偽物の映画館

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阿津川辰海『蒼海館の殺人』感想

『紅蓮館の殺人』に続く葛城くん田所くんシリーズ第2弾。


蒼海館の殺人 (講談社タイガ)

蒼海館の殺人 (講談社タイガ)

前作の後引きこもりになった葛城くんを社会復帰させるため、山奥の葛城邸を訪れる田所くんと友人の三谷くん。
しかし、葛城家の面々は一筋縄ではいかない曲者揃い。さらに台風で洪水が起き、館に水位が迫る中で凄惨な殺人事件も起きて、もうどうなっちゃうの〜っ!?
......というお話。


さて、前作の感想で「本作に続編は要らない」と書いたような気がしますが、なんだかんだ続編が出てみれば楽しく読んでしまったのと、でもやっぱり好みとしては前作のが好きかなぁというアンビバレントな気持ちの狭間で揺れています。

とりあえず、ミステリとして、いやエンタメ作品として一級品であることはもう疑いないですよね。
前作での挫折や苦悩の精算、名探偵の復活、といったテーマ性はやっぱりエモくて、前作を未読の方にはなるべく順番で読んで欲しい続編になってます。
しかしもちろん続編としての価値だけでなく本作単体としてとにかく面白い。

冒頭の台風が来るのに葛城に会いに行こうとするあたりからして前作でなんも反省してねえな!と笑いつつもその向こうみずな若さが眩しくなりますし、葛城家の"ホームドラマ"が始まって以降はアリ・アスターみたいな不穏さにはゾクゾクさせられます。
そして、事件の数自体は意外と少ないものの、その凄惨さはインパクト大。
基本的にミステリファンは人が死ぬと喜ぶ生き物ですが、それはそれとして登場人物の死にショックを受けてしまうくらいに物語としても描き込まれているのがまた良いですね。

ミステリとしては、中盤以降はもう推理し続けてるみたいなスタンスで、ほとんど全ての描写が伏線といっていいほどの膨大な伏線をするすると回収していくのはめちゃくちゃ気持ちいいし読み応え抜群。
その果てにある真相そのものも面白いんですが、それが明かされる犯人との対決のシーンの派手な演出がまた驚きを倍増させてくれます。

小説としては、相変わらずうだうだと鬱陶しい田所くんの葛藤が続いた末に、前作での苦悩に一つの決着が付くという展開はやっぱエモいし、その影では葛城家の人たちのホームドラマもあり、やはり読み応えのあるものになっています。
最後の方なんか少年漫画っぽささえあり、友情努力勝利って感じでエモいっす。

ただ、個人的な感想としては、犯人の計画があまりにも上手く行きすぎていること、青春小説としての鬱屈が少ない割に田所がどんどんクソ野郎になっていくところ、あたりがちょっとだけモヤッとしたところではありますが......。

その辺については以下ネタバレで少しだけ書いときます。















というわけでネタバレで、個人的にちょっとだけピンと来なかったところ。

事件の全てが操りによって構成されているという構図ですが、個々の操りの方法について、それでそこまで上手くいくだろうか......?と思ってしまうものが多いように感じます。
また、犯人の呼称が"蜘蛛"なので、どうしても『絡新婦の理』と比べてしまうというのもあり......。
あと、犯人の小物感が凄いのも、ちょっとがっかりしちゃいました。デスノートの月くんみたいな......。まぁ、これは前作でもそうだったので、卑劣な犯人を下らない人間として描くのが著者の作風なのかもしれませんが。

あと、これはただの私怨ですが、田所くんがあまりにもクソ過ぎて、なんで葛城くんのような素晴らしい人間がこんなクズとつるんでるのかよく分かんなくなっちゃいました。次作こそは田所くんもちょっとはいいとこ見せて挽回して欲しい所存です。