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indigo la End『夜行秘密』の感想だよ(後編)

夜行秘密 (初回限定盤B Blu-ray)

夜行秘密 (初回限定盤B Blu-ray)

  • アーティスト:indigo la End
  • 発売日: 2021/02/17
  • メディア: CD

それでは後編です。

前編はこちら




9.不思議なまんま

何度も聴いていくうちにじわじわとこの曲がアルバムでも一番好きなんじゃないかと思い始めてる曲です。

キーボードときゅぴきゅぴいう音がそれこそ不思議な印象のイントロから、抑えた感じのAメロ、早口で抑揚なく読み上げるようなBメロときてからの、サビのぶち上がり方がやべえっすよね!
メロディの中毒性と、ファルセットの気持ちよさと、歌詞の音的な気持ちよさと、踊らされちゃうリズム。「有り難みの化身は」のところの文字の音への載せ方がちょっと難しいところが気持ちいい。あと、ベースのスラップもちょうど痒いとこに手が届くような気持ち良さで鳴って、イキそうになります。

からの、2番ではABのメロディがガラッと変わるっていう贅沢な構成。そりゃ一年に50曲とか作るお方だからメロディなんかいくらでも余ってるんでしょうけどさ!
でも、同じメロディを繰り返さないところも「不思議なまんま」というタイトルの通りで巧いっすね。

そして、間奏よ!
突然なにやらめちゃくちゃ壮大な感じになって、激しいんだけどなんだかカッコいいというよりは敬虔な気持ちにさえなっちゃうような神秘さがあります。まぁクソかっけえんだけど。
そっからはぐいぐいと盛り上がって盛り上がって、カッコよすぎるアウトロへ。はぁ、好き。


そんで歌詞がまた素晴らしいんすよ。
たまゆら」よりもうちょっとだけ前向きな、ネガティブなんだけど肯定的な応援ソングみたいな。

トキメクまんま
有り難みの化身は
遅い業を全うするんだよ

というところは、僭越ながらどこかファンに向けて言っているようにも聴こえます。スピッツの「醒めない」のような。
気のせいだったら「今絵音と目が合った!」とか言ってる恥ずかしいファンみたいで恥ずかしいです。

不思議なまんま
生きてく向こう岸が
明るい保証はないけれど

というのは、例えば「Unpublished Manuscript」の「僕にも見せてよ」を乗り越えて、先が見えないままでも生きて行く決意を固めているようでとてもエモいです。

弱くていいし怖くてもいいらしい
意外と厳しくないんだよ

ってとこもエモい。
こういう歌詞を、明るくはないけど踊りたくなるような音に乗せて歌ってくれるのが優しいよね。ズルい男よね。




10.晩生

やや激しめなところもある「不思議なまんま」から、さらにめちゃくちゃ激しいこの曲への繋ぎが超好き。
indigoで激しい曲というと「秘密の金魚」「実験前」「知らない血」あたりがあると思いますが、その辺の曲に比べても過去最高にハードなんじゃないかなこれ。

歪んだギターのジャカジャカがとにかくカッコいいイントロからの低く囁くような声で歌い出すのが凄く良い。えのぴょんこんな声も出せるんだね///

そして抑え目で来てからのサビで歌が力強くなるのもエモい。
「ど〜〜して僕じゃ〜〜」「あなたじゃ〜〜」など「〜〜」が多いので、シャウトとかしてるわけじゃないけど心の叫び感が伝わってきます。

あと細かいけど、1番のサビ前は一瞬音が止まるんだけど、2番のサビ前ではドラムのタカタカとベースのブイーンが入っててさらに勢い付かせてるとこが好き。

そしてアウトロはもう最高っすね。
今時イントロも間奏もアウトロもないような曲が流行ると川谷絵音本人がいつも言ってる中での、まさかの2分近いロングロングアウトロ!
ライブの本編ラストって感じ全開で、最近ライブに行ってないだけにテンションぶち上がりました!


そして歌詞はやはり生活実感的な内容。

恵まれた場所で
何を言うか馬鹿者

一度は思ったことがあるだろ
自分じゃなくて良かったって

特に解釈の余地がないくらいストレートな内容ですが、こういうことを考えるのもまた大抵は夜のことで、誰しも思うけど表立っては言わないことを言ってるという意味ではこの曲もまた夜行秘密。
ただ、ほんとに誰しも思うような内容なのと、それをユニセフとかに寄付してる高所得者川谷絵音に言われると「はぁ......」となってしまうところはあります。

曲名の「晩生」というワードが、前曲の「遅い業」とか、次曲の「童」と繋がっていて3部作2曲目として素晴らしい繋ぎ方だと思います。




11.さざなみ様

激しいアウトロからの、すぅ〜っと入るシャレオツなイントロが良いですね。嵐の後の静けさみたいな感じで。
ちょっとジャズっぽさもあるサウンドで、大サビ前のピアノのグリッサンドとかベタさが逆に新鮮で気持ちいいです。

でも、抑えめでオシャレなのに歌詞は童貞の話なのには笑いました。「晩生」という歌の後に童貞の歌というのも趣深いです。

生きていればそれだけ風が吹くと 神様おっしゃいました
バス停で揺れる青年さ

という歌い出しは、もちろんスピッツの「運命の人」のオマージュですね。
「運命の人」ではバスの揺れ方で人生の意味が分かりますが、この曲の青年はバス停で待っていてまだバスには乗っていない、つまり人生の意味をまだ知らない、と。
スピッツの曲を勝手に歌詞の下敷きにしちゃうところはさすがですが、それだけじゃなくタイトルまでスピッツの別の曲から取ってるから、まぁめちゃくちゃスピってる曲ですよね。嬉しい。

そして、冒頭のフレーズはややシリアスなトーンにも受け取れますが、全体にはペーソスとともにユーモアも感じられる歌詞です。
ゲス乙女の(特に初期の)曲とかを聴いてると川谷絵音にユーモアのセンスはないのではと思ってしまいますが、この曲はちょうどいい塩梅。
基本的には内省的なモノローグの中で、時たま内省が行きすぎて自棄っぱちになったようなユーモアが挿入されるのが絶妙なバランスなんですよね。
「そうおっしゃってくれ神様」とか、好き。

サビも、ばっかーわっぱーもってーいってーほーだいと、語感の良さを重視しつつ風が吹いて飛ばされそうな軽い魂を自嘲的に歌ってるのが沁みます。
しかし最後の最後の「生きてみたくなったんだ」という、童貞なりの前向きな気持ちには、「不思議なまんま」「晩生」と重めの曲が続いた後でちょっと気分が軽くなります。




12.固まって喜んで

イントロの、ベースなのかなんなのか、「ふぅ〜」みたいな、怪物の溜息みたいな低い音がなんか良い。
そんでその後の動き回るベースも最高。
ドラムもノリが良くて、リズム隊主体で踊らされてしまう一曲。2Aのベースとか最高っすよね。
一方でギターもちょっと後ろに引きながらも美しいメロディを奏でています。

コーラスの「う〜ららうらら〜」ってとこは山本リンダ感ですよね。
サカナクションも「モス」で狙いうちっぽさを出してたので、「絵音はほんとにサカナクションが好きだな〜」という変な感想が出てしまいます。

歌詞は分かるようなわからないような感じ。
ドゥービーハービーフーフーフィーバーと擬音語(?)のような呪文が散りばめられていて、意味は分かんないながらも耳に楽しい。
しかし意味の通じそうなところはなかなか辛辣な印象で。
「固まる」という言葉にはたくさんの意味があって、どう受け取るかによって解釈が変わるしそれを織り込み済みだとは思うんだけど、聴いてる印象としてはベテランの先輩ミュージシャンに毒づいてるようなイメージですかね。

「掴まって退かないね」「そろそろ休めるよ」という語りかける口調にも独り言のような、小馬鹿にしているような、微妙なニュアンスが出ています。

逍遥する空はどう?

振り撒いた才能で また何か芽吹いた
喜んだふりした またちょっと嫌な人

というあたりの、嫉妬と軽蔑と憧憬が入り混じったような屈折した心情とか好きです。

そろそろ休めるよ

というフレーズは、歌詞全体の内容とは関係なく、あまりに名曲続きのこのアルバムを通しで聴いてきてちょっと疲れてるリスナーに対して言ってるようにも聞こえます。ダブルミーニング





13.夜光虫

シンプルなアコギの音に、不穏なエレキのアルペジオとピアノが重なり、タカタカと軽めのドラムとそれとは逆に地を這うように低くうねるベース。そんなイントロからしてもうただものではない名曲オーラを醸し出してきていますが、実際これは大変な名曲ですよ。
もちろんindigoの曲ならどれでも名曲だって私は言うんだけど、そんな私の中でも片手に収まるくらい好きな曲に、たった数回聴いただけでなっちゃったんですから......。

アコギが入ってるだけでなんとなくシンプルそうに聴こえてしまいますが、その実かなり凝ったアレンジで、一回聴いて一気に好きになるのに聴けば聴くほど新しい味わいも出てきます。
「まだ朝だった」の後の「あ〜」みたいなコーラスの可愛らしさが逆に不気味だったり、2番のサビ前のドラムのフィルがシンプルなんだけどつんのめりそうになる感じで何度も聴いてしまいます。
そして2サビと大サビの間の部分が全てめちゃくちゃオシャレでかっけえ。
なんか不安になるらららのコーラス、やけに甲高い音で不安になるギターソロ、からのピアノと歌、からのじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃからの「なったのは」の囁きにもう鳥肌ですよ!なんかもう川谷絵音の声が好きすぎるのかも知れない。

そして歌詞!歌詞がいいんですわ。
indigo la Endの歌詞といえば、失恋を切なく、しかし美しく描くものが主流。
その中にあってこの曲は、失恋を美化すること自体に言及した、言ってみればメタindigo la Endみたいな歌詞です。

切ない想いは心の中で 旅立たせない夜光虫さ

と、夜に失恋の切なさに酔いしれる気持ちを夜光虫に喩えているのですが、夜光虫とは夜は美しく青白く光るけど昼は赤潮と呼ばれるプランクトンのことらしいです。

誰の幸せも願えぬ心
日の光で赤くなった

というところでは、夜光虫というモチーフの二面性を綺麗にエモさに絡めていて、シングルとして「チューリップ」が出た時に感じた歌詞の技巧的な上手さの到達点という感じさえします。
そうなんですよ、失恋に浸る夜に考えるあれこれなんて、その時は美しいように思えて浸るんだけど、朝になれば思い出したくもない醜い気持ちでしかないんです。

さらに、

打ちかけだった文字が踊る様見てた
誰に向けた悲しみか それとも憎しみか

というところで、「夜光虫」というのは具体的にはTwitterの文字であることが示唆されます。
要するに、身も蓋もなく言ってしまえば、失恋した腹癒せに恋愛ヘルポエムをTwitterに連投しちゃったけど朝になったら見返すのすら厭わしくて消すことも出来ず、それを毎晩繰り返してしまうあの現象なんです!
そんな客観的には醜い現象自体を、しかし夜光虫と喩えてしまう。失恋を美化することの醜さを美化するという、非常に高度な表現を、こんだけ分かりやすく描けるようになったんだなぁと何様目線で思います。
過去の川谷絵音の歌詞にはまだ言ってしまえば独りよがりの分かりづらい表現もあって、ファンのフィルターでそれも汲み取った上で聴いてる面がありましたが、今作に至っては本当にどこに出しても恥ずかしくない歌詞になったと思います。

夜の秘密が明かされて、「もう朝だった」と、夜明けのポジティブなイメージからは程遠いやるせなさを滲ませて曲は終わります。そして......。




14.夜の恋は

最後は、5年前に苦しみながら作ったという、川谷絵音本人にとって特別な意味を持つこの曲。
私はミヤネ屋で一回聴いただけですが、前作リリース時に開催された「濡れゆく私小説展」のグッズでデモ音源が出てたらしく、ファンにとっても待望の完成版のリリースといったところ。

どうしても、特定の人物に向けた曲ということで歌詞の端々で「あの人に言ってるんやなぁ」と思ってはしまうものの、アレンジのおかげでその出来事を過去のこととして振り返るような遠さがあるので、特定の恋愛についての歌でありながらちゃんと普遍的なラブソングに聴こえます。

印象的なドラムの入りからの、夜の首都高を東京湾から眺めてる感じのシャレオツなイントロが堪らんっすわ。まぁ東京行ったことないから東京湾から首都高が眺められるのか知らんけどね。
ギターが入るタイミングのシンバルのシャーンとか、遠くの方で鳴ってるみたいなシンセ?っぽい音とか、イントロだけで聴きどころが多くて困っちゃいます。

歌い出しは低めの声で後悔を滲ませるように、サビではファルセットを使いつつ、しかし伸ばしきらない抑えた歌い方で諦念を感じさせる、この歌の表現力の進化よ!
そして、大サビでは転調でもしそうな感じもしつつ転調はせずに、ただ声を少しだけ強めて、抑えた中で溢れる気持ちを歌う、この歌の表現力の進化よ!(大事なことなので)


そしてこの歌ではコーラスがまた印象的。

他の部分でもコーラスがちょいちょい入ってはいるんだけど、「2人は1+1になってしまった」のところでコーラスが前面に出てきて2人でこれを歌うっていう、残酷で美しいアレンジとか、最高でしょ。

あと、最後の

好きにならずにいたかった
あなたを知らずにいたかった

というところ。
前作の最後の曲「結び様」の一番最後の歌詞も「好きにならなきゃよかった」でしたが、あちらが川谷絵音本人の歌だったのに対してこの曲では女性のコーラスがこれを歌うことで、なんというかアザーサイド的な、対になってるのがさすが意味深の天才ですよね(川谷絵音はアルバム同士や曲同士に意味深な関連性を付ける天才だと思うんです。ゲスもそうだけど)。
思えば1曲目同士もやはり「裸」というキーワード、官能的な大人のラブソングという点で対になっていましたしね。

そして、アウトロはイントロと同じくドラムですが、ちょっと煮え切らない感じの音で、後ろ髪引かれるような未練がましさが表現されています。

歌詞の内容についてはもう特に書くことがないくらい直球ストレートな失恋ソング。
ただ、「あなたを見るたび痛くなってしまうくらい」「あなたを知らずにいたかった」というところにちょっと芸能人との恋って感じがしますよね。





......というわけで、indigo la End最新作『夜行秘密』の全曲感想でした。
とりあえず最高傑作なのでみんな聴いてね!

そしてインディゴのメジャーデビュー以降のフルアルバムについてはこれで全部書いたことになるので、今年の目標は『あの街レコード』とアルバム未収録曲の感想も書くことです!
それではばいちゃ!