偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

サカナクション『834.194』感想 -札幌 version-

はい、というわけで、「サカナクション『834.194』感想 -東京 version-」に続いて今回は札幌バージョンをお届けいたします。


こちらの札幌盤は、無作為性、大衆に向けるのではなく自分たちのために作った、魚図鑑的には「深海」に当たるディスクになります。

山口一郎が、『sakanaction』以降あまりに突然売れすぎたことで作為性に倦んで作ったのが、2014年の『グッドバイ/ユリイカ』『さよならはエモーション/蓮の花』という2枚4曲のシングル。
この札幌盤ではその4曲をまるごと収録しつつ、いくつかの新曲を加えて「東京での苦悩」「札幌への郷愁」「札幌時代の自分への憧憬」という物語を作っています。

東京盤も前半は郷愁がテーマではありましたが、あちらは作者本人のことというよりはフィクションであったのに対し、こちらはかなり生々しく山口一郎のドキュメント/私小説的な内容の歌詞ばかりです。
東京盤は華々しく東京の街で活躍するサカナクション、札幌盤はその裏での葛藤......という読み方も出来ます。
そう、この札幌盤も、札幌盤とは呼んでいるものの、東京の街にいながら札幌時代に想いを馳せる感じの曲がほとんどであり、この2枚のディスクは共に東京で活躍するサカナクションの外面と内面を描いた表裏一体の二枚組である、とも言えると思います。
そんな中、ラストの2曲では視点がグッと移動するのですが、その辺については各曲の感想で後述します。

音に関しても、こちらは派手さがあんまりなくて、どの曲も弾き語りで歌ってるのが想像しやすいようなタイプの曲たち。パッと聴きでは東京盤ばっかり聴いちゃうけど、だんだんと札幌盤も染みるようになってきたわぁ......みたいな。要は初期っぽいとも言える感じの、でももちろんどの曲も洗練されてもいる、そんなディスクになってます。

では、以下で一曲ずつ感想書いていきまっす。




1.グッドバイ

サカナクション - グッドバイ (MUSIC VIDEO) - YouTube

個人的にこの曲はアルバムの最初に入るのではないかと予想していたのですが、ディスク2の一曲目ということで半分当たりましたね。

この曲はサカナクションのストーリー上で言うとオーバーグラウンドと決別して新たな場所を目指そう、という曲。
東京盤でオーバーグラウンド側のサカナクションを魅せた後で、札幌盤の最初にこの曲が来ることでディスクの変わり目の仕切り直しのような意味合いも出てきて非常に納得のいく曲順だと思います。

また、どうしてもそういう「サカナクションにとって」という文脈で聴いちゃいがちですが、そういう意味も含ませつつ、恋人とか家族とか友達とか、大事な人との別れを描いた普遍的なストーリーにもなっているのがさすがです。

で、PVがこの歌詞の世界観を見事に描き出していて必見。
真っ暗な川を行く船。死神みたいな格好の山口一郎が櫓を漕いでいて、中条あやみが乗っている。
まるで三途の川のようですが、その後回想シーンを見ていくと、どうやら彼女ではなく彼女の恋人の男性が亡くなっているようで......。
最初はむむむ?と思いましたが、川の途中で恋人の男を置いていく場面で納得。この川は人生のことで、大切な人がいなくなっても人生は続く、とまぁ一番簡単に要約しちゃえばそういうことが描かれているんでしょう。
このPVを観ると、「不確かな未来へ舵を切る」という歌詞が沁みてくるんですよねぇ......。


ちなみに、この曲がラジオで初解禁された時、私もリアタイで放送を聴いてたんですけど、なんと一郎くん、曲を流しながら号泣してたんすよ。その放送を聴いて、俺は一生サカナクションについて行こうって思ったんだ(なおその2年後に一度ファンを辞職した模様)(だってアルバム出ないんだもん)。




2.蓮の花

サカナクション - 蓮の花 (MUSIC VIDEO)-New Album「834.194」(6/19 release)- - YouTube

山Pが主演の映画の主題歌。映画は観てないけど気になってはいるんですよね......。
で、その映画の主題歌になった時に「movie version」として配信された後、本作に収録されている「single version」としてシングルカットされたという経緯がありました。

movie versionの方は、映画の余韻を引き立たせるためか、かなり静かな印象。音楽的に詳しい事は分かりませんが、ほとんどの音にエフェクトかかってそうなバンド感の無さ。

一方、本作に収録されたsingle versionは、ライブでそのままやれそうな生音感。
大サビの「ふあっあっあっあ」のところや最後のYeah〜もこっちのがノリが良くて、個人的にはこっち派ですね。


歌詞は、芥川龍之介蜘蛛の糸」をモチーフにしたもの。

一つの読み方としては山口一郎が歌詞を書くこと自体について。
蜘蛛の糸よ、ここまで垂れてきて作詞の苦しみから救っておくれ!みたいな感じですかね。
ただ、引っかかるのは、蜘蛛の糸に対して「花揺る蓮まで垂れ下がって 苦しむ僕を引っ張り上げてよ」というところ。芥川の小説では蜘蛛の糸は地獄に垂れ下がって罪人を天国に導く役割を果たしていました。しかし、この歌詞では"僕"は蓮のあるところ、つまりは天国にいるように読めるんですよね。私としては、歌詞を書くこと、つまりは音楽やってること自体は天国だってことなのかな、と思うんですがどうなんでしょうね。

で、そういう作詞自体についての歌詞という印象が強い歌ではありますが、頭の中の山口一郎ご本人のイメージを一旦追い出してみると、好きな子のことを妄想する変態的なラブソングのようにも読めます。
で、私なんかは夜にあの子のことを妄想する目的といえばアレしかない!なんて思っちゃうんですよね。
しかしそう考えると、幻想的で美しくも儚い印象は片思いの時のアレに似てますし、最後のYeah〜〜って声もなんかそういうことかな......なんてそれこそ妄想がたくましくなってしまいます。
まぁこんな解釈が作者の意図に合ってるかどうかは知りませんが、アレをここまで美しく描くというのも山口一郎という人の真摯なイメージに合うような気がします。勝手にそんな気がしてます。




3.ユリイカ

サカナクション - ユリイカ (MUSIC VIDEO) - YouTube

サカナクションの曲にありがちな、しゅ〜〜っていうリバース音(ドラムのシンバルの音を逆回しにしたやつってサカナクションイントロクイズで言ってました)から始まり、静かだけどリズムは早めで踊れる曲です。
東京盤にはリミックスが入っていましたが、あちらでは情景描写が全てカットされていた。オリジナルではそれがちゃんとあるので、"郷愁"が強調されつつも、やはり東京で生きていくことを歌った曲になってます。

いつも夕方の色 髪に馴染ませてた君を思い出した ここは東京

という歌い出し。
君、というのは故郷に置いてきた恋人でしょうか。分からんけど、そんな気がする。そう思いたい!

曲の中身はというと、東京で生きるという決意の歌でもありながら、「いつ終わるかな」とネガティブな面もあるところが良いですよね。
で、最後の最後が

月が消えてく

という言葉で終わるんですけど、月が消えるということは夜明け。
「夕方」という言葉を伴う追憶で夜になっていくように始まったこの曲が、最後に今まさに夜が明けていくところを歌って終わるってのがとても綺麗です。
また、「君が言うような寂しさは感じないけど」からの「君が何か言おうとしても」となるのも、何とも言えず淡白なセンチメントがあって好きです。

あと、PVも良い。こんだけ女性の裸身が映っててこんだけエロくない映像ってありますかね。




4.ナイロンの糸

サカナクション / ナイロンの糸 - YouTube

カロリーメイトのCMの歌。
静かに波打つ海を思わせるイントロのギターのリフが綺麗で引き込まれます。また、ぽこっぽこっていうリズムは水の上をぷかぷか浮いてるようなイメージもありますね。
最初は静かで、2番から少しだけ盛り上がりかけてきて、大サビでどーんと来るところはmellowっぽいなと思いましたが、冷静に考えると大サビのメロディがほぼmellowでした。

歌詞は、色んな読み方がありそうですが失恋ソングっぽい雰囲気のもの。
いなくなった「君」を思い出すというお話。君がなぜいなくなったのかは分かりませんが、私の中のイメージでは死別という気がしてしまいます。
歌詞の中に「海」という言葉がメインのモチーフとして現れますが、それが何を示すのか。海といえばやっぱ命が生まれる場所であり、還っていく場所、でしょう。だから、海というのはきっと、女性の体のことであり、または死後の世界のことなのでは......と思うんです。
「いつかは分かる あの海のこと」というところはいつか死ぬということ。「この海にいたい」という最後のフレーズは、「君」の体に溺れたいというのと「君」が行ってしまった場所にいたいということのように思えます。それは「振り」でしかないことも事実。それでも、「この海に還ったフリしてもいいだろう」と肯定的に歌っているのが良いですね。

最後のサビでベースの音が唸るような深い低音を鳴らすのも、海や命というもののイメージに合っててなんか泣けてきます。




5.茶柱

この曲はアルバムが発売延期になったことで空いた時間を使って制作されたらしく、延期がなかったら聴けていなかった曲です。
......なんて言うと「延期してむしろよかったわ」と思っちゃいそうですが、やっぱりサカナクションさんももう大人なんだから決まった納期は......なんてまた蒸し返してもしょうがないのでこの話はやめ!(手遅れ)

さて、この曲はまさにタイトルのイメージ通りの侘び寂びを感じさせる曲ですね。
音はほぼピアノと歌くらいで、あとは後ろで蝉の声と、なんらかの細かい音(わかんない)が入ってるくらい。
聴き心地としては弾き語りみたいな感じで、サカナクションとしては逆にとても新鮮です。だって、「サカナクション/茶柱」っていうワードの並びが良い違和感とは言いながらも違和感の塊ですよね。

しかしこういう音数の少ない、歌が目立つ曲だと、この人の声の良さが際立ちますね。うん、いつもはそんなに意識しないけど、やっぱり山口一郎の声は良い声なんです!
「揺れてる茶柱ぁぁ〜〜」っていうとこの伸ばし方とか、「何となく」のぼそっと呟く感じとか、いちいち聴き入ってしまいます。

歌詞は、「打ち消すのではなく受け入れる」というのがひとつのコンセプトらしく、暑い日に冷えた麦茶を飲むんじゃなくて暑いお茶を淹れるとか、悲しい時にテンション上げて紛らわすんじゃなくて一人になって悲しむ、みたいなのが日本の心なんじゃないかと、そういう歌らしいです。

一番の歌詞では茶柱を見つめながら悲しみに浸っている今の自分の姿が描かれます。
二番に入ると、私の想像では彼女と線香花火をしながら何か大切なことを言おうとした過去の光景、に思えるんですが、それが描かれます。歌詞の中で「君」という言葉は最後の最後にしか出てきませんが、きっとこれは「君」と過ごしたとある夏の光景なのでしょう。あんまり歌詞に作者のパーソナルな部分を当てはめて読むのは良くないとは思いつつ、最近の山口一郎がやたらと結婚について話したがる様子を見てると、この歌詞の主人公と「君」との関係は結婚を考えるくらいの恋人だったんじゃないかと、どうしても想像してしまいます。

「ずっと剥がせずにいた心の瘡蓋」と、引きずってきた過去を歌う一番のサビ頭と、二番のサビ頭の「ずっと変わらないと信じてた心は」という叶わなかった未来。同じ「ずっと」という言葉の向きが綺麗に逆向きに対比されているのが憎いですよね。

そして、

揺れてる茶柱
何もいらないはずなのに

このフレーズがやっぱ良い。
はずなのに、忘れられないの、みたいなね。それは、この曲がこれまでアルバムで歌われてきた郷愁というものをもう一度見つめ直すための3分間であるかのようでもあり。
それは失恋ソングによくある強い切なさとか悲しみとかあるいは怨嗟とは違った、受け入れつつ静かに悲しむようなニュアンス。一言では表せないそんな気持ちを、一言で表さずに一曲使って描いてみせた曲なんですね。




6.ワンダーランド

山口一郎がやたらと語るので受け売りで覚えちゃいましたが、この曲の初めに入ってるザクザクという音は雪を踏む音で、札幌を表している。一方最後に入るノイズは都会の雑踏のイメージで東京を表し、一曲の中で札幌→東京という流れになっているらしいです。

超絶個人的な話なんですけど、私は雪を踏む音がめちゃくちゃ苦手なので、この曲の初めで毎度ちょっと悪寒がしてしまうのが残念なところ。片栗粉を触る時も同じような感覚があるんですけど、同じ症状の方いませんか?

というのは置いといて。
軽快だけど力強く歩くようなイントロは、歌詞の内容とも相まって夜明けや解放をイメージさせます。
構成がまた面白くて、長いイントロから始まり、メロに当たる部分は「君は深い」という言葉だけを繰り返すもので、しかし繰り返しながらじわじわと盛り上がる予兆を感じさせていきます。そして、サビはパッカーン!とまさに卵の殻を破るような開放的なカタルシスがあります。

歌詞の内容もまた、これまでの内省的な郷愁の歌たちから一転して、札幌を「蜃気楼」、東京を「ワンダーランド」としてかなりなところ前向きに捉えているような印象を受けます。
イントロとアウトロが札幌→東京を表しているのと同じように、歌詞も1番が札幌から上京したこと、2番が東京で生きていることを描いているように読めます。

一方で、各種インタビューで山口一郎がこの曲のことを、初めてステージに立ったことを童貞/処女喪失に重ね合わせた歌だと語っていたように、童貞喪失を歌った歌としても読めます。
そもそも「童貞喪失」って言い方は不思議なものでして。例えば趣味で初めて釣りをしてみましたっていう場合には「釣りを始める」って言うのが普通なんですよね。だけど、これが童貞喪失のことを「こないだからセックス始めたんですよ〜」という言い方はしなくて、「喪失」と、していない状態が終わるという意味の表現になるんですね。
この歌にもそういう、新しい始まりの喜びとともに、始まる前の状態が終わることへの寂しさのようなものもあって、バチッとあの気持ちを言い表してる気がしますね。
その場合、ワンダーランドというのはやっぱり女性の体を表すんですかね。「流線」にしろ「ナイロンの糸」にしろ、サカナクションって結構そういう歌が多いですよね。むっつりスケベやな。

で、アウトロでカオスなノイズが高まって高まっていって......




7.さよならはエモーション

サカナクション - さよならはエモーション (MUSIC VIDEO)-New Album「834.194」(6/19 release)- - YouTube

スッとこの曲のイントロが始まります。この2曲の流れがめちゃくちゃ好き。
たったかたったかとせわしないリズムが夜に一人で散歩しながらあれこれと考えちゃって悩んでる時の気持ちに合うので、そのまま深夜のコンビニエンスストアまで散歩しながら聴いてました。

歌詞の内容は、過去・現在・未来について。
コンビニでコーヒー買うだけの話をこう書くのが山口一郎のすごいところ。「レシートは捨てた」の「捨てた」を言い方を変えながら何回も言うのは、ぱっと見歌詞の文字数をサボったみたいですが、強調されることで「捨てた」という言葉に聴き手側も意味を読み取ってしまうようになるのが上手いですよね。

曲中では「忘れる」という言葉が頻出します。
アルバムのコンセプトに照らし合わせて聴くと、最初の「忘れたい自分」というのが東京に来て作為性で擦れた自分、最後の「忘れてたこといつか見つけ出す」というのが札幌時代の無作為だった自分、というように、同じ言葉が別の意味として対になっているのも良いですね。




8. 834.194

アルバムのタイトル曲にして7分超の長めのインスト曲にしてアンビエントな感じの一曲です。

サカナクションのこれまでのインストってわりと歌のある曲よりも踊れるくらいのゴリゴリのダンスミュージックでしたが、これはそれらとは違い環境音楽的なので初めて聴いた時は驚きました。
それでも聴きやすいのはさすがですが。
なんかこう、水族館の深海魚コーナーとかでBGMに流れてそう。

実際、海の中を潜水していくようなイメージの音。
タイトルからの連想もあって、東京から札幌まで海を泳いでいくのを想像しました。
この札幌盤に収められた曲たちも、ここまでは東京にいながら札幌を思うような曲でしたが、最後の最後にこの曲で実際に舞台が札幌に移っていくというイメージ。そして、空間とともに時間もまた遡り......。




9.セプテンバー -札幌 version-

834.194キロの距離を泳いできた末に、山口一郎が高校時代に作った曲を当時に近いアレンジで演奏した2枚組大長編のラストを飾るこの曲のところへと漂着するのです。

初期の、フクロウとかアムスフィッシュとかみたいなイメージの、ダンス感もロック感もないフォーク感なサウンド
これまで2枚を通して描いてきた作為性と無作為性の物語は、こうしてサカナクション以前の本当の無作為性を持った曲を"思い出す"ことで幕が惹かれるわけです。
当時の自分への憧れを、飾らずに憧れとして出してしまったといいますか。
そして、アルバム冒頭で「忘れられないの」と歌われた気持ちも、ここに繋がるのではないかと思います。

このアルバム全体を通して聴いた時に、曲の中に出てくる君を女性と捉えればこのアルバムは恋愛遍歴絵巻のようにも聴けて、一方でリスナーや過去の山口一郎だと捉えるならばサカナクションというバンド、そして山口一郎という男のヒストリーの総括としても、1つの壮大な物語として聴けるようになってるわけです。

ただ、この曲の歌詞自体は過去に書いたままのものらしいので、アルバムのコンセプトに寄せるようなことはしてません。それも含めて無作為、というところでしょうね。

サビの

僕たちはいつか 墓となり
土に戻るだろう
何も語らずに済むならばいいだろう
それもまあ いいだろう

というところは、青年らしく死を見つめたナイーブで厭世的な歌詞ではあるけど、でもどこかに死を思うことの安心感のようなものがあり、最後の「ここで生きる意味 捜し求め歩くだろう」というところは前向きなようでもあり......。
一旦、生まれてきてしまったこと自体への諦念を挟んだ上で、生まれてきてしまったからには生きて行こうみたいな、消極的な前向きさがじんわりと沁みてきますよね。
変に明るい前向きな曲よりも全然元気が出るというか、ある種いつか死ぬこと自体が生きる希望みたいな。って言うとsyrup16gになっちゃうけど。

そして、じんわりとシンプルなこの曲を聴き終えた後は、またちょっと作為性のある東京盤を初めから聴きたくなるような、そんな中毒性があったりもして、そして「忘れられないの」を聴くとまた違った感慨も湧いてくる......みたいな。
変な例えですけど、東京盤と札幌盤の2枚が、甘いものとしょっぱいものみたいに片方聴いたらもう片方も聴きたくなる仕組みになってるような気さえするんですよね。
まぁなんせ6年も待たされた分ついつい何度も聞いちゃうってのもあるでしょうけど......。



てなわけで、特に気の利いたオチもないですけど、サカナクションの新アルバム『834.194』の感想を2回に渡って書いてきました......というか、まさか札幌盤の感想がこんなに間隔空いちゃうとは思わなかったけど、まぁ忙しかったり疲れてたりで最近まともに文章を書くことすら困難になりつつあるので許してください......。
サカナクションのこれからの動きに期待するとともに、このブログの今後に不安しか覚えませんがこの辺で筆を置かせていただきます。

では、音楽関連ではスピッツ新作の感想でまたお会いしましょう。ばいちゃ!

井上悠宇『誰も死なないミステリーを君に』読書感想文

フォロワーのチンさんに勧められて読んでみました。

誰も死なないミステリーを君に (ハヤカワ文庫JA)

誰も死なないミステリーを君に (ハヤカワ文庫JA)


人の死の予兆である"死線"が視える女子大生の志緒。主人公の佐藤くんは、彼女のために視線の見えた人の死を回避する手伝いをしていた。
ある時、志緒は高校文芸部の卒業生4人組に同時に死線を視る。佐藤くんは彼らを救うために、人工の絶対安全なクローズドサークルを作ることを目論むが......。



さらっと読めて驚きも感動も詰まったなかなかの良作でした。

人の死の予兆が視える能力を使って、これから起こりうる事件を"誰も死なないミステリー"に変えよう、っていう設定が良いですよね。
能力については「死相学探偵」とか、未来の殺人事件を回避するのは「探偵が早すぎる」「猫柳十一弦」など、ライトミステリで似たような設定の先行作が多々あるのでちょっと既視感もあるんですが......。
しかし、その設定から「犯人も含めた事件関係者全員を救う!」という優しすぎるコンセプトを打ち出しているのはやっぱり素敵でした。


冒頭、志緒の能力と2人の関係性を紹介するために、自殺しようとする女性を救うエピソードがあるんですが、こういう始まり方ってなんか映画みたいで良いですよね。ここだけでもちょっとした短編として読めるくらいにちゃんと面白かったし。


本筋の事件の方に関しては、4人の学生にいっぺんに死線が視えるというところから、全員をまとめて救うために主人公たちの側が「絶対安全なクローズドサークル」を作るという、色々と普通のミステリーをあべこべにしているのが面白いですね。

ちょっと引っかかったのが、本書全体が結局は主人公と志緒の2人の物語でしかなく、死線の出た4人は完膚なきまでにモブになっちゃってるんですよね。
なんかもう、彼らが出てくるところからして身も蓋もないアダ名が付けられて無理くりキャラ付けされてる感じで、最後まで強いモブ感を保ちながら消えていった感じがしました。
その分主人公たち2人に焦点を絞って短い中でいい話に仕立てているので一概に悪くは言えないですが、個人的には彼らももうちょっとなんとかしてあげて欲しかったという気はします。

とはいえ、そういう不満点を補って余りある良さがあったのも確かで。
例えば、伏線の張り方とその回収。
大胆で印象的な伏線を仕掛け、ここぞというところでそれを炸裂させてくるので「あっ、あっ、そっか!」とぶち驚かされました。
なんかこう、何様目線ですけどこの伏線の回収の仕方の律儀さが初々しくて微笑ましい気持ちになってしまいました。

また、会話や一人称の地の文も結構好き。
俯瞰で見てそうな感じの大学生によるすっとぼけた語りって良いですよね。若干のイラっとくる感じとともに楽しみましたよ。


そんなこんなで、なんかこう、細かい部分に粗さはありつつも、とにかく書きたいことを書いたみたいな、そういう青い勢いのある小説なんですね。だから、この語り口や「誰も死なないミステリー」というテーマに共感できる人には刺さる作品やと思います。
個人的にはそんなにドンピシャには刺さらなかったものの、でも読んでて面白かったですね。まぁなんせ私はミステリーは人が1000人くらい死んでなんぼだと思ってるので......。

文化祭の夜みたいな

いつからだろうか、なんとなくネガティブな感情が、常に頭の片隅から多い時には半分程度を占め続けているようになってしまった。

いつからだろうか、なんて誤魔化したけど、シャカイジンになって1週間くらい経って当時好きだったとされる子に振られたことがキッカケに違いないことを私は知っている。


(ちなみに私は大学の時に文章の講義で「君は文法とかはある程度わかってるけど結論がないよね」ってセンセーに言われたくらいなので当然この駄文にも結論はないのでどうか読まないでください)

それは今思えば、というよりは当時既に気づいていたように歌詞にもならないありきたりな出来事だったのだが、恋愛経験のなかった私には自分の存在を否定されたに等しい出来事ではあった。
それからの日々は、夜に近所を徘徊しながらsyrup16gを聴いて過ごした。私の家の近くの少し小高い場所から、隣町にある観覧車が夜になると光っているのが見える。その場所に立って、「結局俺はニセモノなんだ」とツイートした。
ツイッターがあるから捌け口が出来て良かったのか、ツイッターのせいでより鬱々の沼に落ちたのかは分からないが、とにかく私はツイッターsyrup16gの歌詞を写経し続けた。なぜなら私は歌詞が鬱いと言われるバンドをsyrup16gしか知らなかったのでとりあえず形から入ろうと思ってメンヘラになるために聴いてた。
でもメンヘラにはなれなかった。

そして、そんな日々を過ごすうちに、人生の真実に気付いてしまったのです。

「恋愛」も「人生の意味」もないんだ!!

そりゃ当たり前ですけど、私は嫌になるくらい純粋無垢な人間だから、恋に恋して、いつか君こそが人生の意味だと言えるGirlに出会うんだって憧れながら毛皮のマリーズジャンカラで歌いまくってた。
でも私より私と呼ぶべきGirlなんていないし、私以外私じゃないし私は私のことしか愛せない人間未満の棒人間とか犬人間みたいなものなんだと気付いた。

ともあれ、毎日死にたい死にたい生きているよりマシさなんてことだけをぐるぐると考えて、たまにエターナルサンシャインとか観てまた死にたくなったり人間失格とか読んで「俺は太宰治なのではないだろうか」と真剣に考えたりしているうちに、ついにネガティブなことを思っていることが常態と化してしまったんですな。

ただ、私は元々ひどく楽天家ではあるので、人生エンジョイしてる部分と習慣化したつらさとが分離して、例えばオシャレミュージック聴いてノリノリで踊りながら頭の片隅では早く死にてえと思ってたりして、いっそ鬱側に振り切ってしまえたらなんて不謹慎なことを考える自分が嫌なようなどうでもいいような感じに囚われる。

眠くなってきました。
大学生の時、私には部活の友達が文字通り全てで、なぜなら部活以外に挨拶する程度の友人すら1人もいなかった。
3年生の時、文化祭の最終日の夜にそのまま打ち上げ兼3年生の引退式というのをやるのが通例でした。
引退とは言っても翌日からも別に普段通り部室に行くし形だけのことで、でもなんかエモさを感じたり、単にみんなで集まって喚き合うのが酷く楽しくて、その夜たしかに私の脳内メーカーは全て「楽しい」で埋め尽くされていた。

今、どれだけ楽しいことがあっても、いや、楽しいことがあればこそ、「この幸せは終わる」という気持ちが同じくらいに頭角を現してくるため100%になれません。
たぶんもう死ぬまでなれないと思いながら、失くした青春のことを思ってBaseBallBearとかいうクソみたい(に最高)なバンドを聴かなきゃいけないこともつらい。
文化祭の夜みたいなあの気持ち

朱川湊人『いっぺんさん』読書感想文

たぶん高校生の時以来くらいでめっちゃ久々の朱川湊人

いっぺんさん (文春文庫)

いっぺんさん (文春文庫)


別に読もうと思った特別なきっかけがあるわけじゃないですけど、なんとなく彼の作品って夏のイメージだったので今この時期に読んでみました。やっぱノスタルジーの濃密さと、暑くてもさらっと読める読みやすさのイメージが強いためだと思いますが。

で、本書もそんなノスタルジックさがたっぷり詰まってます。なんせ、ほとんどの話に田舎と子供が出てきますから、ストレートにノスタルジーですよ!

また、雰囲気的にはそうやってノスタルジーが通底していてジャンル的にも大まかにくくるとどれもホラー・怪談ではありながらも、話の内容は様々で、普通に怖い怪談からややコミカルなもの、泣ける話まで幅広く楽しめるのも魅力。1話1話は短くてややあっさり目ではありますがコンセプチュアル且つバラエティ豊かでオススメの一冊です。

では以下各話の感想を少しずつ。





「いっぺんさん」

どんな願いも"いっぺん"だけ叶えてくれるという「いっぺんさん」。主人公は、親友のしーちゃんの夢を叶えるために2人でいっぺんさんを探す小さな冒険に出る。


少年の日の友情、自転車での冒険、田舎の祠に祀られた神様......。
前半はそんな絵に描いたようなノスタルジックな一日を描いていて、夏に読みたくなるような美しい光景を楽しめます。
後半は一転してかなり切なめではありますが、しかし暖かい気持ちにもなる結末が良いですね。
ある種ハチャメチャなオチではあるんですが、それだけに予想のつかない驚きがあり、その驚きのテンションがそのまま感動にもなっちゃって泣けるんですよね。
「なんでも一つだけ願いが叶う」という元から都合良すぎるルールを、さらに都合良くしまくった展開ではありながら、お話の作りの上手さのためにご都合主義という感じは薄く、「せめてこれくらいの奇跡はあってもいいじゃないか」と素直に受け入れられるのが凄いですね。
また、本書の最終話「八十八姫」の結末もどことなくこのお話に通じていて、一冊読み終えた時にこの表題作の余韻もまたいっそう広がるあたり、一冊の本としても愛着のわく見事な短編集だとも思います。





「コドモノクニ」

子供を主人公にした、春夏秋冬の4つの結末の無い物語に、ラスト一行でまとめてオチが付くという変則的な構成の作品。


まず、最初に一つだけ文句を言いたいのですが、タイトルとか最初と最後の一行の、ひらがなの言葉をカタカナで書く演出がマジでダサいし嫌いなのでやめてほしかったです......。
まぁそれは置いといて、内容はとても良かったというか、いい意味で最悪でした......。
それぞれのお話は10ページにも満たない短いもので、テーマは子供の身に起こる悲劇というところまで共通しているにもかかわらずそれぞれ全然違う読み味なのが凄いです。

男の子が主役の春と夏は自らの罪の物語。
自分のやってしまったことの取り返しのつかなさに押しつぶされてしまう気持ち、あるいは奇異なものへの嗜虐心と恐怖なんていうのは子供の頃にとっても身に覚えのある感情で、あの気持ちをここまで正確に描き出せる筆力に驚きます。超わかる〜。

一方、女の子が主役の冬と秋は、自分と家族との関係を描いたもの。別に性差とかではないけど、こういう経験は私にはないので男子たちのお話ほど実体験に伴う共感は出来ませんでした。
それでもお話としてはこっちのが一層やるせなくて印象的です。特に秋は最後の話だからか救いがなさすぎてつらい。

そして、本作の目玉(?)である4話同時ラスト一行ですが、これはじわじわ来ますね。
なんせ、だいたいそれしかないという予想通りの一文ではあるので驚きこそないものの、その意味するところは話によって違ってくるし、受け取り方によっても印象が変わるし、想像するほどに味わい深くなる結末です。
結末、というよりも、結末を読者自身に想像させるための問題提起とも言えるような。
一読していまいちかなと思いつつもじわじわと、余韻が広がっていく、そんな作品でした。





「小さなふしぎ」

昭和40年頃、少年だった主人公は、戦争で片腕をなくして"小鳥のおみくじ"で生計を立てる中山さんと出会い、彼の仕事を手伝わせてもらうことになるが、ある日不思議な出来事が起こり......。


少年が、生きるということ、命というものに少しだけ接する経験を描いたお話です。
ストーリーは本書の中でも最も地味なものでしょう。タイトルにある通り、ほんとに小さなふしぎが一つ起こるだけなんですから。
しかし、それだけに最も等身大に感動できるお話でもあると思います。

冒頭のさらっとした説明でもうこの時代のこの町の空気が伝わってくるのがさすが。
そして、狂騒から少し離れたこの町に生きる中山さんという人もまたリアルに浮かび上がってきます。何が正しいのかは分からないけれど、自分なりのプライドを持って生きる彼の姿はかっこいい。この中山さんが、個人的には本書で最も印象的なキャラクターでした。もちろん健気なチュンスケも。

最後にとある実在の人物の名前が出てくるのですが、それでまた余韻が深まるのでずるいですね......。
当時はきっと今ほど情報の量も少なかったから、余計にこういう出来事が人々に大きな衝撃を与えてその人生を変えるようなこともあったんでしょうね。この人についてももっと知りたいという気持ちにもなってしまいました。





「逆井水」

会社をクビになって彼女にも振られたフリーターの主人公が、自分探しの旅に出て若い女ばかりがいるハーレム状態の村を訪れるお話。


本書の折り返し地点ほどのところに収められたこの短編は、怖さや切なさよりも滑稽さの目立つ軽めのお話です。

朱川さんの作品であまりストレートに性的な描写を読んだことがなかったので(だいたい暗喩的な形で出てくるイメージ)、こういうハーレムでヤリまくりというのは新鮮ではありました。
ただ、本書の他の短編と比べるとやっぱり箸休めのように感じてしまうのも正直なところ。

まず、設定がめちゃくちゃですよね。良くも悪くも。
「そんな都合のいい話があるかーいw」というウケ狙いのご都合主義でもあるから、笑えるには笑えるんだけど、やっぱり表題作のご都合主義を感動にまで繋げた手腕を見てしまうと物足りなさはあります。
また、結末も一見ブラックなようでいて普通に羨ましいハッピーエンドにしか思えなくて、あんまり余韻も残らないんですよね。
だからまぁ、さらっと読める箸休めにはぴったりの一編です。





「蛇霊憑き」

年の離れた大切な妹を何者かに殺された主人公が、刑事に向けて妹が"蛇女"を自称するに至った顛末を語っていくお話。


というわけで、こっから本書の後半戦。
ここまではどちらかというと切ない路線の話が多かったですが、ここからは怖いです。

この話は、まさに蛇のようにぬるぬるしてつかみ所のない怖さが味わえる逸品。
妹が蛇になったと自称し、奇妙な言動が増えるも、確信に至るにはちょっと足りないものばかりで結局何が起きているのか宙ぶらりんな状態が良い意味でとても気持ち悪いです。
そういう正常なのか異常なのか分からない怖さ......というのが常にあるんですが、結末でそれがこういう形で現れるのも厭ぁな感じで最高です。
あと、悪夢のようなとある夜の場面が非常に恐ろしい。これを映像で見たらB級っぽくて笑えると思うけど、文章だと夢に出そうな怖さ。こういう映像にはできない説得力は小説の醍醐味かもしれんですね。





「山から来るもの」

母親が恋人と過ごすクリスマスを邪魔しないようにと、中学生の阿佐美は田舎の山奥にある祖母の家を訪れる。その夜、彼女は祖母が奇妙な人影のために残飯を供える場面を目撃する。そして......。


田舎を訪れてそこで怪異に遭遇するという王道な怪談の形をしていますが、怪異だけでなく人間ドラマとしても恐ろしい傑作。
なんせ、主人公の家での母親と恋人がいるという状況や、祖母の家での叔母と祖母の力関係など、怪異が現れる前から人間関係の嫌なところがバリバリ出てて、怪異を受け入れるためのダウナーな気分の下地を作ってくれてます。
そして、ついに出てくる怪異もまた気持ち悪くて、川原の場面はやはりトラウマ級。
前話に続いて、こういう恐ろしい光景を描くのもうまいってとこを見せつけてくれますね。
しかし、ラストはやっぱりもっと心理的に深いところでの怖さで、突き放されるような嫌な余韻が後を引きます。
(ネタバレ→)ババアの優しいセリフのたった4ページ後にはもうこの結末ってのがまた残酷。この結末の後にも、「コドモノクニ」のラスト一行を付け加えられそうですよね





「磯幽霊」

作家の主人公は、叔母を見舞いに行った際にとある海岸で奇妙な女を見かける。


作家が主役なので実話系怪談のようなリアルな読み心地のある正統派な怪談話です。
とはいえ、幽霊を見かけるまではほんの序盤に過ぎず、その後の後日談の部分がメインになって、やがてやるせない物語が浮かび上がってくるところは切な系ホラーの名手の面目躍如たるところでしょう。
とまぁ、これ単体でも十分にステキな怪談ではあるんですが......。





「磯幽霊・それから」

この後日談が怖すぎてやばい。
磯幽霊の件から数年後を描いたお話なんですが、「磯幽霊」という短編本体からは想像もつかない方向に向かってしまい、全く異質のおぞましい物語が姿を現します。
なんかもう、切ないホラーの名手とか思ってたのにこれほどのヤバい話を書くんだな!?と半分キレそうなくらいのおぞましさ。
一番怖いのは、これだけ怖い心理に共感できる部分もあるところ。そして、ラスト一行もまたなんとなく分かってしまうところ。
この後日談の方こそ、人間の深淵を描いてしまった最悪の傑作です。





「八十八姫」

今はもうない、山奥にある故郷の村。"八十八姫さま"を信仰するその村で過ごした少年の日々に、淡い想いを寄せた"君"のことを描いた泣けるホラー。


うん、さすがに「磯幽霊・その後」のあの最悪の後味で本書が終わるのはまずいということか、最後はまた切なさ全開のお話を持ってきましたね。

山奥の村の恐ろしいしきたりがテーマのお話なんですが、主人公がすでに現代っ子な世代でその蛮習を否定しているっていう、新時代への過渡期のような時期が描かれているのが独特ですね。
その上で、どうすることもできないもどかしさが、初恋特有の苦さと共に胸を締め付けてきやがります。
回想の結末は本当にどうしようもない気持ちになりますね。
しかし、その後の本当に最後の最後のくだりでまた泣かされるからずるいよ。これはずるい......。つい、とあるヒットソングのことも思い出しちゃいますが、まさにあの世界観ですよね。
しかし、この結末を受け入れるということは、(ネタバレ→)いつか、"君"が八十八姫になってから八十八年が過ぎた時に、この山の麓に出来た小都市にどんな災厄が降りかかるかも分からない、という、最悪の未来図もまた頭をかすめるということ。泣けるっていうことの裏に、そういう怖さも隠し持たせる見事としか言えない結末ですね。これまた傑作。
あと、表題作の感想でも書いたけど、しーちゃんとハスミにどことなく通じるものがあって、この話を読み終えた時に表題作のことも思い出し、そこから数珠つなぎに本書の各話の余韻がちょっとずつ蘇ってくるという構成が見事。



という感じで、切なさから怖さまでを縦横無尽に行き来する著者ならではのホラーワールドを堪能できる素晴らしい一冊でした。

今月のふぇいばりっと映画〜(2019.7)

7月はめっちゃ映画観ましたねなぜか。



トゥルーマン・ショー
スリザー
ラストベガ
セブン
メリーに首ったけ
愛と青春の旅立ち
ネクロノミカン




トゥルーマン・ショー

トゥルーマン・ショー [Blu-ray]

トゥルーマン・ショー [Blu-ray]


海に囲まれた街に暮らす平凡だが幸せな男トゥルーマン。しかし、彼の人生は生まれた瞬間からリアリティ番組として24時間全世界に配信されていた。街はセット、妻も友人も通行人も全て役者。知らぬは本人ばかりなり。しかし、とあるきっかけで世界がおかしいことに気付き始めたトゥルーマンは......。


という、設定からしてめちゃくちゃ面白そうな作品ですが、実際めちゃくちゃ面白かったです。

まずもって、ジム・キャリーの魅力よ。
私がはじめて彼を見たのはたしか「エース・ベンチュラ」で、腹抱えて笑ったもののあまりの顔芸のクドさにだんだん鬱陶しくなってしまったのですが、その後「エターナル・サンシャイン」で見せたシリアスな演技ですっかり参ってしまったわけで。
いつものふざけた演技はそれこそマスクで、素のジム・キャリーは深い孤独と憂いを抱えている......かどうかは知りませんが、エタナルでそういうイメージを持っただけに余計、本作のトゥルーマンに空虚なものを感じてしまい、ついつい見入ってしまいました。

自分が観られていることに気付かず暮らすトゥルーマンの姿をコメディタッチで描いていきますが、そのユーモラスささえホラー。自分の人生が作られたもので、実はみんなに観られていたら......なんてことは誰しも想像したことはあるでしょうが、それを物語にしてしまうとこんなにも怖いものなのかと震えました。
街のいたるところに「飛行機に乗ると墜落するよ!」「地元最高!」みたいに外に出たくなくなるように、情報さえ管理されて与えられているというのが怖い。
そしてまた恋愛さえも与えられた女性との与えられたロマンスを演じさせられる。自らの意志は潰され、操られていると気付かぬままに操られている。

恐ろしいのが、この状況が利益だけではなくある程度の善意で作られていること。トゥルーマンに理想の人生を与えてやっている製作陣、彼を愛し見守っている観客たち。そんな動物園の檻の中の絶滅危惧種みたいな扱いが恐ろしい。
そして、一番恐ろしいのは、自分もまた観客であり、それを知らぬが仏と思ってしまう自分もいること。
だって、自分の人生がテレビ番組だと知らないままお膳立てに従って理想のホームドラマを演じて死んでいけたら、それはそれで楽でいい人生なんじゃないか......?という問いを突きつけてくるのです。自分で選んでもこんなゴミみたいな人生を送る私からしたら羨ましくさえあるよ。

それでも、気付いてしまえばそれはもうカタストロフ。中盤からの、世界がバグる感覚はもう完全にホラー。
ただ、あり得ないような出来事が次々と起こっていくのは映像的には不思議でとても面白くて怖いけど目が離せない。
なんて言ってる間に怒涛のクライマックスからのラストシーンがヤバイっすね。だって、普通に生きててあんな状況を経験するなんてあり得ないっすから、未知の感情との遭遇ですよ。冒頭の平凡なホームドラマからラストシーンまでの飛距離に驚きながらも、祭りの後のような奇妙に静かな満足感もあって、改めてなんてものを観てしまったんだという感慨があります。

うん、なんてものを観てしまったんだろう。これはなんだったんだろう。
自分とは何かという哲学的な問いかけでもあり、世界が崩壊するホラーでもあり、ショービジネスを皮肉った社会派ドラマでもあり、運命の恋を追いかけるラブストーリーでもあり、世界を変える神話でもあり......なんかもう、あらゆる感情が詰まりすぎていて圧倒されるほかないのですが、あえて一言で言い表すならばこうなるでしょうね。

そう、めっちゃエモい!




スリザー


とある田舎町に隕石が降ってきた!
妻のスターラと喧嘩をしたグラントは気晴らしに散歩してるところを隕石から出てきた地球侵略を目論む宇宙人に寄生されてしまい......。

これは思わぬ掘り出し物でした!
肉塊系グチャドログロテスクエイリアンSF(ややコメディ)の皮を被ったドロドロ三角関係ラブストーリー。ただし皮を被りすぎてほぼ皮しか見えない!


いやもうグロい......ってゆーかキモい。キモすぎ!
わりと早い段階で既にキモグロ肉塊火星人になってしまった夫の衝撃映像が流れるスピード感に好感。さらには肉風船bomberナメクジ型ペニス大量発生ズルムケちんぽこパニックに生理的不快感が行き過ぎた謎の快感で爆笑と吐き気の同時責めされたらもう敵いませんよ〜〜。
スリザーってのはずるずる滑るって意味らしいですが、まさか粘液まみれのちんちんがずるずる滑るってお話だとは思わず笑いました。
でもこのちんこナメクジの鳴き声(?)とか動きに妙に愛嬌があるのもウケました。口から入ってくるってのは最悪ですけどね。

あと、風呂場のシーンとか、終盤で大人気のあのジャンルが入ってくるとことか、ホラー映画愛に溢れるパロディとしても絶品でしたわいね。いい意味で既視感のあるシーンも多くて「そうそうこれが観たかったのよ!」みたいな!


......しっかしそういう肉肉しいモンスターパニックやホラーパロディの皮を剥いてみれば、現れるのは嫉妬の恐ろしさと切なさを描いたズルムケのラブストーリーだから驚きです。これ、どっち視点で見るかでごそっと印象が変わりますけど、そういう愛の視差の恐ろしさもテーマなのであろう、シンプルにして普遍的な恋愛映画でした。
ラストは二重の意味で泣けちゃったりなんかもして、うん、まさかの感動作......。

てなわけでクソホラーかとナメていたらあれやこれやと振り回されてなんかヘンなとこへ連れていかれちゃう素晴らしき官能純愛異星人侵略肉塊映画でした。文句なしにオススメ!




ラストベガ

ラストベガス(字幕版)

ラストベガス(字幕版)


幼馴染で60年来の友人であるじいちゃん4人組。
そのうち1人だけ長らく独身だったビリーが若い女と結婚することになって、ベガスで4人組で婚前パーティ!でも妻を亡くし失意に暮れるパディは、ビリーとの間に深い確執を抱えていて......。


超豪華老人会による、下ネタ満載だけど最後はほろっとくるエンタメ純度100%のハイテンションコメディっす。

最初、ビリーが友人の葬式で散々アメリカンジョークをぶちかました後で小娘にプロポーズするシーンで爆笑しちゃえば後はもうハマります。

いったいこういうアメリカのコメディはどうしてこんなに愉快痛快なのか。この人たちがドヤ顔でアメリカンジョークを繰り出すたびに「うへへっ」って声出ちゃう///
若い男を脅すくだりなんて、「アンタッチャブル」観てたら「マジやん」としか言いようがなくて恐ろしかったですw
あとベガスだけあって巨乳美女たちが水着でたくさん拝めるのも素晴らしい。普段辛気臭い映画ばっか見てるけどたまにはこういうハッピーなのもいいっすよね。

でもそんな中にもドラマはやっぱりあって、人生を知り尽くしているようでもあり、ずっと子供のままのようでもあるような彼らが今再びの青春模様を繰り広げる様には胸を締め付けられたり、お祭りの後の寂しさっていうあの感覚に泣きそうになったり......。分かりやすく青春のエモをぶちかましてきてくれてサイコーです。

そして、エンディングがセプテンバーなのも嬉しい。踊りました。




セブン

セブン (字幕版)

セブン (字幕版)


新人刑事ミルズと定年前の最後の一週間を迎える刑事サマセットのコンビは、七つの大罪に見立てた猟奇殺人の捜査をしていくが......。


2回目の鑑賞。筋は知っていたものの、改めてモノスゴ過ぎて震えました。人智を超えた超傑作です。

まずもって映像がカッコ良すぎます。
暗くて鬱々としてて、雨が印象的にもかかわらず変にじめじめとはしすぎないスタイリッシュな画面に釘付け。

メインキャラは主役の刑事2人とブラピの奥さんの3人だけ。だからこそキャラの描き込みがしっかりしてるんだけど、でも説明的にはなりすぎてないのもいい塩梅。
奥さんがモーガンに相談する場面とか、人間臭すぎて好きすぎました。

事件の写し方についてはエグい見立て殺人のわりに淡白で、たぶんこの監督、ホラーとかミステリーをやることに興味ないんだろうなぁと思わされますが、それがいい方に出てるというか。
私なら七つの大罪の見立て殺人ならもうここぞとばかりにグロい死体とか密室トリックとか犯人当てとか盛り込みたくなるところですが、そういうゴアや謎解き要素は皆無。
むしろ周到におぞましいことをやってのける犯人の冷静さ、ただのサイコ野郎じゃなさそうなことが怖いという感じ。


そして、そんな犯人がついに出てくるラストはもう本当に衝撃。
何から何までキマりすぎてます。今まで神とか悪魔とか信じてませんでしたけど、こんな見事な脚本が書けるのはそのどちらかしかいないのでは。少なくとも、人間が書いたのではないと言い切れます。
この予想外にして納得のオチの上手さ自体がどんでん返しとして衝撃的な上に、それが単なる驚かせるためのどんでん返しではなくて、本作における「人生とは?」というテーマそのものでもあるわけですから。この上手さは人智を超えてますよ。

なんかもう、これは好きとか以前の問題として、ヤベえっすね。
あとエンディングがボウイのハーツフィルシレッスンなのに今回初めて気付きましたがカッケェよな。




メリーに首ったけ


キャメロン・ディアスマット・ディロンと大スターが出てるから、ゆってもそれなりにまともな映画だと思ってたらクソほどお下劣なアメリカン・シモ-ジョーク・コメディだったのでびびりました。

発端となる出来事からしてちんこ見えましたからね。作り物とはいえ、ちんこがモロ出ましたからね!


高校時代、奇跡的にプロムに誘えたものの一緒に行くことができなかった美少女メリー。あれから13年、彼女のことを忘れられないテッドは探偵を雇いマイアミにいるというメリーの居場所を突き止めようとするが......。
というお話。


もう、とにかくキャメロン・ディアスが魅力的すぎてやばい。
こりゃ画面越しに観てるだけで首ったけになっちゃったから実際に身近にいたら100億千万%首ったけですよね!
どうでもいいけど、子供の頃は首ったけの意味を知らずにメリーちゃんという女の子が首だけになっちゃうホラーコメディだと思ってました。あんな無垢な頃に観なくてよかった。むしろ観てても何も分からなかったか......。

もう、とにかくキャメロン・ディアスが魅りょ......って、これはさっき言ったか。何回でも言いたくなるくらい可愛いんですよ惚れたわ腫れたわまじ卍インスタ映え

で男たちもこれまたどいつもこいつも個性が過ぎますよ。観てるぶんには爆笑しつつも「リアルに知り合いでこんなやついたら殺してるわ」ってくらい最悪なやつらばかり。でも映画の中では憎めないから映画って本当にいいもんですねぇ〜。

あと、とにかくキャメロン・ディアスが魅力的すぎてやばい。
たぶん静止画ならそこまで(いや、もちろんめちゃ美人なんですけどまだしも)首ったけとまではいかないだろうけど、その表情が動くと男はぶち抜かれるんだよハート。そう、本作に出てくる男たちは最悪だけど、たしかにどんなことをしてでも手に入れたくなるあの笑顔はプライスレスですよ。

そして、とにかくキャメロン・ディアスが魅力的すぎてやばい。
ジャケ写の髪型の誕生秘話とかクソわろいはしたんですけど、キャメロン・ディアスにあんな......って何だか酷く主人公が羨ましくなつてしまつたんですよね。ああ、あんな神をも恐れぬ......あれ、されたい!!()

てなわけで、ほぼほぼキャメロン氏の魅力でぶちかましてる映画ではあるんですが、ギャグも悪い意味で面白く、ラブストーリーとしてもシンプルにいい話なのでサイコーでしたわ。

うん、俺もメリーに首ったけ💫




愛と青春の旅立ち


母を亡くし、娼婦に溺れる父親の元で育ったメイヨが、人生を変えるために士官学校に入り、製紙工場で働くポーラと恋に落ちていくお話。


メイヨが過ごす士官学校の卒業までの厳しい13週間を軸に、恋愛、友情、上官との関係などが描かれていく非常に重層的な人間ドラマです。

なんせ、色んなことが描かれるし色んな人が描かれるから、一言で言えば「一言で言えない」というタイプの作品です。

近所のTSUTAYAに行くと、映画ってのはたいていホラー、コメディ、青春、ラブストーリー......みたいにジャンル分けされていますが、人生はジャンル分け不可。棚分けしようとすんな、終わらないPOVだ、曖してくのさ曖してくのさ、なんてベボベが歌っていた通りでありまして。
恋も訓練も友情も親もあるし恋人も友達も仲間も上官も恋人の家族も街のチンピラも色んな人がいて、それらが全て複雑に絡み合っているのが人生というもの。

だからなんつーかまとまった感想は書けないけど、とにかく喜怒哀楽あらゆる感情が詰め込まれてて、いくつもの印象的な場面がそれぞれバラバラに胸に残るようなイメージの後味ですかね。
ただそんな中でも個人的にはこの世代のリアルな恋愛事情が刺さりましたね。時代こそ違え、共感できる部分は多々ありました。
そしてやっぱり有名なラストシーンは色々もにょもにょと後を引きながらも胸キュンでしたね。
あと、教官がめっちゃいい奴だった。なんの関係もないけど『セッション』のクソハゲとの格の違いを思ってあのハゲやっぱクソやったな〜と謎の実感を深めました。




ネクロノミカン

ネクロノミカン [DVD]

ネクロノミカン [DVD]


ラヴクラフトを原作に、3人の監督が愛とグロを描くオムニバスムービーです。

まず、ラヴクラフトが"悪魔の書"を邪教の教会みたいなとこの図書室で見つけるという枠の部分は、第3話も手がける我らがブライアン・ユズナが監督。
プロローグこそありがちなものの、エピローグの方ではさすがの悪趣味さを見せてくれました。
そして各話については以下に......



1.The Drowned
サイレントヒル』のクリストフ・ガンズ監督。
妻子を失った男が人体錬成に挑むお話です。

いつの世でも人体錬成に犠牲はつきものでありまして......。愛の深さゆえに悲劇になってしまうという物語によよと泣きつつもクトゥルフと聞いて真っ先にイメージするタコさん聖人の登場にはやっぱテンションも上がっちゃうし泣きながら「うへへタコさん可愛い〜」ってなりましたね。退屈な前半をぶっ覆すラストの狂騒的ぬるぬるバトルが最高。



2.The Cold
デスノート』の金子修介監督。
若い女性が寒い部屋に住む医者のおっちゃんと恋しちゃうお話。

クライマックス以外グロ度は控えめながらお話が一番ちゃんとしてて、一番真っ当に面白かったです。
おっちゃん医者が良い人なんだけど抱えている秘密のために恋は悲劇的に終わってしまうというのが切ないですね。
で、その恋の終わり方というのがクライマックスでグログロのドロドロ。ほんとに、どろどろりんって感じでぐちゃどろりんです。
そして、その後の枠部分の結末も分かっちゃいながらなかなか衝撃的で、その怪奇な切なさの余韻がまじじわりました。



3.The Whisper
『死霊のしたたり』シリーズのブライアン・ユズナ監督。

警官のカップルがカーチェイス中に事故って、男の方が何者かによって近くの廃墟に連れ去られてしまう。女の方が追いかけると怪しい老人がいて犯人は"ブッチャー"だと語るが......。

一番ぐちゃぐちゃどろりん。
ストーリー性は一番薄いんですけど、とにかくグロい。そもそも舞台がなんか胃の中みたいなぬるぬる壁の地下室だし、人体を切断して切断面から髄液を吸ったりしちゃいますからね。最高にハッピーな気分になれますね♪
ありがちではあるけど、あの絶望的な演出も好き。赤黒と白のギャップの残酷さが堪らんす。



そして、再びラヴクラフト氏の図書館パートに戻ってエンド。
ここのハゲ僧侶ズルムケ事件がもしかしたら本作全体のグロ描写の中でも最も好きかもしれません。爆笑ものです。金庫の閉まり方も中二病感満載で最高!
どうも全体にラヴクラフトの原作の要素は薄いらしいですが、B級スプラッタホラーとしては最高に面白かったのでそんなことはどうでもよく素晴らしい作品でした!

三田誠広『永遠の放課後』読書感想文

夏です。夏ですよ。July she will flyですよ!

夏になると読みたくなるのが、青春小説。
積ん読の中から一番青春っぽいのを探した結果が本書でした。

永遠の放課後 (集英社文庫)

永遠の放課後 (集英社文庫)


まず、章題が良いんですよ。

これ見ただけでもう胸が締め付けられませんか?


もちろん、内容もやっぱりエモいっすよ。

主人公は、ギターだけが趣味の大学生、笹森ヒカルくん。
本書は、彼が中学時代から抱き続けてきた親友の恋人への恋心と、彼が「青い風」というバンドの復活ライブに参加することで音楽の道を志すようになる様の2つを軸にした、青春恋愛小説です。


冒頭、中学時代の話から物語ははじまり、序盤は紗英という少女に恋をし、彼女の恋人らしい杉田という男共親友になってしまい、3人でギターを弾き歌うというような場面が描かれていきます。
三角関係の話ではあるものの、笹森くんは恋にも友情にも真摯で、その純粋さは切ないと同時に羨ましくもなってしまうものです。

中盤以降は、大学生になった彼が、ボーカルを亡くした青い風というバンドに加わる話なのですが、このバンドの中でも、死んだボーカルとリーダーの築地という2人の男が共にサイドボーカルのヒミコに惚れていたという三角関係が明らかになっていき、さらには笹森くんの両親もまた......というように、なんと3つもの三角形が現れてしまうなかなか凄い小説なんですね。
なんですけど、この大人たちもやはりみんな真摯な人たちなので、これだけこんがらがった人間関係が描かれるにも関わらずドロドロ感が一切ないのが一番すごいですね。
それだけに余計に切なくもなるんですけどね......。

また、この大学生になってからの、中学時代から遠くへ来てしまった感じというのも凄くリアル。
すでに大学生ですらない私のようなおっさんからするともう痛いくらい。
中学時代にカースト上位にいたなんでも出来る親友が、大学生になってなんでも出来ることはなにも出来ないことだと気付いてしまうくだりとかね、つらい。
一方主人公はもとから低いところにいるから案外如才なくマイペースにやってるけど、やはり自分がなにをしたいのかが分からない。
そんな、アイデンティティや存在意義、いわゆるひとつの「僕って何?」状態に陥る彼らの姿に親近感を覚えます。というか私なんてこの歳になってもまだそんなようなこと言ってますからね。はは。



で、それと、音楽の描写が良いです。
あんまり専門的なことは描かれず感覚的な描写が多いので、ギターとか触ったことない私にもライブの高揚感とかデュエットの緊張感や気持ち良さなんかも伝わってきて、読んでて楽しかったし「青い風」のアルバムを聴いてみたくなっちゃいましたね。
また実在の曲もいくつか出てくるんですけど、ビー・ジーズ(ステインアライブとかの路線になる前)やサイモンとガーファンクルといった知ってるけど超メジャーではない絶妙なチョイス。ああいう1970年前後くらいのアコースティックでスロウで切ないフォーク・ロックのイメージが作品の淡いトーンにぴったり合っていて、Apple Musicでそのへんの曲聴きながら読みました。

そして、詳しくは書きませんがラストも素敵。
なんかこう、まだ若い彼らにはその後があって、そういう意味ではここはゴールでもなんでもない通過点ではあるんですけど、でも一つの物語の結末としてはぴったり絶妙にここで終わりな感じなんですね。

『永遠の放課後』

このタイトルが改めて胸に迫ってきて、これまで読んできた物語が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、その余韻の中であの名曲たちのメロディもまた頭の中に流れ出し......うん、最高でした。


なんていうか、私には中高の頃にこんな甘酸っぱい経験がなかったけど、恋愛経験自体はなくもないので、こう、「こんな学生時代を送りたかった!」という羨望と「わかる!!」という共感の両方でエモ散らかしちゃうんですよね。はぁ......。

とりあえず夏なのでまたいくつか青春小説を読んでいきたいです。

今月のふぇいばりっと映画〜(2019.6)

はい、先月のふぇいばりっとは以下の5本!
あんま映画見れなかったけど観たのが結構面白いの多かったのでラッキーでした。ではでは。




ブルー・ベルベット
パターソン
ライフ
11:46
カランコエの花




ブルー・ベルベット


野原で人間の耳を発見したジェフリー。それを届け出たことがきっかけで刑事の娘サンディと親しくなり、事件に関係していると思われるドロシーという女のアパートに忍び込む。そこでフランクという男とドロシーの倒錯的な行為を目撃したことで、ジェフリーは徐々に事件の渦中に巻き込まれていき......。


アンダー・ザ・シルバーレイク』のパンフとか見たら『マルホランド・ドライブ』の影響がデカイとか書いてあったけど、むしろこれやないですか!
なんかへにょっとしたちょいキモいイケメンの主人公が色々覗きまくったり夜道を散歩したりするっていう......。
また、本作は一見シンプルなサスペンスの筋立てなんですけど恐らくそのテーマは表と裏というか、表面と水面下、みたいな、それこそシルバーレイクの下には......みたいなニュアンスのお話なんですよね。
絶対これのが下敷きにしてるよ〜。


てわけで、そう、筋立て自体はかなり分かりやすく、好奇心から誘拐事件に巻き込まれた主人公が解決のために動かざるを得なくなる......みたいな感じで、美女の登場やヤバい敵キャラが出てくるのも描かれ方こそ個性的ですが王道な展開。
ラストもぱっと見「イイハナシダナー」くらいの爽やかさで逆にびっくり。

しかし、そんな爽やかっぽいラストシーンで描かれるアレがアレをアレしてるというのが本作のテーマを象徴しているようで......。
牧歌的な日常の中で耳から悪夢に入っていき、耳から悪夢よりの生還を果たしたようでいて、もう世界はそれ以前には戻れない......みたいな、シンプルなんだけどやっぱり捻くれた演出がエグいっすね。

で、その悪夢の中身というのは、ほんとに倒錯的なのに観ていてついつい引き込まれてしまう異様に美しい映像な訳ですから。それに好奇心を抱いて悪夢の世界に引きずり込まれてしまったらそれが最後......それこそ『アンダー・ザ・シルバーレイク』の主人公のようになってしまいそうで恐ろしい作品でしたよ......。




パターソン


パターソン市に住むバス運転手のパターソン。愛する妻と暮らし、日々心に浮かぶ詩を書き留める彼の1週間を淡々と描いた作品です。


月曜日、妻と眠っている主人公がベッドの上で目覚めるところから始まり、火曜日、水曜日と似たような毎日を繰り返す構成。
しかし、日々は同じことの繰り返しのようでいてほんの少しずつ違います。そして、そのほんの少しによって毎日は特別な一日一日の積み重ねになっていく......というようなメッセージが込められてるんですから、優しいですよね。

日々に起こることには特に山もなくオチもなく、行きつけのバーでおしゃべりしたり、詩人の少女に出会ったり、妻がギターを始めたり......そんな些細なことばかり。
でも、映像や会話がとにかくステキだから全然飽きずに観ちゃうんですよね。たら〜っとだけど。コーシーを飲んだりごろごろしながらね。

主人公のパターソンは詩を書いていて、仕事の場面などでその詩がモノローグみたいな形で出てくるんですけど、彼の詩もまたこの映画のように日常の尊さを感じさせるもの。逆に言えば、この映画自体が一冊の詩集のようでもあり、観終わった後にお気に入りの場面を頭の中で再生しながらちょっと元気が出るような、そういう効能があります。

私は奥さんが壁に模様を描いてるシーンが印象的でした。あんなオシャレ生活をしたいよね。あと、ブルちゃんが可愛かったです。ブルちゃんの可愛さをはじめて知りました。
あと、カーラ・ヘイワードがモブで出てるんですけどめっちゃ可愛かったです。どタイプなのでビッグになってほしい。




ライフ(2017)

ライフ (字幕版)

ライフ (字幕版)

SF映画を見ていて、誰もがこう思ったことがあるはずです。
「なんで宇宙人って地球人と同じフォルムなん?」

あるいはサスペンスやパニック映画を見ていて「あぁ、もう、こいつ自己中すぎ!」「なんでそこでそうするの!頭悪すぎ!」と思ったことも幾度となくあるはずです。

6人の宇宙飛行士が火星で発見した生命体に襲われるという筋立ての本作は、そんな映画ファンのつっこみどころあるあるを完封してくるリアルなエイリアン・パニック映画なんです。

まず、エイリアンの姿が人型じゃないのが面白いです。
まぁかの『遊星〜〜』も人型ではないけど、あれは人に入りますからね。本作のカルビンは、人型じゃないけどそいつ自体と戦うっていう即物的な恐怖ではあるんですよね。それは例えば水族館でタカアシガニを見て「こいつに襲われたら絶対殺されて内臓食われるな」って思うみたいな、そういう怖さがあります。
なんせ、カルビンはすべての細胞が目であり脳であり筋肉、ですからね。脳みそが筋肉でできているとはまさにこのことでしょう(違)。
グロ描写も刺されたり食われたりとかじゃなくてもっとエグいっすね。とはいえグロいのはわりと前半だけで、後半はどんどんサスペンス性を出す方にシフトしていきます。

で、ここでキャラ造形のことなんですが、この6人の乗組員について、うだうだと人物描写がされることはないけどさらっと出てくるセリフやエピソードでなんとなくどんな人か分かってしまうのが上手いです。
全員が真っ当な知性と自己犠牲の精神を持ったいい人たちなので、1人のわがままで和が乱れたりする苛立ちもなくかなり感情移入して見ることができるようになってます。
だから、人が死ぬ時もいちいち結構ショッキングな感じで「あいつやっと死んだわ〜↑」みたいなテンションにはならない。
好き好きですけど私はこういうシリアスなB級映画っていう違和感が素敵だと思いましたね。

そして、ラストも想像通りではあったもののやはりインパクトは強く、カルビンちゃんの触手的なフォルムのせいでなんとなーく某作を思い出したりもしてしまいます。

脳筋バトルアクションは好きじゃないけどB級パニックは好きな私みたいなのにはちょうどいい塩梅の野心作でした。




11:46

11:14 [DVD]

11:14 [DVD]


これはやられましたね。

地下鉄の中で突如新興宗教団体の信者たちが乗客を殺し始め、主人公らまともな人々が地下トンネルの中を逃げ回るっちゅうパニックサイコスリラー。


(フィルマークスの点数ってのはあんまり信用しすぎても痛い目見ることがあるんですけど、これもその典型的な一例でした)

ミステリ映画の本で、確か三津田信三だったかが紹介していたので気にはなってたんですが、いやはや面白かったです。


地下鉄(のトンネル)って舞台がまず良いですよね。見知らぬ他人が居合わせる場所としても説得力があるし、暗くて狭い閉塞感もあって、何より外の様子がわからないから「ここで助かっても外の世界はもう終わってるのでは?」という恐怖も追加されますからね。

で、こういう知らない同士でパーティーを組む感じのやつ好きなんですよ。シャマランの「ハプニング」とか。そういう居合わせた人たちがそれぞれ意見を戦わせたり疑心暗鬼になったり協力したりするっていうだけでなんか物語のロマンを感じますよね!
本作も、主人公を含む狂信者じゃない人たちのパーティーでそれぞれキャラが立ってて入り込んじゃいました。

それ以上に、敵側のキモい青年がめちゃくちゃ良い味出してます。こいつわりとクズではあるんですけど、宗教上の理由で童貞なんだけど今から世界が終わるって時に女とヤってみたい!という、信者側の規範からも外れた立ち位置が美味しいし何より男としてその気持ちは分かってしまうから!最初はなんだこいつと思ってたけどだんだん嫌な奴ながら愛着が湧いちゃう、良い悪役でしたね。


で、スリラーとしては、ゾンビじゃないけどゾンビパニックものなんですよね。言葉は通じるとはいえ、話が通じない集団の殺人者たちというのはまさにゾンビみたいなもん。もちろん人間だから走る!28日後みたいな!
そして、主人公たちの側の、狂信者たちを殺すことへの葛藤はゾンビ以上にあるわけで、それがあるだけで不利になるのがまたスリラーとしては美味しいですよね。

で、最後の方まではそんな感じでアクション気味にくるわけですが、ラストまで見ると大抵の人はぽかーんとしちゃうんじゃないでしょうか。
なんせ、これなかなか分かりづらい仕掛けになってて。
詳しくは書けないけど、私も最初見たときは分からなくて単に後味悪い系だと思って見ちゃったんですよ。なんせ、単純な後味悪い映画だと思ってもそれはそれでとても面白いオチなんですからね。

ただ、他の方のレビューのヒントを見て、え、そういうこと?と思って最初から見返して、その周到さに舌を巻き巻きしちゃいましたよ。これは凄え!凄えけど分かりづらっ!

私はたまたま他の方のレビュー見たから良かったものの、気付かずに見てたらたしかに評価も半減でしょう。そりゃ低評価なのも納得ではあります。
ただ、伏線の張り方とかが分かりづらいけど、話の内容自体は難解とかではなくスッキリ分かるものなので、「なんだこの終わり」と思った方にはもう一度最初の方だけでも見返して違和感の正体に辿り着いて頂きたいですね。

というわけで、ミステリ映画のようにも見れるアクションパニックスリラーという私好みかつ贅沢で捻りの効いた傑作でしたよ。好き!


ちなみにめちゃくちゃ関係ないけど似たタイトルの「11:14」というドタバタコメディミステリもかなり面白かったのでついでにオススメしときます。




カランコエの花

カランコエの花

カランコエの花


とある高校のクラスで突然行われたLGBTの授業。
「このクラスにそういう奴がいるんじゃね?」
クラスの中心的な男子生徒は、遊び半分で犯人探しのようにその生徒を探そうとし......。



39分間という短さで真正面から差別問題に切り込んだ作品。
おそらくこの短さは実際に高校や大学の授業で流せるサイズという意図なのではないでしょうか。短いからこそ鋭く、強く、問いかけを投げかけてくる傑作です。

凄いのは、このテーマを描ききるために様々な演出上、脚本上の技法が非常に効果的に使われていて、ある種物語作りのお手本みたいな作品でもあること。

例えば、作中であえて「この人がLGBTなんじゃないの?」と思わせるレッドへリングをいくつも忍ばせることで、無意識に観客である我々もまた「誰がLGBTなのか?」というフーダニットに参加させられてしまう。それによって、そういう人を特別な存在として意識してしまっている自分を浮き彫りにされるわけです。

また、セリフが台本にあるものとアドリブのものとがあるようですが、アドリブ部分でいい意味で素人っぽいリアルさが出ている一方、ところどころで的確に心を抉るセリフが入ってくる、しかしこの2つが分離して感じられないのは役者さんたちの対応力の高さなんでしょう。

あるいは、分かりやすい伏線を張ることで短い中でもキャラクターの動きに説得力が出てるっていうシーンも二箇所ほどあったり、真意のわからないシーンがあって観客に想像させたりっていうテク。

そして、あの構成も。あれは泣くでしょ。あの、青春映画としてのエモさがあることで登場人物たちが一気に身近に感じられるのも凄いっすよねぇ......。


そんな、39分の短さに技巧を凝らしまくり、ある1人の高校生を描くことでマイノリティへの差別というテーマを問う(そう、答えを押し付けるわけではなく、こちらに問いかけを突きつけるんですね)、そして単純に青春物語としても抜群に面白いという傑作でした。
本編より長いコメンタリー・インタビューも見応えあり。