偽物の映画館

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井上悠宇『誰も死なないミステリーを君に』読書感想文

フォロワーのチンさんに勧められて読んでみました。

誰も死なないミステリーを君に (ハヤカワ文庫JA)

誰も死なないミステリーを君に (ハヤカワ文庫JA)


人の死の予兆である"死線"が視える女子大生の志緒。主人公の佐藤くんは、彼女のために視線の見えた人の死を回避する手伝いをしていた。
ある時、志緒は高校文芸部の卒業生4人組に同時に死線を視る。佐藤くんは彼らを救うために、人工の絶対安全なクローズドサークルを作ることを目論むが......。



さらっと読めて驚きも感動も詰まったなかなかの良作でした。

人の死の予兆が視える能力を使って、これから起こりうる事件を"誰も死なないミステリー"に変えよう、っていう設定が良いですよね。
能力については「死相学探偵」とか、未来の殺人事件を回避するのは「探偵が早すぎる」「猫柳十一弦」など、ライトミステリで似たような設定の先行作が多々あるのでちょっと既視感もあるんですが......。
しかし、その設定から「犯人も含めた事件関係者全員を救う!」という優しすぎるコンセプトを打ち出しているのはやっぱり素敵でした。


冒頭、志緒の能力と2人の関係性を紹介するために、自殺しようとする女性を救うエピソードがあるんですが、こういう始まり方ってなんか映画みたいで良いですよね。ここだけでもちょっとした短編として読めるくらいにちゃんと面白かったし。


本筋の事件の方に関しては、4人の学生にいっぺんに死線が視えるというところから、全員をまとめて救うために主人公たちの側が「絶対安全なクローズドサークル」を作るという、色々と普通のミステリーをあべこべにしているのが面白いですね。

ちょっと引っかかったのが、本書全体が結局は主人公と志緒の2人の物語でしかなく、死線の出た4人は完膚なきまでにモブになっちゃってるんですよね。
なんかもう、彼らが出てくるところからして身も蓋もないアダ名が付けられて無理くりキャラ付けされてる感じで、最後まで強いモブ感を保ちながら消えていった感じがしました。
その分主人公たち2人に焦点を絞って短い中でいい話に仕立てているので一概に悪くは言えないですが、個人的には彼らももうちょっとなんとかしてあげて欲しかったという気はします。

とはいえ、そういう不満点を補って余りある良さがあったのも確かで。
例えば、伏線の張り方とその回収。
大胆で印象的な伏線を仕掛け、ここぞというところでそれを炸裂させてくるので「あっ、あっ、そっか!」とぶち驚かされました。
なんかこう、何様目線ですけどこの伏線の回収の仕方の律儀さが初々しくて微笑ましい気持ちになってしまいました。

また、会話や一人称の地の文も結構好き。
俯瞰で見てそうな感じの大学生によるすっとぼけた語りって良いですよね。若干のイラっとくる感じとともに楽しみましたよ。


そんなこんなで、なんかこう、細かい部分に粗さはありつつも、とにかく書きたいことを書いたみたいな、そういう青い勢いのある小説なんですね。だから、この語り口や「誰も死なないミステリー」というテーマに共感できる人には刺さる作品やと思います。
個人的にはそんなにドンピシャには刺さらなかったものの、でも読んでて面白かったですね。まぁなんせ私はミステリーは人が1000人くらい死んでなんぼだと思ってるので......。