偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

戸川昌子『火の接吻』感想

大須の本棚探偵さんで借りました。


3人の幼稚園児の火遊びによる火事から26年後。消防士、刑事、そして放火魔となった3人は、女性とライオンが焼死した放火事件をきっかけに再び火に関する一連の事件に関わっていき......。


新聞記事などでかつての幼稚園児の火遊びによる事件の顛末が明かされる現実的なプロローグから、本編に入ると一転して常に夢の中にいるような奇妙な世界に閉じ込められてしまいます。
地の文において登場人物は「消防士」「刑事」「放火魔」「看護婦」「女流教育評論家」などの肩書きで描かれ、文体も淡々としていて、そのためにどこか彼らが記号めいても見え、またそれぞれの境界線が曖昧で実は全員が同一人物なのではないか......くらいの奇妙な感覚に囚われました。
また主要キャラクター以外のモブ的な人間が皆無なのも、この物語の世界が完全に閉ざされたものであることを示していて不気味でした。

そんな、どこかぼんやりと現実から乖離したような文体で描かれていく事件もまた、ライオンの焼死やぼんやりとした子供時代の記憶の中の事件など捉え所のないものばかり。
この異形の物語は本当にミステリとしてちゃんと収束するんか?と思って読んでいくと、意外にもラストはちゃんと謎が解き明かされてはいって、二転三転する展開に驚かされます。

しかし、読み終わってからも、やはり登場人物全員が自分の世界の中で完結していてそれが連なって全てが起きていたんだ......という奇妙な虚しさのような感覚に襲われてなかなか味わったことのない不思議な余韻があり、めちゃくちゃ面白かった。
ミステリとしてのプロットの面白さももちろん、独特な雰囲気も込みで怪奇幻想ミステリなんかが好きならかなりハマっちゃうであろう怪作です。

(ネタバレ→)最後の「おれがおれが」と言わんばかりに「真犯人」が現れまくるところはちょっと笑っちゃったけど、主に観念的なところでのどんでん返しが続いた後で、プロローグと対になるように新聞記事によるエピローグが入ることで本編のカオスっぷりと現実の素っ気なさのギャップが生まれて夢の中にいたような余韻が残るのがかなり好きです