偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

松井玲奈『カモフラージュ』読書感想文

昔は話題の本とか避けてたんですけど、この歳になってそういうのも逆に恥ずかしいなと思い、話題書のこちらを買ってみたわけでごんす。

カモフラージュ

カモフラージュ

著者の松井氏は元SKEとか乃木坂とかに所属してたアイドルで現在は女優やタレントとして活躍してる一流芸能人。
そんな彼女の小説デビュー作となる本書はしかし、なんとなくイメージされる「自らのアイドルとしての経験を主人公に投影した半自伝的長編」......とかではなく、若い女性に限らず様々な境遇の主人公たちを描いた短編集だったから驚きました。

しかも、その振り幅も広くて、不倫を題材にしたピュアな恋愛小説から、ファンタジックだけどエゲツないホラー、等身大のビルドゥングス・ロマンに、YouTuberが題材の時流に乗ったものまで、専業作家の短編集でも贅沢なレベルに色とりどり。
もちろん、各話の内容もしっかり起承転結あった上でその先への余韻をも残すという見事なもの。
その上で、「カモフラージュ」という言葉と「食べ物」の存在が全話に緩く共通しているから寄せ集めた感じはしない。
また文章も、読みやすくい上にめちゃくちゃ共感出来るという、ツイッターとか歌詞とかに近いイマドキっぽい作風が確立されています。

褒めまくったので一つだけ欠点を挙げるなら、描きたいテーマについてちょっと説明的すぎるきらいはあるかと思います。
各話とも話の最後の方で「この話はこういうことが伝えたくて書きました」という著者の声が聞こえるようで、作家デビューだけにちょっと力みすぎな気はします。
......なんて何様目線で書いてしまいましたが、あれだけテレビとかでもしょっちゅう見かける本業の忙しい著名人が、「自伝的」というひみつ道具を使わずにあくまで小説家としてこれだけの本を書き上げたということに感動しました。
今後も注目ですよ!

それでは以下各話のちょいちょい感想。





「ハンドメイド」

不倫......というか、結婚はしてないから浮気?セフレ?モノの恋愛小説。

まず、そう、一言目にまずこれだけ言っておきたいんですが......
この男まじクソやな死にさらせアホんだらぁ!!
というわけで、クソ野郎の描写が的確すぎて読みながら要所要所でキレてしまうあたり、読者を引き込む技の巧みさを感じます。
正直、こんなクズに引っかかる女も女だわとすら思ってはしまうのですが、それでも彼女の一人称を読んでいくとそこに描かれるどうしようもない気持ちにバチっと共感してしまっている自分に気付くのでして......。
そう、部外者としてはそんな男やめときなと言いたくなるんですけど、それは当人の決めること。相手はどうあれ、恋する彼女の姿はとても素敵なんです......。
それを描き出す小道具としての、"ハンドメイド"のお弁当がまた上手いこと使われてますよね。個人的にはp16で描かれる、"ミスマッチ"なお弁当の映像がとても印象的でした。

そして、結末はとても切ないんですけど、最後までこの男はクソすぎてなんかもう読後の一言目の感想は「トホホ......」でしたよね。
まぁしかし、クソ野郎と食べ物を上手く描けるのはいい作家の証拠ですよね!





「ジャム」

小学生の少年が主人公のシュールなホラー。

子供の視点からの無邪気な世界はそれだけでファンタジーめいていて、前話との振れ幅に驚かされます。
あまりにも無垢でミクロな彼の世界にじわじわと侵食してくるモノ、そのギャップの気持ち悪さがたまらんですな。
そのへんまで幻想的なだけに、あいつの正体が意外と現実的なことには私はちょっと引いてしまいましたが......。
しかしラストはああいうエグい描写を、ただやりたいからではなく物語に合わせてやっちゃってるところのセンスは凄いっすよね。心理的にエグいスプラッタという新感覚を楽しめました。





「いとうちゃん」

からの、またもガラッと雰囲気が変わって、メイドさんになる夢を追いかけて上京してきた女の子の成長物語。

変わった設定の話が多い本書の中で、メイド喫茶という舞台こそ一風変わっているものの、最も等身大にリアルな話がこれ。
まずはメイド喫茶に行ったことがないのでその内情の描写が興味深かったです。興味本位や冷やかしのお客さんが結構くる、というところなんか、なるほどなぁと思いましたね。
そんな、夢を手にしたはずが、憧れとは違ったものだったという夢のその後を描いたストーリーがチクっと痛くて、でもそこに明太子スパゲッティという癒しがあり、最後はさわやかな読後感を用意してくれるその優しさに惚れました。





「完熟」

桃にかぶりつく女性に異様な執着を見せる男のフェティシズムを描いた、掌編くらいの本書中最も短いお話。

冒頭で描かれる桃の場面の、なんかこう、いい意味の昭和っぽさが好きです。
そこから話は一転して夫婦とは、という別のテーマが浮かび上がってくるのも面白いですね。短いページ数の中で、幻想からだんだんと現実に寄っていく展開が見事です。
そして最後に語られるこの作品の真のテーマは、どこか諦観のようでもあり、希望のようでもあり、つまりは、達観した熟年の作者が書いたようでもあり、夫婦関係に夢を見る若い人が書いたようでもあり、といったアンビバレントな揺らぎのある結末がじわじわと尾を引きます。
実は、個人的にはこれが本書で一番好きですね。





「リアルタイム・インテンション

で、実は個人的にはこれが一番いまいちでした。
YouTuberの光と闇といいますか、良いところと悪いところみたいなのを描いた作品です。

まぁ、そもそもあんまりYouTuberに詳しくないし、良い印象は抱いていないので、どうしても題材からして色眼鏡かけちゃってたわけですけどね。
しかし、正直なところ、主役となる3人組にあまり魅力を感じられず、本当になんか大学の部活内の喧嘩を見てるような内輪のノリで疎外感を感じました。
話の内容も、結局あの2人がしょーもないことするからああなったのを美談みたいにされてもなぁ......という醒めた目線で読んでしまいどうにも......。





「拭っても、拭っても」

最終話のこれは、第1話と対になるかのように、クズ男と付き合って別れた女性が主人公の恋愛小説です。

まぁこれも病気みたいなものなので悪く言うのも差別的にはなってしまいますが、それでも正直めちゃくちゃ胸糞悪くてわろえないですよこいつ......。付き合いたくない男を描かせたら天才なのかも知れませんよこの作者。
もう、彼の存在がなかなかにトラウマ級で、餃子とか絆創膏に対して嫌な感情を植え付けられそうになるわけですが......。
しかし、そんなトラウマを吹っ飛ばす、あの人の救いの言葉が素晴らしく、爽やかな気持ちで本を閉じることができました。
この終わり方は第1話のラストを踏まえてのことでしょう。こういう短編集としてのちょっとした気配りも良いですね。それのおかげで一冊通して良い本だったなぁという感慨にまた改めて浸れました。