偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ダンケルク(クリストファー・ノーラン監督)

昨日観に行ってきました!クリストファー・ノーラン監督の最新作。

 

この作品、ノーランが初めて挑む実話を基にした戦争映画であることが公開前から話題になっていました。


正直に言うと、「戦争アクションとかキョーミないし観に行くか行かないかどうしよっかな〜〜」くらいの気持ちでいましたが、結果的には観に行ってよかったです。

 

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映画『ダンケルク』オフィシャルサイト

 

製作年:2017年
監督:クリストファー・ノーラン

☆4.1点

 

 

 

ダンケルク」とはフランスの地名。本作は、第二次大戦中にドイツ軍に追い詰められた英仏40万人の兵士の撤退作戦を描いています。

 

 

......というと、普通なら、故郷の家族を想う優しい父親が主人公で、作戦を指示する頭の切れる若者や、人間離れした戦績を収める英雄なんかが出てきて、観客は超絶アクションと感動のクライマックスと反戦のメッセージに感極まりながらほくほくと映画館を後にする、といった作品になりそうなものですが............そうじゃない。ノーランは考えることが違います。ホントこの人はどういうアタマしてるんでしょう。

 

今まで観たことないタイプの映画で、感想がうまくまとまらなかったので開き直って徒然なるままに書いていきます。

 

 

 

さて、仕事を終えた私は映画館に行き、席に座ります。場内が暗くなり、高須クリニックのCMが終わり、本編が始まりました。

すると、いきなりシンとした市街を歩く兵士たち、空からばら撒かれる「お前たちは包囲されている」という敵軍からのビラ、そして何の説明もなく突然の戦闘開始に、興奮というよりも当惑と恐怖と緊張感を感じます。実はこの当惑、恐怖、緊張が本作が全編に渡って観客に与える感情の全て。


そう、これはエンタメ性の高いアクション超大作などではなく、メッセージ性の強い反戦映画でもなく、ただの画面越しの戦争疑似体験なのです。

 

 

 

映像と音響は確かにド迫力ではあります。

でも、それはアトラクション的な気持ちのいい迫力ではなく、理不尽な死が轟音と共にやってくるというどちらかと言えば不快ですらある迫力です。


陸では爆音と共にクジ引きのようにアトランダムに人が死骸に変わっていきます。

海では荒波や敵の攻撃で船がグラングランと揺れ、観ているこちらも船酔いしそうになります。

空では高速で回転や急降下をして目が回ります。

閉所や暗所や高所の恐怖症をお持ちの方は直視できないであろう映像ですのでご注意ください

 

音も、BGMはメロディがなく情景音に近い音楽やカチカチという時計の音。それに爆音やら飛行の轟音やらが加わり、音で怖がらせるホラー映画のようにびっくりさせられます。でもホラーなら音でびっくりさせられた後「なぁんだ風でドアが閉まる音か」みたいな安堵がありますよね。この作品では、爆撃で自分は死ななくても仲間が死んでいたりするし、そもそも一回爆撃を逃れてもまたいつ来るかわからない、そんな緊張感が常に続くんです。どちゃくそ疲れます。

 

 

 

そんな映像と音による臨場感を、構成がさらに増幅しています。

 

この作品は、構成的にいうと、

 

1.陸で救援を待つ兵士たちの一週間
2.海で救援に向かう民間船の一日間
3.空で敵と交戦する戦闘機の一時間

 

という、期間の違う3つの視点が交差した作りになっています。
時系列操作は「フォロウィング」や「メメント」を、時間の長さのズレは「インセプション」や「インターステラー」をそれぞれ彷彿とさせますが、この作品ではそれらはどんでん返しやパズルとしてではなく戦闘をより立体的に描くために機能しています。だからミステリやSF系の作品と同じような知的カタルシスを期待して観ると肩透かしになっちゃいますが、それぞれのパートを無駄なくすっきり観せるためには効果的な構成だと思います。

また、あえて少し分かりづらい構成をとることで次に何が起こるか分からない理不尽さを強調しているようにも思います。

 

無駄なくと言えば、ノーランには珍しい上映時間の短さも特徴です。
ノーラン監督作で2時間に満たないものというと、「フォロウィング」「メメント」......あと「インソムニア」とかいう映画もありましたね(遠い目)......に続く4作品目らしいです。

観る前は「2時間ないなんて物足りなくないかな?」とか思ってましたが、観てみるとこれほどの臨場感で2時間以上あったら疲れて途中でダレるだろうな、と。

観客の心身が保つギリギリの長さが106分だったのでしょう。

 

 


そして、この映画で最も賛否が分かれそうなのが、物語性の薄さでしょう。

 

この作品に主人公はいません。それぞれのパートで一応中心的な人物はいるのですが、彼らについてもその過去や人間性や家族などの背景はほぼ語られません。

登場人物全員が、ダンケルクという戦場にたまたま居合わせた名もなき人間にすぎません。主要キャラっぽい人が何の前触れも意味もなく死んだりします。
また、戦争が臨場感をもって描かれるだけの映画なので、反戦のメッセージなどもありません。
物語の展開も、一応控えめなクライマックスこそありますが、それも一瞬のカタルシスを感じさせてくれた後はもう「まだ戦争は終わっていない......」という気持ちにさせられ、観終わった後も爽快感ゼロでどんよりした気分で映画館を出る羽目になります。


だから、これまでのノーラン作品とは違って、面白いとか楽しいとかいう気持ちにはなれません。

 

ではこれは駄作かと言われると、そんなことはなく、映画史を塗り替える傑作と言っても過言ではありません。

 

というのも、物語がなくても、メッセージ性がなくても、戦争というものをただ臨場感を持って疑似体験させる。そのことだけで、観客は押し付けがましい反戦のメッセージなんかを見せつけられるよりもよっぽど強く、「戦争はしたくない」「こんな風に意味もなく死ぬのは嫌だ」と感じます。
つまりこれは、言葉ではなく映像の力を信じて、とにかくただ臨場感というパラメーターににポイントを全振りしたことでメッセージを使わずに強烈なメッセージ性を獲得した作品なのです。

小説には真似の出来ない究極の映画表現であり、ヒット作を出し続けていながらこれだけ無謀な実験作を撮って、それすら成功させてまたヒットさせちゃうノーランという人は只事ではないです。

 

 

ちなみに観終わった後、どんよりした気分になるとは言いましたが、同時に、今自分がこんな戦場にいないことがありがたくなって、生きてるだけで幸せだという風にも思えたので、むしろ元気になりたい人にも勧めたい映画ではありますね。

 

 

というわけで、出来れば映画館で体感してほしい作品ですが、どうしても映画館で観れなくて「DVD出てから家で観よう」という人は、部屋を真っ暗にしてヘッドフォンして周りを全て遮断して没入してほしいです。