偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

加藤元浩『C.M.B 森羅博物館の事件目録』全巻読破計画① 1〜10巻


Q.E.D 証明終了』の姉妹編で、名門校に通う実は武闘派の女子高生・七瀬立樹と、森の奥で私設博物館を営む謎の少年・榊森羅が遭遇した事件を解決していくお話です。......というと『Q.E.D』のまんまみたいですが、本作の特徴として怪奇現象や伝説をモチーフにした事件と、博物館に所蔵されるようなモノが出てくるということがあります。そのため『Q.E.D』に比べて伝奇ミステリっぽい味わいがあってこっちもなかなか面白いです。

では以下各話感想。採点基準は『Q.E.D』と同じ5段階です。

1巻


op.1「擬態」★★2

立樹の高校の生物室で右腕の一部を残して黒焦げになった死体が発見される。死体は立樹の友人の兄で生物教師の田崎先生なのか......?


第1話からインパクトの大きい焼死体を持ってくるあたり攻めてますね。
ただ、トリックは最初に考えるものそのままで、犯人特定の決め手も見せ場にはなっていますがあまりに不確実じゃないかなぁ、と思ってしまいます。



op.2「幽霊博物館」★★2

シングルマザーで博物館の警備員の立花は、夜勤の際に蛍光灯の点滅や不気味な音が鳴る現象に遭遇する。実は博物館には幽霊の噂があったのだ。
更に博物館で盗難事件も起こり......。


警備員の立花さんが綺麗で好きです。
あ、私の女性の好みの話じゃなかったですよねスミマセン。
幽霊騒ぎと盗難事件という2つの事件の雰囲気が違いすぎるのはどうかと思いますが、それぞれにちゃんとトリックが凝らされていて面白かったです。片方は豆知識で、片方は特殊知識に拠らないアイデアなのも良いと思います。豆知識ばっかとなんか騙されたような気がしちゃいますから。




2巻


op.3「青いビル」★★★3

壁面が赤と青に塗られた団地で、住人が石で殴られるという事件が発生。その事件について、警察に目撃者からの匿名の手紙が届く。しかし、手紙の内容はデタラメとしか思えないもので......。手紙の意味と、事件の真相とは......?


このトリックのためだけに作られたヘンテコな団地が趣深いですね。ミステリファンたるもの、トリックのためだけに作られた建物には燃えてしまうものです。
で、肝心のそのトリックは正直豆知識レベルですが、見せ方によってただの豆知識が島田荘司ばりの大胆な奇想のような効果を生んでいるのが素晴らしいです。
また、事件の中心になる、「目撃者からの投書」の扱いも見事です。ただ、投書にさえ振り回されなければ警察が森羅に頼るほどの事件ではない気はしますが......。



op.4「呪いの面」★★★★4

古物商から呪いの面を買うために集まったのは、面の造り主、民俗学者、舞踏家、そして成り行きから居合わせた森羅と立樹。その夜、面の造り主が死んだ。死体のそばには呪いの面が。果たして事件は面の呪いなのか......?


「呪いの面」なんていかにも博物館を舞台にしたこのシリーズらしい小道具ですね。そんなある種の王道さから、読み始めはさして期待もしていませんでしたが、真相にはやられました。
森羅が「呪いはあります」と言いますが、もちろん超常的な意味での呪いは出てきません。それでは彼の言う「呪い」とは何なのか?この謎を軸に、人の思惑の意外さが楽しめるお話になってます。
(ネタバレ→)面の秘密から即、彼女が復讐殺人を犯すと考えるまでがちょっと飛躍している気はしますが、(ネタバレ→)恋人なら分かるんでしょう。もしくは、確信してなくても少しでもそうなる可能性があれば実行すべきだと考えたのでしょう。静かな余韻が残ります。
また、心理的な面を重視の話ではありながら、殺人に使われた物理トリックも面白い......少なくとも私好みのものたったので、心理物理合わせて傑作と言ってもいいでしょう。




3巻


op.5「失われたレリーフ★★★3

大英博物館の理事ションベンタレが日本を訪れる。目的は森羅が持つ三賢人の指輪。彼は指輪を手に入れるため、「古代アステカのレリーフの失われた破片を見つけたほうが勝ち」という勝負を森羅に仕掛ける。森羅は指輪を守れるのか......?


森羅のライバルポジション(?)のションベンタレさんが登場。この感想を書いてる時点ではここまでしか読んでないので今後も出るのか分かりませんが、『Q.E.D』の「災厄の男」をマイルドにしたようなキャラと立ち位置は準レギュラー化しそうな気がしますね。
そんなライバルとの勝負という少年漫画らしい魅力が出てくるかと思いきや、ガツガツと勝負する気が全くないのが森羅らしくて微笑ましいです。
真相に関してはなかなか脱力系ですが、アステカ文明にまつわる薀蓄が面白いのでなんとなく言いくるめられてしまいますね。



op.6「都市伝説」★★★3

高校で、山奥、竹林、街路樹の柳から死体が発見されたという奇妙な都市伝説が相次いで流行する。噂の元を辿っていく立樹たちは街の楽器店の店主に行き着き......。


凄惨な殺人事件が起きた......という都市伝説が流布するという謎が、まずは魅力的です。そして真相もまずまず。都市伝説を絡めたミステリはよくありますが、こういうパターンは記憶になく新鮮でした。なぜ森羅があんなことまで知っているのかという彼の知識量への畏敬の念が湧くのは否めませんが。
真相が分かることでドラマ性が増し、私の大好きな『きみに読む物語』っぽい(よくあるっちゃよくあるからパクリとか言いたいわけではないです)ラストシーンに結実するのが綺麗ですね。
ちょっと大人な風味の異色作です。




4巻


op.7「ユダヤの財宝」★★★3

ローマでユダヤの財宝を調査していた男が奇妙な状況で殺害され、調査データは犯人に持ち去られた。
この件によって対立したイスラエルバチカンは事件の調査を大英博物館に依頼。C.M.Bの指輪を持つ森羅が調査員に抜擢される。果たして森羅は事件の真相とユダヤの財宝の秘密を暴くことができるのか......?


一冊ぶっ通しの長編です。財宝と殺人事件を巡って二つの国が対立するというスケール感は長編ならでは。これだけの背景を持った事件に挑めるのもC.M.Bの指輪を持つ森羅ならではと、『C.M.B』の長編だからこそ出来る壮大な物語です。
一冊通して描かれているだけあってゲストキャラクターも魅力的で、このエピソードのヒロインは正直立樹ちゃんより私の好みに近......いやそんな話はどうでもいい。
ミステリとして遺跡の謎から現代の事件の謎まで様々なネタを仕掛けつつ、お話としてもしんみりと余韻の残るものになっていて、ボリューム感のある一編でした。




5巻


op.8「グーテンベルク聖書」★★★3

森羅は、マウという少女に世界で初めて活版印刷された聖書・"グーテンベルク聖書"の一部ページの鑑定を依頼される。依頼を断る森羅だったが、その後、幻の50冊目のグーテンベルク聖書に纏わる事件に巻き込まれていき......。


森羅&立樹と、新キャラ・マウとのすっとぼけた交流が楽しく描かれる一方、犯人グループの内情もあらかじめ提示される、半分倒叙もののようなお話です。そんな中で森羅がどうやって犯人グループを出し抜くかがポイントになっています。その点に関しては、騙し合いとしては読めてしまいますが、森羅が真相に気づくための手がかりの配置が見事です。
最後の最後にまたマウのキャラの良さも発揮されます。次の話にも出てくるので、これからシリーズキャラになるのかなぁと期待が膨らみます。



op.9「森の精霊」★★★3

マレーシアの森の奥で男の首無し死体が発見される。男は幻の呪術師・サダマンを探すため、製薬会社に雇われたプラントハンターだった。
事件はサダマンの仕業なのか......?


op.8に書いた通り、続けてマウちゃん登場エピソードです。
首切り殺人というショッキングな事件もやはり魅力的ですが、それ以上に森羅が敬愛するサダマンという人の謎が魅力的。
事件の真相自体は予想の範囲内ですが、サダマンを通して森羅の人となりが垣間見られる重要エピソードと言えそうです。
また、マウちゃんの相変わらずな感じが微笑ましくもこいつ〜って思いました。




6巻


op.10「カノポスの壺」★★★★4

エジプトの考古学博物館でヒューズという青年が射殺され、肝臓を持ち去られる。これを皮切りに、射殺され臓器を持ち去られる事件が続く。犯人はカノポスの壺に見立てて事件を起こしているのか......?
エジプトで再開した森羅と燈馬が事件を追う!


『C.M.B』と『Q.E.D』、2つのシリーズがクロスオーバーするファンには作品です。

まずは両シリーズのコンビ同士の邂逅が嬉しいです。燈馬と森羅の会話では、燈馬のお兄ちゃんっぷりが新鮮でしたね。また事件解決のキーになる言葉を森羅に残していくという探偵の師匠っぷりもカッコよかったです。普段はアホの子なのにやっぱりお兄ちゃんという立場になると大人びて見えますよね彼も。
一方のヒロイン同士の女子会が可奈ちゃんファンにはやっぱり最高でした。この作者ヒロインのパターンこれしかないんかい!と思うくらいそっくりな2人なので、なんかもう初対面で双子コントみたいになってるのが笑えます。また、アクションシーンでも2人合わせりゃ百人力と言わんばかりに人間離れしたバトルを繰り広げているのにも笑います。

そして、事件の内容も、ファンサービス作品に相応しい豪奢で壮大でトリッキーなものです。
ミッシングリンクは特殊知識こそ要りますが知らなくても「なにそれカッケー」ってなりました。それが早い段階で明かされると、そこからはサイコスリラーにシフトチェンジしつつ、最後はきっちりサイコ感と意外性と両方見せてくれて大満足です。また、ピラミッドに関する森羅の解説も面白かったです。
キャラ、ミステリ、ペダントリーの三拍子揃った傑作と言っていいでしょう。




7巻


今までは1冊に1話か2話ずつ収録だったのが、この巻は4話入ってます。これ以降こういう1冊4話形式も増えていくようです。



op.11「飛蝗」★★2

飛蝗が大量発生した村で美しい鳥を見た少年は、鳥を捕まえてもらうため東京の森羅博物館を訪れた。森羅は殺虫剤が撒かれるのを防げるのか......?


ミステリーとしてみると特に推理らしい推理もなく虫害豆知識の域を出ないのが残念です。
ただ、飛蝗が飛び交う絵面はインパクトがありますし、害虫駆除及び道路工事の賛成派vs反対派の対立など、自然溢れる村が舞台の話ならではの良さがあります。また、終わり方も綺麗で、なんだかんだ短いながらも読み応えのある物語になっているので凄いです。



op.12「鉄の扉」★★★3

戦時中に使われていた防空壕で餓死した老人が発見される。防空壕は旧日本軍の研究所の役割も兼ねていた。戦時中の研究と今回の事件のつながりとは......?


これは面白かったです。マウのミステリアスなキャラと戦時中の秘密実験という題材のシリアスさがマッチしていて雰囲気がまず美味しい。
事件の内容も閉じ込められて餓死した男というわりとエグいもので、それが(ネタバレ→)ドアの死角にダイイングメッセージを書くというトリックとしては小粒なネタに説得力を持たせています。また、もう一つの物理トリックは豆知識寄りですが言われれば確かにと頷けるもの。
今まで以上に短い分量になりながらこれだけアイデアを詰め込んでくるハングリー精神が好きです。



op.13「イン・ザ・市民プール」★★★3

市民プールで東京にいるはずのないゲンゴロウが見つかる。発見時、中学生が生き霊を見ていた。二つの変事の関連とは......?


ハングリー精神といえばこれもそうなのかな......?
市民プールを舞台に、立樹の回りで色々な細かな問題が起こるという日常の謎の詰め合わせセットみたいながやがやした感じ好きです。お得感がある。それぞれの解決はやっぱりしょーもないですが、そのしょーもなさがほのぼの感やくすくす笑える方向へ活かされているので、細々した没ネタを見事に加工して商品化したような感じもしますね。ともあれ血腥い殺人事件などが多い中、こういう日常編もホッと一息つけて好きです。



op.14「ザ・ターク」★★2

外食チェーンの会長が開いたからくり人形展示会に出席した森羅たち。しかし、チェスを指す機械人形「ザ・ターク」と森羅が対局している最中に他の高価な人形が何者かに盗まれてしまう。C.M.Bの指輪の主なら事件を解決してみろと無茶を言う会長に対し森羅が出した答えとは......?


これはいまいち......。トリックは見たまんま。ドラマ性も薄く、からくり人形というモチーフが出てくる割にそこまでからくり人形に関する雑学なんかもなく、「ここが見どころ!」という点に欠ける気がします。ただ、マジックについての森羅の意見はふむふむと面白く読めました。


8巻


op.15「1億3千万人の被害者」★★★★4

鯨崎警部の元に「復讐を決行する
1億3千万人が被害者となるだろう」という脅迫状が届く。さらに数日後、冤罪の被害者となった男の息子が警部の元を訪れる。彼は「父が日本国民に復讐する気だ」と話すが、その真意とは......?

まさかの社会派大作です。
事件の真相そのものは誰もが予想する通りで意外性はありませんが、「1億3千万人の被害者」の真意にはやられました。やや大袈裟な気もしますが、集団心理の恐ろしさを見事に描き出した傑作と言っていいでしょう。



op.16「メテオライト★★★3

カザフスタンにあるロシアの宇宙研究所付近に隕石が落下した。両国は隕石の所有権を主張し合い、森羅に裁定を依頼する。しかし、肝心の500kgもある隕石そのものは跡形もなく消失してしまっていた!


真相はこれしかないというものですが、それを実現するシンプルにして盲点のトリックにはすっかり騙されました。また、森羅が提示する解決も見事で、一つの物語として気持ち良い読後感が味わえたので好きです。



op.17「櫛野村奇譚」★★★3

スキー場に遊びに来た森羅たちは、現地の老人に昔あった櫛野村という村の不穏な由来を聞く。その後、嵐に見舞われた森羅と立樹は、なぜか当時の櫛野村へ迷い込んでしまい......。


まさかの (といっても『Q.E.D』にもありましたが......)タイムスリップものです。タイムスリップしたことへの言い訳があるのにな笑いましたが、まぁ漫画なので細かいことは気にせず。
内容はよくある村もののエッセンスを取り入れつつ、(ネタバレ→)ラストの「久死」という解釈によって村の名前と森羅たちがタイムスリップのような現象に巻き込まれた理由の両方が見えてくるという特殊な設定ならではの



op.18「牡山羊の像」★★2

森羅は博物館を改装することに決める。友人たちと運送会社の手伝いで改装は順調に進むが、実は運送会社はヤクザに脅されて博物館の牡山羊の像を盗もうとしていた。森羅は彼らの企みに気づくことができるのか......?

倒叙ものですね。
(ネタバレ→)倒叙でありながら犯人側からのトリックを一点だけ隠しておくというサプライズのやり方は面白いと思いますしまんまと騙されました。ただ、それがメインで森羅が彼らの企てにどう気付くかという部分が弱いのは残念なところ。また、最後結局あの手を出して使ってくるあたりの何でもあり感がなくもないです。
お話としては、森羅が博物館を楽しんでもらうことに意識的になっていくのが描かれていて良かったです。




9巻


op.19「太陽とフォークロア★★★3

インカ帝国の首都にある、アンデス文明の中心地・太陽の神殿。その地下迷宮で大学教授が行方不明になり、道案内の少年がインカの宝を手に発見された。入り組んだ地下空間で果たして何が起きたのか......?


一冊の半分を使った長めのお話です。
長いだけあって地下空間の描写やインカの宝など神秘的な壮大さが楽しいです。こういう古代遺跡の探検みたいなのはこのシリーズならではですよね。
ミステリ的には細かいネタの積み重ねなのが話の壮大さに対してやや物足りないてますが、いつもながら伏線や演出は冴えていて面白かったです。



op.20「メタモルフォーゼ」★★★3

高校の図書室に飾られた、昆虫の"変態"を描いた希少な絵。森羅がその価値について解説すると、4日後には絵が盗まれてしまった。犯人は森羅の解説を聞いたメンバーの中にいるのか?そして人のいる図書室で絵を盗んだ方法とは......?


絵が盗まれるという地味な事件ながら、森羅の薀蓄で盗まれた絵の価値を語られてしまうと途端に大事件になってしまうから凄いですね。
トリックそのものは大したことないですが、組み合わせ方と見せ方でこうも見事に謎を生むのかと驚かされました。(ネタバレ→)職員室から図書室へ向かう場面の絵が2回も出て来ることに違和感は感じたのですが、なるほど、シンプルにして見事な伏線でしたね。
物語としての締めも方向性は言わないもののとても良かったです。変態というタイトルがちゃんと物語を貫いているあたりの作者の美学に惚れましたわ。



op.21「死滅回遊」★★2

旅行で沖縄を訪れた森羅たちは、スキューバダイビングをしに行き、コーチ夫妻の夫婦喧嘩に遭遇する。夫が海で亡くなった先妻の遺品を持っていたことが原因だったが、妻は遺品を見て夫にある疑いを抱き......。


うーん、これは......。
まぁ〜単刀直入に言っちゃうと(ネタバレ→)夫が先妻を殺したと見せかけて実は夫が先妻を殺してましたというのはどうなんでしょう......。確かに一度、夫は無実だったという雰囲気にはなりますが、その根拠が心情的なことだけだったのが弱いですよね。ちゃんと無実の確固たりそうや証拠が出てからそれをひっくり返すならまた印象も違ったでしょうけど......。惜しいですね。
と、ちょっとディスっちゃいましたけど、森羅が真相に気づくきっかけは(特殊知識が必要とはいえ)上手く出来てると思います。




10巻


op.22「その差六千万年」★★★3

モンゴル・ゴビ砂漠で、人間と恐竜が隣り合った化石が発見された。しかし、恐竜の絶滅と人間の出現の差は六千万年。あり得ないはずの化石は本物か?それとも何者かが仕掛けた偽物なのか......?


人間と恐竜が共生していた!?というロマン溢れる発端がまずは魅力的です。
当然、そんなことはありえないのでどこかにトリックはあるわけですが、そのトリックが明かされてもなおロマンが壊れないように上手く考えられているのが凄いし、さすがにこんな漫画描くだけあってロマンってものを心得てるなぁと感心しました。
森羅くんによる"解決"も同じく心得たもので、ただ単純にわくわくするお話でした。



op.23「釘」★★★3

学校そばの神社で藁人形を発見した森羅たち。人形には、半年前に轢き逃げにあった被害者の名前が釘で打ち付けられていた......。


真相は見え見えですが、「不幸のメール」からはじまって人間のダークサイドが不穏に描き出された人間怖い系怪談に似た読み心地です。
神社や公園が舞台で夏の風景が美しく描かれ、それもオカルティックな事件とぴったり合っていて一種異様の雰囲気が出てますね。ネタは小粒ですが話が好きな一編です。



op.24「地球最後の夏休み」★★★3

夏休みの終わりに海へ行った森羅たちは、海の家を営む謎の美女から15年前に近くの洞窟で起こった怪談話を聞く。実際にその洞窟を訪れた彼らが遭遇したのは......。


「釘」の夏を強調した感じはこの話の前振りだったのでしょうね。
これもミステリ的な真相は分かりやすいですが、(ネタバレ→)「4人が目を閉じ耳を塞いでいたなら......」という推理の根拠など、伝聞から真相を導き出す過程が見事です。
そして、作者はおそらく冬より夏派なのでしょう。夏の終わりへのセンチメント溢れる幕引きは、中学生の頃のあの夏の日々を思い出させてくれました。あの頃はあの頃で楽しかったなぁと今になってみれば思います。



op.25「ヒドラウリス」★★★★4

イタリア・ミラノ。マウの紹介で呪われたオルガン"ヒドラウリス"を見た森羅たちは、現地で最近オルガンを弾いて倒れたライターに出会う。


これは好き。
ずばり呪いのオルガンが主人公の物語で、物に込められた想いみたいな話に特有のなんとも言えないロマンがありますね。というかこの10巻の収録作はみんなロマンとか雰囲気の良さがありますね。そういうの大好きです。
ミステリとしてのネタも、ややこやしいように見えて現象としてはとても分かりやすいという物理トリックは好みにドンピシャですし、そんなトリックが仕掛けられた理由にも鳥肌が立ちました。
この短さでこの内容なら文句なく傑作と言ってしまっていいでしょう。





というわけで、『C.M.B』1〜10巻でした。
最初は『Q.E.D』のバッタもんくらいな気持ちで読んでましたが、だんだん伝奇的な魅力や、メイン2人のキャラの魅力が出てくると思い入れも強くなっていき、10冊読んだ今となっては続きが読みたくてしゃうがないです。
ただQ.E.Dの方もほったらかしとくわけにはいかないので交互にゆるりと読んでいきます。待っててね可奈ちゃん

「ラースと、その彼女」感想。 ビアンカを殺せ!

ライアン・ゴズリングラブドールを恋人として買ってくる映画......というところまでは前から知っていました。てっきり出オチのコメディかと思っていたら、予想をいい意味で裏切られました。だってTSUTAYAで「コメディ」のコーナーに置いてあったんだもん!TSUTAYAの人、絶対観てねえだろ!
というわけで、確かにラースがラブドールを「彼女のビアンカです」と紹介するシーンは笑いましたが、当然ながら主軸はコメディではなく、人間ドラマとして観るべき作品です。





製作年:2007

監督:クレイグ・ギレスビー

出演:ライアン・ゴズリングエミリー・モーティマー、ポール・シュナイダー、パトリシア・クラークソン

☆3.9点

〈あらすじ〉



ラースは心優しいけれど人と関わるのが苦手な青年。
兄夫婦の家の離れで一人寂しく暮らしている。
兄のガスと兄嫁のカリンはそんな彼を心配していたが、ある日、ラースに「彼女を連れてきた」と告げる。突然の朗報に喜ぶ二人だったが、ラースが紹介した「彼女」はどこからどう見てもラブドールで......。


脚本が上手いと思います。多くを語らずに観た人に様々なメッセージを読み取らせる造りになっていて、観る人によって恋愛、家族、隣人愛、トラウマと向き合うこと、などなど、色々な読みがありそうな映画です。
色々な読みを許す大きな理由は、三人称であることですかね。登場人物の心情が一人称の形では描かれないことで、例えばラースがラブドールをどこまで本気で人間扱いしていたのかといった根本的な部分すら全て想像に委ねられるので、色々な見方が産まれるのも当然なんです。


そんな色々な読みを許容する作品ですが、個人的には恋愛部分メインの浅くて低俗な読み方をしてしまいました。
また自分の立場が変わってから観たら別の感想を持つでしょうが、せっかくなので今見て思ったことをたらたらと書きます。

以下ネタバレですにゃ。

















私が見る限り、これは失恋のショックへの対症療法と原因療法のお話ですね。いや、違う気もしますけど観た時そう思ったからその線で書きますからね。

まず、観てて最初に思ったのが「ラース、カリンのこと好きやんな?」でした。ラースがああなった原因がカリンの妊娠であることは疑いないと思いますが、いくら産まれた時のことがトラウマとはいえ、ただ兄嫁が妊娠しただけでお人形さんをポチるかといえば私の感覚ではそれはオーバーな気がします。それよりも"好きな人"がトラウマである"妊娠"をしてしまったことで、絶対に妊娠するはずのないラブドールを代替として買ったという方が納得がいく気がします。

そうしてビアンカを連れてきたラースですが、そんな彼の前にマーゴという女性が現れます。
彼女はラースに明らかに好意を持っていて、ラースも徐々に彼女に惹かれているようではありながら、カリンの時のショックがあってマーゴと向き合えずにビアンカの元へ逃げてしまうラース。

一方、ビアンカは町の人たちから案外受け入れられて、町のおばちゃんはラースに無断でビアンカの予定を立てます。これにラースは「みんな僕のことを考えてくれない!」と怒りますが、怒ったことに対してカリンがキレます。「ビアンカがみんなに受け入れられているのはみんながラースのことを好きだからよ!」と。
目から鱗を落としたラースは、兄に「大人になるってどーゆーこと?」と聞くなど、徐々に前に進もうとし始めます。

そんなある日、ラースはビアンカにプロポーズしてみますが、案に相違してビアンカは思わしい返事をくれません。もちろんそれは「ラースがそう思っている」ということなのですが......。
そうこうするうち、ラースは「ビアンカが起きてくれないんだ!」と騒ぎ、救急車を呼んでビアンカを搬送します(この辺のシリアスな笑いはツボ)。
ビアンカは医師から重症だと告げられ、ラースは彼女を連れて湖のほとりを散歩します。そして、ビアンカと最後の会話をして、泣きながら彼女を湖に沈めます。
この辺の展開は賛否両論分かれそうなところで、「散々町の人たちに迷惑かけた挙句、あっさりビアンカを殺してマーゴと幸せになるんかーい!」というツッコミを入れたくなる気持ちは分かります。

ただ、私はビアンカは「逃げ」のメタファーだと思っていまして、まぁカッコつけて「メタファー」って言ってみたいだけですが。
そう、ビアンカは、カリンの妊娠からの逃げであり、マーゴを好きになってまた傷つくことからの逃げでもあったのです。
そんなビアンカを殺すことは、逃げることをやめて大人になるということ。事実、ラストでラースがカリンの膨らんだお腹を撫でるシーンに現実を受け入れたことが見受けられます。
だから、こんなこと言っちゃうとアレですが、ビアンカの死はイコール前に進むことであって、そこに「周りへの迷惑うんぬん」「ポイ捨てするのかうんぬん」というのは言わんといてや、という気持ちになります。

まぁそれはとにかく、そういうわけで、私はこの映画を、失恋に対して「逃げ」という対症療法と「幸せ」という原因療法を描き、「ビアンカを殺せ!」という力強いメッセージで背中を押してくれる優しい作品だと思いました。
あまり映画に救われたり背中を押されたりすることなんてないので、そういう意味では特別な思い入れがある映画ですね。

「きみに読む物語」というクソ映画に見る、人生のクソゲー性。

もし私が死んだらこれが遺書になるのでしょう。影響されやすいタチなので、ここ最近遺書にまつわる某小説を読んでいて、自分も書いてみたくなっただけです。深い意味はないし面白くもないし要するに愚痴なので読まないでください。読まれたくはないけどどこかに吐き出さないとまた苦しいから書く、いわば文章の形をしたゲロです。ゲロって物心ついて以来吐いたことないから、これがデビューゲロかな。



私は今年の元日に「きみに読む物語」という映画を観ました。
私はその脚本の素晴らしさに感動し、泣きながら「これは人生で一番好きな映画です」と言いふらしてきました。

http://reza8823.hatenablog.com/entry/2018/01/02/181824

↑これが私の解釈を書いたもので、かなり大袈裟に言ってはいますが、(ネタバレ→)老人はノアではなくロンであるということだけは、(ネタバレ→)ロンの「初恋は忘れられない」というセリフ、アルバムの写真、老婆の「思い出したの」からノアの元へ戻ったという「回想」が入る不自然さという3つの伏線から完全に意図されたものだと思っていました。

しかし、あるところで私の解釈が間違っているという証拠を見つけてしまったのです。

その証拠というのが、(ネタバレ→)エンドロールで流れるアリーの役名にノアの苗字が付いているということです。これについても私の解釈を正当化するために言い逃れできなくはないですが、私の解釈通りならそもそも(ネタバレ→)役名は「アリー」だけで十分なので、そこまでして言い逃れするのもバカバカしくなりました。

で、私の解釈が間違っていて、ストレートに観たままの話だとしたら......

クッソつまんねえ映画じゃねえか!!

一応原作も確認しようと思い、かといってもはやまともに読む気力は失せていたので最後だけパラパラ見ても、確かに私の解釈とは違うことが書かれていました。

きみに読む物語 (ソフトバンク文庫)

きみに読む物語 (ソフトバンク文庫)


苦しみました。この映画のことを思うだけで泣きそうになるのです。自分は狂ってしまったのか?いっそのこと壊れてしまえたら楽なのに、なんて考えながら洗濯をしました。

なぜ映画の解釈が違うだけでここまで苦しい気持ちになるのか......。

それは、私がまだ純愛というくだらないものを信じていたからでしょう。
私はこの映画の中に純愛を見ました。そして、それを有名な原作者や監督や役者が作っていて、たくさんのファンに支持されていることに希望を持ちました。純愛は確かにあるんだ、と。
しかし、それは私の思い込みでしかなかったのです。この映画に描かれている愛なんてのはただのエゴでしかなく、エライ人たちがそんなエゴをさも美しいみたいに描いて、この作品を良いということを良いとしている何も考えていない馬鹿たちが誉めそやしていることの醜さに耐えられなくなりました。
ああ、そうか、こいつらは純愛なんてハナから信じていないんだ。現実しか見てないからこうやってくだらない映画を「純愛泣ける〜😂😂」とかいって褒められるんだ。そうかそうか純愛なんてないんだね。

でも、純愛が存在しないだけならそこまで苦しくなりません。
「明日のお昼はラーメン屋に行くよ」と親に言われて楽しみにしていたら予定が変わって行けなくなって喧嘩する反抗期の少年みたいに、あると思っていたものがなかったからこそ苦しいんです。

私は誰かを本気で好きになれると思っていましたが、そんなことはないと昨年思い知らされました。それでも「きみに読む物語」という映画の中に純愛を見て、まだそういう場面に出会っていないだけでいつかどこかで純愛に出会う時があるかもしれないと、その救いに泣いたのです。
しかし、この映画は私を泣かせておいてからに手のひらを返しました。はは、おかしいですよね。別に映画に手のひらなんてありません。手のひらを返されたと思ったのは私が勝手に思い込んで勝手に違っていることに気づいたからでしかないんです。勝手に神聖視して勝手に傷つくなんてクソ野郎ですよ。ストーカータイプですよね。だからモテないんだよ、はは。ウケるし🤣🤣

結局、私は生きている意味があると思っていたんです。純愛という意味が。しかし、それがないのだと薄々感じ始めていたところに、映画の中でまであると思わされて実はなかったということになったから苦しいんです。生きる意味。大学に通って暇な時間を過ごして、観念的なことを考えるのになまじ慣れてしまったからこんなくだらないことを考えるんだ。だって生活が苦しかったらこんなこと考えてる暇なんてない。私は恵まれている。それなのにこんなこと考えてしまう自分の醜さが嫌になる。でも生きてる意味もないのに毎日頑張って働いて、それなのに馬鹿にされて、馬鹿にされるようなことすら出来なくてまた馬鹿にされてを繰り返すなんて理にかなってねえじゃん。幸せでも不幸でもないけど、これから先幸せになる確率は0%なのに不幸になる確率はどんどん上がっているし働かなきゃいけないだけでもどちらかといえばめんどくせえし寝てたいずっと寝てたい死んだらずっと寝てるようなもんだし私は死にたい。という話でした。

だから読むなっていったでしょ?

というここまで読んでる人がどれだけいるのかいねえかいないと思ってたらいたら恥ずかしいな別に恥ずかしくもないよもう彼女も友達もいないんだからネット上の知り合いとかネット上の知らない人になんと思われようがどうでもいい明日も仕事めんどくせえ早起きがつらい早起きしなくてよければまだいやでも起きることだけでめんどくせえずっと寝てたい働かなくても養われたい美人の石油王と結婚して一生寝て過ごすんだ死んだら一生寝て過ごすのと同じようなもんか死にてえ怖い死ぬのは怖いけど死んだほうがいいことは知ってるどうしようかとかいって死ねねえよクソだな人生ってクソゲーだわ。

チェイシング・エイミー


これ、ヤバいとは思ってたんだよ......。



チェイシング・エイミー [DVD]

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製作年:1997
監督:ケヴィン・スミス
出演:ベン・アフレックジョーイ・ローレン・アダムス

☆4.0点



〈あらすじ〉

主人公のホールデンは、親友のバンキーと組んで漫画家をしている。ホールデンはコミコンに作品を出品しに行き、そこで同業者の美女アリッサと出会う。ホールデンは彼女に一目惚れするが、やがて彼女がレズだということが分かる。
だが、諦められない彼は、ある時アリッサに気持ちを告げてしまい......。





やっぱりヤッベェな!!

最初に言っておくと、モテない人、恋愛にトラウマやコンプレックスを抱える人、恋人の過去に嫉妬しちゃう人は観てください!いい勉強になる!
(とか言ってそもそも論、まともに恋人いたことねえけどな!)

さて、それでは内容に移ります。

2時間程度の映画で、ちょうど真ん中あたりを境に緩い二部構成のような形になっています。



前半は、恋愛に疎いオタク青年がレズビアンの女の子に恋しちゃうという切ないラブコメです。

まず、ヒロインのアリッサが可愛い!
見た目も可愛らしさとセクシーさが3:7くらいの童貞を殺す美人(といっても美人すぎないところが最高)ですが、何より声が素敵すぎます。8時間ヒトカラした後の子猫みたいなエッロい声......。童貞は二度死ぬ......。



さて、内容に戻りましょう。
この前半の段階で既になかなか苦しいものがあります。片思いの相手がレズビアンというのは私は経験したことがありませんがなんとも言えない気持ちになるでしょうね。
女とヤリまくってるのを平然と語る彼女にもにょもにょしつつ、「男とやってないなら処女だ!」という粗いけど心情的に納得しちゃう主人公・ホールデンの理論のどうしようもなさがそのまま私でした。今後、名前を訊かれたら「ホールデンです」と名乗ることにします。

この辺までで「それ俺じゃん」と思った人はとりあえずこの映画を見てください。そうじゃない人は今回は縁がなかったということで、今後のご活躍をお祈りします。

そんなこんなで、もにょもにょを抱えながらも、気持ちを伝えずにはいられない主人公は自分を見ているよう。雨の降る日の告白シーン、早口でたくさん喋る不器用さがまた自分を見ているようで......。そんな彼が「あたしの気持ち考えたの!?」みたいにキレられるところは、まるで自分を見ているようでしたね。もはやこの映画を2時間観るより鏡を見た方が手っ取り早い気がしてきますね。ともかく、そうして雨の中去ってしまうアリッサ。とぼとぼと彼女と反対方向へ歩いていく敗残兵ホールデン「恋って実らないものだよ。君にはもっといい人現れるよ」と画面のこちらから届かぬ声援を送っていると、後ろから走ってきて彼に抱きつくアリッサ。そしてキスの嵐。




............実るんか〜い!!!

画面に向かってポップコーンを投げつける真の敗残兵こと、私。はいはい、なんてありきたりなハッピーエンド。これで映画はおしまい、お二人ともファッキンエンドロールの後もファッキンお幸せになってどうぞ......などと拗ねますが、ふと気付くとエンドロールは流れず、そもそも映画を見始めてから1時間しか経っていません。

そうしたわけで、恋はハッピーエンドのままでは終わらず、本作は後半でさらなる牙を剥いてくるのです。




以下、後半の内容に触れます。ネタバレでつまらなくなる映画ではないと思うし、最後の最後は書きませんが、あまり予備知識を持ちすぎたくない方はここでお引き返しください。







というわけで、ホールデンの仕事場で裸で眠る2人のカットから後半戦がはじまります。

私が投げつけたポップコーンを片付けていると、相棒のバンキーがホールデンに卒業アルバムを見せながらこう言います。
「あの女、卒業アルバムに当時のあだ名"タコツボ"って書いてあるぜ」

......まぁ、詳しく説明しなくても、なんかヤらしい意味だと分かるでしょう......。そう、レズだと思っていたアリッサは実は男性経験も豊富だったのです。

......あまり書きすぎると楽しみを奪ってしまうので詳細なストーリー説明はこの辺にしておきますが、この「彼女の過去の男性経験を赦せるか?」という葛藤がこの映画の最大の見所になってくるわけなのです。


女とはいくらしてても「処女膜は無事」と耐えられたホールデンですが、色々な男たちとあんなことやこんなことをしていたと知り激しく動揺します。ちなみにこの映画が作られたのは20年前。そんな時からオタクは処女膜を大事にしてきたのかと呆れ返りながらも、20年前の異国のオタクに他人とは思えぬシンパシーを感じました。

そりゃ理屈では分かりますよ。今好きな人が自分を好いてくれていれば過去のことなんかなんでもいいじゃない。
でも、僕らきっと、生まれる前に神様が間違えて「嫉妬」の感情だけ入れすぎちゃったんでしょう。神様はきっと七味や醤油をかけるのが苦手なんだ。そんな神様のビンの傾け加減ひとつで僕らはこんな......うっ、うっ、、、

そもそも、自分に自信があれば嫉妬なんかしません。結局、コンプレックスが悪いのです。
それに気付いたホールデンは、コンプレックスを克服するために"ある手段"を思いつきますが......。


バッカ野郎!!むざむざ死ぬ気かオラァ!!!

かくして、見事死んだホールデン。正直、感情移入できない人にとってはギャグだと思います。でも、これ心当たりのある者にとっては地獄でしかない。そう、他人事と笑って済ましていい問題じゃないんだ!彼のこの行動、これを反面教師にすることでしか、我々は前に進めない!ありがとう、ホールデン。君の死を糧に俺たちは自分を戒めるよ。そう、彼に感謝したくなりました。


そして、最後の最後。めちゃくちゃ切ないラストで、自分に照らし合わせてちょっと目から体液がどぴゅっと出ちゃいましたが、そこにはどこか美しさもあり......。

ホールデンもきっと、あの出来事から学んだのでしょう。恋愛下手なオタクのガキの物語は、ほろ苦いどころかのリカちゃん人形の靴ような苦さを残しながら幕を引きますが、そこにはどこか美しさを感じます。どんなに苦い恋でも、折り合いを付ければ美しい思い出に出来る。それもこの映画がエイミーを追いかける我々に語りかけてくる一つの教訓ではないでしょうか。

......って、エイミーって誰やねーん!と観てない人は思うでしょう。そう、本作のヒロインは「アリッサ」です。「チェイシング・エイミー」というタイトルは、ある場面で間接的に描かれます。が、それをタイトルにしちゃうところがめちゃくちゃカッコいい。「チェイシング・アリッサ」じゃなく「チェイシング・エイミー」であることによって、この映画を「アリッサを追いかけるホールデンの物語」ではなく、「エイミーを追いかける観客ひとりひとりの物語」へと敷衍しているのです。あえてヒロインではないどころか直接的には登場すらしない女性の名前をタイトルにすることで画面のこちらにまでクリティカルヒットを食らわせてくるこのセンス、分かってはいましたが、この映画ヤバい。

そう、ドレスコーズの歌詞を借りると「これはもはやエンターテイメントではない!」
この作品は、恋愛コンプレックスを拗らせた我々の恋愛予行演習にして、傷を負った我々への口に苦い良薬の処方箋なのです。

だから、最後に言っておくと、モテない人、恋愛にトラウマやコンプレックスを抱える人、恋人の過去に嫉妬しちゃう人は観てください!いい勉強になる!

「パラドクス」ネタバレ考察という名の感想という名の自分語り

ジャケ写詐欺&邦題詐欺で見る前の想像と見た後の感じが微妙に違いましたが、なかなか面白かったです。っていうかジャケ写の人誰??邦題どーゆー意味??その辺りがマジ不可解です......。


パラドクス [DVD]

パラドクス [DVD]

製作年:2014
監督:イサーク・エズバン
出演:ウンベルト・ブスト、エルナン・メンドーサ

☆3.5点



というわけで、パッケージだけ見るとタイムループスリラーかと思いますが、実際はループするのは"場所"で、内容もスリラーというよりは哲学的な難解映画です。

ただ、難解とはいえ、ラストがかな〜〜り説明的なので、一回観ただけでもざっくりと内容は分かるようになっています。そんな、実はエンタメとしての分かりやすさもある作品ですので、「難解系を観たいけど全くわけがわからないのは嫌!」という私みたいな人にはオススメしたい作品です。

ちなみにこの作品のテーマは"人生"
以下ではそんな大きなテーマをどう描いているかについてネタバレ全開で書いてみます〜。
観た人だけに向けて、特に映画の内容の説明はせず考察だけを書き散らしますので観てない方はご近所のTSUTAYAまでお引き返しくださいませ......。









それでは、ネタバレ感想/考察を書いていきます。なお、本作を構成するメインの2つのパートを以下ではそれぞれ便宜的に「階段パート」「道路パート」と呼びます。


考察とはいってもややこしいことをうまく説明する自信がないので、分かりづらかったらごめんなさい......。
一応分かりやすくするために

①ループの構造
②ループ空間の正体
③エピローグ
④ループに負けない人生

の4章立てでお送りします。
ちなみに、一番言いたいのは④なのでそこまでは読み飛ばしてもらっても大丈夫です。←




①ループの構造

この作品で起こるループの流れはざっくりと以下の通りです。


1.ループ空間の発生には、「A.若い人」と「B.壮年の人」、そして「C."ある事件"によってその後死亡する人」の3人が最低限必要である
階段パート:A→弟、B→刑事、C→兄貴
道路パート:A→兄、B→継父、C→妹


2.Cの人の死に繋がる"ある事件"の後で謎の爆発音が鳴り、ループが始まる
階段パート:刑事が兄貴の足を撃つ
道路パート:継父が妹の吸入薬を落とす


3.ループは開始から35年間続き、「若い人」は「壮年の人」に、「壮年の人」は「老人」に加齢する


4.35年経過すると、老人は壮年の人にループの秘密を告げて死亡する。そして、壮年の人は出口を発見し、新たな「役柄」を得る


5.脱出した「壮年の人」が新たな「若い人」に接触し、新たなループ空間が発生する(→1に戻る)


つまり、

「円環構造になった空間」が、35年周期で若者→壮年→老人→死という形で構成員をロケット鉛筆状に押し出しながら無限に続く

という構成になっているのです(ややこしい!!)



②ループ空間の正体

老人が死ぬ場面では、このループ空間が何なのかも語られます。それを踏まえてこの空間の正体を考えていきます。

老人の話によると、

・ループ空間は現実世界とは別の空間であり、現実世界での人間活動のためのエネルギーを生成する場所である。

・ループ空間で若者が体を動かしているのは肉体的エネルギーを生成するため。若者の大切な人が死ぬのは感情的エネルギーを生成するためである

・ループ空間では若者がエネルギーを生成しながら壮年になり、壮年は抜け殻のように老人になっていく。これは現実世界で若者がエネルギッシュで幸せになり、老いるにつれて体力や気力を失い不幸になっていくためである

ということでした。

そうすると、ループ世界に入る時の爆発音は現実世界とループ世界が分岐する際のビッグバン的なものでしょうか。

ところで、本作の英題は「The Insident」と言います。Insidentとは「事件」「出来事」という意味で、それぞれのループ空間の起点で起こる出来事を表していると思います。このタイトルについては後ほど詳しく。



③エピローグ

ここまでくれば説明する必要もありませんが一応エピローグについても。
道路パートの兄が壮年となり、ループを抜けて新たなループの中でホテルマンとなります。
タキシードとウエディングドレス姿の新婚カップルを部屋に案内するためにエレベーターに乗ったホテルマン。エレベーターを降りたところで、彼は新郎に向けて蜂を放ちます。
「蜂を放つ」という行為が階段パートや道路パートにで起こる事件に比べて積極的・故意的なのが引っかかりますが、大きな何かに操られループを避けられないことを表しているのでしょうか。そう考えると、死の間際にループに抗おうとした老人たちの言葉も全て無力だったのだと分かり、やるせなさが増します......。

このループ空間では新婦が「若い人」、ホテルマンが「壮年の人」、新郎が「死ぬ人」の役割を与えられたのでしょう。
その後、ホテルマンは老人となって死に、新婦は「壮年」となって新たなループ空間(=エスカレーター地獄)に行きます。そして、そこで老婆となり死んでいく元新婦が、オープニングに映っていたウエディング・ババアなのでしょう。
ループ空間が更新されたのに彼女がウエディングドレス姿のままなのは気になりますが、そこは映画の説明上仕方のない妥協だったのだろうと思います。ドレスを着てなかったら誰もあのババアと新婦を結び付けられませんからね......。



④ループに負けない人生

というわけで、以上が大まかなこの映画の構造の説明です。
こうして見てみると、この作品のオチから受ける印象は、人生は目に見えない力によって不幸へと向かっていくものであるという至極悲観的なものになってしまいます。

そういうのもいいけどもうちょい楽しく生きようぜ!と思うので、以下は製作者の意図とは関係がないであろう私なりの解釈、もしくは甘ったれた夢想です。

作中ではループ世界のことを「エネルギー供給の場」と説明されていましたが、私たちの言動を作り上げる動力源は心です。つまり、私はループ世界=人間の内面世界なのではないかなぁなどと思ったわけです。

そして、タイトルの「The Insident」=「人生に関わる重大な出来事」と受け取るわけです。

すると、ループ世界は人生に関わる重大な出来事に心が囚われて抜け出せない状態と取れるわけです。
そうした心が過去の悲しみを繰り返してしまう中で、何もせずにいたら終盤で無音のダイジェストで流れる壮年の人の破滅人生を送ることになる。一方、悲しみの中でも前に進む努力をすれば、若者の幸せなダイジェストにもなれる、というメッセージだと考えるのは穿ち過ぎですかね?そうですよね。
ただ、私個人の見解として、この映画は個々の事例も特殊な設定も全てメタファーに過ぎず、単に人生の中でどんな人でも悲しみに見舞われるけど、それを乗り越えられるかどうかが大事だよ、という風にも読めるのではないかと思ったんです。

柄にもなく、そんなおセンチなことを思ってしまうのも、結局、私が何度も苦しかったあの時の記憶をループさせて抜け出せないからに相違ありません。とらわれびとのまま老いさらばえて惨めに死にたくはねえなと思わされる作品でした。

indigo la End『幸せが溢れたら』の感想だよ

今更ですが、最近なんかindigo la Endしか聴けなくなってしまったので、彼らの2枚目のアルバムについて書きます。







私ってば旧弊な人間なので、これだけ曲単体のダウンロードが一般的な時代でも"アルバム"という形への憧れや愛着が忘れられません。で、indigoのアルバムはいっつも"アルバム"単位で一枚の作品という作りになっているから好きなんです。
で、このアルバムはそんな彼らの作品の中でも、「失恋」という最も明確なコンセプトのもとに作られたアルバムです。
構成も緩やかに三部構成のようになっていて通しで聴きやすくなってます。

また、本作からベースの後鳥さんがサポートから正規メンバーに格上げされ、これまでのギターを全面に押し出したスタイルからベースが強調された音に変化しています。

個人的にベースの音は大好きですし、失恋ものも歌に限らず大好きなので、本作はindigoの中でも『Crying End Roll』に次いで好きなアルバムなのです。


では以下各収録曲についてちょっとずつ。


1.ワンダーテンダー

アルバム1曲目。
イントロはほぼなく、いきなり始まる歌い出しの言葉は「あの街から出てきて少しばかり生意気になったんだ」。そしてこれまでのアルバムの曲とは異なりベースがスラップも交えつつうねりまくるAメロ。

......と、前作『あの街レコード』からバンドが変化したことを歌詞でも演奏でもバン!と宣言するような出だしでアルバムの世界に一気に引き込まれます。

タイトルのワンダーテンダーという響き、良い感じですね。英語が苦手なので一応辞書で単語の意味を調べたところ、ワンダーは「驚異の」、テンダーは「柔らかい」「感じやすい」など。
要は「びっくりするほどおセンチ」みたいな?それとも「驚異的/感傷的」と並列のニュアンス?なんにしろ、indigoの、そしてこのアルバムの曲の恋愛観を端的に表した良いタイトルだと思います。
歌詞で好きなのは「吐き出すたび弱くなっちゃって」「あなたを好きでいれたらよかったなと歌詞で書いた側からまた失って」という部分。作者の意図とは合ってない気がしますが、失恋した辛さをツイッターとかで言うたびにだんだん好きだった気持ちが失われていく寂しさを私は感じました。また最後も良いですね。
いろんな意味でアルバムの一曲目として素晴らしい曲です。


2.瞳に映らない

indigo la End - 瞳に映らない - YouTube

行ったり来たりしないでよ 心変わりとか言って 行ったり来たりしてるのを私のせいにしないでよ あなた

イントロもなく前の曲から間髪入れずに強気な女性一人称の歌い出しで始まります。最初のこのフレーズだけ聞くと浮気性の彼氏の話かと思いますがこれはミスリードで、それからどちらかと言えば背景の見えないぼんやりとした歌詞が続きます。
ぼんやりとはしていながらも、

あなた あなた あなただけ 私の声が聞こえたら
どうか どうか 忘れてないと答えて安心させてよ

というサビのフレーズが、古風な「あなた」という呼びかけが繰り返される音の響きの気持ちよさと相俟って胸を締め付けやがります。
死んだ人に対して「あいつは死んでなんかいない。俺たちの心の中で生き続けてるんだ!」という慣用句がありますが、逆に言えば、誰かに忘れられた時、我々はその人の中では死ぬわけなのです。
別れることになった「あなた」にせめて自分を覚えていてほしいと願う「私」の姿が切ないです。

......にしてもそれこそ死んだみたいな口ぶりだなぁ、などと思っていると、2番サビの最後で

あなた あなた あなたのことばっか 空から想うよ

と、衝撃の事実が明かされます。そう、この「私」、本当に死んでたのです。大どーんでーん返し!(違)

というわけで、ここまで聴くと死者の視点の物語だと言うことが分かり、分かってみると2回目聴いた時に歌詞全体の何を言っているのか分かりづらい部分にも納得がいく、という仕組みになっているわけです。
そうしたらもうボロ泣きですよ!
そして続く

終電車に遅れないように 走らなきゃって 戻らなきゃって

は彼女が亡くなった時の記憶でしょうか?はっきりとは分かりませんが、もしそうだとしたらここでそのシーンをフラッシュバックさせるのはキますね。

さらにその後の「答えて安心 させてよ」の「させてよ」がね。聴いて貰えば分かりますけどヤバイですね。はっきり言って川谷絵音氏、歌は上手くはないですが、こういう表現力が最近かなり凄くなってきてるように感じます。この曲100回は聴いてますけど未だにここ聴くとぞわっと鳥肌立ちますもん。

そして、最後に曲のタイトルが出てくるフレーズに、焦燥感を煽る切ないギターの音が印象的なアウトロへと、音も含めて小説や短編映画のようなストーリー性の強い楽曲になってます。
個人的にindigoを知らなくてゲス不倫のイメージしか持ってない人に聴いてほしい一曲。


3.夜汽車は走る

indigo la End 「夜汽車は走る」 - YouTube

ここで従来のindigoらしいギターフレーズが印象的なイントロが流れてちょっとほっとします。
全体の印象としては、めちゃくちゃ歌謡曲っぽいです。メロディーの美しさももちろん、歌詞の感じも。一方音はもちろんロックテイストも強くて歌謡ロックですよね要は。こういう曲好き。

ストーリーは会えないあなたに会いたいっていう王道失恋ものでして。
夜汽車に乗ってあなたに会いに行くという意味とも、会いたいけど会えないもどかしい気持ちを夜汽車に例えたとも読める歌詞です。

「モノトーン」の詩的な使い方や、あなたの中に私がいないことを思わせるフレーズなど好きなところはたくさんありますが、特に凄いのがサビで出る「夜汽車は走る」のフレーズの使い方です。

1番では「ただ夜汽車は走る」
2番では「まだ夜汽車は走る」
ラストの大サビでは「まだ夜汽車よ走れ」
と、夜汽車三段活用がなされているのです。
これによって最初はただ単に会いたい気持ちを、次に未練がましさを、最後に未練がましいことは分かっててそれでも会いたいという切実さを、と、段々気持ちが強くなっていく、あえて言えばストーカーとして悪化していく様子が描かれているのです。

そうすると、最後の最後の

あなたを忘れない それだけは自信があるの
困ったような顔が浮かぶわ

の、一歩間違えばサイコスリラーな未練たらたらストーカー感の切なさも増すってもんですよね。


4.心ふたつ

ここまでの3曲はわりとアップテンポな曲たちでしたが、ここでバラード調の6分を超える大作の登場です。

渇く前に君に触れるんだ 遠回りしたけど触れるんだ

という歌から始まるこの曲。
このフレーズをはじめ、「笑った顔どんなだっけ?知ってるはずなのにな」「君からもらった分だけ こぼれ落ちていくんだ」など、二人の思い出が、自分の中の彼女の存在が、君への気持ちが、だんだんと無くなっていく、そんな喪失感が全編に蔓延していて聴いてて常につらい気持ちになります。

ところで、この歌の「君」はどうしていなくなったのでしょうか。私の想像だと、恐らくこれは死別の歌なのではないかと思います。

「揺れた街で何かが君を連れ去った」や、「『私のことばっか』って笑うんだ きっとそうだろ」という言い方は、自分の意思で「僕」をフっていなくなった「君」へのものとはちょっとニュアンスが違いますよね。

そうすると、「君が言うなら(略)生きるか」は切実に響きますし、「今でも好きなんだよな 君のことが好きなんだ」と未練を叫ぶところにもぐっと来ます。
喪失感に包まれながらも彼女を愛していたことを誇るような力強さを感じる素晴らしい歌詞で身につまされます。

「心ふたつ」とは僕の心と君の心がふたつ寄り添った状態、みたいなことでしょう。返ってこない心ふたつ分を返してよと叫ぶこの歌は、このアルバム全体のテーマを端的に表したアルバムのリード曲だと言えるのではないでしょうか。


5.まなざしの予感

というわけで、壮大なバラードの次は男女の短いポエトリーディングによる幕間。

幸せが溢れたら
本当に溢れたら
何の間違いでもなく
君を忘れてしまうかもしれない

散々「君を忘れられない」みたいな曲が続いてからのこれはズルい。君を忘れたくないけどそれじゃ幸せになれないんじゃ!そして......。


6.実験前

楽器が暴動起こしたみたいなカオティックな大騒ぎから、お得意のスラップベース、そして鋭いギターのメロディへと、このアルバムで最もハードロックな演奏からはじまります。が、歌詞の内容はなかなか女々しくて女々しくて女々しくてつらいですよ。

マッドサイエンティストの主人公が危険な実験に挑戦しては案の定失敗して半身を失うお話です。
私も成功率の低い実験に挑んでまんまと大失敗した経験があるので、

実験前の方が なんだかんだ楽しかったな

というサビのフレーズにはとんでもなく共感しちゃいます。
そうなんです、実験前の方が楽しいんですよ。実験中はどんどん苦しくなったいくばかり。一度実験を始めたら進めば行き止まり、戻る道はなく、中断すれば地獄が待っています......。それでも人は実験せずにはいられない。なぜなら知的探究心が人を人たらしめているからです。
しかし、この曲の最後の

出来損ないだけどさ 次も失敗するとは限らないじゃない

という前向きさにほっとします。一方でこの曲と地続きだった前の曲の「幸せが溢れたら」というフレーズが呪いのようにまたじわじわと効いてきます。


7.ハートの大きさ

引き続きロック色ゴリゴリなナンバーです。
この曲、「瞳に映らない」のシングルのカップリングだったのですが、アルバムの中では若干浮いてるんですよね。というのも、他の曲はみんな歌詞の内容が分かりやすく共感できる失恋ソングとして書かれてるんですが、これだけは最近のindigoに近い難解な詞で失恋感も(そう読めなくもないですが)薄いです。

どちらかと言えば、音楽シーンについて、というか川谷絵音のインタビューを見るに音楽シーンというもの自体のどうでもよさについてなど、メジャーデビューするにあたっての様々な心情を詰め込んだような歌詞に見えます。最初の方の歌詞なんかかなり皮肉っぽいですよね。

ただ、抽象的な詞なので、本作に入っていることで失恋的な意味合いも取り出せるような気がします。

やんなったあれも全部
やんなったこれも全部奪って
「心の中で疲れきったろ?」
君は笑って言った

やんなったあれも全部
やんなったこれも全部歌って
「言葉の中で疲れきったろ?」
涙も枯れちまった

こういう悶々としたというか鬱々としたというかで悩んでことにも疲れたような感じはフられた後の気持ちですよね。
だからアルバムの中で若干浮いてはいるものの、なんというか、聴いてる時の気分としては馴染んでるんですよね。要は、直接的に失恋を歌ってはいないけど、そういう時に聴いてすっと沁みてくる曲なんです。


8.花をひとつかみ

スラップベース、キターー!!
というわけであまりの気持ちよさに痙攣しながらぶっ倒れそうなゴリゴリのベースイントロが最高で、indigoの中でもイントロが1、2を争うレベルで好きな曲です。(ちなみに争ってる相手はギターのメロディが美しい「X day」)

そのままべんべんいいながら雪崩れ込むAメロの

捕まえたから離さないよ
今考えたら恥ずかしいな
でも君はいつも舌出して
僕の手からすり抜けたね

で、僕と君の関係性が既にハッキリと分かってしまうのが良いです。こういうロマンチストな男はこういう猫みたいな女の子に惹かれるんです。分かります。しかもなんか西尾維新みたいに各行の文字数揃えてるし。

はっきりとキャラ描写をした後はもう単刀直入で、

花をひとつかみした僕は まだ君を重ねる 離れても離れても

花をひとつかみした君は またすぐに忘れる 離れれば離れるほど

と、シンプルに忘れられないことを歌っています。
素晴らしいのが2番の歌詞。
映画の話の具体性が「花をひとつかみ」なんていう抽象的な歌にリアリティの輪郭を与えていますし、コンビニの話は忘れられないことと時の流れの対比を残酷に描き出しています。

その上で、

悲しくなったら悲しくなっただけ 君を思い出せばいい

という開き直ったような未練の肯定が悲しくも力強く、「ああ、思い出していいんだ」と思わせてくれて泣けます。失った人を思い出さずにはいられない私たちへの優しさに満ちた大事な歌です。


9.つぎの夜へ

静かで、切なさや不穏さを感じさせる音のイントロ。二音を繰り返すところはゆったりとしたサイレンのようです。

時計の時刻はもう
0時をさす前に止まった
あの時間から僕は
ずっと動けないよ

と、まだ抜け出せないところを描きながら

つぎの夜へ つぎの夜へ
心変わり するなら今だよ
つぎの夜へ つぎの夜へ
頭の中で歌うよ

と、抜け出せないまま、そんな気もないのに「つぎの夜へ」と虚しく歌っている......ような気がします。

実は結構長い曲ですが、幕間のような雰囲気もある曲です。
そして、第3部がはじまります......。



10.さよならベル

indigo la End 「さよならベル」 - YouTube

indigoらしい、ギターの音で始まるアップテンポながら切なさ満点のキラーチューンです。もちろん歌詞も殺人級。
何が凄いってもう冒頭の

あれからここに来るたび 君を思い出しては泣いて
霧雨降る坂の途中の自動販売
「喉が渇いたの。」って言いながら 涙を流す君をそっと抱きしめられなかったことを思い出す

これですよ!
自動販売機」という身近な名詞と「喉が渇いたの」というセリフ。こういう具象的なディテールを描くことでリアリティを出す一方で、「霧雨降る坂の途中の」という形容からは、坂の上も下も霧雨に隠され、自販機と僕と君だけがスポットライトの中にあるような幻想性が漂います。
この、限りなくリアルでありながら幻のような感覚がそのままサビで

ハイファイな夢を見てたんだ

と、「ハイファイな夢」という一言で言い表されています。

そう、この曲は主人公が見る夢の中の世界。
サビ以外の部分では"あの坂道"での君と僕のやりとりが描かれます。あの時僕は上手く振る舞えなかった。君を傷つけてしまった。そんな後悔が僕にあの場面の夢を見せるのでしょう。

そして、サビでは夢を見ているということを自覚した状態なのでしょうか、

起きたらまた上手くいくよな

と、こうくるわけですが、しかし、最後のサビではこれまで「起きたらまた上手くいくよな」と言っていた部分で、

ああ、目が覚めたら君はいない

と。
夢の中で別れる場面を見たけれど、「これは夢だから、起きたら君はいて僕らは今まで通り上手くやってるんだ!」と、ぼんやり思っていた。でも目が覚めてみれば君はもういないことを思い出してしまうのです。

取り返しのつかない、後悔の残る場面を夢にまで見ておきながら、目覚めても君はいなくてやり直すことすらもうできない。そんな、喪失感+強い自責の痛みの二重苦を歌った苦しすぎる名曲なんですね。
そして......。


11.幸せが溢れたら

indigo la End 「幸せが溢れたら」 - YouTube

アップテンポで邦ロック色の強い前の曲から一転、バラード調のラスト曲です。

サビ前の部分では別れた彼女のことを思い出すという、このアルバムでこれまで散々繰り返されてきた物語がまたぽつぽつと語られます。
しかし、サビの直前の「だけど僕のこともう知らないんだ」という言葉に引っかかります。「知らない」?「忘れた」ではなく?
すると......。

「もうあなたを忘れてしまう」
涙を浮かべた君は 病のことをしどろもどろに

ぐわー!そう、この曲実は彼女が記憶障害というストーリーなのでした......。
記憶を失うことをテーマにしたラブストーリーというと、私などは映画が好きなので「50回目のファーストキス」とか「きみに読む物語」あたりを思い出します。しかし、記憶を失う彼女とそれでも一緒にいるというこれらの映画とは違い、この歌では

「もうあなたを殺してしまう」
涙を流した君は 僕のことを強く抱きしめた
もう壊れてしまうとわかった 途端に僕は逃げだした
ずるかったな ずるかったよな

と、なかなか残酷な仕打ちをしちゃってるわけです。
一瞬だけめちゃくちゃ個人的な話をしますが、私もこういう経験があるので(別にここまで大きいことではないですが)ここは「もうやめて〜〜」と思います。なので正直なところこの曲はあまり聴きません!はい、直視できない。

それはともかく、こないだふと気づいたんですが、前の曲「さよならベル」の、「涙を流す君をそっと抱きしめられなかったことを思い出す」「長い間言えなかったことがあるんだって」「さよならも言えず走り去ってしまった」というところはぜったいこのことですよね!
「さよならベル」はシングルとしてリリースされた曲ですが、それをこうしてアルバムに組み込んでさらに深めるところにもindigoというバンドがアルバム形式を大事にしていることが明確に伝わってきて惚れ直しました。
というか、PVがわりと露骨ですけどね。あんまりPVみない人間なので、この記事書くために見直すまで気づきませんでした......。
(PVといえば、あれのラストは納得がいかねえ)

で、その上での

君の幸せが溢れたら少しだけ 許されるような気がしてしまうよ

と、こういう形でアルバムタイトルが出てきて、このフレーズがここまで散々歌われてきた失恋へのひとつのあまりに消極的なアンサーになっています。
そしてアルバムを締めくくる最後の歌詞が

もう今更遅いのは分かってる
だけど今でも好きだと伝えたい
それだけだよ それだけなんだよ

そう、結局11曲分歌って伝えたいのはそれだけなんです。
でも、それだけの、出したところでどうしようもない答えだと分かっていても、言葉の中で疲れ切ってしまうほどあれこれ悩む、それが失恋なのです。




まとめ

っつーわけで、indigo la End『幸せが溢れたら』についてでした。

改めてアルバム全体の魅力をざっくり言うと、

恋愛小説を読むようにも、実体験に照らし合わせても読める歌詞の物語性とリアリティ。
ベースをフィーチャーしディープ感の強化した演奏。
一方でポップネス全開のメロディ。

といったところですかね。
そして次作から歌詞のテーマも演奏もよりディープになっていくindigoの、J POPアルバムとしての総決算的な作品でもあるように思います。

まぁなんだっていいけど、要は失恋の渦中にいる人に残酷ですが優しく寄り添ってくれる一枚です。忘れ得ぬ人を想って聴いてください。ふはは!
では、ばいちゃ!

加藤元浩『Q.E.D 証明終了』全巻読破計画② 11巻〜20巻

遅くなりましたが、先日上げた記事に続きQ.E.D全巻読破計画を。今回は11〜20巻です。


各話採点基準↓

★1 →→→→→いまいち
★★2 →→→→まあまあ
★★★3 →→→普通に面白い
★★★★4 →→とても面白い
★★★★★5 →めっちゃんこ面白い




11巻


「寄る辺の海」★★★★4

40年前の子供の水死事故。事故の関係者一同に「あの事故について話したい」という手紙が届く。しかし関係者が揃った矢先、子供の友達だった男があの事故と同じ状況で水死し......。


まずは冒頭で可奈ちゃんの水着姿を拝めることに感謝しましょう。アーメン。
本編の内容も面白かったです。現在に起こる2つの事件にはそれぞれ違った切り口のトリックがあり、犯人に迫るロジックも明快です。特に第2の事件の(ネタバレ→)大自然が仕掛けた壮大な物理トリック......を下敷きにした心理トリックというのが見事です。過去の事件の真相はミステリ的な驚きはないですが人間ドラマとしての驚きは確かにあります。また、最後の燈馬と可奈ちゃんのやり取りも余韻が残っていいですね。飛び抜けたインパクトはないですがトリック、ロジック、ストーリー三点セットで楽しめる良作です。



「冬の動物園」★★★3

冬の動物園での殺人事件。幽霊になった作家志望の"僕"は、自らの死の真相を明かしてもらうため、生前に出会った少年探偵を動物園に呼び出す......!


幽霊が語り手という異色作です。霊の力によって動物園に誘いだされる可奈ちゃんの姿がなんとも可笑しく、前半はかなりコメディタッチになっています。ただ、解決編より前に明かされるとあるトリックにはやられました。そしてそれ以降はややシリアスに。
ここまでくると事件の方はその後そのまんまな解決を迎えるのがやや物足りないですが、あまりにも間抜けなのに哀愁漂う結末は好きです。




12巻


「銀河の片隅にて」★★2

TVの討論番組でUFO研究家が「宇宙人がいる証拠」として提出した噴飯ものの絵を、宇宙人否定派の大学教授が「興味深い」と言い話題になる。その後、絵は何者かに盗まれてしまい......。


一つのエピソードに大量のネタを仕込み、たとえネタの一つ一つが多少いまいちでも量で楽しませてくれるのがこの漫画の良さですが、今回はセコいネタが一つだけでミステリ的にはかなり物足りないです。確かにパズルとしては良く出来てますが、それをミステリのトリックにしちゃうと犯人の行動が怪しすぎてモロバレといった感じで......。
まぁ次の話(=「虹の鏡」)が長めの話なため分量も少なく詰め込めないのは仕方ないのですが。
ちなみに可奈ちゃんの最後の行動にはきゅんきゅんしましたし、次の話への繋ぎも良かったです。



「虹の鏡」★★★3

可奈の家で"あの絵葉書"を見た燈馬が失踪。可奈、優、ロキの3人は燈馬を探すためマサチューセッツへ。しかし、燈馬の足跡を辿る3人は、行く先々であの事件の関係者が変死を遂げるのに遭遇し......。


「魔女の手の中に」の続編となる話です。燈馬の行く先々であの事件の関係者が死んでいくという不穏な発端が魅力的。また、伏線の張り方もさすがで、特に絵として見せるあの伏線には驚きました。
ただ、(ネタバレ→)こんなことを言うとキャラの不幸を喜ぶようでいやらしいですが、アニーの死が燈馬の探偵役としてのスタンスに大きく影響していたというのが「魔女の手の中に」の感動ポイントだったのに、なんでえ結局生きてたんかーい!ってとこでちょっと複雑な気持ちになりました。まぁ魅力的なキャラクターなのでせっかく生き返らせたなら今後もぜひ再登場してほしいですね。
ともあれ、重要エピソードの続編として満足のいくエモいお話でしただよ。





13巻


「災厄の男」★★★3

燈馬は世界屈指の大企業の会長・アランからエイプリルフールの騙し合いゲームを挑まれる。レンブラントの絵を巡るゲームに燈馬は勝てるのか......?


メインのネタだけ見れば普段ならこういうのは好きじゃないんですけど、話の構成が上手いので気にならず普通に楽しめました。
「災厄の男」のキャラも良くて、普通に嫌なやつですけど、この漫画なら必ず燈馬が勝つと分かっているため、どこか憎めない小悪党という感じがします。
また、可奈ちゃんの悩みも にやにやしちゃいました。
というわけで色々面白さの詰まったお話でしたね。



「クラインの塔」★★2

燈馬はとある村にある栄螺堂・"黄泉の塔"の調査を依頼される。その塔では過去に、所有者が堂内で消失し、1年後白骨化して再出現したという曰くがあった。そして再び怪事件が......。


二重螺旋の栄螺堂というモチーフは雰囲気バリバリでいいです。そこで起きる事件も外連味ゴリゴリでいいです。ただ、トリックがあんなセコいことかよ!ってところで雰囲気とかが良かっただけに肩透かしでした。




14巻


「夏休み事件」★★★3

夏休み。剣道部が練習している体育館へ突如バスケットボールが窓を割って飛び込んでくる。避けようとした可奈は受け身を取り損ねて捻挫。しかし、剣道部員が外へ出てみるとそこには誰もおらず......。果たしてボールはどこから飛んできたのか?
更に、この夏休みには他にも怪事件が起きていて......。


夏休みの学校で起きるちょっとした事件を題材にした日常の謎系の話です。日常の謎とはいえ、起きる事件の数が多く、メインのバスケットボールの謎は不可解と、なかなかに外連味のある事件でわくわくさせてくれます。
解決の方も、一つ一つは小粒なもののたくさんアイデアが投入されていて楽しかったです。特に(ネタバレ→)けんすい遊びまでが伏線とは......。この作者は印象的でありながら読んだ時には伏線とは気づかないような見事な伏線を張りますよね。
最後の胸キュンなセリフもぐわーっ!と思いました。ぐわーっ!

青春したい。



「イレギュラー・バウンド」★★★3

市会議員の豊田氏が何者かに刺されて意識不明に、また彼が建設会社から受け取った政治献金100万円も消失。容疑者は、豊田氏が100万円を持っていることを知っていた建設会社の社員に絞られる。可奈は草野球で出会った建設会社の社員・里見を怪しいと睨み、調査をはじめるが......。


いかにもいい人な最有力容疑者里見さんや、いかにもヤな奴の被害者のキャラがいいですね。最後とかちょっともにょるけどほっこりしました。
ただミステリーとしてはちょっと分かりやすすぎる気がします。こうきたらこうだろというのが、論理ではなくパターン的に分かっちゃって、ほぼ全部予想した通りでしたから......。




15巻



ガラスの部屋★★★3

可奈の友人である夏美の祖父・大矢悦郎氏が刺殺された。被害者の趣味だった真空管に飾られたガラスの部屋は何を語るのか......?

ミステリーとしては、インパクトこそ弱いですが、推理をこねくり回す面白さと地味ながら鮮やかなトリックが合わさって読み応えがあります。また犯人の決め手も良くできてます。
また、お話としても被害者の最後のメッセージに笑いながらホロリときました。



デデキントの切断★★★★4

MITのドーン教授が燈馬に会いに日本を訪れた。過去に鍵のかかった教授の研究室を荒らされた事件の際、燈馬が呟いた「デデキントの切断」という言葉の意味を聞くために。しかし、燈馬は「忘れました」とはぐらかす。一体過去に何があったのか?


数学用語の「デデキントの切断」がモチーフになった作品ですが、当然ながら文系の私はそんな言葉知りませんでしたし、説明されても可奈ちゃんと同じで「どゆこと???」という感じでした。ただ、それが事件の中でどういう意味を持ってくるかは非常にわかりやすくて文系のバカにも理解できるので凄いです。
ミステリーとしてはたった一点のある事柄から全てに説明がつくというものですが、重い話なので真相に爽快感よりもショックが大きくなってます。そう、数学者の苦悩や業を描いた物語としての重厚感こそ、この作品の一番の見どころでしょう。余韻の残るお話です。




16巻


「サクラ サクラ」★★2

公園で花見の場所取りをする可奈は、隣に座った女性から会社で書類をなくした話を聞く。なくなるはずのない状況で書類はどこへ消えたのか?
一方、燈馬は、先輩の父親が社長を務める企業からヘッドハンティングを受け......。


まずミステリー部分はというと、燈馬くんが話を聞いただけで失せ物さがしをするという、日常の謎安楽椅子探偵。なんてことはない真相ですが、「そうやってものなくすことあるある〜」ときっちり納得出来る見事な答えにはなってます。
また、燈馬と可奈の2人の関係に一つの答えが出るエピソードでもあります。そう、このお話では、周りからよく聞かれる「燈馬はなぜ日本で高校に入り直したのか?」「燈馬と可奈は付き合っているのか?」という疑問に、燈馬本人が答えているのです!
「あの桜の花みたいなものです」という燈馬の言葉の真意が明らかになった時、「この2人をこれからも見守っていきたい」と思わされる、シリーズ上重要なエピソードです。なのでミステリー部分から採点は低めにしましたが、シリーズの中でも好きなエピソードの一つです。



「死者の涙」★★★3

休暇を利用して知人の住む村へ釣りに来ていた水原父娘と燈馬。その村でDVを受けていた女性が失踪する事件が起こる。捜索の末、女性は警部の知人の家のマネキン工場から遺体で発見された。しかし、遺体は最後に一筋の涙を流していた......。
犯人は誰なのか?そして、遺体の涙の意味とは......?


トリックは豆知識の域を出ないものですし、その割に豆知識としての説明も少なめでどことなく投げやりな感じもしてしまいます。
が、それより何より解決の後の信じられないもう一つの真相が......ミステリ的な意味ではなく物語的な意味でですが、衝撃的でした。と同時に、死者の涙というタイトルがじわじわと沁みてきてやりきれない余韻にこちらも涙しそうになりました。
............あと、水原警部がカッコよかったです。




17巻


「災厄の男の災厄」★★★3

"災厄の男"アランは、懲りずに燈馬ら優秀な人材を自らの会社に入れるためある策略を巡らせた誕生日パーティーを開く。しかし、その策略が裏目に出て、400万ドルが紛失する事件が起きてしまう。


出ました、災厄の男。相変わらずめちゃくちゃウザいんですけど、なぜだか彼の再登場を待っている自分がいました。秘書のお姉さん綺麗だし。
ストーリーはやっぱりアランが優秀な人材をヘッドハンティングするためにゲームを仕掛けるという前と同じパターンですが、今回は事件の構成の面白さで魅せてくれます。
当然今回も燈馬くんのが一枚上なわけですが、それでめげるアランでもないでしょうし、また登場してくれるのを楽しみに待ちたいですね。



「いぬほおずき」★★2

燈馬たちはひょんなことから日本の巨匠・大沢監督の新作映画の撮影を見学する。しかし、主演女優が主演俳優を小刀で刺すシーンの撮影で、模造品の小刀が本物とすり替えられていた!


巨匠監督の映画の撮影中に事件が起こる話です。監督や女優さんのオーラが凄くて普段の話よりもシリアス感が強く出ているのでぐいぐい引き付けられました。
トリックらしいトリックは取って付けたような感じで、正直なところわざわざ密室殺人が起こる意味もないように思ってしまいます。だって彼殺され損ですよね、つらい......。
しかし、それとは別に、華々しい世界にいる人たちの闇の部分が描かれる心理ドラマが大きな見所になっています。そうした心理の盲点を突いた小刀すり替えトリックにはゾクッとしました。ボカしますが、こういうの好きです。
また、虚構と現実のリンクした先に見える動機も見事。第二の被害者さえいなければ深い余韻が残る話なんですが、第二の被害者が可哀想すぎて............。




18巻


「名探偵"達"登場」★★★3

咲坂高校探偵同好会の面々は密室状況の部室でチーズケーキが何者かに食べられる"事件"に遭遇する。調査を進める探偵同好会は、学校で噂される幽霊に遭遇......。犯人は怪しい男女二人組(燈馬&可奈)なのか......?


女王様キャラの美女、エナリー・クイーン会長と助さん角さんの三人組、探偵同好会のキャラが立っててそれだけでミステリファンには楽しいです。ほら、私って美人好きだし。
それはさておき、ミステリとしても、一つ一つは小ネタながらいくつものトリックとロジックによる怒涛の解決編は見応えばっちり。(ネタバレ→)幽霊は燈馬と可奈、ケーキや部室荒らしは探偵研の面々それぞれと、登場人物全員が何かしらの"犯人"であるという構図もお見事です。



「3話の鳥」★★★3

水原警部の部下・笹塚刑事は、故郷で起きた13年前の心中事件のことをニュースで知る。事件は笹塚ら仲良し三人組がよく遊んだ秘密基地の近くで起きていた。しかし、笹塚はその当時のことがどうしても思い出せない。彼の記憶の中に事件の鍵が眠っているのか......?


子供時代の記憶の中の思い出せない"何か"......というホラーなんかによくあるような題材のため、いつもよりシリアス調の雰囲気が新鮮です。
真相は想像の範囲内ではありますが物語として印象深く、ミステリとしては小さいアイデアでもストーリー性で見事に面白いお話に仕上げた一編です。




19巻


マクベスの亡霊」★★★3

マクベス」の舞台の練習中、主演の大物俳優・山崎にイビられた若手俳優・河岡は山崎を殺してしまう。
アリバイ工作をして事故に見せかけた河岡だったが、それから山崎の亡霊に悩まされ......。


たまにある倒叙ものです。
犯人が分かっていながら犯行方法が部分的に隠されていることで小粒なネタですがハウダニットの要素もあり。そして、犯人特定の細っかいロジックにも感心しました。今だったら(ネタバレ→)スピーカーモードで話してたって言えば、言い訳はできると思いますが、当時は燈馬くんのおっしゃる通りですよね。
また、殺人を犯してしまった男が劇の通りに亡霊に悩まされるという物語も魅力的でインパクトのあるラストカットが目に焼きつきます。



「賢者の遺産」★★★3

ひょんなことから昭和初期にタイムスリップした可奈は、そこで燈馬くん......ならぬ塔場くんに出会う。
燈馬くんそっくりの彼は、進学資金を援助してくれるはずの富豪が亡くなり困っていた。見かねた可奈は塔場くんに富豪の隠し財産探しをけしかけるが......。


しれっとタイムトラベルしちゃって驚きますが、このへん漫画ならではの強みでしょう。というかそもそもがサザエさん時空なので、タイムトラベルくらいはすんなり受け入れられます。
ミステリとしては心理的矛盾から犯人を突き止めるのがメインになります。殺人事件の場合は物証なしの心理面だけの推理では不確実な感がありますが、兄弟間の遺産争いくらいなら物証より納得しやすくていいですね。
また、最後の富豪が遺したものの正体も非常によくできています。
ラスト1ページの強烈な余韻も見事で、作者のエンタメへの造詣の深さすら感じられます。




20巻


「無限の月」★★2

燈馬は中国の警察から、マフィア組織・西興社に関する捜査協力を依頼される。燈馬の友人である胡という男が西興社による関わっているというのだ。しかしその矢先、西興社の4人のボスが次々と殺されていき......。
胡の「φの場所で待つ」という言葉の意味とは?そして連続ボス殺害事件の真相は?


殺人の構図といい、数学にまつわるメッセージといい、外連味溢れる謎は魅力的です。しかし、そのわりにどちらも真相はあまり捻りがないように思えます。それでも、名犯人の姿は珍しくシリアスすぎるエンディングも相俟ってとても印象深くなっています。



「多忙な江成さん」★★★★4

エナリー・クイーンこと江成さんの祖母に恋人ができ、親戚一同は遺産の取り分が減ることを恐れ不穏な空気に。クイーンは祖母に悪いことが起きないようにと可奈に祖母の護衛を依頼する。
しかし、それからというもの祖母の周りで妙なことが相次ぎ......。


江成さん率いる探偵研究会再登場です。
いや〜、想定の範囲外です。言われてみればあからさまなくらいの伏線の山ですが、これは考えないよ〜。
何を言ってもボロが出そうなので簡潔にいきますが、連打される謎の乱れ打ちをそれを収束させるたったひとつの事実。複雑でありながら単純明快な構成。江成さんの多忙さへの笑い。そして何とも言えない粋なラストなどなど、全てが素晴らしい傑作です。






というわけで、11〜20巻感想でした。
個人的にベストはダントツで「多忙な江成さん」、偏愛枠としては「夏休み事件」を挙げておきます。
ミステリーとしてはもちろん面白いんですが、だんだん作者も書き慣れてきたのかストーリーとしてもグッとくる話が多かった印象があり、続きも楽しみです。と言いつつ、これから姉妹編のC.M.Bの方も読んでいこうと思うので、恐らく次回の更新はそちらになると思います。博物館の話とかワクワクすっぞ!
ってな感じでばいちゃ。