偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

芦沢央『今だけのあの子』短文感想

最近ミステリ界隈でよく名前を聞く気になってた作家さん。初読です。
『許されようとは思いません』という本が、タイトルの鮮烈さとともに話題になってましたが、あれが文庫になってないのでこちらを読んでみました。

今だけのあの子 (創元推理文庫)

今だけのあの子 (創元推理文庫)


作品紹介には「女の友情」の文字が。そして、タイトルは「今だけのあの子」。この2つのキーワードだけで誰もがこう思うはずです。
「あ、イヤミスじゃん」

そう、女の友情といえば嘘の付き合い騙し合い愛と欲の絡み合う上辺だけの醜い関係......ってさすがに女をなんだと思ってるんだって感じですが、物語の中ではそういうものであることが多いですよね。

しかし!読んでみるとなかなかどうしてところがどっこい。嫌な話もあるにはあるし、どの話も発端は不穏で嫌な感じなのですが、それだけではない温かさや優しさが強いのです。
というのも、本書は人と人とのすれ違いや思い込みがテーマとなっていて、それを解くのがミステリ的な"解決"になるのと同時に物語への救いにもなっているんですね。
だから、読後感は苦味もありながら爽やかというグレープフルーツジュースみたいな味わいになっています。

また、"学校の同級生"や"ママ友"など、人生のある時期だけを共にする「今だけの」友情というものが描かれていますが、今だけであっても彼女らはこの出会いを忘れないんだろうなという永遠もまた感じられます。
それは収録順にも現れていて、結婚→育児→老後という人生のステップの合間に、まるで回想するかのように学生の話が挟まった全5話の構成になっていて、もちろんそれぞれの話の主人公は違いますけど、一人の女性が過去の特別な友情を思い出しながら生きていき老いていく様を見ているような気にもさせられます。

そんな、地味に壮大な構成ではありながら、ぐいぐいと話をひっぱるリーダビリティは抜群でした。最近歳のせいで読書スピードが落ちている私ですら半日で読めてしまったので、早い人なら2分で読めるはず。
読みやすくも味わい深い日常の謎短編集の傑作と言えるでしょう。