2011年、雑誌『メフィスト』に掲載された「メルカトル悪人狩り 第1話」......しかし、その後第2話が出ることはなかった......。
そして、昨年あたりからようやくまたメルカトルものの短編がちょいちょいメフィストに載りだして、10年越しにようやく本になった待望すぎるメルカトル・シリーズ最新作!
嬉しいサプライズとして、本書には1997年に雑誌掲載されて以来、本に入る様子のなかった「愛護精神」や「名探偵の自筆調書」も収録され、もはやファンブックのような趣もあります。
そして後半からは近年の作品が並べられているので、前半が待ちに待ったファンへのサービスと初心者へのキャラ紹介、後半がちゃんとしたミステリ短編みたいな構成になっています。
全体に前作『メルカトルかく語りき』ほどの大きなコンセプトはないものの、「囁くもの」というワードに代表されるように、銘探偵というものの在り方が描かれていき、最終話に至ってそれがとある極点に達するようなところはやはりこのシリーズらしいエッジの効き方でした。
メルカトルものということで期待しすぎるとアレですが、待った甲斐あって普通にしっかり楽しめる一冊でした。
以下各話感想。
「愛護精神」
短いながらメルカトルの超越性を見事に描き出した短編です。
普通のミステリならこの推理をしてもせいぜい「起こるかもしれない」程度のことでしかないと思うんですけど、メルカトルがこの推理をしたことによって事件の方が起こりに来たような印象があります。
また、えちえち未亡人が咬ませ犬にもならず、ひたすらメルと美袋がイチャつくだけのお話でもあり、ファンとしてはニヤニヤしちゃいます。
タイトルの回収は笑った。
「水曜日と金曜日が嫌い」
「七人の名探偵」という、多分に新本格ファンへのファンサのようなアンソロジーが初出なのもあり、メルと美袋のキャラ紹介のような側面もある短編です。
一見不運に見える幸運により美人と温泉と殺人事件に同時に遭遇しちゃう美袋くんと、長編には向かない探偵を自称するメルカトル。
というか、本作は長編に向かない銘探偵が長編らしい事件に遭遇したら......という『ため殺』の名台詞からの二次創作みたいなお話なので、そりゃファンサでしかないよなぁ、と。
事件関係者たちのネーミングをはじめ、いかにもすぎる事件の様相自体が古き良き本格ミステリのパロディみたいになっていて、(ネタバレ→)これまで全く登場していない人物が犯人だったり、博士の秘密が明かされなかったりという釈然としなさもまた悪質なミスパロなのかもしれません。
そして、釈然としない読者へのサービスのように、絶望的なラスト一言が放たれて思わずウケケケケと爆笑しちゃいました。
「不要不急」
でもわりとしれっとしてるあたり美袋くんらしいというか、そもそもメルカトルにあんだけボロクソ言われてもあんま興味もなさそうなサイコ感が美袋くんの面白さですよね。
てなわけでコロナ禍における新語・流行語を全部載せてキャラ萌えショートショートを描いてみましたみたいなお話で、特にオチもないんだけど2人の会話を読んでいるだけで幸せな気持ちになれるので好きです。
「名探偵の自筆調書」
これが載ってる『IN☆POCKET』をわざわざAmazonで注文して読んだくらいハマってた時期もありましたが、待望の単行本収録......というかこんなんまで入れるとは思わなかった。読みたいっていうファンの声が届いたんですかね。
「ミステリの犯人はどうしてわざわざ容疑者の限定されたクローズドサークルなどで事件を起こすのか?」という野暮なツッコミに対する冗談めかした反論になっていて、ラストの一言はメルカトルシリーズらしい身も蓋もないブラックジョークみたいな味わいで好きです。
1番最後のとこの「君が僕がどうこう」ってセリフの意味がよく分からなかったんですが、誤植ですかね?ファンなら分かるの?
ちなみに調書部分はカットされてましたね。
「囁くもの」
とある会社社長の邸宅で主人が不在の間に起きる殺人事件。
メルカトルにしては非常に地味な事件ですが、そのオーソドックスさゆえにメルが邸宅で繰り広げる狼藉が面白くなります。あと美袋は今回も存在が面白い。
ロジックはとある一つのものから着実に犯人を特定するもので面白かったです。どうしても頭が悪いのでこれくらい分かりやすいロジックがありがたい。
そして事件が解決した後の対話の方で銘探偵という存在のヤバみがじわじわと滲み出てきて良かったです。
それを言うなら、山道で迷子になったり、わざわざ鳥取まで来てメルカトルに偶然出会ったりしてしまう美袋もまた......。
あ、あと、動機が無駄にエグいのも麻耶みですよね。取ってつけたようなわりにはエグいっていう。
「メルカトル・ナイト」
タイトルからしてクソわろですが、中身も面白かったです。
トランプによるカウントダウンの脅迫ってのがもう現実にこんなことやるやつおらんやろって感じでミステリっぽくてわくわくしちゃいます。
犯人の動機ももちろん現実離れしたもので「ああ、人間の描けていない新本格ミステリだなぁ」と嬉しくなっちゃいますね。
そして明かされる真相ににっこり。これぞメルカトルシリーズの銘ですね。
そんなメルカトル氏ですが、前話に引き続きウザ絡みおじさんに成り果てていて面白かったし、美袋の扱いも面白かったです。
ただ変な文学論みたいなところはあんま面白くなかったです。
ちなみに、美袋が言うライバル的存在とはあの人のことでしょうね。エモい。
「天女五衰」
天女伝説の地で起こる事件に2人が挑むわけですが、美袋の三文作家な部分がガンガン出てると同時にメルとのいちゃつき具合がやばくて一部のファンにはご褒美だろうなぁと思います。
事件の謎解き自体はシンプルすぎてあんま印象に残らないですが、某過去短編を彷彿とさせる黒い結末は印象的。
ちなみに、美袋が参加したアンソロジーで優勝したのはあの人なんでしょうね。エモい。
「メルカトル式捜査法」
最後の話にして、いつもと違うメルの姿が見られるめちゃくちゃファンサービスみたいな話......かと思えば、それを使ったあまりにもめちゃくちゃなロジックには唖然......。
『メルカトルかく語りき』のトリを飾った「密室荘」の話題が出てきますが、本作もまた「密室荘」に通じる内輪ネタとも呼べそうなエッジの効き方してます。
(ネタバレ→)
「囁くもの」では、神か悪魔か麻耶雄嵩かがメルカトルに囁いているというモチーフが現れましたが、トリのこの短編に至ってはその「囁き」そのものを手掛かりとして採用してしまうという倒錯が起こっています。
これによっていよいよ銘探偵メルカトル鮎という絶対的に見えた存在さえも糸に繋がれた操り人形にすぎないような印象が与えられます。
また、メルカトルをマネキンに!という作中のギャグもこの印象を補完しています。
思えば本書全体でもメルカトルが愚痴ったり居眠りしたりと人間的に見える部分が強調されている気がしますが、それもこの作り物めいたラストとのコントラストを上げるためでしょうか。
ともあれ、徹底的に「人間を描かない」ことで何か詩情のようなものが溢れ出てくる見事な最終話でした。