偽物の映画館

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多島斗志之『クリスマス黙示録』読書感想文

クリスマスが近づき、「リメンバ・パールハーバー」として反日感情の高まる季節を迎えた米国で、日本から留学していた女子大生のカオリがアメリカ人の少年を轢いてしまう事件が起こる。
少年の母で現職警察官のヴァルダ・ザヴィエツキーは、カオリへの復讐を宣言して行方をくらませた。
FBI特別捜査官のタミ・スギムラらは、カオリを護衛しながらザヴィエツキーの行方を追うが......。


クリスマス黙示録(双葉文庫)

クリスマス黙示録(双葉文庫)


もはや最近の私の読書の常連となった多島斗志之によるサスペンスアクション小説です。
これまで多島作品ではミステリ系のものしか読んでなかったので、サスペンスってどうなるんだろうと思っていましたが、これまたべらぼうに面白かったです。

本書の見どころをざっくりと説明するなら、スピーディな展開のサスペンスでありながら主人公のタミの苦悩と成長を描いたドラマでもあり且つ「人の争いにおける正義とは何か?」という問いかけでもあるという、読みやすいのに重層的な物語性でしょう。



冒頭、"パールハーバーを思い出せ"と煽るアメリカで、日系人である主人公のタミは喧騒から逃れるように映画を借りに行きます。
ワーキングガール」「フィールド・オブ・ドリームス」を借りようとしたけど貸出中だったから「ダイ・ハード」を選ぶのですが、これらの映画はどれも1988年ごろの作品なので、作中の時代も恐らくはその頃なのでしょう。
この中で私が見たことがあるのは「フィールド・オブ・ドリームス」だけですが、この映画はThe・アメリカといった内容。ワーキングガールはたぶんタイトルの通り働く女性の話でしょう。ダイハードについては作中でもワンシーンが取り上げられている通り日系人が出てくるシーンがあるようで、冒頭に出てくる映画のタイトルのチョイスが今後の物語のテーマを端的に暗示しているんですね。映画マニアの多島氏らしいスタイリッシュな引用の効いたオープニングがたまらなくって、ここでもう一気に引き込まれましたね。



本編については、まず全てのはじまりとなる事件の構図がキーポイント。
反日感情の高まる街で、アメリカ人の少年たちが留学生の日本人女性にからみ、怯えた彼女が少年らの1人を轢いてしまうという事件です。
この事件、どっちが悪いと思いますか?......というのが本書全体を覆う一つのテーマで、先に手を出したのはアメリカ人、殺してしまったのは日本人という構図は、真珠湾ヒロシマナガサキの構図の入れ替えとも取れます。ここで、どうしても私の中の日本人としてのアイデンティティによって「先に絡んできたんだからアメリカ人が悪い」という感じを持たされてしまいます。
巧いのが、そのあと登場する加害者の日本人女性カオリちゃんの人間性を見て、今度は「こんなくそ女だったら復讐されてもええやろ」と思わされること。このように、事件自体を客観的に見るということは我々には実は難しくて、人種だったり当事者の人格だったりの先入観をついつい加味して判断してしまう。そういう人間の善悪感が本書全体に単なる娯楽大作には終わらない重たい問いかけを投げかけているわけです。



また、もう一つ本書の深みを作っているのが主人公タミのキャラ造形。
アメリカのFBIにおいて、国籍はアメリカ人でありながら日系人、そして男社会の中での女性という、いわば二重のマイノリティであるタミ。本書では彼女がそうした性別や人種によって嫌がらせのような目にあうことについてもちょいちょい触れられています。
しかし、それよりもまず、あくまで1人の人間として仕事への向き合い方や過去の追想などがしっかり描きこまれているのが素晴らしいです。
思えば、「過去への追憶」というのは多島作品には頻出のテーマでありまして、今まで私が読んだ作品でも15年前のトラウマがキーとなる『不思議島』や、少年時代を語る形式の『黒百合』、タイトルそのまま『追憶列車』と、過去へ向かう想いというのは多島斗志之という作家の一つのテーマであるようにも感じます。
本書でも、サスペンスというスピード感が大事なジャンルでありながら、タミは事あるごとに過去を思い返します。そして、「仕事つらいわ〜学生時代に戻りてえ〜」と私のツイートみたいなことを思うのです(つっても、もちろん私ほど見苦しくはなく、等身大ながらカッコいい主人公なのでご安心を......)。
で、そうやってタミが思い返す過去の出来事が、理屈抜きに面白いから好きです。いたずら好きのお爺さんのところへボランティアに行った話なんか、それだけ切り取って一本の短編になりそうな良いエピソード。
本書は人々の一つの事件に対しての態度(個別の事件が人種の話として語られるような)ってのがテーマとしてありつつ、単純に娯楽性の高い壮大なサスペンスだったりもしますが、やはりそれ以上に主人公タミを応援したくなっちゃうお仕事小説だと思うんです。

といってももちろん、サスペンスとしても文句なし。
背景の様々な問題を除けば「現職警官が息子を轢いた女に復習しようとしていて、FBIがそれを阻止する」という単純明快な筋立て。敵キャラであるザヴィエツキー(名前が既にラスボス感😂)の一人軍隊みたいな強さが現実離れしすぎない範囲で圧倒的で、それだけに攻防戦の緊迫感が凄いです。また、ザヴィエツキーがこちらに仕掛けてくるやり口のそこまでやるか感はそのままミステリのトリックとしても面白くて、そういう意味ではミステリファン的にも満足いく作品ではないでしょうか。
また、終盤の緊迫感のあるアクションシーンなんかは一気読み必至の見どころ。まさに映画のようなクライマックスでありながら、映像であれやったらたぶんなかなか上手くいかないので小説ならではとも言えるドキドキハラハラ。
......ですが、その後のタミのとある行動があるからこそ、単なるエンタメに終わらず「読んでよかった」という深い余韻を残します。

結局のところ、私の感想はあちこちに散乱してしまいましたが、そうした色んな要素を含みつつ、そう長くない一本の長編にまとめ上げた傑作だというふうに捉えていただければいいかと思います。面白いよ!