偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』読書感想文

はい。
ハヤカワミステリの復刊希望アンケートで人気が高かったために復刊された、幻の短編集、らしいです。

前半の4編は、有能だが出世とは縁遠い、軍人で警官のテナント少佐が活躍するシリーズ。
"将軍"が支配する架空の"共和国"が舞台。
独裁国家において、将軍に逆らわない範囲内で自らの正義を貫こうとするテナント少佐の姿が印象的なハードボイルドみのある連作です。と同時に、トリッキーな本格ミステリでもあるという。
シリーズ作品は本書の4編しかないのが残念。どの作品もとても良かったので、まとまった連作短編集として読みたかったですね......。

一方、後半の3編はノンシリーズの短編が収録された1冊です。
テナントシリーズとは異なり軽妙洒脱な、いわゆる奇妙な味系のもの2編と、テナントシリーズに通じる重厚な歴史ミステリ1編と、多彩な味わいを楽しめます。

著者のミステリ作品自体どうやら本書に収録されているもので全てらしく、これだけ多彩で粒揃いなのにもったいない......とは思ってしまいますが、ともあれ本書はとても素晴らしい作品集でしたので(もうだい〜ぶ前だけど)復刊されたのは喜ばしいことと思います。





「アデスタを吹く冷たい風」

見通しの良い山道を、毎夜葡萄酒を運ぶために通る一台のトラック。武器密輸を疑ったテナント少佐は、峠の監視所の若い警官とともにトラックを調べるが、銃器の類は見つからず......。


第1話ということで、まだまだテナント少佐のキャラははっきりとは見えてこず、また密輸入のトリックもそんなに驚くようなものでもなく、正直あんまりパッとしない印象でした。
とはいっても、トリック自体よりもいくつかの伏線がさりげなく描かれているのが上手いですね。
峠の監視所での会話劇という静のシチュエーションも渋くて良かったです。
シリーズ全体に言えることですが、キャラや世界観の詳しい説明を排しながらもしっかり人間ドラマが醸造されて行く様は見事という他ありません。





「獅子のたてがみ」

殺人容疑での審問にかけられるテナント少佐。発端は"獅子"と渾名されるモレル大佐からの、アメリカ人スパイ暗殺の命令だった。


さて、こっからが本番という印象ですね。
テナントが事件について追及される裁判の場面と、医師やアメリカ大使館領事が事件について語る葬儀の場面とが交互に語られる構成が良いですね。話がいいところに差し掛かるともう片方の視点に移るという焦らしプレイにうずうずしてると、意外な真相に驚かされましたね。はい。
シンプルにして鮮やか、そしてテナントの人となりもチラ見えする見事なトリックです。
一点、(ネタバレ→)タイトルの意味については、それはそういうことかとちょっと笑っちゃいましたね。





「良心の問題」

ドイツの捕虜収容所にいたことのある亡命者の男が、元ナチスの親衛隊の男に殺害されたという。しかし、将軍の意向により、テナントは殺人者を国外へ逃すことになり......。


これも面白かった。
シリアスなシチュエーションでありながら意外なトリックが炸裂します。
いや、言われてみれば気付いても良さそうなものですが、ある種私の読解力のなさと常識のなさのおかげでまるっきり気付かなかったので楽しめました。
そして、やはりテナントの魅力が増すお仕事小説でもありましたね。





「国のしきたり」

百発百中で密輸品を見つける生真面目なバドラン大尉。しかし、彼の目をかい潜ってとある品が国内に持ち込まれていた。テナント少佐はバドランの検閲の様子を視察しに来るが......。


1話目と同じく密輸モノ。
個人的にはこっちの方が好きですね。
生真面目な仕事人の大尉のキャラに好感が持てて、彼のテナントとは違う若さの魅力に引っ張られて読めました。
トリックはややシンプルすぎる気もしますが、明かし方の演出が見事なので驚きました。やはりミステリも小説である以上トリックそのものより見せ方が大事だなと改めて思いましたね。
それにしても、これだけのレベルの短編が揃ったシリーズだったのでやっぱりもっと読みたい気持ちが募りますね。特に、密輸ミステリとかなかなか珍しいので、この路線の話をもっと読みたかった......。





「もし君が陪審員なら」

弁護士の男は学者の友人に仕事で扱った事件の容疑者のことを話す。
妻を殺した廉で裁判にかけられたその男の周りでは、過去にも親しい人間が何度も殺されていたが、彼に動機があるようには考えられず......。


弁護士と友人のディスカッションによって話が展開されるところが、すげえ雑な言い方だけどいかにも短編ミステリっぽくて好き。
ありがちな題材ではあり、結末にもそれほどの目新しさはないものの、やはり演出がいいですね。
(ネタバレ→)2人の会話の中でしばしば「逆説」というワードが出てくることが、この突拍子もない真相に物語上の説得力を与えています。
また、(ネタバレ→)安全な場所での会食の話題から、一気にリアルに場面転換する結末がオシャレ。最後まで描かないのも




「うまくいったようだわね」

自宅で夫を殺害してしまった女性は、弁護士の友人を家に呼んで解決策を相談するが......。


これも殺人現場での犯人と友人との会話劇。
結末はやはり読めてしまうものの、読めたら読めたでそこへ向かうまでのあれこれにハラハラしたりニヤニヤしたりしながら愉しめます。
そして、結末は読めていながらも、その明かし方がやはり見事。もう何度目かになりますが、演出の巧さが光ります。
あと、生々しくならない上品な色気も素敵。





「玉を懐いて罪あり」

15世紀、北イタリアからフランスへ献上されるはずだった宝物が、モンターニュ伯の城で密室状況のなか盗難にあった。伯は、事件の証人である警備兵を尋問するが、その男は聾唖者で......。


歴史ミステリということですが、特に世界史には詳しくないのでこの頃の情勢とかはさっぱり分かりませんでした。
ただ、話自体は密室盗難事件の謎解きなのでそのへん詳しく分からなくても楽しめます。
やはり城主による尋問の場面の迫力が凄いですが、それより何より衝撃的な真相に唖然。これはしばらく余韻が消えてくれなさそうですね......。はぁ......。