歌詞って難しい上に元ネタ(?)の銀河鉄道の夜を読んだことがないのでちんぷんかんぷんです。ただ、「傷」というのがこのアルバムに、あるいは米津の曲全体に通底する一つのテーマだと思うんですけど、この曲ではそれに直接的に言及していることからもやっぱアルバムの「前書き」っぽいなと思います。

あの人の言う通り
いつになれど癒えない傷があるでしょう

光を受け止めて跳ね返り輝くクリスタル
君がつけた傷も輝きのその一つ

自ら発光するのではなく、傷付き誰かの光を受けることで輝く......という、傷付くことへの肯定が素敵すぎて、「優しくなりたい正しくなりたい綺麗になりたいあなたみたいに」と思わされます。
あと、

この街は変わり続ける
計らずも君を残して

時間だけ通り過ぎていく

という、時間に取り残された街と君という幻想的で物悲しい情景描写が美しく、

真昼の海で眠る月光蟲

オルガンの音色で踊るスタチュー

真白な鳥と歌う針葉樹

波打ち際にボタンが一つ

この辺が韻を踏みながら寂しくも美しい、時の止まった世界を完璧に表現しています。



2.Flamingo

ボカロがどうしても受け付けなくて聴けないのでハチ時代の曲はほぼ聴いたことがないんですが、「米津玄師」としてデビューしてからは1枚目からずっと聴き続けてはいました。しかし、3枚目までは「アルバムに数曲好きな曲がある」程度でファンってほどでもなかったんですが、4枚目で「おっ、ええやん」となり、「Lemon」がシングルで出た時に「ここまで売れるとは、、、」と驚きました。
そして、この曲は「Lemon」の次に出たシングルだったんですけど、これでついに完全ノックアウトされ、晴れて米津玄師のファンになったんすよね(ファンの定義は知らんけど、自分の中でそんくらい心境の変化があった)。

それは曲自体のカッコよさももちろんですが、「Lemon」でまさにお茶の間レベルの大ヒットを遂げた直後にこんな「ヘンテコ」としか言いようのない曲をシングルで出す尖りっぷりにやられた、という感じなんですよね。
スピッツだって「ロビンソン」の次は「涙がキラリ⭐︎」で置きに行ってるし、よっぽど自信がないとこれは出来ないっしょ......っていう。

まぁそれはさておき、曲自体もちろん最強にかっけえっす。
サウンドの基礎の部分はベースと打ち込みメインで控えめなギターが鳴ってるだけの音数が少ない、いわゆる「洋楽っぽい」音のR&Bっぽい曲。
そこに咳払いや笑い声が入ることで抜け感を出しつつ、古語みたいな歌詞と演歌みたいなコブシの効いた歌唱をぶち込んでくるセンスがヤバい。しかもそんな変なことしてちゃんとポップソングとして成り立ってるのが凄い。何食ってたらこんなこと思いつくんだ。

歌詞は、宵闇、花曇り、唐紅、みたいな和風語彙と、ベルベット、ステージ、フラミンゴといったカタカナ語彙が同居してるんだけど、カオスなようでいて全ての単語に色気があって不思議と世界観は統一されて感じるのも凄い。というか和洋折衷歌詞のある種の節操のなさが色街の猥雑さを表しているようでもありますね。
んで内容はまぁたぶん遊女に恋した男の情けない恨み節であってそんなに語ることもないんですが、

御目通り 有難し 闇雲に舞い上がり 上滑り
虚仮威し 口遊み 狼狽に軽はずみ 阿呆晒し

この辺のダメダメな感じにすげえ共感しちゃう。
あと、Cメロでは「あたし」「おくんなまし」といった言葉が使われていることから視点が遊女の側に替わってるらしいのが面白い。
タイトルの「フラミンゴ」は、「あなた」の鮮烈な美しさ、ふらふらとこの手を逃れて手に入らないこと、そしてフラれて酔いどれてふらふら歩いている自分の様子などいくつもの意味が重ねられた素晴らしいワードチョイス。この曲、タイトルから発想してるのか、物語を作ってからタイトルを決めたのか気になりますね。



3.感電

音数少なめの2曲から一転して、ホーンががっつり入ってきて、さらに色んな効果音的なのも入りまくったわちゃわちゃ賑やかなファンクナンバー。なんだけど、アレンジ過多なのにバチクソオシャレなのが凄い。
ラーメンズのコントに「音遊(おんゆう)」ってのがあるんですけど、なんかその音遊ってワードを思い出しました。まさに音で遊ぶとはこういうこと!
イントロからしてなんかゲームの効果音みたいなのが入ってて、個人的には世代もあるかもだけどスーパーマリオでコイン取ったりきのこ食ったりする時の音だと思ってます。実際はなんの音なんだあれ?
そういうゲームっぽい音とか、ワンとかニャアーとかいう、ゆったらチープな音が大人っぽい演奏の合間合間に入ってくる違和感が気持ち良すぎるのよね。
あとサックス(?)の音がなんか歌に合いの手入れるみたいな入り方をしてるのも可愛げがあって好きです。

切なさと狂騒が同居するサウンドと同様、歌詞も刹那的な夜の煌めきが描かれていて美しいです。

たった一瞬のこのきらめきを
食べ尽くそう二人でくたばるまで

稲妻の様に生きていたいだけ
お前はどうしたい? 返事はいらない

「兄弟」「相棒」「お前」と呼びかける相手に向かってこれですから、男性同士の巨大感情にそこまで興味なくてもキュンキュンしちゃいますね。

肺に睡蓮 遠くのサイレン
響き合う境界線

肺に睡蓮というのは『うたかたの日々』という小説が元ネタで、恋人が肺に睡蓮が咲く病気になって死ぬ話のはずです(読んだことないけど映画で観た)。
Cメロに至ってこうやってはっきりと死別を匂わせておいて、最後のサビで

きっと永遠がどっかにあるんだと
明後日を探し回るのも悪くはないでしょう

と、刹那と対比して永遠を探すようになって泥臭く終わるのがカッコよすぎます。




4.PLACEBO(+野田洋次郎)

最近聴いてないけどかつてはRADファンだったのでfeat野田洋次郎にはめちゃテンション上がって、しかも米津がRADに影響受けてることも知ってたから、「米津が書くRADっぽい曲ってどんなんだろう?」と楽しみにしてたんですが、聴いてみたらマジでRADっぽく無くて笑った。
しかしRADの曲って「溢れた腑で縄跳びをするんだ」とか「カラスが増えたら殺します」とかやたらと物騒なイメージだったので、こういうスウィートな曲で野田洋次郎の歌声を聴くとスウィートな声してるなって改めて思いました(RADのスウィートな曲はあんま好きじゃなくてあんま聴いてないので......)。

歌詞は感電に続いてBLっすね。

熱っぽい夢を見てしまって
君のその笑顔で絆された夕暮れ
この想い気の迷いだって笑えないよ全然
袖が触れてしまった

歌い出しからもう切ない。
気の迷いかも......という不安もありつつ、「だんだん恋になっていく」という恋がはじまる様の描写が上手すぎてやばい。

それは一つのコメディ
または二つのトラジティ

お互いの心中は悲劇でも2人の関係は一つのコメディってのも両片想い的な状況の表現として素晴らしすぎます。

気の迷いじゃない嘘じゃない想い
思い込みじゃない嘘じゃない想い

最後の方でこのフレーズが繰り返されることで思い込みじゃなくなっていくのが良いっすね。




5.パプリカ

言わずと知れたフーリンへの提供曲のセルフカバー。
ファンキーで楽しげなオリジナルに対して、打ち込みのビートに三味線や笛といった和楽器が入った、シックで抜け感のあるアレンジになってます。
オリジナルは子供たちにとっての楽しい今、こっちは子供時代へのノスタルジーみたいな感じ。
Aメロとかは打ち込みメインで寂寥感や冷たさを感じさせるところから、Bメロ後半から和楽器の音が入ってきて賑やかさや暖かみが出てくるのが良いっすね。現代からだんだんと記憶の中の懐かしい風景へと入り込んでいく感じ。

このノスタルジー、平成っ子としては、子供の頃の実際の体験としての近所の田んぼや森で遊んだりとかした光景が半分、絵本とか『まんが日本昔話』とかジブリとかの幼い頃に触れたフィクションが半分みたいな感じなんですよね。
しかし子供の頃って今思えば風とか影とか雨とか空とかへの解像度が段違いに高かったですよね。感じたことを言葉にする力が今よりなかったので自分は心がないんだと思ってた子供時代だったけど、感受性あったんじゃんと子供の頃の自分を褒めてやりたい。

それはさておき、パプリカの花言葉は「君を忘れない」らしいです。子供時代そのものやその頃の友達(それは多分空想の友達も含めて)を忘れねえってことかな。

歌詞の内容はまぁでも正直よくわからないですけど、

喜びを数えたらあなたでいっぱい

っていう1行が好きすぎます。シンプルに美しすぎる。




6.馬と鹿

ラグビーがテーマのドラマの主題歌。
その年はたしかラグビーのW杯もあって、てっきりそれの曲だと思ってたんだけどドラマ主題歌だった。
米津の曲でこういう勇壮なのは今までなかったので、そのストレートさが異色。
シンプルなアレンジで静かな、しかし壮絶な決意のようなものを感じさせるAメロから、もはやメロディ覚えれないくらいの暗くて地味なBメロを経て壮大なサビへの展開がもうドラマチック。サビに入った途端にストリングスとかベースがドゥ〜〜ンってきたりとか一気に壮大で強いアレンジになるのにハッとさせられます。
また、ラスサビの盛り上がり方が凄い。「なあぁぁきゃだめだと〜」のとこの歌の力強さとか、1stから聴いてきたファンとしてはホントに米津か?って思うくらい。
正直こういう強い曲は苦手なのでCDではあんま聴いてなかったんだけど、ライブで聴いたらめちゃくちゃ良くて一気に好きになりました。

歌詞は痛みや喪失を抱えながらも愚直に愛だけを抱えて生きていく......みたいな感じで、その愚直さがタイトルの「馬鹿」ってことなのかな?と。

歪んで傷だらけの春
麻酔も打たずに歩いた

歌い出しからして、春というポジティブなイメージの強い季節に「傷だらけ」というギャップに引き込まれます。

体の奥底で響く
生き足りないと強く

麻酔も打たなかったのは生きたりないから、ってことですかね。Aメロのこんだけで生の実感を求めるある種の焦燥感が伝わってきます。

これが愛じゃなければなんと呼ぶのか
僕は知らなかった

イコール「これは愛でしかねえ!」という反語的な表現で、反語なのが捻くれてるとはいえ、米津にしてはかなりストレートな強い歌詞でびっくりします。
個人的には強すぎてあんま刺さんないんだけど、

誰も悲しまぬように微笑むことが
上手くできなかった

この辺のそつなく生きるのが下手そうな感じには共感しちゃいますね。




7.優しい人

打って変わってこの曲は米津の中でも歌詞が1番奇な曲です。
そもそも個人的に米津の好きなところってアレンジの面白さであって、声とか歌詞とかは二の次っつーか、どうもそんなにピンと来ない......はずだったんですよ。この曲を聴くまでは。
それが、これ聴いてから「めっちゃいい声じゃん」「めっちゃいい歌詞じゃん」ってなって今みたいにグッとハマるきっかけになった曲なんですね。

音は歌詞や声を際立たせるように静か。ギターの弾き語りのようにはじまり、サビではピアノが入って、2番ではヴィオラが入ってきて......くらいのシンプルなアレンジなんだけど、このギターとヴィオラとピアノっていう取り合わせも珍しく、メロディも物悲しくも美しいし、何より歌声が良いので常に緊張感があるのが凄いです。地声と裏声の中間みたいな、囁くようだけど力強いような、声の良さに圧倒されます。
そして、静かな曲だけどラスサビからアウトロにかけての宇宙的な壮大さを感じさせるアレンジもとても美しい。この曲をずっと聴いていたい、次の曲なんかはじまらなくていい、くらいまで思わされるんだけど、アウトロが意外とあっさり終わった後で名曲「Lemon」がはじまるのでまた引き込まれてしまう、この曲順が最高ですね。このアルバム全体通してもベスト曲順だと思う。

気の毒に生まれて 汚されるあの子を
あなたは「綺麗だ」と言った
傍らで眺める私の瞳には
とても醜く映った

「私」、「あの子」、「あなた」という3人の人物の関係性だけを「私」の視点だけから描いたミニマムな歌詞ですが、イジメや差別を傍観者の視点から切り取った歌詞は衝撃的で、そこから「優しさ」とはなにかという普遍的な問いを投げかける、シンプルなのにエグすぎる歌詞になってます。

強く叩いて 「悪い子だ」って叱って
あの子と違う私を治して

イジメられる「いい子」への憐れみや嫉妬ややっかみをどうしても抱いてしまう「私」のこの独白が刺さりすぎて耳が痛い。

あなたみたいに優しく
生きられたならよかったな

ここの言い回しが、そうなれないことをどうしようもなく知っている感じでとても刺さる。優しさなんて心の有り様でしかないからなろうと思えばなれそうなもんだけど、実際は優しさって才能というか能力だと思うんですよね。

優しくなりたい 正しくなりたい
綺麗になりたい あなたみたいに

分かる。じゃあなれるように頑張れよ、と思われるだろうと思うけど。




8.Lemon

さて、言わずと知れた名曲で出世作スピッツで言えば「ロビンソン」みたいな立ち位置の曲なので今さら何も言うことないんだけど......。
とりあえず、この曲が売れた時はとにかくびっくりしましたし、その度を越した売れ方にもびっくりしました。前のアルバムの収録曲も色々と大きめのタイアップがついて売れ始めてきたな、という感じではあったけど、それにしても。

ただ、曲自体はやっぱめちゃ良いっす。
トレンドのイントロや間奏がなくて歌ぎっしりな構成になってて、トラックはヒップホップっぽくありつつ、メロディは王道のキャッチーな泣きメロで、歌詞も分かりやすくも文学的で、タイアップ先も話題性があるしMVもインスタ画角で意味深で印象的。こりゃ売れるわって感じ。
歌い出しから「夢ならばどれほどよかったでしょう」と気になるフレーズぶち込んできますしね。

あんまそんな感じしないけど、実は結構バンドサウンドなので、ライブで聴くとかなり踊っちゃいます。この曲で踊ってる人他にいなくて浮くけど......。なんせサビ前のギターの音がレディオヘッドの「クリープ」のオマージュっぽいですからね。あの音がギターで1番カッコいいと思ってるので好きです......。
あと、Cメロが終わってラスサビに入るところのストリングスからのドラムがジャーンってとこがクソかっこいい。

歌詞はシンプルに亡くなった恋人への歌。

夢ならばどれほどよかったでしょう
未だにあなたのことを夢にみる

最初の2行で「夢」を重ねて、夢ならば......という願望と、未だに夢にみるという喪失のギャップで悲しさ倍増させてくるのが既に上手い。
全部のフレーズがキラーフレーズみたいな曲なんだけど中でも好きなのが、

何をしていたの 何を見ていたの
わたしの知らない横顔で

自分が思うより
恋をしていたあなたに

切り分けた果実の片方の様に
今でもあなたはわたしの光

この辺りかな。
失ってから知らないことがたくさんあったことに気付く切なさ、失ってから自分の気持ちの強さにも気付く切なさがエグい。
レモンといえば普通は甘酸っぱくて爽やかな青春ソングとかで使われそうなところを「苦い」「切り分けた果実の片方の様に」「光」という形で使ってるのも新鮮でセンスが凄いと思います。




9.まちがいさがし

菅田将暉に提供した曲のセルフカバー。
菅田将暉のオリジナルはあんま聴いてないんだけどエモいロックバラードみたいな感じだったと思います。一方このセルフカバー版はバンド編成ではあるけどバンドサウンドって感じではなくて、穏やかで美しいチルっぽい感じ。流れる水のようなギターの音色が綺麗で、サビでストリングスが入ってくるのもしつっこい感じがなくて良い。ボーカルにボコーダーみたいなエフェクトがかかってて、ちょっと遠い感じがするのも菅田くんの身近さと対照的で良い感じ。

そして、この曲も歌詞が好きですね。

まちがいさがしの間違いの方に
生まれてきたような気でいたけど
まちがいさがしの正解の方じゃ
きっと出会えなかったと思う

これがもう、モロに私のこと歌ってるんじゃないかって感じ。
たぶん小学校の低学年くらいの時にはもう自分が人とは違う欠陥製品であることに気付いていて、ことあるごとにそれを改めて確かめるだけの人生だったけど、だからこそ似たような感じの妻と結婚して子供作ったり家建てたり出世したりとは無縁の人間レベルの低い幸せを享受できているわけなので。間違いの方の世界もそれなりに良いもんだよ。

君の手が触れていた 指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんてどうでもよかった
瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で
君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ

人間関係なんてまぁもちろん代替可能なものであって、君と出会わなければ別の誰かと出会っていただけのことかもしれない。それでも、思い込みの様であっても君じゃなきゃいけないと思えることが幸せですよ。




10.ひまわり

静かめの曲が続いた余韻を切り裂くように激しいギターサウンドで始まるロックチューン。イントロのギターのフレーズが印象的なのと、ベースとドラムがなんか工場っぽくてカッコいいんすよね。
「その姿を〜」のところがサビかと思ったら、その後の「消し飛べ〜」のところが真のサビなので、サビが2回あるみたいでお得感があります(?)
そして、「消し飛べ〜」のとこの歌い方が凄えカッコいい。声が良いからこういう荒っぽい歌い方でもカッコいいんですよね。ライブだとこの辺がちょっと音割れしてノイジーな感じになっててよりカッコいいんだよね。音源も良いけどライブ映えする曲です。

歌詞に関しては本当になんのことやら分からなかったんだけど、どうやら亡くなった親友のwowakaさんのことを歌っているらしい。そうなるとボカロ曲もヒトリエも聴いてないので私に言えることはもう何もないですね。

その姿をいつだって 僕は追いかけていたんだ

こんな風に言える友達がいるのはとても良いことだと思うし羨ましいくらい。



11.迷える羊

打ち込みっぽいリズムの中に不穏な感じのピアノ(?)の音が鳴っていて、曲調は暗いわけじゃないんだけどどこか終末を思わせるサウンドで幕を開ける表題曲。
ヴァースのうねるような機械的な音から、サビでは曲調が一転して、詰まってた鼻がすっと通るような(汚い喩えですみません)感じがあり、迷いの時代を超えて壮大で神秘的な悟りの境地に辿り着いたような感覚になります。

「迷える羊」というタイトルはコロナ禍における我々のことのようでもあり、コロナとか関係なくてもいつの時代だって迷ってる我々のことのようでもあります。
歌詞は人生を、というかこの世界を?演劇に喩えたもの。
監督はなんも教えてくれへんし結末も決まっていない演劇の中で、サビの

「千年後の未来には僕らは生きていない
友達よいつの日も愛してるよきっと」

というセリフを主人公が放ちます。
千年後には生きていないからこそ今を大事にしたいし、千年後に生きていないからこそ千年後の世界に生きる友達にも良い世界を残したい......という含みも感じられます。

誰かが待っている 僕らの物語を

「君の持つ寂しさが遥かな時を超え
誰かを救うその日を待っているよ ずっと」

コロナ禍において音楽とか物語が不要不急とされた中で、それでもその必要性をこんだけ売れてるミュージシャンが歌ってくれる安心感がすごい。
そして、1サビ終わりでは誰かが僕らの物語を待っていたのが、曲の最後ではそれを受け取った君の物語がまた別の誰かを救うのを待つ......という継承というか連鎖が描かれてそれが千年後へと続いていくという壮大なイメージを見せつけられます。いやぁ、ほんと上手いよね歌詞書くの。




12.Décolleté

タイトルの通りなんかフランスっぽいオシャレさと色気のある曲。
アコーディオンやチェロの音は昔のヨーロッパの音楽っぽいんだけど、リズムは打ち込みだったりするギャップが今風な感じを出してて新鮮。
「ひまわり」「迷える羊」という強めの曲が続いた後で抜け感を出してます。この後の3曲もクライマックスに向けての曲たちなので、サウンド的には小休止みたいな感じ。
しかし個人的には気合の入った曲よりこういうB面曲っぽい雰囲気の曲が好きなのでこれも大好きです。「でしょましょ」とか「恥ずかしくってしょうがねえ」とかも好きなんだけど方向性は近い気がする。

そして、歌詞はさらっとしてるけどけっこう皮肉っぽいやさぐれた感じがあってヒリヒリします。
抽象度が高くて相変わらずよくわからんのやけど、人生に疲れてる感じは各フレーズからムンムンと匂ってきてとても良い。

あなたは間違えた 選んだのは見事ヘタレたハズレくじ
祭りはおしまいさ 今更水を差さないで

冒頭のこれは恋人に対する別れの言葉なのかな?と解釈してます。ヘタレたハズレくじが自分のことで、私なんかを選んであなたは間違えたよ、みたいな。
そう考えるとけっこう共感出来ちゃったり。

はたと冷めたアールグレイ マイファニーバレンタイン
健やかなる人生の ひび割れをしゃなりと歩く

この辺の気怠いんだけど絶望してるとか言うほどでもなく、ひび割れだと分かっていながらしゃなりと歩いていくくらいの図太さもある感じがいい。マイファニーバレンタインはビル・エヴァンスですかね?あのアンダーカレントのアルバムだけは時々聴くんですけど良いっすよね。

今は らんらんらん 混じりっけのないやつが欲しい
風が らんらんらん デコルテに溶けていく

「混りっけのないやつがほしい」はなんとなくえっちな意味かなと思っちゃうけど違ってたらすんません。でもデコルテってえっちですよね。スピッツの「夏が終わる」って曲にも「鎖骨」って出てくるけどやっぱスピッツとか米津みたいな陰キャの大王みたいなアーティストは鎖骨あたりが好きなんすかね。



13.TEENAGE RIOT

このアルバムの中で最も王道のロックチューン。
それだけに、最初にシングルで出た時には「Flamingo」の奇妙さに目を惹かれてこの曲は地味な印象でしたが、聴いているうちにじわじわと良さがわかっていった曲です。さらに、このアルバムでは最後から3番目で最後の盛り上がる曲というポジションなので余計にエモい。
王道のロックチューンと言ったけど全然そんなことはなく、イントロからヴァースまでは打ち込みっぽい音主体でトラップとかも入ってて抑えた感じ。だからこそ、サビ前の「愛していたんだ」のとこでドラムがダダダダ、ダダダダ、ダダダダって入ってくるところでもうテンションぶち上げ、ハートに火がついた状態で拳振り上げながらサビを聴いてしまいます。

歌詞もタイトル通り10代の頃の頭ん中の暴動みたいな感じでいい。元ネタはソニックユースの代表曲だと思うけど名前知ってるだけで聴いたことなかったわ......。
なんだかわけのわからん衝動があってロックとか聴いちゃうあたりは分かるけど、そっからギターを初めてカスみたいなバースデーソング歌いながらこんなスーパースターになっちゃうところは凄えなと思う。
思春期とギターが出てくる曲とか映画に触れるたびにあの頃ギターやってたら良かったなと後悔するけど今から初める気力もないしあの頃やってても三日坊主で終わってただろうなと思うのでつらい。てかコードとか全然分からんけど歌詞に「なんとかコード」って出てくるの凄く良いな。
なんとなく、「LOSER」の前日譚みたいな歌詞なのかなと思う。

潮溜まりで野垂れ死ぬんだ 勇ましい背伸びの果てのメンソール
ワゴンで二足半額のコンバース トワイライト匂い出すメロディー

「野垂れ死ぬ」と「ワゴンで半額」が同じシークエンスに共存してるだけでもう面白い。

不貞腐れて開けた壁の穴

反抗期あるある、分かりみが深いし米ちゃんも壁に穴開けてたのかと親近感(知らんけど)。

何度だって歌ってしまうよ どこにも行けないんだと

メタな自虐ネタやん。




14.海の幽霊

好きなミュージシャンの曲の中でどれが1番好きかってのは世紀の愚問でありつつ魅力的な問いでもありますが、米津玄師の曲で1番好きなのはどれかと聴かれたら70%くらいの確率で私はこの曲を挙げてる気がします。

この曲は『海獣の子供』という五十嵐大介原作の漫画の映画版の主題歌に使われていて、映画館の大音響で米津を聴きたい!という気持ちで観に行ったらめちゃくちゃ良かったってのもあって思い入れも深いんですよね。

そして、機械っぽいサウンドを駆使しながらめちゃくちゃ情緒的な、つまりエモい曲になってるアレンジの凄さと、米津の熱唱(最近の曲では多いけど、確かこの曲が初の熱唱ですよね)が最高なんですよね。

いきなり歌始まりなんだけど、その歌にボコーダー(古いか。なんて言うんだろう)みたいなエフェクトがかかってるんですね。でもこれが機械っぽさじゃなくてタイトルにもある幽霊の声のような親しみや暖かみを感じさせるのが凄い。
他にもトラップが使われていたりサビで「どう〜〜〜〜〜ん」っていう深い重低音が使われていたりとビリー・アイリッシュみたいな海外のトレンド感を感じさせつつ、メロディや情感溢れる歌唱は日本の歌謡曲とか民謡みたいな印象があって、それがちゃんと一曲で融合してまとまってる新鮮さは只事じゃねえ。
1番は普通にABサビなのが、2番はBメロの後で間奏が入ってきて、星が降る音とかがして「A Day in the Life」みたいにオーケストラのクレシェンドがぐわあああぁって来た後で大サビに入るっていう構成もカッチョ良すぎるしテンション上がりすぎるしエモすぎるぜちくしょー。
そしてハイパー盛り上がった後で静かな歌とピアノでふわっと終わるところも幽霊っぽくて好き。

歌詞は、(原作未読ですが)映画を観てから聴くともはやただ映画の内容を要約しただけみたいに思えるくらい映画の内容に寄り添っていつつ、今改めてこのアルバムのラス前の曲として聴くとまた違った味わいがあって凄いっす。
この文章を書いている今、ちょうど8月の14日でお盆真っ最中。日本の8月半ばというのは、先祖の霊が帰ってくるお盆もそうだし、終戦記念日もあるし、死の気配が濃厚に漂う季節と言っていいと思います。この曲は生も死も含めて「命」を感じさせる歌詞でもあり、音の切実さも込みでお盆の時期にぴったりの曲だと思います。

開け放たれたこの部屋には誰もいない
潮風の匂い滲みついた椅子がひとつ
あなたが迷わないように空けておくよ

冒頭のこのフレーズにはお盆に帰ってきた魂を迎え入れるようなイメージがあります。

星が降る夜にあなたにあえた
あのときを忘れはしない

離れ離れてもときめくもの
叫ぼう今は幸せと

あなたは既にこの世にはいないけど、あなたにあえたことが幸せだという、このへんの歌詞がそのまま次の曲「カナリヤ」の歌詞とも繋がってくる感じがします。このアルバムのこの曲順に配置されることで、『海獣の子供』の二次創作みたいなイメージから米津の曲としてすとんとあるべき場所に収まった気がしていい曲順よなホントに......。

風薫る砂浜でまた会いましょう

アルバムの最後から2曲目の最後の歌詞がこれって完璧では.....。




15.カナリヤ

最後のこの曲は、まぁいかにもアルバムの最後の曲って感じの、ゆったりたテンポでピアノやストリングスが入ってくる優しく暖かい雰囲気の(でもその中に強烈な寂しさや喪失の予感も感じさせるのが凄いけど)曲です。

この曲に関しては実は個人的な思い入れがあったりして、恥ずかしいけど最後の曲だしちょっとだけ自分語りをします。
このアルバムが出た頃、私は仕事のストレスで毎日「今日帰ったら首吊って死のう」と思ってて、そのせいもあって彼女から結婚を仄めかされても「まぁそのうちねアハハ」とか言ってたんですけど、そしたらある日一旦捨てられてしまいまして。
その後「あなたなしでは生きられないの〜」みたいな愁嘆場があって結局結婚を前提に同棲する流れになるので最終的には惚気なんですけど、その時彼女が考え直してくれた理由がこの曲を聴いたかららしくて、なんでまぁ間接的に私の命の恩人みたいな曲なんですよね。
ただ、こういう感じのバラードっぽい曲あんま好きじゃないから普段は飛ばしちゃうんですけど!()
まともに聴くと泣いちゃうしね......。

いいよ あなたとなら いいよ
もしも最後に何もなくても
いいよ

いいよ あなただから いいよ
誰も二人のことを見つけないとしても
あなただから いいよ
歩いていこう 最後まで

最後に何もなくても、みたいな人生の空虚さも見据えた上で、きっとたまたまあなただっただけで別の誰かだったかもしれないんだけど、それでもあなただからいいよっていう、パートナーとの関係性の理想を完全に言い当てた歌詞で、なんだかんだ折りに触れて聴き返したい曲ですね。