偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

aftersun/アフターサン(2022)


11歳の夏休み、ソフィは母と離婚し離れて暮らしていた父親のカラムと2人トルコへ旅行に行った。20年後、当時の父と同じ年齢になったソフィは、ビデオテープの映像と共にあの日々を回想し、当時は分からなかった父の内心に思いを馳せる......。


ミーハーな映画ファンなので「なんかジャケ写がエモそう!」というバカみたいな理由で観に行ったんですが、めちゃくちゃ良かった......。
とても繊細で儚くて美しい映画で、私みたいにガサツで愚鈍で苦労知らずの人間には完全NOT FOR MEではあったけど、しかし強烈に惹きつけられてしまったし、観終わってからもふと思い出してしまうし、映画の内容なんてすぐ忘れちゃう(だからレビューで残してる)んだけど本作はできれば忘れたくないからまた観たいと思わされたし、好きだと言いたい。
しかし、本作の魅力を伝える文章力を持たないのでなんかもう、ジャケ写見てピンと来た方は観てくれ!としか言えねえ......。



ほとんど31歳の父親と11歳の娘が夏にトルコに旅行に行って数日滞在するってだけの映画で、表面上は別にドラマチックなことは何も起きない、言っちゃえば家で観てたら寝そうな映画なんだけど、気が付けば引き込まれてしまっていました。
仲のいいでも適度な距離感のある親子が旅する様子を主人公である娘のソフィの視点から淡々と描いていて、彼女は11歳特有のセックスへの好奇心や畏怖を持ちながらも普段会えない父との時間を楽しんでいるように見えます。
しかし、ところどころで挟まれる父カラムの1人のシーンでは彼は何かに悩み苦しんでいる様子で、この2人の気持ちのギャップがなんとも切なく、でも2人で過ごす時間そのものはかけがえのないものであることは間違いないし、なんか観てるうちに自分の思い出であるかのような奇妙に入り込んでしまう感覚になりました。全てのシーン、全ての出来事が、「なんか、良い」という感じ。

ソフィによる回想なのでどうしても観ている間は11歳のソフィと同じようにカラムの内心がよく分からず、でも彼の様子がどこかおかしいことだけは分かって不穏な気持ちで観ていくのですが、最後にとある楽曲がいわば「大ヒント」となってなんとなく「そういうことか」と分かる作りになってるので難解とか解釈が難しいということもなく、言葉による無粋な説明はしないけど仄めかす形で説明自体はしてくれて、分かりやすさと分かりづらさのバランスも個人的にはちょうどよく感じました。
ラストも特に説明はないんだけど、なんとなくそういうことなのかな......と感じさせる締めくくりになっていて、静かだけど非常にインパクトのある、素晴らしいラストシーンだと思います。

もう一回見たらたぶんもっと色々と見えてくるものがあるんだろうけどちょっと遠い映画館でしかやってないので、来年の夏あたり配信が来たら家でぐだぐだしながら観ます(そういう見方もアリな作品だと思う)。

以下ネタバレ。























































クイーン&デヴィッド・ボウイの「Under pressure」がかかることで、カラムがゲイだったのではないか?ということが示唆されています。
そう思って考えてみると、離婚したのに「愛してる」と言うくだり、ダイビングのスーツを着るくだり、夜のリゾート地でキスする男性同士をソフィが見かけるくだりなんかも意味があったのだとわかります。
また、カラムがソフィに熱心に護身術を教えたりするところから、カラム自身なにかそういう目に遭ったことがあるのではないか、ということも示唆されています。

また、ソフィが少し年上のお兄さんお姉さんのイチャつきを見るシーンとか、男の子とファーストキスをするシーンなんかも、現在のソフィが同性のパートナーと暮らしていることを踏まえると違った意味を持って見えてくるところがすごい。

ソフィに関する描写は徹底して「性」を仄めかし、カラムに関する描写は「死」を仄めかしていて(バスに轢かれそうになりながら平然と歩くシーンとかぞくっとします)、性と死のどちらも海がその暗喩となっていて、2人が見る全く違う世界が海で繋がっているような感覚も良すぎる。

そんなわけで現在、同性のパートナーと暮らしているソフィ。まだ差別も全然あるものの、一応子供を育てることも出来ているという状況の中で、今よりもっと差別の酷かった時代を生きて、恐らくは生き抜けなかったのであろう父を想うという、悲しすぎる結末......ということなのかな、と思っています。
しかし、カラムがいい父親であったことは間違いなく、これから子育てをするであろうソフィが彼から貰ったものに気付くというのは希望でもあり、淡々として地味な話なのに別の人生を追体験したように心に残って観終わって日が経っても忘れられない、忘れたくない印象を残す、不思議で素敵な映画でしたね。



2回目観たので細かい好きなところを追記。

ソフィが年上のイチャついてる男女をプールに突き落とすとそれをきっかけにみんながイチャつきはじめソフィが疎外感を感じて帰るシーンの後にパッと干してある服が映るところ、良すぎる。

ソフィがカラオケ大会でLosing My Religionを歌った後の2人の間のヒリヒリした空気も凄い......。

ソフィが「楽しいことがあった後に意味なく気分が沈む」みたいなことを言った直後にカラムが鏡に唾を吐くのはソフィの中に自分の不安定な部分を見たから?→ラストシーンのカラムもまさにソフィとの楽しい旅が終わった強烈な寂しさで死ぬことを決意してしまったのかな......というのが、合ってるかは分からんけどめちゃくちゃ伝わってきてつらい。