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深緑野分『オーブランの少女』読書感想文

ミステリーズ!新人賞に入選した表題作をはじめ、「少女」をモチーフにした五つの物語を集めたデビュー短編集です。

オーブランの少女 (創元推理文庫)

オーブランの少女 (創元推理文庫)


まず全体の感想を一言で言うなら、バリエーションはんぱない!
表題作は「エコール」風の美しい庭園と少女たちの残酷な物語。続いて、霧の街ロンドンが舞台のサスペンス、寂れた食堂での会話劇、昭和の女学生の百合、そして架空の氷の国を舞台にしたファンタジックなロジックミステリと、各話の内容を一言で紹介しただけでもお腹いっぱいになるくらいのバリエーションよ。
なんとこれがデビュー作。知ってて読んでも「実はどっかの大御所の変名では?」と思っちゃうほどの器用さですよね。
もちろん、各話のクオリティも凄いからこそそう思うわけで......。それぞれの話に物語好きの心をくすぐるモチーフを各種取り揃え、それぞれ映像が頭に浮かぶような明快な文章でありながら、映像の感じはそれぞれガラッと違うっていう......。
そして、「少女」というコンセプトの扱いも素敵ですね。「少女」というものが持つ儚い美しさや、不気味なミステリアスさ、その奥にある存在の悲しさまでも......なんて、少女を過剰に神聖視してしまうのは私が少女未経験者だからかもしれませんが、とにかく時に儚く時に謎めいた彼女たちの姿が各話で印象的な余韻として残るわけですね。上手い。

てわけで、もうね、これがデビュー作なんて反則ですよ。レッドカード即退場ですよこんなもん。草野球にメジャーリーガーが来たと思ったら近所のおっちゃんだったみたいなもんですよ(わけわからん)。
とまれ、サッカーも野球もあんま知らないのにわけわからん下手な喩えを繰り出してしまうくらい、衝撃だったわけです!天才を見つけた!エウレカ

というわけで、以下では各話のネタバレなしの感想と、その下にはネタバレありのもね、ちょっとずつ書きますよ!



〜ネタバレなし編〜



「オーブランの少女」

老婆が老婆を惨殺するという凄惨な事件が起きたオーブランの庭。殺された老婆の妹の日記には、オーブランに集められた少女たちにまつわる恐るべき出来事が記されていて......。


冒頭、語り手の「私」が遭遇する凄惨な事件からの幕開けに、驚かされるとともに引き込まれました。なんせ状況がもはやミステリというよりホラーでしかない......。こんなセンセーショナルな事件には、不謹慎ながら好奇心が湧かずにはいられないですよね......。
で、「私」が入手した日記を再構成したものとして、本編が始まるという枠物語の構成がミステリファンをわくわくさせます。

さて、本編はというと、もう雰囲気がバリバリですわ。サナトリウムものにして、『エコール』みたいな寄宿学校ものっぽさもあり、さらには終盤で××ものに変わるという、「〜もの」のお祭り状態。基本的に「〜もの」なんて括られるようなモチーフはそれなりに物語ファンの間で人気がある証拠ですからね。それらがこうも集められたら雰囲気むんむんで堪らんすよそりゃあ。
最初のうちは、この雰囲気に思いっきり酔いしれます。なんせ、咲き乱れる花と、病を持つ少女たち。どちらも、今は美しくとも、いずら枯れる予感を抱いた儚い存在。かりそめの楽園のようなオーブランの庭に実は山積みになっている不穏な謎が悲しい結末を予感させます。
......とはいえ、後半の謎解きパートになると思いもよらぬ展開に唖然。さっき「悲しい結末を予感」と言った時に想像していたのとは全然違う方向からの"真相"に頭をガツンとやられます。ここにきて楽園は崩壊し、後に残るのは×××(伏せ字の文字数はテキトー)に課せられた重い運命へのつらみ......。そして、人間が壊れていくことの不可逆さへのつらみ......。その先も全て分かった上であそこで終わるのがなんとも心憎い、物語としてもミステリとしても優れた傑作です。





「仮面」

霧に煙る街、ロンドン。独身で、生きる意味を見出せずにいる貧乏医師は、とある少女たちと出会い、彼女らの雇い主のマダム暗殺に手を貸すことになり......。


ところ変わって舞台は霧のロンドン。詳しくないですが、ホームズ先生とかがいそうな時代ですよねきっと。
まず、冒頭で突然主人公が奥さんを殺すのにびっくり。殺人のシーンからはじまり、どのようにしてそこに至ったかを回想の形で描いていく物語です。
主人公の医師の世を捨てたような姿がまずは印象的で、そこがリアルに描かれているので踊り子の少女にいとも簡単に夢中になってしまうのもすんなり納得できました。それだけに、主人公があっさり転落していってしまうのに悲しい気持ちになります。孤独というのは人をここまで弱くするんですね......。
そうこうするうちに主人公に降りかかる苦難と真相についてはなんとなーくは読めてしまうものの、そこから見えてくる表題作とはまた違った少女の姿が印象的でした。
また、説明しすぎないどころか一番気になるところをまるっきりぶん投げる結末も見事。あえて説明しないことで想像が膨らむと同時にこの短編自体が大長編のうちのほんのワンシーンであるかのような物語の広がりを感じさせます。





「大雨とトマト」

大雨の日に、寂れた安食堂をわざわざ訪れた1人の少女。店主は、妙なことを言う彼女の正体に思い当たり、内心戦々恐々とするが、少女はそんな彼の心中も知らずトマトを食べまくる🍅

お話としてとにかく濃い作品が集まった本書の中で、本作は掌編に毛が生えたくらいの短さの人が死なないミステリーってやつで、ちょうど真ん中の3編目に位置していることからも箸休め的な気持ちで楽しめました。
とはいえやってることはやっぱり面白いですね。
どこかの国の、町から外れたところにある安食堂。大雨の日にわざわざやってくる怪しい常連と謎めいた少女......。日常のようでいてちょっと非日常の光景の味わい深さがまずは素敵。
傍目には、食堂をやってる夫婦がいて、飯を食ってる客が2人いるだけの何気ない光景。だけど、外に降りしきる大雨のように、店主の心もまたざわざわと不穏に荒れている。平静を装いながらあれこれ考える彼の姿が滑稽ながら(特に男には)どこか共感できちゃうっていうキャラ造形が上手いです。
真相に関しては薄々方向性は読めちゃうものの、たった一つの勘違いから全てが思っていたことの逆を行くような構成が面白く、知ってから読み返すと「なんでさっきまであんな風に読んでいたんだろう」と思わされるような繊細微妙な書き方の巧妙さにも舌を巻きます。
たしかに箸休め的な小品ではありながら、だからこそ新人離れした筆力がモロに出ちゃってる味わい深い作品でもありました。





「片想い」

女学校の寮の同じ部屋に暮らす、活発な少女と可憐なお嬢様気質の少女。2人は性格が正反対ゆえにむしろ気が合って仲良くしていたが、やがてお嬢様の方に片想いする少女が現れると......。


という感じで、なんとも百合ってる女学生モノ。これははっきり日本が舞台ですが、明治から昭和初期くらいの雰囲気だから本書の他の収録作と同じようにどこか浮世離れした雰囲気はしっかり味わえます。
そして、少女たちの間で流行のエス(シスターの略で姉妹のように親しいペアになることを言うらしい。今で言うニコイチの重い版的な?)という関係性に萌えます。
私は百合に対しては干し芋と一緒で「あれば食う」くらいのスタンスではありますが、干し芋と同じように百合も食べればとっても美味しくてまた食べたくなっちゃうものでして......。そんなにわか百合好きがあーだこーだ言うと専門家の方には怒られるかも知れませんが、この女の子同士の恋愛とまで行かないけどそれに近い特別な感情というのが、それ自体きっと大人になればなくなっていくもので、だからこそ儚く美しく感じられました。
百合の話は置いといても、主役2人のキャラのギャップはふつうに面白いし、天然少女は可愛いし、とか言って萌えきゅんしてるところへ意外な真相が来るのも良いし、真相が明かされることで結局さらなる萌えきゅんを生むのも完璧!
傑作揃いの本書の短編たちに甲乙はつけ難いですが、雰囲気に関して言えば本作が一歩抜き出て偏愛枠、といったところでしょうか。





「氷の皇国」

氷に閉ざされた大陸の漁村に流れ着いた、死後相当経過しているらしい首無し死体。吟遊詩人は死体に心当たりがあると言い、数十年前に滅んだユヌースクという国の物語を語り出す。
それは、残忍な皇帝が統べる国でとある少女に身に起きた悲劇の物語で......。


本書の収録作はどれも、舞台となる国がはっきりした作品でさえもどこかファンタジーめいた印象がありましたが、最終話の本作はそのまま架空の国のお話。100ページ近い中編並みの分量の(短編にしては)大作です。
序盤は枠部分の話や世界観の説明などでやや退屈ですが、本題に入ってからはべらぼうに面白くて一気に読書速度がギアチェンジしましたね。もうね、皇帝が絵に描いたような独裁者で、気に食わなければみんな死刑!こいつの酷薄さと氷の国の寒さのせいで、常に灰色のどんよりとしたイメージで読み進めることになります。
で、そこに主人公の親友の父親が作る美しいガラス細工の色彩が映えるのが見事。本書を読んでいて全体に映像的に想像しやすい印象はありましたが、それが際立つのが表題作と本作。表題作では美しい庭園の風景の中に凄惨な光景が現れるのに対し、本作ではモノトーンの風景に美しい色彩が映えるという対照的な映像なのが面白いですね。
もちろん、ミステリーとしても工夫が凝らされています。
実は真相はある程度話が進めば読者には丸わかりなのですが、問題はその解決にあり。詳しくは書けませんが、暴君である皇帝が唯一の法律であるこの世界で、論理的な解決というものは本来無効なもの。それをどうミステリとして落とすかというのが見どころでありまして......。ここの落としどころが......うう......はい......これ以上は読んでもらうしかないわけですが、巧いんです。
そして、表題作と対応するかのように、長い年月の余韻を残して終わるのも印象的。各話がバリエーション豊かでありながら1話目と最終話がほのか〜に対応関係にあることで一冊としてのまとまりもよく、短編としても短編集のトリとしても素晴らしい傑作でした。












〜ネタバレあり編〜

「オーブランの少女」

浮世離れしてファンタジックな雰囲気すらある閉ざされた少女空間のお話と思っていたら、まさかのホロコーストものに繋がってしまうのにはさすがに度肝を抜かれました。
そこまでは幻想的な儚さや不穏さを纏っていた物語が、ここに来て一気に現実に起きた悲惨な事件としてのシリアスさにガラッと転調しちゃう構成は見事で、そこからしかし社会派ではなく狂った先生によるホラーサスペンス風味のクライマックスになるのもまた軽い転調で面白いですね。
そして、現実から遊離したような幻想的な前半に対して、現実に起きた戦争を仕掛けとして持ってくるところの対比も鮮やか。一気に現実に引きずり戻されてはっとさせられるとともに、落差でより儚さも際立ちます。
最後もばっちしですやんね。こう、2人の少女がもう人としてどこか壊れてしまいながらもこれから先2人で生きていこうという前向きと取れなくもない終わり方......だけど、彼女らの凄惨な最期を我々はもう知ってしまっている。そして地下に閉じ込められた彼女もまた戦争に狂わされあんな目に遭うなんてあまりに......と、全方向に向かって、ここまで読んで感じていた「儚い」とか「切ない」よりもさらに強い絶望的な余韻が残ります。うえっ。





「仮面」

仮面というタイトルでありながら仮面を付けた人物がかなり脇役くさいところから、こいつはレッドへリングっちゅうやつで、実は少女たちが「少女」という仮面を付けていたってオチやろな......と思っていたらなんとなくは当たりました。
ただ、それはそれとして、お話の作り方がすごいです。最後の事情を知る仮面の女と影の主人公たる少女との会話。少女があんな考え方に至るまでにはきっと長編1本分くらいの物語があり、彼女のこれからも長編シリーズ3作品分くらいの物語は紡げそうな、そういう過去と未来への広がりを数十ページに収めてしまう贅沢さ。表題作も枠物語の体裁を取ることで長い年月を作中に封じ込めて長編のような満腹感を出していましたが、こちらもまたちょっと違う形で同じように満腹感を演出してる、お見事ですよね。





「大雨とトマト」

大雨という状況設定の中で、雨音に紛れて「この子の」という一言が聞こえなかった......たったそれだけの事実から、「自分が一夜のアヤマチで作ってしまった娘」だと思ってたのが「お腹に子供のいる母親」にガラッと反転する。......ようでいて、よく考えると結局「娘」ってとこには変わりないってのが滑稽で面白いですね。
読み返すとお互いにアンジャッシュみたいに会話がすれ違ってたりするのも笑えます。
ラストで黒幕(?)と見抜く者が会話するシーンはそのまま「仮面」と一緒やーんってなってそこも面白い。こういうシチュエーション好きなのが伝わってきます。いいですよね、主人公の知らないところで交わされる真相の会話って。





「片想い」

ミステリーとしてはなんとなーく読めてしまいます。最初は環さんが援交でもしてるんじゃないかみたいな方向に考えてましたが、名前のヒントとかがわりと露骨なので......。
ただ、お話は良い!「エモい」という言葉ってこういうことなんですよね。岩様が大見得を切るシーンもすごくいいし、ラストシーンの、なんかこう等身大に戻った感と「俺たちの戦いはこれからだぜ」感が素晴らしいです。「鯵に違いないわ」は名言すぎる......。
正直、ただただ良いので言葉で感想にするのは難しいです。だから「エモい」の一言で済ませるという怠惰をお許しください......。





「氷の皇国」

本書のこれまでの話は分かりやすい謎→解決の構図ではなかったですが、本作は殺人事件が起きて論理的に解決するというわりかしオーソドックスなミステリの形を取っています。
ただし、この皇国は、「論理的な解決」というミステリにおける大前提がまるっきり必要とされない世界。その中で、皇帝の機嫌をひどく損ねることなくかろうじて取れる妥協点を探す......という、あまりに消極的な謎解きに泣けます......。
「名探偵みなを集めて」どころか、皇帝が全国民を集めた集会みたいなもんで失敗すれば即首を斬られる(物理)なので解決編としての迫力がダンチですね!
まぁこの場面に関しては正直探偵役の登場が突然すぎてそこで物語の雰囲気がちょっと変わってしまったのに戸惑いを覚えもしましたがけどね......急にミステリ感強めてきたな?みたいな......。
15ページほどに渡る論理的推理はまぁベタといえばベタですが、きちっきちっとこれがこうでこうと分かりやすく説明してくれるので面白かったです(ミステリ読者とは思えぬ雑な感想)。しかし、せっかくロジックをこねてきたのに最後で無理やり犯人の正体を捻じ曲げるところが残酷......。結果として、エルダは老婆になるまで生きられたわけですが、その長い人生に陰を落とす後悔と悲しみ......それが静かに伝わってくるラストシーンがなにより印象的でした。
ところで、結局あの吟遊詩人は何者だったんでしょう。なんかヒントありましたっけ。ふつうに事情通のただの吟遊詩人?再読が必要ですね。