偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

indigo la End『幸せが溢れたら』の感想だよ

今更ですが、最近なんかindigo la Endしか聴けなくなってしまったので、彼らの2枚目のアルバムについて書きます。







私ってば旧弊な人間なので、これだけ曲単体のダウンロードが一般的な時代でも"アルバム"という形への憧れや愛着が忘れられません。で、indigoのアルバムはいっつも"アルバム"単位で一枚の作品という作りになっているから好きなんです。
で、このアルバムはそんな彼らの作品の中でも、「失恋」という最も明確なコンセプトのもとに作られたアルバムです。
構成も緩やかに三部構成のようになっていて通しで聴きやすくなってます。

また、本作からベースの後鳥さんがサポートから正規メンバーに格上げされ、これまでのギターを全面に押し出したスタイルからベースが強調された音に変化しています。

個人的にベースの音は大好きですし、失恋ものも歌に限らず大好きなので、本作はindigoの中でも『Crying End Roll』に次いで好きなアルバムなのです。


では以下各収録曲についてちょっとずつ。


1.ワンダーテンダー

アルバム1曲目。
イントロはほぼなく、いきなり始まる歌い出しの言葉は「あの街から出てきて少しばかり生意気になったんだ」。そしてこれまでのアルバムの曲とは異なりベースがスラップも交えつつうねりまくるAメロ。

......と、前作『あの街レコード』からバンドが変化したことを歌詞でも演奏でもバン!と宣言するような出だしでアルバムの世界に一気に引き込まれます。

タイトルのワンダーテンダーという響き、良い感じですね。英語が苦手なので一応辞書で単語の意味を調べたところ、ワンダーは「驚異の」、テンダーは「柔らかい」「感じやすい」など。
要は「びっくりするほどおセンチ」みたいな?それとも「驚異的/感傷的」と並列のニュアンス?なんにしろ、indigoの、そしてこのアルバムの曲の恋愛観を端的に表した良いタイトルだと思います。
歌詞で好きなのは「吐き出すたび弱くなっちゃって」「あなたを好きでいれたらよかったなと歌詞で書いた側からまた失って」という部分。作者の意図とは合ってない気がしますが、失恋した辛さをツイッターとかで言うたびにだんだん好きだった気持ちが失われていく寂しさを私は感じました。また最後も良いですね。
いろんな意味でアルバムの一曲目として素晴らしい曲です。


2.瞳に映らない

indigo la End - 瞳に映らない - YouTube

行ったり来たりしないでよ 心変わりとか言って 行ったり来たりしてるのを私のせいにしないでよ あなた

イントロもなく前の曲から間髪入れずに強気な女性一人称の歌い出しで始まります。最初のこのフレーズだけ聞くと浮気性の彼氏の話かと思いますがこれはミスリードで、それからどちらかと言えば背景の見えないぼんやりとした歌詞が続きます。
ぼんやりとはしていながらも、

あなた あなた あなただけ 私の声が聞こえたら
どうか どうか 忘れてないと答えて安心させてよ

というサビのフレーズが、古風な「あなた」という呼びかけが繰り返される音の響きの気持ちよさと相俟って胸を締め付けやがります。
死んだ人に対して「あいつは死んでなんかいない。俺たちの心の中で生き続けてるんだ!」という慣用句がありますが、逆に言えば、誰かに忘れられた時、我々はその人の中では死ぬわけなのです。
別れることになった「あなた」にせめて自分を覚えていてほしいと願う「私」の姿が切ないです。

......にしてもそれこそ死んだみたいな口ぶりだなぁ、などと思っていると、2番サビの最後で

あなた あなた あなたのことばっか 空から想うよ

と、衝撃の事実が明かされます。そう、この「私」、本当に死んでたのです。大どーんでーん返し!(違)

というわけで、ここまで聴くと死者の視点の物語だと言うことが分かり、分かってみると2回目聴いた時に歌詞全体の何を言っているのか分かりづらい部分にも納得がいく、という仕組みになっているわけです。
そうしたらもうボロ泣きですよ!
そして続く

終電車に遅れないように 走らなきゃって 戻らなきゃって

は彼女が亡くなった時の記憶でしょうか?はっきりとは分かりませんが、もしそうだとしたらここでそのシーンをフラッシュバックさせるのはキますね。

さらにその後の「答えて安心 させてよ」の「させてよ」がね。聴いて貰えば分かりますけどヤバイですね。はっきり言って川谷絵音氏、歌は上手くはないですが、こういう表現力が最近かなり凄くなってきてるように感じます。この曲100回は聴いてますけど未だにここ聴くとぞわっと鳥肌立ちますもん。

そして、最後に曲のタイトルが出てくるフレーズに、焦燥感を煽る切ないギターの音が印象的なアウトロへと、音も含めて小説や短編映画のようなストーリー性の強い楽曲になってます。
個人的にindigoを知らなくてゲス不倫のイメージしか持ってない人に聴いてほしい一曲。


3.夜汽車は走る

indigo la End 「夜汽車は走る」 - YouTube

ここで従来のindigoらしいギターフレーズが印象的なイントロが流れてちょっとほっとします。
全体の印象としては、めちゃくちゃ歌謡曲っぽいです。メロディーの美しさももちろん、歌詞の感じも。一方音はもちろんロックテイストも強くて歌謡ロックですよね要は。こういう曲好き。

ストーリーは会えないあなたに会いたいっていう王道失恋ものでして。
夜汽車に乗ってあなたに会いに行くという意味とも、会いたいけど会えないもどかしい気持ちを夜汽車に例えたとも読める歌詞です。

「モノトーン」の詩的な使い方や、あなたの中に私がいないことを思わせるフレーズなど好きなところはたくさんありますが、特に凄いのがサビで出る「夜汽車は走る」のフレーズの使い方です。

1番では「ただ夜汽車は走る」
2番では「まだ夜汽車は走る」
ラストの大サビでは「まだ夜汽車よ走れ」
と、夜汽車三段活用がなされているのです。
これによって最初はただ単に会いたい気持ちを、次に未練がましさを、最後に未練がましいことは分かっててそれでも会いたいという切実さを、と、段々気持ちが強くなっていく、あえて言えばストーカーとして悪化していく様子が描かれているのです。

そうすると、最後の最後の

あなたを忘れない それだけは自信があるの
困ったような顔が浮かぶわ

の、一歩間違えばサイコスリラーな未練たらたらストーカー感の切なさも増すってもんですよね。


4.心ふたつ

ここまでの3曲はわりとアップテンポな曲たちでしたが、ここでバラード調の6分を超える大作の登場です。

渇く前に君に触れるんだ 遠回りしたけど触れるんだ

という歌から始まるこの曲。
このフレーズをはじめ、「笑った顔どんなだっけ?知ってるはずなのにな」「君からもらった分だけ こぼれ落ちていくんだ」など、二人の思い出が、自分の中の彼女の存在が、君への気持ちが、だんだんと無くなっていく、そんな喪失感が全編に蔓延していて聴いてて常につらい気持ちになります。

ところで、この歌の「君」はどうしていなくなったのでしょうか。私の想像だと、恐らくこれは死別の歌なのではないかと思います。

「揺れた街で何かが君を連れ去った」や、「『私のことばっか』って笑うんだ きっとそうだろ」という言い方は、自分の意思で「僕」をフっていなくなった「君」へのものとはちょっとニュアンスが違いますよね。

そうすると、「君が言うなら(略)生きるか」は切実に響きますし、「今でも好きなんだよな 君のことが好きなんだ」と未練を叫ぶところにもぐっと来ます。
喪失感に包まれながらも彼女を愛していたことを誇るような力強さを感じる素晴らしい歌詞で身につまされます。

「心ふたつ」とは僕の心と君の心がふたつ寄り添った状態、みたいなことでしょう。返ってこない心ふたつ分を返してよと叫ぶこの歌は、このアルバム全体のテーマを端的に表したアルバムのリード曲だと言えるのではないでしょうか。


5.まなざしの予感

というわけで、壮大なバラードの次は男女の短いポエトリーディングによる幕間。

幸せが溢れたら
本当に溢れたら
何の間違いでもなく
君を忘れてしまうかもしれない

散々「君を忘れられない」みたいな曲が続いてからのこれはズルい。君を忘れたくないけどそれじゃ幸せになれないんじゃ!そして......。


6.実験前

楽器が暴動起こしたみたいなカオティックな大騒ぎから、お得意のスラップベース、そして鋭いギターのメロディへと、このアルバムで最もハードロックな演奏からはじまります。が、歌詞の内容はなかなか女々しくて女々しくて女々しくてつらいですよ。

マッドサイエンティストの主人公が危険な実験に挑戦しては案の定失敗して半身を失うお話です。
私も成功率の低い実験に挑んでまんまと大失敗した経験があるので、

実験前の方が なんだかんだ楽しかったな

というサビのフレーズにはとんでもなく共感しちゃいます。
そうなんです、実験前の方が楽しいんですよ。実験中はどんどん苦しくなったいくばかり。一度実験を始めたら進めば行き止まり、戻る道はなく、中断すれば地獄が待っています......。それでも人は実験せずにはいられない。なぜなら知的探究心が人を人たらしめているからです。
しかし、この曲の最後の

出来損ないだけどさ 次も失敗するとは限らないじゃない

という前向きさにほっとします。一方でこの曲と地続きだった前の曲の「幸せが溢れたら」というフレーズが呪いのようにまたじわじわと効いてきます。


7.ハートの大きさ

引き続きロック色ゴリゴリなナンバーです。
この曲、「瞳に映らない」のシングルのカップリングだったのですが、アルバムの中では若干浮いてるんですよね。というのも、他の曲はみんな歌詞の内容が分かりやすく共感できる失恋ソングとして書かれてるんですが、これだけは最近のindigoに近い難解な詞で失恋感も(そう読めなくもないですが)薄いです。

どちらかと言えば、音楽シーンについて、というか川谷絵音のインタビューを見るに音楽シーンというもの自体のどうでもよさについてなど、メジャーデビューするにあたっての様々な心情を詰め込んだような歌詞に見えます。最初の方の歌詞なんかかなり皮肉っぽいですよね。

ただ、抽象的な詞なので、本作に入っていることで失恋的な意味合いも取り出せるような気がします。

やんなったあれも全部
やんなったこれも全部奪って
「心の中で疲れきったろ?」
君は笑って言った

やんなったあれも全部
やんなったこれも全部歌って
「言葉の中で疲れきったろ?」
涙も枯れちまった

こういう悶々としたというか鬱々としたというかで悩んでことにも疲れたような感じはフられた後の気持ちですよね。
だからアルバムの中で若干浮いてはいるものの、なんというか、聴いてる時の気分としては馴染んでるんですよね。要は、直接的に失恋を歌ってはいないけど、そういう時に聴いてすっと沁みてくる曲なんです。


8.花をひとつかみ

スラップベース、キターー!!
というわけであまりの気持ちよさに痙攣しながらぶっ倒れそうなゴリゴリのベースイントロが最高で、indigoの中でもイントロが1、2を争うレベルで好きな曲です。(ちなみに争ってる相手はギターのメロディが美しい「X day」)

そのままべんべんいいながら雪崩れ込むAメロの

捕まえたから離さないよ
今考えたら恥ずかしいな
でも君はいつも舌出して
僕の手からすり抜けたね

で、僕と君の関係性が既にハッキリと分かってしまうのが良いです。こういうロマンチストな男はこういう猫みたいな女の子に惹かれるんです。分かります。しかもなんか西尾維新みたいに各行の文字数揃えてるし。

はっきりとキャラ描写をした後はもう単刀直入で、

花をひとつかみした僕は まだ君を重ねる 離れても離れても

花をひとつかみした君は またすぐに忘れる 離れれば離れるほど

と、シンプルに忘れられないことを歌っています。
素晴らしいのが2番の歌詞。
映画の話の具体性が「花をひとつかみ」なんていう抽象的な歌にリアリティの輪郭を与えていますし、コンビニの話は忘れられないことと時の流れの対比を残酷に描き出しています。

その上で、

悲しくなったら悲しくなっただけ 君を思い出せばいい

という開き直ったような未練の肯定が悲しくも力強く、「ああ、思い出していいんだ」と思わせてくれて泣けます。失った人を思い出さずにはいられない私たちへの優しさに満ちた大事な歌です。


9.つぎの夜へ

静かで、切なさや不穏さを感じさせる音のイントロ。二音を繰り返すところはゆったりとしたサイレンのようです。

時計の時刻はもう
0時をさす前に止まった
あの時間から僕は
ずっと動けないよ

と、まだ抜け出せないところを描きながら

つぎの夜へ つぎの夜へ
心変わり するなら今だよ
つぎの夜へ つぎの夜へ
頭の中で歌うよ

と、抜け出せないまま、そんな気もないのに「つぎの夜へ」と虚しく歌っている......ような気がします。

実は結構長い曲ですが、幕間のような雰囲気もある曲です。
そして、第3部がはじまります......。



10.さよならベル

indigo la End 「さよならベル」 - YouTube

indigoらしい、ギターの音で始まるアップテンポながら切なさ満点のキラーチューンです。もちろん歌詞も殺人級。
何が凄いってもう冒頭の

あれからここに来るたび 君を思い出しては泣いて
霧雨降る坂の途中の自動販売
「喉が渇いたの。」って言いながら 涙を流す君をそっと抱きしめられなかったことを思い出す

これですよ!
自動販売機」という身近な名詞と「喉が渇いたの」というセリフ。こういう具象的なディテールを描くことでリアリティを出す一方で、「霧雨降る坂の途中の」という形容からは、坂の上も下も霧雨に隠され、自販機と僕と君だけがスポットライトの中にあるような幻想性が漂います。
この、限りなくリアルでありながら幻のような感覚がそのままサビで

ハイファイな夢を見てたんだ

と、「ハイファイな夢」という一言で言い表されています。

そう、この曲は主人公が見る夢の中の世界。
サビ以外の部分では"あの坂道"での君と僕のやりとりが描かれます。あの時僕は上手く振る舞えなかった。君を傷つけてしまった。そんな後悔が僕にあの場面の夢を見せるのでしょう。

そして、サビでは夢を見ているということを自覚した状態なのでしょうか、

起きたらまた上手くいくよな

と、こうくるわけですが、しかし、最後のサビではこれまで「起きたらまた上手くいくよな」と言っていた部分で、

ああ、目が覚めたら君はいない

と。
夢の中で別れる場面を見たけれど、「これは夢だから、起きたら君はいて僕らは今まで通り上手くやってるんだ!」と、ぼんやり思っていた。でも目が覚めてみれば君はもういないことを思い出してしまうのです。

取り返しのつかない、後悔の残る場面を夢にまで見ておきながら、目覚めても君はいなくてやり直すことすらもうできない。そんな、喪失感+強い自責の痛みの二重苦を歌った苦しすぎる名曲なんですね。
そして......。


11.幸せが溢れたら

indigo la End 「幸せが溢れたら」 - YouTube

アップテンポで邦ロック色の強い前の曲から一転、バラード調のラスト曲です。

サビ前の部分では別れた彼女のことを思い出すという、このアルバムでこれまで散々繰り返されてきた物語がまたぽつぽつと語られます。
しかし、サビの直前の「だけど僕のこともう知らないんだ」という言葉に引っかかります。「知らない」?「忘れた」ではなく?
すると......。

「もうあなたを忘れてしまう」
涙を浮かべた君は 病のことをしどろもどろに

ぐわー!そう、この曲実は彼女が記憶障害というストーリーなのでした......。
記憶を失うことをテーマにしたラブストーリーというと、私などは映画が好きなので「50回目のファーストキス」とか「きみに読む物語」あたりを思い出します。しかし、記憶を失う彼女とそれでも一緒にいるというこれらの映画とは違い、この歌では

「もうあなたを殺してしまう」
涙を流した君は 僕のことを強く抱きしめた
もう壊れてしまうとわかった 途端に僕は逃げだした
ずるかったな ずるかったよな

と、なかなか残酷な仕打ちをしちゃってるわけです。
一瞬だけめちゃくちゃ個人的な話をしますが、私もこういう経験があるので(別にここまで大きいことではないですが)ここは「もうやめて〜〜」と思います。なので正直なところこの曲はあまり聴きません!はい、直視できない。

それはともかく、こないだふと気づいたんですが、前の曲「さよならベル」の、「涙を流す君をそっと抱きしめられなかったことを思い出す」「長い間言えなかったことがあるんだって」「さよならも言えず走り去ってしまった」というところはぜったいこのことですよね!
「さよならベル」はシングルとしてリリースされた曲ですが、それをこうしてアルバムに組み込んでさらに深めるところにもindigoというバンドがアルバム形式を大事にしていることが明確に伝わってきて惚れ直しました。
というか、PVがわりと露骨ですけどね。あんまりPVみない人間なので、この記事書くために見直すまで気づきませんでした......。
(PVといえば、あれのラストは納得がいかねえ)

で、その上での

君の幸せが溢れたら少しだけ 許されるような気がしてしまうよ

と、こういう形でアルバムタイトルが出てきて、このフレーズがここまで散々歌われてきた失恋へのひとつのあまりに消極的なアンサーになっています。
そしてアルバムを締めくくる最後の歌詞が

もう今更遅いのは分かってる
だけど今でも好きだと伝えたい
それだけだよ それだけなんだよ

そう、結局11曲分歌って伝えたいのはそれだけなんです。
でも、それだけの、出したところでどうしようもない答えだと分かっていても、言葉の中で疲れ切ってしまうほどあれこれ悩む、それが失恋なのです。




まとめ

っつーわけで、indigo la End『幸せが溢れたら』についてでした。

改めてアルバム全体の魅力をざっくり言うと、

恋愛小説を読むようにも、実体験に照らし合わせても読める歌詞の物語性とリアリティ。
ベースをフィーチャーしディープ感の強化した演奏。
一方でポップネス全開のメロディ。

といったところですかね。
そして次作から歌詞のテーマも演奏もよりディープになっていくindigoの、J POPアルバムとしての総決算的な作品でもあるように思います。

まぁなんだっていいけど、要は失恋の渦中にいる人に残酷ですが優しく寄り添ってくれる一枚です。忘れ得ぬ人を想って聴いてください。ふはは!
では、ばいちゃ!