タイトルの通り、謎が論理的に解決されるパズラーと呼べる作品を集めたノンシリーズ短編集です。
- 作者: 西澤保彦
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2007/09/20
- メディア: 文庫
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なかなかストレートなタイトルですが、実際には本書の収録作たちは、推理要素しかないガチガチに純粋なパズラーという感じではありません。
どの話も西澤保彦らしい人生観などが滲み出た物語としても楽しめるものばかりなので、タイトルのイメージであまり身構える必要もないかな、という気がしますね。......って、ガチガチのパズラーを読むときに身構えるのは私くらいか。ミステリファン名乗っておきながらロジックとか苦手っすからねぇ......。
凄いのはお話のカラーが全話とも違うっていうバリエーションの豊富さ。
鬱屈した西澤さんらしいお話から始まり、翻訳小説風やパスティーシュ、エログロスプラッタぽいのに青春ミステリまで、幅広いこと山の如し。
で、どの話も基本後味は悪め。鬱屈した自意識や性欲や世界への懐疑なんかがモロに出ていて、西澤小説として非常に楽しめるものばかりなのがまた良いですね。
読みやすくスッキリ謎解きがされるオーソドックスなパズラー短編集にして、西澤保彦のエグみも出た、西澤ビギナーにもオススメ、もちろん彼の作風を知っていればより楽しめるであろう粒揃いの一冊でした。
では、以下で各話の感想を。
「蓮華の花」
20年ぶりに故郷に戻り同窓会に出席した作家の主人公は、そこで亡くなったと思い込んでいた同級生の女性に会う。自分はなぜ、彼女が死んだなんて思っていたのか?その疑問について探るうち、彼は1人の少女のことを思い出して......。
という、青春を回顧しながら自分の人生の裏に隠された秘密を探っていくという、西澤さんらしいお話。
実際に作家になってみたら思ってたのと違ったとか、妻や母親との関係性なんかの、ちょっとした鬱屈がまた西澤節ですね。
そんな状況の中でしれっとヤっちゃうところに苦笑しつつ、それでも虚無みは募るばかり......というイヤ〜な味わいがまた意地悪いっすね。
そして、爽やかな青春の思い出にもなりそうなエピソードをこねくり回した果てに、なんともやるせない結末へと到達するのが素晴らしい。あえてはっきりしない描き方になっているものの、どう受け取っても虚無感や気持ち悪さは残りますからね......。
ミステリのオチとしてはそこまで驚くべきものでもなく、パズラーと言うほど論理性重視とも思えませんが、謎が謎を呼びながら全てが物語の余韻に向けて収束していく様は圧巻で、西澤流青春小説の傑作と呼べるでしょう。
「卵が割れた後で」
アメリカの田舎町。地元の大学に通う日本人青年の他殺体が発見される。死体の服には腐った卵が付着していて......。
アメリカが舞台で翻訳文風のお話なんですが、それでも読みやすいのはさすが。
まず被害者のジャップ野郎の酷さに笑いました。こんなやつ殺されちゃえばいいんだ、あ、殺されてたわ、みたいな。
しかし、もう1人出てくる日本人青年はめっちゃいい子で同郷の人間として誇りに思います。
いや、でも私自身はどっちかっていうと意識の低さはクソ野郎の方に近いと思うで、悲しいですね。
一方、捜査陣、というか間抜けっぽいのにやり手の警視さんのキャラがめっちゃよくて、シリーズ化してほしいくらいでしたね。
あと、ちょいちょい出てくる車の話が面白かった。文化の違いと言いますか、向こうでは多少のキズとかは気にしないんですね。車擦るたびに怒られるので、正直羨ましいです。
どうでもいいことばかり書きましたが、事件の方もなかなか面白い。事件の様相が二転三転しつつ、卵というモチーフを軸にシンプルな反転を見せる解決にはスカッとします。やられました。転々しすぎて逆に「これはダミー推理やな」とかすぐ分かっちゃうのはまぁありますが、面白かったです。
「時計じかけの小鳥」
ピカピカの高校一年生・奈々は、地元の書店でクリスティの本を買う。その本には不可解なメモが挟まれていて、さらには彼女の母親の筆跡と思われる書き込みもあり......。
冒頭の中学を卒業してそんなに経たないのにもう懐かしくてしょうがないという青春さにぐわーっ!と思いました。
そして、新刊書店で古本っぽいもの、しかも母親のメモ書きがあるものを買ってしまうといういわゆる日常の謎から出発して、主人公がどんどん想像を逞しくして推理していく過程がとにかく面白いです。西澤さんお得意のディスカッション推理を1人でやるような感じ。ただ、いつもの酒飲みながら高校生がちょっと夜更かししてそれをやるっていう若さもまた素敵。
真相の方向性自体は最初からやけに分かりやすく書かれているので読めちゃいますが、それでもさらっとエグみのある結末は素晴らしい。
自分の過去の秘密に直面するあたりは第一話にも通じますが、そのことへの感慨にキャラが表れてて比較しても面白いですね。
個人的偏愛度は本書で1番。
「贋作『退職刑事』」
主婦が殺害される事件を捜査する刑事。容疑者も既に犯行を自供していて解決したに等しいその事件について、元刑事の父親に語ると......。
都筑道夫の『退職刑事』のパスティーシュらしいです。
恥ずかしながらオリジナルを読んでいないのでどの程度似てるのか分かりませんが、評判を見る限りだと再現度高すぎてキモいそうです。なんぞそれ。
てわけで、西澤保彦の短編集の中ではやや浮いてる気はしますが、その分変なエグみがなくパズラー味が感じやすい作品だと思います。ただ、親子の会話でのいわばディスカッションによって推理を展開していく様はぽいかも。
事件の構図自体はそんなに捻られないながらも、なんといっても(ネタバレ→)新しいお父さんの使い方に笑いつつ唸りました。これはアクロバティック。そして推理だけしてブチッと終わるのも新鮮で面白かったです。このへんが本家の真似なんですかね。
「チープ・トリック」
少女を拉致し教会でレイプしようとした札付きのワルとその取り巻きの2人。しかし、ワル君はそこで首を切断されるという凄惨な死を遂げて......。
最も性描写が濃いやつですね。胸糞悪いながらも、なんというか全員狂ってるからもはやそういう世界として倫理は無視して楽しめてしまいました。
で、トリックはタイトルの通りチープなトリックで、出てきた瞬間誰もが分かるであろうもの。一応それにもう一つ付け加えて捻ってありますが、あれが分かった時点でなんとなく全貌がわかってしまうのでミステリ的にはそこまで......。
ただ、全編に精液の臭いの漂う生々しさや、スプラッタな事件そのもの、また完全にホラーなラストシーンなど、映像的には非常にインパクトが強く、パズラーに添えるウワモノ成分が最も多い一編であることは間違い無いですね。その辺を楽しめればなかなか印象的な短編だと思います。
「アリバイ・ジ・アンビバレンス」
同級生の少年が学校のマドンナ的少女に殺害されたというニュースを聞いた主人公。しかし、彼は犯行時刻と思しき時間に少女が中年男と密会する場面を目撃していて......。
まず1番関係ない話からしますけど母親の旧姓が西澤作品にしてもかなりエグくて笑いました。珍名すぎて一瞬誤植の類かと思ったくらい。
で、お話はコメディとまでは言わないものの、ややライトな調子の青春モノ。
アリバイがあるのに犯行を自供するという、普通のアリバイものとは正反対の謎がまずは魅力的で、やたらカッコいい響きのタイトルに恥じない導入と言えるでしょう。
そこからベタすぎて逆に新鮮なヒロインのキャラを楽しみつつ、やはり主人公とヒロインの2人で微妙な緊張感の中ディスカッションが繰り広げられるのが色んな意味で楽しいです。
そして、辿り着いた解決はやはり本書の締めに相応しいおぞましさを持っていながら、(ネタバレ→)少女のことだと思っていたタイトルの意味が反転してロリコンおじさんを指すものになるあたりに唸りました。
というわけで、本書全体を通してストレートなパズラーにウワモノとしての鬱屈や性慾が乗せられていて作品によってはそのバランスが逆転したりなんかもしちゃう、端正なミステリにして嫌な西澤保彦らしさも満点な、素晴らしい短編集でした。