偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

倉狩聡『かにみそ』感想

角川のホラー大賞を獲って、そのタイトルとあらすじから話題になった作品。
気になってたんだけどようやく読みました。

かにみそ (角川ホラー文庫)

かにみそ (角川ホラー文庫)

  • 作者:倉狩 聡
  • 発売日: 2015/09/19
  • メディア: 文庫




「かにみそ」


近所の浜で拾ってきた蟹が餌を食うところを見て癒される、派遣労働者の主人公。
やがて蟹は言葉を話すようになり、その食欲も増していき、ついには人間を食うようになる......。

という、少し不思議な設定のお話。

ホラー小説大賞を受賞してはいますが、ホラー感は薄く、ライトでありながら読み心地は青春文学。
自室の描写にどこか漂う閉塞感だったり、職場の冷凍倉庫の寒々しさだったりが、乾いて醒めた青年の内心を表しているよう。
蟹との会話はややあざとくもユーモアと呼びたくなる上品な面白みがあり、食事のシーンのグロテスクさとの対比が凄いです。

何より凄いのは、蟹のグロい食事から食の大切さというテーマを描き出し、さらにそこから人間的なうじうじした悩みと、しかし人間でもまず動物として生きなければならないこととの対比までテーマを広げていること。
設定のトンチキさからは思いもよらぬ真摯なテーマと泣けるラストに呆然としました。何だったんだこれは。

ちょっと良い話になりすぎててあんだけ人殺しといて......という気分にならなくもないですが、まぁそこはそれ。寓話みたいなものなので捻くれた受け取り方はせず素直にモラトリアム青年の成長譚として読むのが良いと思います。





「百合の火葬」


幼い頃に母親は自分を置いて横暴な父親の元から逃げ、その父親も死んだ。
1人残された大学生の主人公の家に、清野と名乗る女性が現れ、なぜか居候することになる。母親のような態度を取る彼女は果たして本当の母なのか。
やがて彼女は庭に百合を植え始め......。

これもとても良かったです。
主人公はイマドキの大学生で、ところどころに今風の物事が出てくるから舞台が現代だと思い出させられるのですが、謎の女性と2人暮らしすることになる家の中の描写などはまるで昭和の文豪の作品にでも出てきそうな雰囲気。
和装の美しい女の人の、母親を思わせる安心感と、少女のような可愛らしさと、そして妙な色気とに振り回されてしまって、くらくらしながら読み進めることになります。

そして、彼女が育てる百合もまた美しくも不気味。いや、不気味だけど美しい。
そもそも百合の花ってなんだか可憐なんだけどよく見ると気持ち悪いと思うのは私だけですかね......?やけに花びらがデカくて作り物みたいな質感だし、雄蕊と雌蕊も大きめでなんか気味が悪いんですよね。匂いも良いんだけど強すぎて酔うし。
「かにみそ」では味覚だったのが、本作では百合の匂いという嗅覚を怖さに繋げているのが器用な感じ。
終盤の展開はやはりファンタジックというか寓話的というか、あり得ないんだけど作品の雰囲気で納得して受け入れられるのが凄い。

そしてやはりこのお話も若者の成長譚として読めて、後味はすっきりしてるのが魅力的です。



という感じで、収録作2作とも奇想からのエモみが堪能できる良い本でした。
同じ世界観の『いぬの日』という作品も出ているようなのでいずれ読んでみたいです。