偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

千澤のり子『シンフォニック・ロスト』読書感想文

「いつも一緒にいたかった となりで笑ってたかった」(PRNCESS PRNCESS『M』より)



こないだオフ会に行った時に話題に上がったので気になって読みました。なんせ、Amazonマケプレで3万円とかついちゃってる稀覯本なので図書館で借りるしかなかったのですが、めちゃくちゃ面白かったので近所の図書館に本書が蔵書されてるという方にはぜひ読んでいただきたいと思います。


シンフォニック・ロスト (講談社ノベルス)

シンフォニック・ロスト (講談社ノベルス)


とある中学校の吹奏楽部。2年生の泉正博は自分と同じホルンの先輩に想いを寄せていたが、彼女が自分を蔑んでいたことを知る。そんなある日、「部内でカップルができるとその片方が死ぬ」という噂の通りに部員が不審死を遂げ......。



というわけで、本作は吹奏楽に打ち込む少年たちを描いた青春ミステリです。

「青春ミステリ」というものに、私が求める理想は、ミステリとしてのトリックが意外なものでありながら、それが物語と結びついていて、トリックが明かされると共にストーリーも一層深みを増すような作品、なんですよね。
本作は、まさにそれ。
種明かしと共に物語が一瞬にして姿を変え、綱渡りのトリックもキャラクターの心理描写によって不自然ではないものに補強されている、まさに(私にとっての)理想的な青春ミステリの一例であると言ってしまっても良いでしょう。



まず、冒頭でいきなり主人公の泉少年が憧れの先輩に「あいつアタシのこと好きやんねまじキモイわーwwてか楽器下手過ぎ最悪ww」と言われるというなかなかにトラウマな(ああ、彼は中学時代の俺なんだ......)幕開けで非モテ男子たる私は一気に引き込まれてしまったのですが......。
そこから読み進めていくと、なんとそんな泉が他の女の子たちにはモテるモテる。一気に(こいつは中学時代の俺なんかじゃない、クソイケメン野郎だ!)と気付かされるのですが、自分に気のある女の子と付き合いながらも「自分は本当にこの子を好きなのか?」と悩む彼にはやはり感情移入してしまいます。

そんな中で起こる事件自体は、ミステリファン特有の不謹慎な言い方にはなりますがわりと地味なもの。
事件の魅力だけではやや牽引力に欠けるところはありますが、そこで泉モテモテ伝説が始まることで物語に加速がかかって一気に読めちゃいました。
あと、泉の中に起こる"あの感覚"なんてのもいかにも心に闇を抱えたラノベの主人公みたいで中2心をくすぐりますね。まさに彼は中2ですし。
いや〜、しかし、私も中学時代にこれだけモテたかったっすよ!私もわりと好きな子にキモいとか言われてたけど、その分他からモテたりしてたらもうちょい自己肯定感の強い人間になれたのに!

なんて、ついつい青春エピソードに入り込んで読んでしまうのですが、最後まで読んでみると、まさに見えていた景色がひっくり返るような驚きと、ひっくり返った後の景色への感動が味わえるのでした.......。


というわけで、ラストについては完全にネタバレなしでは語れないので、以下ネタバレコーナーになります。


























というわけでネタバレ。

そう、本作に仕掛けられていたのは、奇数章と偶数章が別の時代(1990年と2007年)であったという時系列トリック+それぞれの時代で「泉」が泉正博と日向泉ということなる人物であったという人物誤認トリックでした。

どちらも単体ではありがちな叙述トリックですが、両者をまとめて使っちゃうとこれはもう、時間も人物も全く異なる話が一つの話のように描かれるという、なかなかの離れ業になってしまうのです。
実際、思い返してみれば偶数章はやけにページ数が短く人名も伏せられているところばっかりだということに思い当たりますが、読んでいる間はそこまで違和感を感じなかったので、してやられたなぁと悔しい気持ちでいっぱい。

ただ、普通ならここまでの綱渡りをしてしまうとどうしてもインチキ臭さが出てしまいますが、本作では物語としての説得力を駆使してそれを最小限に抑えているのがお見事。

例えば、吹奏楽部の様子が17年を経てもあまり変わっていないことなんかも、部に歴代の先輩が残したノートがあるなんていう伝統を守っている描写があるからこそすんなり受け入れられますし、2人の泉がたまたま(犠牲者の特徴が)同じような事件に遭遇することも、p67の時点で「偶然が重なっただけだ」という伏線が張られていることで先手を打たれてしまっています。
そして何より、日向泉がホルンに転向して母校で吹奏楽部の顧問をしているという事実に対して、これまで散々描かれてきた日向から泉正博への想いというバックボーンがあることがズルいですよね。千澤さんよぉ、そりゃズリぃよ......そりゃあ......。

さらには、部が演奏するJ POPの名曲たちの使い方も絶妙。
p101で、Mについて「男性目線の曲としても聴ける」という論をぶつことでMの歌詞に共感する「泉」の姿を自然なものにしつつ、泉が日向泉であることが明かされた時には、やっぱり女性目線の名曲としてもう一度あのメロディが脳裏に浮かんでしまうという巧さ。
もちろん、Mの歌詞も彼女の心情を読者に伝える媒介になっている。
また、平成の卒業ソングの代名詞とも言える「3月9日」という曲名で2007年という時代を印象付けたり、「浪漫飛行」の最後のサビの歌詞もなんとなくこの結末とリンクするところもあって、こうした誰もが知ってる最強のサントラたちによって感動を増幅させるのがズルいっちゃズルいけど、しかし非常に効果的です。

そうして、技巧を凝らしたトリックで描かれるのは、青春の終わりと、終わらない青春。
最近は歳のせいか、こういう大人になるところまで描いた青春小説に滅法弱くなってしまったのでね......。
青春は終わってしまったし、もう元には戻れないところまで来てしまったけど、それでもあの頃の気持ちを忘れられないの......っていう。そういうアレですよね。はぁ、エモいわ。