偽物の映画館

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阿津川辰海『紅蓮館の殺人』読書感想文

気鋭の著者の3作目。
わけあって前から名前は知ってたんですが、読むのは初でした。結果、めちゃ面白かったです。

紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

高校生の田所は、友人で名探偵の葛城とともに勉強合宿を抜け出し、大物作家の住む山奥の「落日館」を目指す。
しかし、その道中で山火事が発生。助けを求めて館に辿り着いた彼らだったが、翌朝、館の吊り天井による圧死事件が起こる。

現役の名探偵とワトスン。そして、名探偵を辞めたかつての名探偵。
全員が全員怪しい登場人物たち。
この非常時下において、それでも謎を解くべきなのか......?



というわけで、はい、めちゃ面白かったです。
まずはネタバレなしでざっと。



とりあえず、とにかく読みやすかったです。

それは会話多めの平易な文体のおかげもでしょうが、キャラがみんな怪しすぎるんですよね。
事件の謎とかは置いといても彼らが抱えているであろう何かがチラ見えするだけでもう読者を牽引する力がやばい。そんな怪しい人たちの会話だけでめちゃ楽しい!

で、事件も現在のものだけかと思いきや過去の事件との因縁みたいな部分が多くて、回想もちょいちょい入るからそういうのも刺激になって、どんどん読み進めちゃいました。

もちろん、タイムリミットがあるのもぐいぐいきますね。まぁ、山火事のサスペンスがメインではないのでそんなに焦燥感がエグいわけじゃないっすけど、でも全焼までの残り時間とか、ちょいちょい出てくる炎の進捗具合の描写とかでもページをめくる手を煽ってきます。



で、内容については、本格ミステリらしいギミックをてんこ盛りにしつつも、本格というよりはもうちょい広い意味でのミステリーであり、何より名探偵についての青春小説なんですね。

というのも、まずミステリとしては、本格らしいガジェットがてんこ盛りでありながら、案外ガチの本格というよりは広義のミステリーっぽい印象でしたね。
というのも、推理の仕方が、(もちろん論理の面白さもありつつ)どちらかといえば散りばめられた伏線をするすると拾っていくものなので、ロジック慣れしてなくても分かりやすく楽しめるんです。
とはいえ、「全ての秘密を明かす」という葛城くんの宣言通りの、かなりの分量を割いての怒涛の解決編は圧巻で、やはりミステリファンとして興奮せずにはいられません。


また、物語としては、第3部の章題が「探偵に生まれつく」ということで高校生の少年たちが名探偵という"生き方"と向き合うお話でもあります。
で、それが「名探偵とは」という、ミステリというものに対する自己言及的なネタであるのと同時に、「自己の存在意義とは」っていう、ミステリとは関係なく普遍的な青春小説としても読めちゃうのがステキでした。



というわけで、ライトにサクサク読めてなかなか重厚なテーマを持つ青春小説でもあり、解決しまくりの贅沢ミステリーでもある傑作です。

ネタバレなしでは語りづらいので以下ネタバレします!
はい、というわけでネタバレ!




















まず、良くも悪くもかなりてんこ盛りではあったと思います。

名探偵&ワトスンvs元名探偵という構図はめちゃ面白く、山火事という情況設定の破滅的な感じが青春小説としてのカタストロフを暗示しているのも良い!
ただ、その他のキャラもかなり描きこまれているので、その辺でメインテーマ以外のところがややクドいかなって気はしました。
とはいえ、それらを全て几帳面に解くことがカタルシスでもありカタストロフでもあり葛城くんというキャラクターの個性でもあるので不要とも言えないのですが......。



で、「名探偵という生き方」というと一見ミステリファン向けっぽいですが、そのモチーフによって描かれているのは「大人の階段の〜ぼる〜」という非常に普遍的な青春小説としてのテーマだったりもして(えっちな意味じゃなくてね)。
で、当然大人になるということは自分の子供の部分に向き合うことでもあり、裏返って「精神的な青さ、幼さ」というものも本書のテーマになっています。


主人公の田所くんと葛城くんは青春におけるある種の全能感の只中にいます。
俺とお前は最強コンビ!的な。
そんな青さは羨ましく眩しいと同時に、青春を過ぎてしまった身としてはやや疎ましくも感じられます。


一方、そんな私と同じく青春を失った"元"名探偵が飛鳥井さん。
彼女は、葛城くんたちが今まさに抱いている青春の全能感のせいで、大切なパートナーを亡くしました。そして、名探偵という生き方を辞めてしまった。
だからこそ、私が思うような単純な若さへの嫉妬には留まらない、同族嫌悪や羨望も含むような気持ちを彼らに対して抱いたことでしょう。

作中では「名探偵・飛鳥井光流の死」というような言い方がされていますが、探偵に生まれついた彼女にとって、探偵を辞めることは自らの存在意義を無くすこと。まさに、これまでの自分が死ぬことに等しいのでしょう。
そして、深い傷を負った彼女はそこから蘇生することが出来なかった。......そう、今回の事件が起こるまでは。

"爪"という全ての元凶に偶然にも再会してしまったことで、彼女は名探偵としての推理能力をバチッと取り戻します。が、それをもうかつてのようには使えない。
自分が名探偵であるために親友は殺された。ならばもう、彼女が推理をする理由は復讐しか残っていなかったのですね。


そして、そうやって絶望を経験して強制的に大人になってしまった飛鳥井さんとは対照的なのが、彼女から全てを奪った男・久我島。
彼は作中で言われる通り子供の頃の「世界は自分を中心に回っている」という錯覚を持ち続けてしまった人間であり、その醜さは、しかし葛城くんたちの青春の全能感とも紙一重


つまり本作は、高校生という多感な時期の少年たちが、世界の残酷さを思い知らされて大人になってしまった飛鳥井と、世界を見ようともしない醜いMr.Child久我島という2人のしくじり先生的大人に出会うことで一つ大人になる物語といえるでしょう。
そしてミステリ的には、未熟な探偵と助手のコンビが今後名探偵になっていくためのエピソード0、とも言えるでしょう。

ラストの、葛城と飛鳥井が対峙するシーン、私は就活の面接を思い出しました。
思い上がった大学生の私が社会では何の役にも立たないことを知らないおっさんどもに突きつけられるという存在意義の喪失体験、結構通じるところがあると思いませんか?


ともあれ、彼らがこれからどんな大人になっていくのか。その問いは、我々読者にも突きつけられているのだと思います。

だから、私は本書には続編は要らないと思います。青春への問いかけ、という形でこの物語は完結している、と。
でもねえ、願わくば、名探偵だった頃の飛鳥井と甘崎のむずきゅん虚無百合ミステリを連作短編とかで読みたい......。それだけは読みたいのです......。